Story Reader / 叙事余録 / ER15 あたたかな余光 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER15-14 黒点

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廃墟

過去

キィン――

金属が砕けた音が廃墟に響き渡った。ここには他に生きている人はいない。そのせいで異様なほど静かで、その音はいっそう大きく響いた

ガイは道を塞ぐ廃管につまずき、よろめきながらも足を踏み出したが、瓦礫を踏んだ途端、足を滑らせて転んだ

……本当にツイてないな

少し前に小雨が降り、空気はじめじめと暑く不快だった。地面には流れ込んだ泥や汚れが混ざった水たまりがいくつもあり、汚く湿っている。瓦礫に足を取られたのもこれのせいだ

ガイは、ここが元はよく手入れされた大きな公園の広場だったことを覚えていた。かつてはここで子供たちがはしゃぎ、老人が体を動かし、白い鳩等の鳥が羽を休めに来た

そんなささやかな幸せが、手を伸ばせば届きそうな昨日のことのように思え、彼は手を伸ばして掴もうとした

だが何も……あのうたかたの日々も、あの幸福の瞬間も、エゼットの家族さえも……掴めなかった

――まさか、空腹すぎて幻覚でも見えてるのか?

本当に何かを掴める……はずなんてないのに

……暗くなる前に、食べ物を探しに行くか

もともとの計画でここに来るまでの食料は十分用意していたが、予想外の出来事が続いた

他の難民エリアを通りかかった時、子供連れの妊婦に最後の食料を全て渡し、コンパスは侵蝕体に対処した際に壊れた。彼は予定よりも大幅に遅れてようやくここへたどり着いた

ひとりで外をさまよう生活は想像以上に過酷だったが、後悔はなかった。自分ひとりが重荷を背負うことで、他の誰かが同じ目に遭わずに済むなら、それでいい

ガイは長い間探し回った。この近くの建物をくまなく調べたが、食べられるものはひとかけらも見つからなかった

……それもそうだよな。役に立つものは、とっくに先に来た誰かが持っていくさ。ましてや食料みたいな必需品ならなおさらだ

残ってるのは、使いにくい可燃物くらいか

役に立たないものばっかりだ

ガイは目を閉じた。あまりにも疲れている、少しだけ休もう。この先どうなるかは、運に任せるしかない

ガイの意識は闇の中に沈んでいたが、その闇の中にどこか違和感があった

ネギ油の匂い――それに胡椒の匂い。それも目の前を漂うように、近付いたり遠ざかったりしている

……?

あまりに馴染み深い匂いに、ガイは思わず目を開けた

カムイの顔がいきなり視界に大写しになった。ふたりの間には、ほとんど食べ尽くされ僅かに残った乾パンがあり、その匂いはそこから漂っていた

カムイが瞬きをし、ガイも瞬きをした。数秒間ふたりはそのまま固まっていたが、乾パンの屑がポロッとガイの顔に落ちた時、ようやく均衡が破られた

――よっ!ガイ、目が覚めたか?

うわああ――!!

ガイはとっさにカムイを押しのけ、起き上がるための空間を確保した。顔についた乾パンの屑を急いで払い、慌てたように後ずさった

カ、カムイ?どうしてここに!!それにアジャールとカトレフまで、なんでここに!?

アジャールは白目をむきそうになるのをこらえ、呆れた様子でカムイが振り回している乾パンを取り上げた

……食べ物を無駄にするな、カムイ。ガイに残しておくって自分で言ってただろう、ふざけて遊ぶな

なんだよ――ふざけてなんかないって。ガイを驚かせるなって言うから、この方法で気を引こうと思ったんだ

なんつっても!!俺が発明した乾パンに胡椒をかける「追いペッパー」は、激ウマだ!俺の次にこれが好きなのはガイなんだ!これでつれば寝てるガイだってソッコー起きる

どう?ガイ?これだけじゃ足りない?俺、乾パンをいっぱい持ってるから、全部やるよ!

胡椒、ネギ、持ってきた

……頼むからふたりとも黙ってくれ

ガイはいつものようにノリノリでカムイのおふざけに乗ることもなく、差し出された乾パンも受け取らず、ただ俯いて黙り込んでいる

数分がすぎ、ようやく言葉を選び終えたかのように、彼は冷たい表情で口を開いた

……いらない

えっ、追いペッパーだぞ……ガイ、好みが変わったのか?

こんなまずいもの、そもそも食い物ですらない。そっちでのんびり食ってりゃいい

ついてくるな。探すのもナシだ。俺はとっくにもっといい行き先を見つけてるんだ。人がいい暮らしをするのを邪魔しないでくれ

そう言って、ガイは更に数歩後ずさり、皆と距離を取った

予想外の反応にカムイは呆気に取られていた……ガイに何があった?かつて一番好きだった胡椒を、なぜ今はこれほど避ける?

頭の中が疑問だらけのカムイは思わず1歩踏み出したが、近付けば近付くほど、ガイは震えながら後ずさった

そんな言葉、俺たちが信じるわけないってわかるだろ、ガイ

ここ数日ひとりでうろついて、辛かっただろ。一緒に家に帰ろう

……

いや、俺はもう二度とエゼットには戻らない

――行けよ!!もう誰も俺に構うな!

ガイは背を向けて走り出し、そのまま彼らの視界から消えようとした。空はすでに夜へと移ろいかけ、照明も持たない彼は闇の中へあっさり紛れ込んだ

できるだけ遠くへ、できるだけ見つからない場所へ。崩れた廃墟の陰に隠れれば、彼らは二度と自分を捜し出せない

――グッ!!!

風を切る不気味な音を聞いて、ガイは反射的に身をかわした。そして動揺しながら暗がりを見つめると――

ギギギィ――!!!

侵入してきた侵蝕体だ。明らかに彼の存在に気付いて追ってきている。今の体力と実力では、極めて厄介な状況だった

彼はナイフを取り出し、使えそうなものを探しながら応戦するしかなかった。最初の攻撃をかわして反撃しようとした瞬間、頭が爆ぜるような痛みに襲われ、思わずうずくまった

ガァアァ――

侵蝕体が突進してくるのを見ても、ガイには逃げる力も避ける余力も一切残っていなかった

ガイ――!!

追いかけてきたカムイが攻撃を受け止め、その後ろから来たアジャールとカトレフが、すでに動けなくなっているガイを守った

アジャール!ガイを連れて下がってくれ――カトレフ、手伝え!

彼は吼えながら重い大剣で闇を払い、侵蝕体の心臓部目がけて斬りつけた

幸いその侵蝕体はすでに損傷し、戦闘力も通常より遥かに劣った。カムイとカトレフはさほど手間をかけずに敵を撃破した

侵蝕体が動かなくなったのを確認すると、ふたりは急いでガイのもとへ向かった

どうだ?ガイは大丈夫か?

外傷はほとんどないが、光冠ゲノムの副作用がかなり深刻だ

――!!抑制剤だ!持っててよかった、すぐ注射してやるからな

カムイはすぐさまガイに抑制剤を注射した。先ほどガイが休んでいた場所に臨時の拠点を作り、交代で看病と警戒にあたりつつ、ガイの容態が落ち着き、目を覚ますまで待ち続けた

ここは……お前たちは……カムイ……

……!なんでここにいる?どいてくれ――

彼は必死に腕で体を支え、ふらつきながらも立ち上がって逃げようとしたが、すぐに力尽きて倒れ込んだ

ガイ!

カムイは素早くガイの体を受け止めた。かつて大きく穏やかな様子だったガイの体は、今や紙のように軽い

あんたの体はまだまだ治療と修復が必要だ。俺たちとエゼットに帰ろう

ダメだ……お前たちとは一緒にいられない

俺は、エゼットを離れなきゃいけない

――ガイ

アジャールはカムイの回りくどい優しさに我慢ができず、単刀直入に言った

なぜ出ていこうとしたのか、俺たちは知っている。ここはかつて、俺たちがあんたを救い出した場所だ。あんたはここで家族を全て失い、そのあとにエゼットに入った

ここがとっくに廃墟だということも、俺たちはわかっている。あんたなら、なおさらわかっているはずだ

ガイはきっとここへ来て、残りの人生を過ごそうとするだろうと、カムイは察していた

……もうエゼットという家には戻れないと思っているから、かつての家に逃げ帰ろうとしたんだろ?

あんたがまだエゼットで過ごした日々を覚えているなら、そしてこのバカが俺たちを引っ張ってわざわざあんたを探しに来た、その衝動と情熱をわかっているなら――

簡単に、家を出ていくなんて言うな

…………

ガイ、持ってきた。魔法の薬

魔法の薬?

アジャールと残るふたりは顔を見合わせた。まさかそんな奇妙な単語がカトレフの口から出てくるとは思ってもいなかったのだ

カトレフは懐から普通の乾パンを取り出し、不器用にガイの腕の中へ押し込もうとした

ガイ、食べろ。食べたら、泣かない

…………?

風が、吹く。風が、吹く

掠れた、けれど聞き覚えのある歌声に、ガイはしばしぼんやりしていた。それはずっと昔に聴いたことのある旋律だった……

歌は優しくゆうゆうと{226|153|170}星は静かにキラキラと{226|153|170}

風が吹く{226|153|170}風が吹く{226|153|170}さあ行こう{226|153|170}あの美しく遠い地へ{226|153|170}

ガイ、どうして、歌う

シーッ……子供たちはもう寝てる

子供、さっき、泣いてた

俺には魔法の薬があるんだ

ガイは手品のように背後から数袋の乾パンを取り出した

なるほど、自分の食べ物を全部、子供たちに分け与えてたんだな……

乾パンは、魔法の薬?

ああ。ちょっとした魔法をかけて、「家族の優しさ」を少し混ぜてやれば、魔法の薬になる

子供たちはもう飢えることなく、寒さにも怯えない。だから涙も流さない……

不思議だろ?お前らももう少し大きくなればわかるさ

あの頃、彼はいつもこんな風に皆に優しかった

魔法、覚えた。だから……

だからもう泣かなくていい、ガイ。怖がらなくていい、悲しまなくていい

涙を流すガイに近付いた彼らは、その涙を拭おうとはせずただ自分たちの言動で、怖がらなくていいと伝えていた

俺は……

不器用だが温かい労りがガイの胸を打ち、彼は小さく嗚咽した

しかし彼はしばらく考え込んだあと、再び苦しげに首を振り、顔を背けた

お、俺はお前たちと一緒には帰れない

魔法の薬の力がまだ足りないのか?大丈夫だ、俺とアジャールはまだたくさん――

そういう問題じゃない!

バーリーコーン計画が今回のボトルネックに陥ってから、ほとんど誰も突破できていないのはわかってる

こんなに長くかかっていては……ライフたちの負担はもう限界に近い

上は、直近のテストデータでリストを決めろと要求している。俺は黒点のリストに入ってる。まだ少し猶予はあるが、もうほとんど時間はない

俺が転化に成功する可能性はない。むしろ暴走の危険すらある。資源を無駄にして皆の足を引っ張るくらいなら……このまま離れて、物資も希望も全部皆に残した方がいい

足を引っ張ってなんかいない、ガイ。俺たちは家族だ。家族の間で、足を引っ張るとかはないんだ

あまり物資を持たずに出ていったろ。外の世界で生きていけるはずがない

最後の最後まで俺たちのことを考えるなら、なぜ俺たちにもあんたのためにそうさせてくれない?

希望はエゼット全体のものなんだ

俺たちの努力は、家族ひとりひとりに希望を届けるためにある

俺たちを信じろ、ガイ。そして自分も信じろ。だから、俺たちは一緒に帰るんだ

ガイはもうこらえきれず、カムイの肩に手を回し、声を上げて泣いた

彼らは長く暗い夜を幾度も過ごしてきた。今もその長い道程のひとつにすぎない

だが構わない。灯りがなくても太陽が昇らなくても

互いの温もり、互いの輪郭なら確かめられる

黄金の太陽訓練場

エゼット

はあ――ッ!!

カムイは咆哮とともに全力で一撃を放った。額の汗が滝のように流れている。彼は1度たりとも訓練を疎かにはしなかった

アジャールもまた驚くほど屈強な内容の訓練を終えたばかりで、状態はカムイと大差ない。それでも彼はカムイの体力を案じ、今回の測定データを記録すると迷わず装置を止めた

もういいだろう、今日はここまでだ

カムイ、カトレフ、いったん訓練を止めてデータを見ろ

カトレフは限界まで体を追い込み、その場で何度かよろよろとしつつもようやく落ち着き、カムイとともにアジャールのもとへ向かった

力は上がっているが、安定性は落ちている

体内の光冠ゲノムの転化率と脳の安定度も上昇はしているが、全体で0.67%を超えない

……微々たるものだ

俺たちの訓練方法は間違っていない。問題はやっぱり、光冠ゲノムの転化段階にあるんだ

今回ボトルネックに陥ってからは、どれだけ努力したって全部ブラックホールに吸い込まれちまうみたいだな。必死にやっても波風ひとつ立たない

……本当に他に方法はないのか?

成果がなければ、エゼットは世界政府から更なる資源を引き出せない。人々の救助受け入れと移送作戦も継続中だ。このままでは両方のプレッシャーでエゼットは押し潰される

……訓練、続ける

倒れるまで、まだ

カトレフが思いつく解決策はそれだけだった。ライフは軍や政府のことを任せようとせず、分担する権限もない。だからこそバーリーコーン計画を一刻も早く進めるしかない

あとひとり……たったひとりでも突破できれば、エゼットに希望がもたらされる

でも……無理はするな

アジャールは荒い息をついた。筋肉痛のせいで動きが鈍っている

体を壊せば、かえって進みが遅くなる……今日は3人とも限界を超えている。いったん戻って休もう

俺なら体力はまだある。大丈夫だ、まだいける!!

ふたりは先に帰って休めよ。それか、残って俺の訓練を見てる?最新の訓練成果を見せてや――

言い終えないまま、カムイは突然倒れ込み、心臓を押さえた

これは限界を超えた兆候だった。直後、脳を引き裂くような激痛が襲った。カムイももうそれに抵抗したり耐え抜く力はなく、ほとんど昏睡の状態に陥った

カムイ!

彼らは慌てて駆け寄り、異変を察するとすぐにカムイを担ぎ上げ、医務室へと走った

医務室

エゼット

簡単な診断と治療の後、カムイの体はほぼ回復した……彼はベッドにのびのびと横たわり、理解しがたい言葉をぶつぶつとつぶやいている

い……痛ぇ……

カトレフ……対戦中は手加減しろ、痛かったぜ

アジャール……なんで殴るんだ……俺、あんたの乾パン盗んでないし……

ふたりの少年は顔を見合わせた。カトレフがカムイの瞼をこじ開けたが、目覚めることなく寝言を続けている。カトレフは振り返り、険しい表情のアジャールに場所を譲った

アジャールは口角を僅かに上げ、駆け寄ってカムイの頬を容赦なくバシバシと叩き、完全にその目を覚まさせた

アジャールは無言のまま険しい表情でカムイの耳を掴むとそのまま、30度、60度、150度と……

――イタタタ!ちょっ、誰だよ!?

驚いたカムイはベッドから跳ね起き、耳を掴んだ相手に文句を言いかけた。しかし目の前にいる無言で腕を組み仁王立ちのアジャールを見て、一瞬で黙り込んだ

アジャールがこれほど激怒したのを見たのは、傷が治らないままカムイが戦場へと突撃して傷口を悪化させ、病室で睨まれながら薬を塗られていた時以来だ

……兄ちゃん

馴れ馴れしい呼び方すんな、無駄だ

カムイ、お前の度胸はたいしたもんだな、え?自分の訓練エリアのパニシング濃度を上げただけじゃなく、安全閾値を超えるとはな

お前、閾値はお遊びで設定されているとでも思ってんのか!?あれは何度もテストした緻密な計算の上で、訓練中にパニシングで死なないようにしてるんだ!!

勝手に2倍にするなんて、何考えてる!死にたいなら戦場に行け!訓練場で倒れて俺たちに死体の始末をさせるな!!

アジャールは感情は昂らせすぎて、つい口を滑らせた。これを聞いたカトレフはさっと手を伸ばし、彼の口を塞いだ

母さん言ってた、思ってないこと、言うのは、ダメ

口から出任せ、言うやつは、口塞ぐ。また言ったら、口叩く

アジャールはそれを聞いて一瞬固まった。かつてカムイに悪態をついていた時、エゼットに来たばかりのカトレフを拒絶していた時、オーディンリーはこのルールで彼らを戒めた

アジャールはそれ以上言おうとはせず、もう手を放せというように、カトレフの手首をそっと握った

カムイ、悪いことした。アジャール、傷ついてる

悪いことしたら、謝る

カムイは少し後ろめたそうにアジャールとカトレフを見て、おずおずと頭を下げた

……ごめん、アジャール、カトレフ

心配させるべきじゃなかった

アジャールはすぐに反応せず、ひとりまだムッとしていた。しかし頭にキノコが生えそうなほどじめじめ落ち込んだカムイの様子に、ようやく気が済んだのか口を開いた

――こういうことは、せめて俺たちには相談すべきだ

ペースを上げるなら少しずつだ。限界を超えたら、すぐに減らすから

……カムイ、俺たちはまだ最後の転化期に入っているわけじゃないし、構造体に改造されているわけでもないことを忘れるな

俺たちはまだ人間だ。ただの肉体を持った凡人だ

ゲームじゃないんだ。人間の命は常に残機イチ、死んだら終わりだ。お前はたったひとつの命をリセットして何度も無茶できるとでも思ってるのか?

カムイはアジャールの性格をよく理解している。今彼が口を開いたということは、もうカムイを許したということだ。カムイは申し訳なさそうに頭をかき、ゆっくりと口を開いた

うん、わかってる、心配してくれてるんだもんな。これからはもっと自分の体を大事にする

でも……

カムイの表情が真剣さを帯びた

それでも、もうちまちま少しずつ試していくわけにはいかないんだ。時間がない

前にマリスが言ってた。エゼットが世界政府に十分な成果を見せられなければ、次は資源配分の縮小、それか物資支援の打ち切りで、エゼットは自力で調達するしかなくなるって

――マリス?なんであいつに会ってるんだ!!!

カムイの想像以上にアジャールは感情を激しく爆発させ、カムイとカトレフを驚かせた

……カムイ、お前、なんでまだマリスの連絡先を持ってるんだ?どこで見つけた!?

アッチから連絡してきたんだ。匿名のメールで……でも正体は隠していなかったから、誰だかすぐわかった

わかってるさ、あの人がエゼットから何か利益を得ようとしているってことは。だからストレートに訊いた

他でどうにか取り返しがつくものなら、慎重に判断すれば、少なくともこの期間をエゼットが乗り切れるように取引できる

でも――向こうの目的はたったひとつらしい。エゼットを解散させるか服従させて、あの人の支配下に置くこと

ありえない

……だよな。そんな要求、絶対に受け入れられない

となると、残る選択肢はいっこだ。現状の転化のボトルネックを突破し、成果を見せてエゼットに資源の補給を続けさせるしかない

でも、俺たちの体内の光冠ゲノムは……まだまだ全然足りない……

アジャールはカムイの言葉に反論しなかった。バーリーコーン計画で最も優秀な3名の訓練者として、彼らはこの状況をよく理解していた

理論的研究で新しい方法が見つかるまで、できることはひとつしかない。徹底的に賭けに出て、あらゆる手段で光冠ゲノムの迅速な転化を探ることだ

俺もやる、カムイと一緒に

状況を理解したカトレフは、カムイの判断を支持した。しかしこの危険な行為をカムイひとりには任せられない。唯一思いついた解決策は、ともに訓練を強化することだった

絶対にダメだ!!

野太い声にカムイの頭が痺れた。彼が目を剥いて扉の方を見ると――そこにいたのはライフだった

え?ライフ、どうして……

測定の結果、お前の体内パニシング濃度が異常に高く、安全閾値を超えていると出た。それで医者がライフに連絡したんだ

彼は特に驚くでもなく、ベッドに寄りかかり、暗に自分が「連絡を止めなかった」ことを示した

お前の性格なら、絶対におとなしく従わず、こっそり非正規でも訓練を続けただろう

アジャールの言う通りだ

今日から訓練室のパニシング濃度は厳重に管理する。極端な条件下での訓練は今後一切許さない

……カムイ、お前たちがエゼットを思う気持ちはわかる。でも全員がとも倒れするようなやり方はやめろ

でも、エゼットはもう待ってられないんだ

カムイはライフに正論で返し、エゼットのためにせめて自分にできることだけでもと頼み込もうとした。だがベッドから起き上がった瞬間、ライフに頭を押さえつけられた

実際のところ、頭を押さえるライフの手の力は強くはなく、むしろ優しく癒されるようだった。その手の温もりはカムイを呆然とさせた

――こんな温もりを感じたのは、いつ以来だろう?

オーディンリーとエウリディケがいなくなったあと、彼らを子供扱いして慰めてくれる者などいなかった

少年たちは真っ先に立ち上がり、崩れそうな空を支える役割を担うことに慣れきっていた。そのせいで、自分がまだ未成年の少年であることを忘れかけていた

物事には順序ってものがある。俺たちのような年寄りがまだいるだろ。こういった面倒事はまず俺たちに任せろ

俺はまだ世界政府と交渉中だ。エゼットに来る前は、それなりに影響力のある軍人だったんだ。心配するな

我々ひとりひとりが努力すれば、必ず生きる道は開ける

……その通りだ

何があっても、皆で考えるんだ

信じろ、カムイ。必ず解決策はある

アジャールはカムイを真っ直ぐ見据えた。これは漠然とした自分への慰めの言葉ではない。彼は確信していた。これはカムイとエゼット全体への約束だと

彼は、エゼットを自分のやり方で救うと誓った

アジャールは黙々と端末をしまった……光る電子画面がひっそりと彼の背後の暗闇に沈んでいく。その画面には、送信されたばかりのメールが表示されていた

「警告したはずです、エゼットの他の者に手を出すなと。特にカムイには……」

「我々が交わした約束を忘れないでください……<color=#ff4e4eff><size=40>マリス</size></color>さん」