無重力感に包まれる中、ネオンの残光が視界を掠め、ふたりは鋼鉄の森へと墜ちていった
眼下には賑やかな街が広がっている。環状高架橋を無数の車両が絶え間なく流れ、雲を突く摩天楼は冷徹かつ絢爛な広告の光を放ち、街を沈鬱に彩っている
素早く腰へ手を伸ばし、鉤縄を取り出そうとした
だが、αの方が速かった
しっかり掴まって
αは空中でこちらを引き寄せて抱き込むと、軽やかに大地へと降り立った
αの腕の中から解放され、地面に足を着ける
αは微笑みながら地面に降ろしてくれた
ここは雪原の奥にあった寂れた村とは似ても似つかぬ、喧騒に満ちた大都市だ。ふたりは今、広告パネルと巨大なスクリーンに囲まれた三叉路に立っている
煌びやかな街の中心部は、招かれざるふたりの客のせいで大騒ぎになっていた
高脅威の目標を発見!データベース照合中……完了!指名手配レベル――最高!
最初の武装ドローンがふたりの身元を確認すると同時に、街中に警報が鳴り響き、都市の各所から更に多くのドローンがやってきた
高脅威の目標を発見!ただちに一切の行動を停止し、その場で指示を待て!
高脅威の目標を発見!ただちに一切の行動を停止し、その場で指示を待て!
パトロール車両が入り組んだ道路から次々と現れ、次々と3方向を封鎖する。車から降りたパトロールの機械体は、ドアを盾にしてふたりに銃口を向けた
高脅威の目標を発見!ただちに一切の行動を停止し、その場で指示を待て!
冷たい電子合成音が四方八方から響く。無数の赤いレンズがふたりに狙いを定めている
バーチャルアイドルの映像や最新機器の宣伝を流していた周囲の巨大なモニターは全て強制的に切り替えられ、自分とαの姿を映し出していた
ただの機械体の群れよ
αの唇に、好戦的な笑みが浮かぶ。その不敵な表情は街中のスクリーンへと転送され、ジンの神経を逆なでした
ジンはその肢を壁に突き立て、宙吊りのままふたりを見下ろしている。先ほど逃げ惑っていた時の狼狽は消え、凶暴で得意げな表情を浮かべていた
ヒャハハ……逆転だ!!!
ここは……こっちの縄張りだ!……無限、無限に湧いてくる!
突然、その表情が険しくなった
「影」の意志に従え、
その声が騒々しい交差点に響き渡る。全ての武装ドローンとパトロール機械体は、冷ややかな機械音で同じ言葉を復唱した
「影」の意志に従え!
できるなら、どうぞ!
言葉が終わるより早く、αは放たれた矢のごとく地を蹴った。深紅の刃光が走り、襲いかかる3体の機械体を一閃する
確かに「バリア」はあるけど、ジンのものと比べてかなり弱い
ギィ――
3体の機械体は、耳を突き刺す咆哮を上げながらαに迫った。αの刀が雷光の速さで振り下ろされ、一撃で3体の機械体の装甲をあっさりと切り裂いた
そのひと太刀は、最初の機械体のコアを真っぷたつに断った。2体目は胴を両断され、3体目は両脚を失った。コアを破壊された機械体は火花を散らし、轟音とともに爆発した
ゴォォ――
武装ドローンは横からαに接近し、搭載されたガトリングの銃口をαに向けた
バンバンバン――
激しい銃声が轟き、弾丸の雨がドローンを襲う。プロペラを破壊された機体は、バランスを崩して地面へと墜落していった
ドローンを始末したあと、遮蔽物の後ろに隠れて、αが破壊した機械体を観察し始めた
爆発した機体は物言わぬ鉄屑と化していた。残る2体の傷口には、微かな白い霧が立ち昇っている。ジンとは比べ物にならないほどゆっくりだが、確実に再生を始めていた
それなら話は早い
ヒャハハハ――!!
ジンが高空から猛然と急降下し、鋭い刃をαに向けた
αは素早く身を翻して、長刀を下から上へと振り上げてジンの一撃を受け止めた。刃と刃が噛み合い、激しい火花が散る
戦況は苛烈だが絶望的ではない。αが斬撃を繰り出す度に、襲いくる機械体は砕け散り、こちらは武装ドローンを着実に撃ち落としていった
ふたりの息の合った連携で機械体は次々と破壊されていく。ネオンの光の下で、鋼鉄の残骸が街路にゆっくりと積み上がっていく
だが敵は多勢に無勢で犠牲を厭わずに突っ込んでくる。傍らで妨害してくるジンもあって、一時的にふたりは敵の群れに囲まれ、進むことも退くこともできず窮地に追い込まれた
αは足下に落ちていた武器を拾い上げ、こちらの方へと放り投げた。それはパトロールの機械体が装備していた武器だ
これを
その武器を掴み取り、αの意図を瞬時に察した
シュッ――
手にした銃器から放たれるエネルギービームが、武装ドローンを精確に貫く。高熱に焼かれた機体には無残な空洞が穿たれた
思わず、眉が上がった
ずいぶん粗末な「盾」ね
αは口を尖らせながら、刃を宙に舞わせて、降り注ぐ弾雨を次々と斬り払った
そういうことは、あなたに任せるわ
それを聞いて、車と壁等の遮蔽物の間を使って移動しながら、空を埋める武装ドローンと地上を囲む機械体の布陣を分析した
αは言われた方向を見た。そこには3台の車があり、パトロールの機械体もそれほど多くなかった
いつやる?
飛来したパトロールの機械体を再び切り裂き、αは身を翻して横の機械体を武装ドローンに蹴り飛ばした。刃を振り上げ、奇声を発して襲いかかってきたジンにその先を向けた
更に発砲して武装ドローン2機を撃墜したのち、銃口をジンに向け、αを援護した
ついて来られる?
左から、壁を蹴って跳躍した機械体が接近する。αは正面から迎え撃ち、迫る敵の頭部を掴んで力任せに握り潰した。火花が散り、露出した配線が垂れ下がって機械体は停止した
その時、遠方の高所で、機械体がバズーカのような武器を構えたことに気付いた
警告を受けたαもまた、その脅威に視線を走らせる
ドォォォォン――
ロケット弾が噴炎を上げ、迫りくる
αは合図を受けて小刀を腰に戻した。機械が変形する音とともに、武器は長刀へと変わり、同時に、刀身が淡い紅の光を帯びる
失せろッ――!
長刀が猛然と振り抜かれ、空に弧を描く斬撃が走る。αの手は止まることなく、次々と斬撃を放ち、素早く連続で剣波を飛ばす
無数の剣波は波涛のごとく広がり、ふたりの周囲を一掃した。ジンは身体の一部を斬り落とされ慌てて後退し、ロケット弾は空中で爆散した
ロケット弾だけでなく、大量の武装ドローンやパトロールの機械体も切り裂かれ、爆発し、砂煙がふたりの行方をくらました
ふぅ……
しかし煙の中からいきなり、ひと筋の影が飛び出した。肢の刃を振り上げ、αに襲いかかる
ヒャハハッ!
……!
αは瞬時に身を翻してその一撃を避け、逆手で長刀を振り、ジンを後退させた
異変を察してαの方向の振り返ると、αの腹に、決して浅くはない裂傷が走っていた
ここで無駄な争いを続ける必要はないわ。行くわよ
ふたりは電光石火の勢いで側方へと移動する
αが道を阻む機械体たちを瞬く間に片付け、こちらはパトロールの機械体の車両に乗り込み、手早くエンジンを始動させた
街は騒然となった。サイレンが鳴り響き、ドローンの群れがふたりを執拗に追いかける。広告パネルには指名手配書が映し出され、ふたりの姿と現在地をリアルタイムで映し続ける
ふたりはネオンが光る商業エリアを抜け、異様なほど静まり返った住宅街を通り、荒れた下町へと車を走らせた。通りすぎる先々で、喧騒が波のように広がっていく
手元の端末を車載AIに接続しながら、脳内で最適な目的地を必死に模索する
αは窓枠に手をかけて身を翻し、車の屋根へと跳び上がって、追撃してくる敵を正面に見据えた
夜風が彼女の背後から咆哮を上げて吹き抜け、彼女の白い長髪が激しく舞い上がる
ふん
彼女は跳び上がり、宙で身を捻る。紅い刃が横薙ぎに閃き、3機のドローンが真っぷたつに切り裂かれ、火球となって闇の中へ消えていった
αは地に降りることなく、路肩の広告パネルに一瞬降り立つと、残るドローンへ狙いを定めて再び跳んだ
赤紅の刃光が夜空を裂き、更に2機のドローンが爆散した。破片が雨のように降り注ぐ
爆発の衝撃波に乗って車の屋根へ舞い戻ると、彼女はひらりと助手席へと滑り込んだ
片付いたわ
車の自動運転の設定を完了し、目的地を入力すると、車はひとつの角を曲がった
ふたりは素早く車を降りた。自動運転の車は、濁流のような車列へと迷わず突っ込み、テールランプの赤い残光をアスファルトの上に引きずりながら去っていった
さぁ、次は?
足を止めれば、遅かれ早かれ見つかるわよ
そう言われて周囲を見回した。通りの両側には廃れた無人店舗が並び、ショーウィンドウは割れ、錆びついた看板が風に軋んでいる。遠方のネオンは点滅を繰り返していた
数歩先で、錆だらけのマンホールの蓋が半開きになっており、その下には底知れぬ闇が広がっていた
振り返ると、αと目が合った。彼女もまた、その下水道の入口に気付いていた
…………
この方法しかないと?
ふたりは複雑な下水道の中を進んでいた。ここは非常に入り組んでおり、暗い非常灯に照らされ、湿った空気の中に腐敗の気配が漂っていた
端末で、先ほど車載AIからダウンロードした都市構造図を開き、現在位置を慎重に確認する
ピピピ――
その時、端末に見知らぬ通信が割り込んできた
<size=40>「ここに来て」</size>
簡潔なひと言に、ある地点の座標データが添えられていた
敵の罠かもしれないわね
しばし考え、口を開く
αを見やり、微笑んで言った
ふん……あなたの判断を信じるしかないようね
αとともに座標を頼りに迷宮のような下水道の中を歩き続けると、目標ポイントに到着する前に下水道からは離れた
ここは街の端にある見るからに荒れ果てた工業エリアで、ふたりの目の前にある建物は座標の所在地――ある廃棄された古い工場だった
ふたりは警戒しながら、前後に分かれて工場に足を踏み入れた。内部はがらんと広く、埃をかぶった廃棄工作機械と部品が積み上がり、錆と機械油の匂いに満ちていた
カラン――カラン――
静まり返った工場に、鉄板を踏む足音が出し抜けに響く。音は影の中から浮かび上がり、徐々に近付いてきた
αとともに視線を暗闇の方に向け、警戒した
hola
hola
聞き覚えのある声が響き、影の中からある人物が姿を現した
久しぶり……とでも言うべきかな?
{226|153|170}~
彼は口笛を吹き、見破られた気まずさなど微塵も感じさせない態度だった
おやおや、αさんにはまだ警戒されてるの?それは少々、胸が痛むね
相手の姿を確認した、αは刀の柄にかけていた手を下ろし、ため息をついた
ついさっきまでは、この旅も案外悪くないと思っていたのに
旅先で同僚と鉢合わせしたかのように、αはうんざりした口調で言った
そう言い捨てるとαは横へ1歩退き、交渉役をこちらに委ねる意思を示した
もちろん、はるばる来た
ロランはいつもの微笑みを浮かべ、舞台俳優のごとく大げさに片手を広げて、芝居がかった口調で答えた
まずは、どうぞこちらへ
彼は錆びついた鉄製の階段に足をかけ、ふたりに続くよう促した
ふたりはロランの後に続き、階段を上がって4階にある小さな部屋の前へとたどり着いた
ロランが扉を押し開けて中へ入り、自分とαもそれに続く
部屋の中の光景はかなり奇妙だった。古びた事務机があり、その机の隣に「何でも屋事務所」と書かれた看板が適当に置かれていた
事務机の前の長いソファには、1尾の青い「魚」が力なく横たわっていた。扉の音を聞くと、魚は「生きがいをなくした」といわんばかりの死んだ目で、入口を見やった
だが、入ってきた者を見た瞬間、彼女は弾かれたように飛び起きた
ヒィッ!
ラミアは半泣きになりながら、ソファからαに飛びついた
あ、α、やっと帰ってきてくれた~
[player name]と会ってたの新しい機体に変わってるでもそんなのどうでもいいちょっと聞いて!
ラミアは息継ぎもせずに早口でまくし立てた
…………
2カ月くらい前から、どこからともなくジンっていう変なやつが現れて、自分は「影」の手下だって名乗って、子分を引き連れてこの街を占領しちゃったの
ルナ社長もどこに行ったのかわからないし、私のアイドル活動は完全にストップよ、うぅぅぅ……
この部屋の壁には、アイドル·ラミアのポスターがびっしりと貼られている
ひときわ巨大な1枚には、マイクを手にハートポーズを作るラミアが写っていた。下には「衝撃!超衝撃!宇宙イチかわいいラミアの超究極ライブ!」と印字されている
あいつらにずっと虐められて、ロランとこのボロ工場に逃げ込むしかなくなって
αにまとわりつくラミアを後目に、ロランは肩をすくめて涼しい顔をしている
ご覧の通り、私の事務所もまた倒産寸前なんだよね
今の私たちは……まあ「レジスタンス」といったところかな。ふたりしかいないけど
それはもちろん……
ロランは細めていた目を僅かに開き、その奥に危うい光を宿す
ジンを殺して、あいつらの支配を終わらせること
だが、私たちだけでは到底成し得ない
さて、いかがかな?親愛なる、そして懐かしき[player name]殿……協力してくれないかな?
ラミアの相手をしていたαが僅かに顔を向け、ロランの言葉に耳を傾ける
ほう?まさかそちらの目的はそれだったのか……
街の東だよ。あの墜落した空中庭園に向かって進めば、荒野の中で裂け目を見つけられる
私の知る限り、ジンはあそこに極めて多くの機械体を配置していて、自身もしばしばそこに留まっているようだ
これほど誠意のある条件だ、もちろん異論はないよ
賢明な判断だ。願わくば愉快な協力関係を築きたいね
協力が成立し、ようやく息を吐いた。それまで押し殺していた疲労が、今になって一気に押し寄せる
傷の手当てをする薬を、ロラン
この世界では……パニシングによる機体の修復速度が遅すぎる
それと、[player name]、ちょっと休んだ方がいいわ
あなたの身体の状態くらい把握してる
αの言う通りだった。激しい戦闘と追走劇を繰り広げたあとでは、人間の肉体疲労は限界に近かった。協力の細部を詰めるのは、休息の後でも問題ない
休める場所が必要ね
ロランは「やはりそう来たか」と言わんばかりの表情で、ひとつ溜息をついた
こちらへどうぞ、αさん
ロランが用意した部屋はすぐ隣にあった。四方の壁は無骨なインダストリアル調で、剥き出しの煉瓦と金属パイプが複雑に交差し、天井には黄ばんだ照明がひとつ灯るのみ
室内は広いが、家具はソファひとつだけ。簡素ではあるが、整理が行き届いてる
救急箱を手に、αと並んでソファへ腰を下ろした
αの腹には指2本分の幅、3cmほどの深さの傷があった。バイオニックスキンには循環液が流れて乾いた痕跡が残っている
傷はたいしたことはないわ。救急箱を貸して
…………
αは拒まなかった
救急箱からピンセットで消毒綿を取り出し、洗浄液に浸すと、傷口を優しく拭って循環液の汚れを丁寧に落としていく
知覚システムが完璧にシミュレートした痛覚信号が、αの意識海へと伝わっていく
だが彼女は一切声を漏らさず、呼吸を乱すこともなかった
もう慣れたわ
どうしたの?
それはお互いさまよ
それには首を振り、話題を深掘りすることはしなかった
手応えのある敵、奇妙な戦場、想定外の展開、そして……
彼女は横目でこちらを見た
そうね、これは悪くない旅ね
ふふ……
スプレーの処置が終わると、縫合針と糸を取り出し、αをちらりと見た
その糸はバイオニックスキンの色とよく似ており、縫合後はほとんど目立たない
αの腹部を針と糸が走り、傷口は徐々に塞がっていく。続けて接着剤を塗布し、最後にガーゼを貼る
十分よ。外へ出れば、パニシングで修復できる
大きく息を吐き、ソファに深く身体を預けた
ソファは広くはない。並んで座ると、ふたりの腕が触れ合うほどに近い。顔を上げて頭上の黄色いランプを見た。疲労が波のように押し寄せてくる
間違いなく、そうね
あの子にそんなことができるのか、疑問だけど
…………
αもまた顔を上げ、天井の照明を見つめた。少し沈黙したのちに、静かに口を開く
穏やかな暮らしなんて、贅沢なこと……
……これは、ただの幻影よ
言葉が途切れた瞬間、彼女は肩に何かがそっともたれかかるのを感じた
指揮官の頭だ。
αは手を伸ばし、その人を起こそうとした
だが、その手は宙で止まったまま、いつまでも下ろされないでいる
…………
どこか懐かしいやり取りが、彼女の記憶を呼び覚ました。かつてファウンス士官学校で人間と過ごした日々が、まるで目の前にあるかのように蘇る
全ては昨日のことのようだった
αは、人間の指揮官と再びどう向き合うかを何度も考えた末、決断していた――全てを、自分ひとりで背負うと
しかし……
やがて、αは小さく溜息をつき、静かにその手を下ろした
今回だけよ
その声はあまりに小さく、彼女自身にしか聞こえなかった
それは、己に言い聞かせる程度の軽いもの――
彼女は動かず、それ以上言葉を発することもなかった。ただそのままの姿勢で肩に寄りかかる重みを受け入れ、剥き出しの壁を見つめながら、ひとり静かに思考を巡らせていた
