宇宙船は激しく揺さぶられ、空間の上方ではいびつな眼のような「亀裂」が次々と「目覚め」ていた
一同は司令室を飛び出した。さほど広くない安全区域では、どうにかこうにか部隊を編成した「兵士」たちが慌ただしく行き交っている
あの識別番号の出所はわかったか?
バネッサは銃を点検しながら、足早に外へ向かった
い、いえ。あの番号の並びはまったく存在しません……
……存在しない、だと?
あの識別番号の構造を基に検索しましたが、その年度のファウンスに……「ジョアン」というIDを持つ女性はひとりもいません
ファウンス士官学校の識別番号は唯一のものだ。その構造には所在地、入学年度、氏名、学籍番号等、複雑な情報が含まれている
入学した新入生全員に個別の識別番号が与えられ、正式に登録されていれば、検索できないということはありえない
……まさか、キメラがファウンスの信号を「模倣」している?
まだその巨大な怪物を目にしたことはないが、バネッサの説明によれば、それは人類をいかようにも容易に蹂躙できる存在のはずだ
じゃあ、なぜこの信号は……
そう言いかけた時、激しい震動が再び襲いかかった。周囲の物資箱がガタガタと揺さぶられ、箱を固定していた数本のベルトが次々と断裂する――
物資箱にもたれかかっていた負傷者を素早く引き寄せた瞬間、揺れの中で重い金属製の箱が大きな音を立てて引っくり返り、反対側の隔壁へ激しくぶつかった
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――あのキメラだ!
船室の外で、凄惨な叫び声が響いた
――バネッサ!外は……もう持たない!
皆が負傷者を安全区域に収容しようとしていた時、バネッサの端末が突然鳴り響いた。画面に映るレイナの頬は血で汚れ、その顔は恐怖に染まっていた
亀裂は増え続けているし、パニシング濃度もどんどん上昇している!通信塔周辺にいくつも「亀裂」が開いて……やつらは通信塔を攻撃している!
俺は第3、第4隊を率いて……支援に向かう……だが、見込みは……
――何としても通信塔は守らねば!私が人を連れていく!そちらは……
ここへ来たばかりの自分よりも、バネッサの方が宇宙船の動向を熟知している。この任務は自分が向かうよりも、バネッサに任せた方が適切だ
……わかった
目を見交わし、バネッサはこちらに向かって頷くと、支援に駆けつけた構造体を連れて、飛ぶようにその場から離れた
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耳をつんざく悲痛な声が、霧域から遠くへと響き渡った。灰色の濃霧は宇宙船の一切を呑み込んでいた
パニシング濃度が高すぎて、すでにパニシングの結晶が形成されています……
ルシアは片側で「成長」している異様な結晶体を叩き割った
人類は、ただ後退することしかできないの?
出し抜けに刀光が濃霧を切り裂き、寒々しい光が灰暗い空間に閃いた。霧の中に潜んでいた怪物は悲鳴を上げる間もなく、荒れ果てたデッキへ荒々しく倒れた
それ以上αに話す余裕もなく、再び混乱の渦に巻き込まれた
フン
安全区域の外縁では、警報の赤い光が濃霧の中で絶え間なく点滅している。αはぼんやりとした赤い光を頼りに、霧の中を行き交う人々の姿を捉えることができた
彼らはただの人間であり、ひ弱で無力だ。ルシアでも、現れる怪物全ては倒せない。どの怪物もたった1体で容易に彼らの命を奪うことができる
彼らにできることといえば、パニシングを浄化する防護服を着ることだけ。だが、それでも……
用意――撃て!!
学生の号令で、他の学生たちは重火器の引き金を力強く引いた
炎が激しく噴き出し、目前に迫る怪物を焼き尽くす。αは彼らの瞳の中に恐怖を見た。だが――誰ひとりとして退く者はいない
前へ――進め!
ラスト教官の声はすでに掠れていた。彼の側では、数名のファウンス学生がバリケードの後ろで体を縮こまらせている
装填――!
号令を発した学生は、ファウンスの校旗を力いっぱい振り、次の進攻を指揮していた
歯を食いしばり、腕を震わせながらも、彼らは手にした武器を手放そうとはしなかった
防護服を身に纏った小柄な女子学生が掩護されながら別の掩体へと駆け込んだ。そして、銃を構える学生の腕の位置を調整した
しっかり握って……そう、そんな感じ。でないと、反動で肩を痛めてしまうわ
わ、わかった……
彼の指は力が入らず、何度やろうが引き金を引くことができない
ご……ごめん……
彼は下唇をぐっと噛んだ。乾いてひび割れた唇に血が滲む
ぼ、僕はただ……
大丈夫。少し緊張しているだけよね?
ニヤは目を細めて狙いを定め、学生が引き金を引くのを手助けした
バンッ――!
彼らの一撃は、少し離れた場所の怪物に精確に命中した
君、オーソー……だっけ?
ほら……さっきみたいに、敵の目や弱点を精確に狙って攻撃できれば、支援科で80点は取れる。優秀評価は目の前よ
ニヤは、まだ記憶に残っているアリアナ教官の言葉をぎこちなく繰り返し、引き金を握っていた手をそっと離した
ほ、本当に……?
……もちろん
さあ、次は自分でやってみて
彼女は再度オーソーが照準を合わせるのを手伝った
用意――撃て――!!
敵をバリケードに近付かせるな!
複数の重火器が一斉に轟音とともに放たれ、真っ赤な炎の舌が眩い軌跡を描いて濃霧を切り裂いた
怪物たちが弾雨の中でのたうち回る。しかし、更に無数の怪物が仲間の残骸を踏み越え、鋼板すら貫く攻撃をものともせず、金属の波のようにバリケードの縁へ押し寄せた
側面、注意!やつらが突っ込んでくる――!
恐怖におののく叫び声は、至近距離の爆発音に一瞬で掻き消された。旗を掲げた学生は抵抗する間もなく、別の側面から伸びた鋭い爪に貫かれた
学生が必死に握っていたファウンスの校旗は、怪物の一撃によってゆっくりと地面に倒れた
下がれ!浄化塔の範囲まで退け!
ラスト教官は崩れかけたバリケードを飛び越え、その両手に構えたサブマシンガンは狂ったように火を噴いた
……ラスト教官!
怪物の群れが津波のように目の前まで押し寄せてくる。ラストは弾が切れた銃を投げ捨てると戦術ナイフを抜き、怪物の関節目がけて突き刺した
退け――!ぐあッ――!
側面下方のデッキの亀裂から怪物の暗い影が飛び出し、甲高い咆哮を上げながら鋭い爪を伸ばした――
爪は一瞬でラストの体を勢いよく貫き、そのまま彼を後方の金属製の壁に釘付けにした
――教官!
ニヤはバリケードから飛び出し、銃を構えてその怪物へ火の雨を浴びせた――だが、それだけでは到底足りない
数体の怪物が隙を突いて侵入し、学生たちが身を隠すバリケードに執拗に襲いかかる
や――やつらが侵入してきた!
怖がらないで!撃つのよ――!
ほとんど本能のままに叫んだ彼女の声が戦場の喧騒を突き抜けた
手を緩めないで!しっかり握って!撃って!
数名の学生が逃げ出した。背後から再び敵が迫るのを見たニヤは、弾詰まりを起こした銃でなぎ払い、通路の前に立ちはだかった
ファウンスの――ために――!
彼女は腰から小型爆弾を力強く引き抜いた――
……
刀が一閃し、ニヤに迫る怪物を弾き飛ばした。更に刀光が閃き、ニヤが手に固く握っていた小型爆弾が少し離れた怪物の群れへと投げ飛ばされた
あの馴染みのある、説明できない不思議な感覚が再び意識海に湧き上がる
指揮官、亀裂が!
戦闘の最中、こだまするルシアの声に顔を上げた。宇宙船の周囲では「亀裂」が拡大し続け、そこから怪物たちがどっと溢れ出し、次々とデッキに襲いかかっていた
了解しました
指図は無用よ。しばらくはあなたたちに手を貸す……
うっ……
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凄まじい金切り声が再び響き、αはぐらりとよろめいた。指の関節が白くなるほど必死で刀の柄を握っている
今回の波動は人間の脳にも影響があるようで、自分のマインドビーコンも不安定な信号を発している
どうやら……あれが全ての元凶のようね
αは体勢を立て直し、鞘から刀を完全に引き抜いた
制止する間もなく、αの姿はすでに安全区域の外へと消えていた
安全区域の外では、至るところに血痕があった
霧域の中で、「キメラ」が宇宙船に近付きつつある
その叫びに呼応して霧域は割れ続け、更にいくつもの「亀裂」が開いていく。理性を持たぬ狼の群れのような怪物たちが次々とデッキに這い上がり、「安全区域」へ押し寄せた
怪物たちに明確な目的などない。ただ本能のままに目の前にいる全ての人間を殺し回っている
……あなた
αは霧域を隔てて、遠く宇宙船に近付きつつあるキメラを見据えた
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それは……とても悲しんでいた
な……ぜ……
なぜ彼女は……あの怪物が悲しんでいると感じられるのだろうか?
続いてやってきたのは、意識海を引き裂かれ、握り潰されるかのような痛みだった。αは眉をひそめ、その全てを「霧域の影響」だと結論づけた
彼女は刃を翻し、突進してきた怪物を切り裂いた
もし、全ての元凶があなたなのだとしたら……
彼女はさっと反転し、血痕に覆われたデッキにふわりと着地した
何が望みなの?
鋭い刃を勢いよく繰り出し、船体を這い上がってきた怪物を貫く
ファウンス宇宙船に私、あのグレイレイヴン指揮官とルシアまで巻き込んで……
αは霧の向こう、まだ遠くにいる巨獣をじっと見つめた。渦巻く霧を大刀で切り裂きながら、αは冷静に数歩踏み出した
何をしようとしているの?
通信塔付近
ファウンス宇宙船
霧域
通信塔の周囲では灰色の霧が渦を巻き、キメラの声に呼応するように亀裂が開いていく。高濃度のパニシングは凝結して結晶となり、通信塔を取り巻いてうねっていた
クソッ、支援はまだか……
――マヤ!
間一髪、レイナは銃口の向きを変え、片手で轟然と発砲した。電光石火の速さで伸ばした左手で学生の襟元を掴み、怪物の攻撃圏から乱暴に引きずり出した
こんな時にボーッとするなんて、命が惜しくないのか!?下がって俺の援護に回れ!
は、はい!
九死に一生を得た学生は銃を抱え、バリケードの後ろに身を隠した
支援が来なければ、通信塔はもう持たない……
レイナは歯噛みしながら充血した目で濃霧の向こうを眺め、絶望の思いで少し離れた場所にある通信塔を見つめた
怪物はパニシングの結晶を伝ってよじ登り、通信塔の頂上に迫っていた。通信塔を守る第5探索隊は懸命に外へ向けて攻撃していたが、あまり効果はなかった――
――撃て!
空を切り裂くような鋭い声が響いた次の瞬間、荒れ狂う炎が通信塔をよじ登る怪物に向かって襲いかかった
……助かった!バネッサだ!
待て、そんな重火力砲をどこから……
倉庫から引っ張り出した
バネッサはそれ以上説明をせず、ふたりの構造体に射撃を続けるよう指示し、もう一方の手で端末を操作した
第5探索隊、ヴァレン――まだ生きてるか?
――当然だろ!
短いホワイトノイズと耳障りな金属の摩擦音の間から、男性教官の声が響く
第5探索隊――3名、全員いる――
バネッサ、弾薬はじきに尽きるが……それでも……俺たちは全員……まだ生きてるぞ……!
生きていればいい。弾薬は私がなんとかする
外部への救難信号の発信を続けるんだ。そして……
持ちこたえろ
ハハッ、珍しいな。バネッサの口からそんな言葉が出るなんて――
安心しろ、まだアリアナにプロポーズしてないんだ!俺はこんなところで死ぬわけにはいかない!
……
バネッサが口を開く前に、通信は途絶えた
……ヴァレンはまだ知らないんだ。アリアナが……
誰が伝えるんだ?
言い淀んだレイナの言葉をバネッサは冷たく遮った。彼女は振り返りもせず、戦術マップに目を落としたままだった
ヴァレンはもちろん、私たちでさえ今日を生き延びられるかどうか、誰にもわからない
彼女は唇を噛み締めながら、ホログラム画面上でまたひとつ、緑色の信号が消えたのを見つめた
……ラストが戦死した
……
レイナはがっくりとうなだれた
宇宙船で彼は士官学校の威厳ある行政責任者として、全ての資源を采配する立場だった。しかし、ここでは……戦友たちが次々と命を落とすのを見守ることしかできなかった
ボサッとしている暇はない。弾薬の補給を持ってきた。ヴァレンたちに届ける方法を考えないと……
動いた瞬間、バネッサの腕に僅かに負担がかかった。もともと青白かった顔が更に真っ白になり、彼女は思わず顔をしかめた
……怪我をしてるのか!?
掠り傷だ。防護服は着替えたし、侵蝕もされていない。大袈裟に騒ぐほどのことじゃない
バネッサはさりげなく体を横に向け、骨が露出し、血が流れ続けている深い傷口を隠した
何としてでも補給をヴァレンに届ける。何があろうと、通信塔は絶対に陥落させてはならない
レイナは顔を上げ、濃霧の中で孤独にそびえ立つ鋼鉄の塔を見つめた。その目に微かな迷いが浮かんでいる
だが、たとえ通信塔を守れても……俺たちは本当に、この場所から空中庭園と連絡を取れるのだろうか?
以前なら確信が持てなかった。でも、今なら……可能かもしれない
バネッサの視線は、ホログラムマップ上で戦闘を続けているふたつの緑色の信号を追っていた
[player name]とルシア……それにあの疑わしい構造体が霧域に入れたんだ。ということは、この空間が不安定な変動状態にあるといえる
ここは完全に閉ざされた場所ではなく、地上へ通じる「出口」がある間隔で点在している
彼女は目を細め、端末に表示された監視中の周波数帯をじっと見つめた
全チャンネルで救援要請信号を送り続けるんだ。空中庭園がまだ私たちを探しているのなら――
きっと連絡が取れる
