Story Reader / 本編シナリオ / 41 遺志継ぐ帰航 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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41-3 迷航

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ファウンス宇宙船――その建造は黄金時代中後期に始まった

人類の次なる目標は、宇宙だ!

「エデン計画」が急展開で推進され、その進展とともに「星間植民」という議題も現実のものとして浮上する

エデン計画の後を追い、ファウンス士官学校をそのままの形で宇宙へ移すため、歴代のファウンス校長たちは膨大な労力と資金を費やした

そして、この巨大かつ雄大な宇宙船がついに完成した瞬間、誰もが驚嘆し、確信した。これがファウンスの学生たちを次なる頂へ導くのだと――

しかし今やこの巨艦は全ての動力を失い、果てしない霧の中で静止している

かつて数えきれない学生たちの栄光と情熱を刻んだファウンス宇宙船は、今や孤立無援の巨獣のように、うねり続ける濃密な霧に絡め取られていた

幾筋も走る空間の亀裂から異常な「生物」が次々と這い出し、宇宙船のデッキへと侵入する――

ドンッ――!

早くしろ!もたもたするな!アリアナ!

硝煙が立ち昇る銃口を収めると、バネッサは背後のキャビンの扉を蹴って閉めた。数本の鋭い爪がドアの隙間に挟まり、耳障りな摩擦音を響かせている

アリアナと呼ばれた教官が素早く反応し、重い金属製のバールで容赦なく叩きつける

ガァアアァッ――!

切断された肢体から粘つく体液が飛び散った。彼女はその隙に扉を押さえ込み、銃撃されて狂ったように咆哮する怪物たちを外に締め出した

まったく、気味の悪い……

激しい衝撃音がぶ厚い隔離扉を震わせ、錠は悲鳴をあげて軋んだ。アリアナは荒い息をつきながら振り返り、端末の照明を再び点灯させた――しかし、ほとんど効果はない

かつて清潔で整っていた医務室は明るさを失い、辺りには灰白色の濃霧が漂っている。照明の光は目の前の僅かな範囲しか照らせず、その縁は霧に蝕まれ、ぼやけていた

……もう、ここにも怪物が侵入しているかもしれない

彼女は医務室のあちこちに散乱した設備を注意深く観察しながら、小さく呟いた

ニヤ、私たちが見張っているから、あなたは血清を探して。血清箱のラベルの見分け方はここに来る途中で教えたでしょう?急いで

……はい!

防護服を着た女子学生は、散らかった部屋の中へ飛び込んでいった

隔離壁の向こうの衝撃音は、まるで巨大な心臓が激しく鼓動しているようだ。辺りは消毒液の匂いと腐臭に満ち、灰色の霧は生き物のように、懐中電灯の光の周囲を漂っている

時間が凍りついたようなこの場所で、ニヤは物資箱を次々とひっくり返し、ラベルを入念に確認していた――

アリアナ!10時の方向……薬品棚の後ろだ!

すぐさま乾いた銃の射撃音が響いた。バネッサの声に重なるように、重い鉄製の薬品棚が大きな音を立て、激しく横倒しになった

――グォォオ!!!

歪んだ黒い影が暗闇の中から飛び出し、その鋭い爪は合金の床を引き裂き、甲高く耳障りな音を響かせた

!!!

見てる場合じゃない、ニヤ!早く探して!

アリアナは短剣を手に、怪物の前に立ちはだかった

は、はい!

彼女の声は震えていたが、それでもしっかりとした手つきで別の箱を開けた。これは違う、これも……

銃声と短剣が空を裂く音が交錯し、バネッサとアリアナが狭い空間の中で怪物を食い止めている。ニヤは歯を食いしばった。急げ、早く――

ついにニヤはその箱を見つけた

あ、ありました!あれです!

その箱は、倒れた薬品棚の箱に混じって、怪物の足下に転がっている

行って!箱を取って!

――わかりました!

ニヤは歯を食いしばり、自分でも思いがけないほどの力を出した。戦闘の隙を突き、箱を目がけて薬品棚の下へ滑り込むように飛び込む――

鋭い金属の縁が防護服の表面を切り裂いたが、気にする余裕などない。彼女は両手で箱の取っ手をしっかりと掴んだ

――取りました!

それを持って隠れて!――こっちは私たちが片付ける!

ニヤが安全区域に身を隠すと、バネッサは火力網を一気に展開した。アリアナは高く跳躍し、背後から襲いかかる怪物の眼に短剣を力強く精確に突き立てた

――よし、ひとまず片付いたわね

短剣を収めたアリアナは、床に転がる怪物を軽く蹴り、完全に息が絶えているのを確認すると、ニヤの防護服の状態を調べた

表面が損傷しているだけね。さほど問題はないわ

ほら、やればできるじゃない。少なくとも戦術支援科は合格ね。ファウンスに戻ったら、実戦の単位を多めにもらえるはずよ

さっきみたいに、敵の目や弱点を精確に狙って攻撃できれば、支援科の成績で80点は堅いわ。優秀評価は目の前よ

血清箱の封印シールを確認しながら、アリアナはニヤを励ました

チッ……いつまで点数の計算をしている

片手で弾倉を交換しながら、バネッサはチラリと横目で見た

アリアナ、学校の成績評価の基準で現況を評価するのは、もうやめろ

ファウンスなら、合格点を取れば修了試験は終わり、華々しく構造体部隊へ配属されるだろう。だが、こんな忌々しい場所では……

合格は、「次に死ぬのはお前だ」という意味でしかない

ニヤはびくっと体を強張らせ、アリアナは小さくため息をついた

そうは言っても、少しくらいは希望を持ちたいじゃない

バネッサは顔をしかめ、無言で地面に置かれた箱へと視線を向けた

血清の状態は?

保存状態は問題なし。箱も無傷だし、恐らく使用期限も切れていないわ

1箱40本……これでは足りない

臨時の安全区域では、少なくとも50人以上の重傷者が血清の投与を待っている

大丈夫よ。昨日、ヴァレンたちと外に出た時に2箱見つけたわ。使用期限は数日すぎているけど……まだ使えるはず。今後は……

今後、か

バネッサは「今後」という言葉を、噛みしめるように繰り返した

……バネッサ

……

彼女はサッと手を上げ、アリアナの背後から伸びてきた怪物の腕を撃ち抜いた

窓の外では、灰白色の濃霧が荒れ狂うように渦巻いていた。空間は果てしなく広がり、どこまでも続いている

「今後」……

彼女は再びその言葉を繰り返した

口には出さなかったが、アリアナもバネッサが言わんとすることの意味を理解していた

もしここが地上なら、バネッサは救援の到着まで皆を率いて持ちこたえる自信があった。この場所で生き延び続けることすらできると確信していた。だが、今の状況は……

宇宙船の天幕に星々が映ることはなく、ドロリとした灰白色の霧と、高濃度のパニシングが周囲の空間全てを覆い尽くしていた

通信塔は損壊し、電磁信号は全て失われた。彼女たちはこの区域の境界の探知すらできず、小型浄化塔の外側の領域に至っては、人力での探索しか方法がない

突如として降りかかった災厄。ここが一体どこなのか、誰にもわからなかった

霧に満ちたこの場所は昼も夜もなく、磁場は乱れ、機械の時計も故障した。バネッサは最も原始的な方法――装飾品だった砂時計――でここで過ごした時間を測るしかなかった

それは、彼女たちが――

かつて輝かしい栄光を誇ったファウンス宇宙船が、琥珀の中の虫のようにここに閉じ込められてから――

ファウンス宇宙船が襲撃を受け、緊急射出が行われた時、誰もがそれを単なる事故だと思っていた

混乱の中で通信塔に不具合が生じ、空中庭園と連絡がつかなかったものの、ファウンス宇宙船は常に空中庭園の位置を捕捉しており、誰もがそのうち帰還できると信じていた――

――いきなり空に開いた地獄への亀裂が現れるまでは

ファウンス宇宙船がどのようにそこへ入り込んだのか、誰にもわからない

あの激しい衝撃の後、バネッサが目を覚ますと、灰白色の霧とともに高濃度のパニシングがあっという間にファウンス宇宙船の内部に満ちた

警報は耳をつんざいて鳴り響き、巨大な赤い警告表示が宇宙船の天幕に点滅していた。宇宙船の防護シールドは、脆い紙のように触れただけで破れそうだ

新しい演習か何かだろうか……?

うっ……

パニシングが彼の気管から内臓へと侵蝕し、彼の口から鮮血を噴き出させた

こ、これは……ゲホッ……

彼は必死に喉を掻きむしったが、もう話すこともできず、ボタッと落ちる腐った果実のように地面に崩れ落ちた

破れた宇宙船の防護シールドの外から高濃度のパニシングが怒涛のように流れ込み、灰白色の霧はまるで生き物のように地面を這い回っている

パ、パニシング!?

こ、これは、戦場シミュレートなの……!?

空中庭園で生まれ育った入学したての彼女は、実際にパニシングに接したことがほとんどなかった。ブルブル震える手で腰の武器を引き抜くも、指が強張って動かない

端末

警報、警報!パニシング濃度が安全基準を超過。防護服、または安全防護マスクを装着してください

警報、警報……

ぼ……防護マスク……

鈍い音を立てて、端末が床に落ちた

端末

警報、警報!パニシング濃度が安全基準を超過。防護服、または……

端末は無意味な警告を繰り返し続けた。彼女は武器を強く握りしめたまま息絶えていた

勝手に動かないで!誘導灯に従って!小型浄化塔の方向へ――!

アリアナは必死に声を張り上げて皆を避難させようとした。だが騒然とする悲鳴の中で、彼女の声は大海に呑まれる波しぶきのように掻き消された

誘導灯に従って!!宇宙船には小型浄化塔があるわ!慌てないで……

ゲホッ……

システム

警告、警告!パニシング汚染を検知。まもなくエアロックゲートを封鎖します――

ダメ――!エアロックゲートの自動封鎖システムを止めないと!

もしゲートがロックされれば、数百人の学生がこのホールに閉じ込められてしまう

どうにか開く方法を――

彼女の足はエアロックゲートの前でぴたりと止まった

電子パネルが赤く点滅し、すでにパニシングに侵蝕されているのは明白だ。だが、この手動開放システムは……アリアナは急いで背後の下層メンテナンスダクトを開いた――

ゴホッ……間に合わない

――フェルメール教授!

あのゲートの電子システムはすでに侵蝕された。もう1度開くには、誰かが下層に行って、噛み合っているギアを動かさなければならない

年老いた教授は何度も咳き込み、眼鏡の奥の瞳は赤く充血していた

私が設計を担当したシステムだ。私に行かせてくれ

アリアナが答える前に、フェルメール教授はさっと身を翻し、灰白色の霧を噴き出しているメンテナンスダクトへ飛び込んだ

高濃度のパニシングが彼の皮膚をただれさせ、眼からは血の涙が溢れ出た。老人はすでに視力を失っていたが、それでも本能を頼りに手探りで進んでいった

30秒、1分……そして1分35秒後、彼はついに命の鍵となるギアを探り当てた

開いて……くれ……!

彼は老齢の人間とは思えない力を爆発させ、錆びついたギアを回した

重厚な合金製のゲートが轟音を立てて開いた

扉が途中で止まった!急いでくぐり抜けて!誘導灯に従って避難するのよ!

彼の耳に、アリアナの声が微かに届いた

フェルメール教授

子供たちは……皆、出られただろうか……

最後の呼吸が鼻腔を通って静かに消え、老人は狭いダクトの中に倒れ込んだ。その灰色の瞳に、地球の空が映ることはもうなかった

恐怖は矢のように広がり、生存者たちは当てもなく逃げ惑った。だが、一体どこへ逃げればいい?すでに宇宙船は、この正体不明の空間に呑み込まれているというのに――

戦術ポーチに簡易防護マスクが入っているだろう!

大きな銃声が空に轟いた。狼の群れに散らされた子羊が新たな逃げ道を見つけたかのように、恐怖と動揺、戸惑いに満ちた視線が、一斉に銃声がした方向へ向けられた

簡易防護マスクだけを装着したバネッサが、ファウンス記念碑の下に立っていた

アリアナ、小隊の隊員を率いて、宇宙船の小型浄化塔を起動しに行け

了解!

まだ動ける構造体は、ただちに負傷者を連れて浄化塔の範囲内へ移動しろ

了解です!

その他の者は防護マスクを装着し、30秒以内に最寄りの脱出ポッドへ向かい、予備の防護服を確保しろ

次々と指令が飛び、人々はようやく精神の拠り所を得たかのように行動を開始した

生存者たちは簡易防護マスクを装着し、予備の防護服を確保した。宇宙船の片側にある小型浄化塔も微かな駆動音を立てながら、ゆっくりと起動し始めた

微弱な青色の安全灯が点灯したパニシング検知器が、バネッサの青白い顔を照らし出す

よ、よかった!浄化塔が起動した!

だが息をつく間もなく、その直後、空間の上方に無数の亀裂が現れた。そこから異常な「生物」が次々と湧き出し、無差別に宇宙船上の人々に襲いかかった

戦況の幕開けはあまりにも突然だった

よし、防護服は問題ないし、血清もまだ使える。行きましょう……

バネッサ……バネッサ?

アリアナがバネッサの視線を追うと、目に入ったのは、少し離れた広場に残された血痕と……遺体だった

戦争はあまりに突然だった。この時点で、ファウンス宇宙船には歴戦の指揮官が多数存在していたのに、どこからともなく侵入してくるパニシングを防ぐことはできなかった

見えない敵との交戦が始まる前から、ファウンス宇宙船ではすでに甚大な被害が出ていたのだ

……あなたのせいじゃない。あなたは十分迅速に対応していたわ

……フン、のろまな連中を哀れんだりはしない

戦術ポーチには簡易防護マスクが常備されている。警報が鳴った時点で、真っ先にマスクを装着すべきだ

……

バネッサは視線を戻した

これが戦争だ。戦場はそんなに甘くない

……その通りね。戦場は誰ひとり憐れみはしない

でも、大丈夫。教えるべきことは全て彼らに教えるつもりよ。皆、きっと無事に地球に戻れるわ

アリアナはため息をついた

さあ、ひとまず私たちも戻りましょう。負傷者が血清を待ってるし。未開封の医療用品をいくつか見つけたから、それも一緒に持っていかなくちゃ

ニヤ、その予備の包帯を持ってくれる?突破するわよ。準備を……ニヤ?

……えっ、あ、はい!

驚いて固まっていた学生は、ハッとして背筋を伸ばした

何をボンヤリしている

ボヤボヤしていたせいで怪物たちに追いつかれても、助けてもらえるなんて期待するなよ

バネッサは銃のセーフティを外すと、身を屈めたまま医務室に散乱した家具を回り込み、アリアナへ隔離扉を開けるよう合図した――

次の瞬間、激しい銃声が一斉に響き渡った

バネッサは扉の周囲で蠢く怪物たちを撃退し、弾倉を交換する隙に背後から襲いかかってきた敵を銃床で殴りつけ、大量の医療物資を背負うニヤの脱出を援護した

どうも様子がおかしい。医務室は浄化塔の効果がギリギリ届く範囲なのに……どうしてこんなに大量の怪物が現れたの?

……何かおかしい

壁際を這うように近付いてきた怪物を撃退しながら、バネッサは眉をひそめ、戦術ポーチに手を伸ばすと、残っている弾倉を確かめた

残りの弾薬はすでに数少ない

とにかく、急いで戻りましょう……

その時、鈍く大きな音が響いた。アリアナの背後にあるキャビンの壁が高濃度のパニシングによってじわじわと腐食し、いびつな穴が開いていく

クソッ……「亀裂」だ!どうしてこんな場所に現れやがった――!

アリアナは1歩遅れたニヤを押しのけ、素早く「亀裂」内へ向けて掃射した。しかしそれよりも早く濃霧が溢れ出し、怪物の咆哮が耳元にまで迫った

ニヤ!逃げて!

ふたつの銃口が交差し、密な火力網を展開した。だが形成されつつある亀裂を完全に封じるのに不十分なのは明らかだ

――アリアナ!後ろだ!

いつの間にか濃霧の中に潜んでいた怪物が、その爪を露わにする――

うっ――!

鋭い爪が一瞬でアリアナの肩を刺し貫いた

――アリアナ教官!

ニヤは振り返り、痛みでふらつくアリアナを支えようとした

――これを持って!

彼女は、この行動がどんな結末を迎えるのかをわかっていた

氷のような爪が引き抜かれた瞬間、アリアナは自分の命が終わる音を聞いた――破損した防護服の亀裂で、パニシングが自分の血肉を侵蝕していくのをはっきりと感じる

早く……隔離扉の方へ行って!やつらを安全区域に侵入させないで!

アリアナは手にしていた銃をニヤの手に押し込むと、よろめきながら制御台へ向かった

指先から流れる鮮血がノイズに覆われた大画面に滴り落ちる。彼女は舌を強く噛み、意識を保った

アリアナ!どうにかして隔離ゲートを封鎖しろ!弾が残り少ない。長くは持ちこたえられないぞ!

バネッサの銃口は絶え間なく火を噴き続けていた。彼女は後退できない。1歩でも下がれば、怪物たちがこの通路を通って背後の安全区域へ雪崩れ込んでしまう

システムが……作動しない……!

パニシングの濃度が高まるにつれ、アリアナの視界が次第にぼやけていく。銃声やニヤの緊迫した呼びかけも、まるで遠い水底から聞こえてくるようだった

唯一はっきりと聞こえていたのは、激しく鼓動する心臓の音だけ

手動制御レバーを探せ!

バネッサは片手で弾倉を外し、腰の戦術ポーチへと手を伸ばした――

もう、これが最後の弾倉だ

ダメだ、これではとても――

バネッサはニヤの方を向いた

ニヤ!撃て!

赤い閃光が白い霧を切り裂いた。手の中に銃を抱えるニヤの指先は、僅かに震えていた

撃て!撃たないと全員ここで死ぬ!

アリアナの体温が残る銃は、焼けるように熱かった。ニヤの顔を伝う温かい液体もまた、同じように熱かった。それが血なのか生理的な涙なのかは、彼女自身にもわからない

だが、彼女はもう何も考えず、力いっぱい引き金を引いた

弾丸が織りなす火力網が、何とか怪物の突進を再び封じ込めた

アリアナ!

バネッサは隔離ゲート内へ踏み込んできた怪物を蹴り飛ばすと、振り返ることなく外のアリアナに向かって叫んだ

……わかった!

アリアナの指先はもはやほとんど感覚を失っていた。重度の侵蝕により、防護服に包まれた手足はすでに腐敗し始めていた

彼女はほとんど手探りで、「緊急手動閉鎖」と表示されたレバーを探り当てた

緊急封鎖……起動……準備……

全身の力を振り絞り、彼女はそのレバーに激しく体をぶつけた

隔離ゲートの上では、赤い非常灯が回転し、警報の電子音が急き立てるように鳴り響いている

――馬鹿!弾はもうない!

バネッサはニヤの手からとっくに弾が切れた銃をもぎ取ると、彼女の襟元を掴んでゲートの方へ突き飛ばした

アリアナ、怪我は……

言いかけた言葉は、アリアナの防護服に走る大きな亀裂を目にした瞬間、無理やり呑み込まれた

ゲホッ……

アリアナは冷たい制御台にもたれたまま、ずるずると力なく崩れ落ちた。唇の端からは血の泡が絶え間なく溢れている

物資を持っていって……早く……

アリアナ教官……

ニヤ……走って、前へ

ここから逃げ出せば……あなたの戦術支援科……「優秀」評価にするわ……

呼吸が異常に重くなり、アリアナは最後の力を振り絞って戦術ポーチを取り外し、バネッサに投げた

……

バネッサ……

アリアナはヒビだらけで見えにくい防護マスク越しに、バネッサの目をじっと見つめた

力なく口を開いたが、粘ついた血液がゴボリと口から溢れ出し、もう声を出すことすらかなわない

あの子たちを……家へ連れ帰って……

うわ言のような声だったが、その言葉ははっきりとバネッサの耳に届いた

バネッサは唇をぎゅっと結び、ためらうことなく背を向け、隔離ゲートへ向かった

待ってください……アリアナ教官がまだ外に!

隔離ゲートが急速に降下している――

もう死んだ

バネッサはニヤを必死に押さえつけた

嘘――教官はまだ生きてる!ほら、動いてる!まだ助かります!

ニヤは喉が張り裂けんばかりに絶叫しながら、バネッサの拘束から逃れようと狂ったようにもがいた

……ただの怪我ですよ!?薬ならあります!包帯も、それに血清だって――

彼女は目を見開いたまま、降下していく隔離ゲートを見つめ、その隙間が次第に狭くなっていくのを見ていた――

アリアナ教官ッ――目を覚まして!こっちを見てください!

アリアナは死んだ!

バネッサは力尽くでニヤを地面に押し倒し、彼女の瞳を鋭く見下ろした

――もう、死んだんだ!

そ、そんなはずは――!

まだ、血清も他の薬もあるのに。ち、治療さえすれば――

ゴゴゴ――

重厚な合金製の隔離ゲートは、轟音を立てながら抗いようもなく降下し、灰白色の霧と怪物の咆哮に満ちた地獄を、彼女たちの視界から少しずつ遮断していった

教官……

アリアナ……教官……

重いゲートは、生と死を隔てる最後の僅かな隙間を完全に閉ざした。ニヤは呆然としたまま、目の前の扉を見つめていた

遅れて込み上げた涙がとめどなく零れ、恐怖で押し殺されていた悲しみが堰を切ったように決壊して溢れた

ニヤはくなくなと崩れ落ち、傍にある血清の箱から決して目をそらそうとしなかった。その箱を見つめ続けていれば、今起こった全てを忘れられるとでもいうように

ど……どうしてこんなことに……

だって、さっきまで確かに……

……

バネッサは立ったまま、閉ざされた隔離ゲートを無言で見つめていた

当然、彼女はこんな戦いに慣れていた……そして、こんな風に突然の、何の痕跡も残さない死にも慣れていた

乾いてひび割れた唇の端から血が滲み、生臭い鉄の味が口内に広がる。バネッサは唇を軽く舐め、アリアナが投げた戦術ポーチを拾い上げた

もういいか?

……

崩壊の後に訪れた、途方もない無力感。ニヤは涙で頬を濡らしたまま、隔離ゲートの上で点滅する警告灯を呆然と見つめていた

気が済むまで泣き終わったら、血清箱を持って立て

アリアナの死を茶番にするな

バネッサは背を向けて、影の中へと消えていった

ファウンス宇宙船

霧域

かつて広かったデッキに、集められた物資が至るところに積み上げられていた。小型浄化塔のカバー範囲は限られており、彼らはあらゆる隙間を活用しなければならなかった

レイナ教官。だ、第3探索隊が帰還しました。こ、後方の厨房から、備蓄されていた缶詰をいくつか持ち帰りました……

入学したばかりの学生は、学生の立場から兵士の身分に変わったことにまだ慣れておらず、教官へたどたどしく報告した

缶詰はいくつあって、どんな種類だ?破損しているものはあったか?

わ、わかりません……

……まあいい。物資を持ってアリアナを探し、分類の仕方を教えてもらえ

ア、アリアナ教官は、バネッサ教官と一緒に血清を探しに行かれたのでは?

おっと、そうだったな

待てよ……彼女たち、まだ戻っていないんだな?出てからずいぶん経つだろう。何かあったんじゃ……

レイナは不安げに机の上の砂時計を見つめた。再び口を開きかけた時、扉が軋みながら開き、重い物資袋を引きずったバネッサが入ってきた

……記録を。未開封の血清1箱、未開封の包帯が5個、その他いくつかの薬品。医務室から取ってきたものだ

バネッサ……血清か!?ありがたや、本当に助かった!5人の重傷者にとって待ちかねた命綱だ……

レイナは手早く記録帳を開き、新たに到着した物資を記録して、側で待機していた医療班に手渡した

他の探索隊はどうした?

第1、第6探索隊は霧の奥へ向かったがデッキの反対側で不運にも怪物と正面から交戦し、生還したのはひとりだけだ。「亀裂」が多すぎて、エンジンルームに到達できなかった

負傷者が多すぎて、こちらの人手ではとても足りない。一部の隊員は安全区域の外に残って、怪物が内部へ突入するのを食い止めなければ

まったく……次の学校の記念日には新しい規則を追加しないといけないな。各指揮官は、最低2名の隊員を連れて帰校せよ、とね……

おっと、話が逸れた。通信塔を修理しに行く予定の第2探索隊は、途中で霧で迷い、ふたりしか戻らなかった。すでにアリアナとヴァレンが率いていた第5部隊を捜索に向かわせた

第3、第4探索隊は食堂へ向かい、食料をいくつか持ち帰った。記録はまだ済んでないが……そういえば、アリアナは?

……

バネッサの沈黙の意味を理解しないまま、レイナはくどくどと話し続けた

彼女の手を借りたいんだ。予備薬品庫の生体認証権限を持つのは、もうアリアナだけだ。部隊の負傷者たちに注射薬が必要で、後方支援の担当者が彼女を探している。それと……

端末のページをめくりながら、レイナは慌ただしく注意事項を確認した

しまった、忘れてた。医療ポッドの薬液がもうすぐ底をつきそうなんだ。備蓄がどの倉庫にあるのかをアリアナに確認して、探索隊を派遣しなきゃいけない

それから、撤退してきたばかりの第3探索隊の学生たちは、物資の分類はできないし、精神的にも不安定だ。アリアナに一度様子を見に行ってもらわないと。最後に……

備忘録を読み上げるのに忙しいレイナは、ニヤの青ざめた顔に気付かなかった

「アリアナ、アリアナ……」

彼は後方支援の責任者である彼女がすべき項目を、早口で何度も繰り返していた。しかしその名前はまるで錆びついた鉄のノコギリのように、ニヤの神経をすり減らした

きょ……教官は……

ニヤは歯を食いしばり、何か言おうとしたが、どう切り出せばいいのかわからなかった

……どうした?疲労困憊か?まあ、無理もない。初めての任務だったんだからな……

すぐ後ろがアリアナの部屋だ。ひとまずそこで休むといい。彼女も気にしないだろう

バネッサ、なぜずっとダンマリなんだ、アリアナはどこだ?運ばなきゃならない重い物資でもまだあるのか?それなら、俺が第3探索隊に頼んで……

アリアナは死んだ

……何だって?彼女は後方倉庫に直行したんじゃないのか……?

言っただろう。アリアナは死んだ。もう戻らない

アリアナが死んだ……

呆然としたまま、レイナはバネッサの言葉を繰り返した

我々は亀裂の出現に不意を突かれた。アリアナは肩を刺されてパニシングに侵蝕され、バイタルサインは消失した

彼女はもう帰還しない、戦死者として登録しろ

そんな……医務室は船体の中央にあるはずだろう?これまで、「亀裂」が船内に現れたことなんて1度もなかったはすだ!

全ての理由は、私たちが必ず突き止める

バネッサの眼差しに悲しみはなく、ただ抑え込まれた揺るぎない冷静さだけが宿っていた

彼女の名前を戦死者名簿に記録しておけよ

さて……ニヤ

……

後方倉庫へ。第3探索隊の隊員たちに物資の分類方法を教えるんだ。アリアナに教わったやり方で

……りょ、了解しました!

アリアナがバネッサに答える時のように、ニヤは再び力を取り戻したのか、ふらついて壁にもたれながらも立ち上がった

だ、だが……

レイナは端末を手にしたまま、まだ呆然とその場に立ち尽くしていた

どうして……アリアナが……

……

バネッサは彼の手から端末をもぎ取り、「戦死者名簿」のフォルダを開いた

名前、写真、ファウンス学籍番号……どの空欄も、今回の事件で失われた命を意味していた

フェルメール·レイジ―、機械動力学教授

宇宙船が「異常空間」へ突入した初期に戦死

手動でエアロックゲートを開いた彼の犠牲により、生存者たちは30秒の猶予を得た

リナ、指揮官専攻の学生

「異常空間」の探索中に戦死

彼女は最初に「キメラ」を発見し、「異常空間」の怪物に立ち向かった最初の人物でもあった

オーソン、機械動力学専攻の学生

「異常空間」の調査中に戦死

この空間の法則を解明し、宇宙船の位置を突き止めようと試みるも、デッキに亀裂が開いたことで死亡した

…………

瞳に画面の冷たい光を映り込ませながら、バネッサは端末のページをめくった。指が画面をタップする小さな音が、死んだように静まり返った室内でやけに鮮明に響いた

アリアナ·リオン、ファウンス士官学校後方支援部部長

亀裂「出現」後、安全区域の負傷者を守るため、重傷を負いながら手動でゲートを閉鎖

パニシングに侵蝕され死亡

システムが小さな電子音を発した。「生存」を示していた緑色の文字列は静寂の灰色へと変わり、ますます長くなっていくフォルダへ自動的に保存された

……よし、ボンヤリしている時間はない。作業に戻れ

権限がなければ薬品庫をこじ開けるんだ。物資の分類がわからなければ、とりあえず1カ所にまとめておけ

バネッサがアリアナの戦術ポーチを机の上にドサッと投げ出すと、中から小型のメモリーが転がり落ちた

これは……

メモリーを端末に接続して表示されたのは、アリアナの遺言ではなく宇宙船の平面図だった。そこには各倉庫の位置と、保管されている物資の種類が詳細に示されている

……

医療ポッドから薬液を運べる人員を探すためには気力がいる

し、しかし、あのアリアナが……

でもも、しかしもない

彼女は端末を閉じ、レイナへ投げ返した

全員に警戒態勢を通達し、負傷者を1カ所に集める。これより、私の命令がない限り、塔の範囲内の安全区域から離れることを禁止する

だが……通信塔の辺りは……

ブゥゥン――

宇宙船の放送から、微かなホワイトノイズが流れた

あーあー……聞こえるか!?

……通信塔か!?

通信塔の修理が完了した!第5探索隊、任務完了!アリアナ、聞いてるか?

ハハッ、君の言う通りにすれば絶対に上手くいくと思ってたさ!

……通信塔を修復できたんだな

バネッサは端末の通信ボタンをぐっと押した

こちら、司令室バネッサだ。第5探索隊は通信塔に駐留し、ただちに外部へ救援要請信号を発信せよ

えっ?バネッサ……?どうして君が?

それと、通信塔の戦術レーダーを起動し、私の端末とホログラムマップを同期させろ

りょ……了解!

次の瞬間、戦術レーダーのホログラム投影が勢いよく展開した。「異常侵入者」を示す赤い点がびっしりとマップを埋め尽くしている

クソッ……更に増えてやがる!

亀裂が――

言いかけた途端、突然宇宙船が激しく揺れ始めた

何が起きた――通信塔!

ほ、報告!通信塔が、空間の異常な波動を観測――!

待て……何だ、これは!?

デッキの反対側で無数に光る真紅の光点の中に、突如、緑色の「ファウンス認証」識別コード信号がふたつ現れた

ここへ行ったのはどいつだ?私の命令なしに安全区域を離れることは許さないと言ったそばから……

バネッサは眉をひそめながらふたつの緑色の光点を拡大し、端末から該当する2名の識別信号を呼び出した

……

……[player name]と……ルシア?