あの方が……お前に見せるもの……
「ロキ」はすでにお前に見せた
だがお前にはその価値がないようだ
だからここで死んでもらう
ブードゥーのマスクが煌々と光り、その色が点滅しながら変わっていく。ロランは思わず手元の武器を握りしめた
もし……お前が……生き残れた……なら
私は……再……判……
ハハハハ……ハハハハ……ハハハハハハハハッ!
ブードゥーの冷静な声が響きを変え、捻じ曲がり、再び恐ろしく歪んだ人間のものに変わった
せいぜいお前の死体をバラバラにしてあの方の前に投げるだけだ!気にはされないだろうよ!弱者に生きる価値はないのだ!
一戦交えたお陰で、ロランは目の前の巨大な影が見せる、時に冷静で時に狂う姿に徐々に慣れつつあった
せいぜい?その話から判断すると……私は生きて、その「あの方」と呼ばれる者の前に招待されるようだね
…………
クソっ……どうして……こんな時に……お前のデタラメな言葉で防御装置が発動してしまったんだ
うう……ああァ……
?
「ロキ」の暴走は想定外だ、循環液に加える疑似アドレナリン制御剤を再調整しなくては……
……しかし、まだ任務は続けられる
「ロラン」という個体、お前をテストすることが私の任務だ
さっきのパフォーマンスからすると、追試の価値はないようだ。お前の戦闘力はあの方の推測よりもはるかに低い
しかもあの方が言うような、戦闘力の差を覆すほどの智略があるようにも見えない
……よく調べてくれてありがとう
あの方はなんでもご存知だ
だから、これから……私は……もう
「ブードゥー」が伸ばした手を端緒に、彼女の全身が震え始めた。その機体の光も色を変え続けている
「ロ」……う……ウ……うら……ぎ……
ぎ……ギ……ぎ……ぎり……
……そ……それがどうした?自分を……殺すのか?それとも……実験の時に、一番好きな映画の主人公を自分の頭の中に入れたから、私と分離できるとでも思ったのか?
「ブードゥー」、いや……研究員認証コードRIKD-042……お前は私たちの関係について、間違った理解をしていないか?
チッチッチッ……身分の認知のために、世界の果てまで争えばいいさ。私はもう先に行ってもいいかな?
……
「ブードゥー」は応答せず、背後にあるミサイル装置のミサイルを操りロランを狙ってきた
……お前、どう思う?
死体か、腕一本か、それとも頭でも持って帰った方が、あの方が喜ぶと思わないか?
…………しばらく戦闘を続けたあと、ブードゥーの空中での強さに対して、ロランの反撃はやや劣勢だった
ロランがチェーンブレードで攻撃しようとすると、ブードゥーは複数回にわたって翼とミサイルを使いロランを追い詰めてくるのだ
追い詰められたロランはチェーンブレードを振り回して、何度も「ブードゥー」という敵のたび重なる攻撃を撃退していた
双方の距離が、弾丸が届くほどに縮まった瞬間、ロランは最後の8発のスラッグ弾を直接ブードゥーのマスクに向けて、ためらわずに全弾発射した
ブードゥーの頭は激しく後ろへ飛び、空中で半回転した。バランスが崩れたことで、機体内の自動バランス装置が稼働し、エンジンを全力で噴射して態勢を整えている
――そして頭を下に向けたまま地面に激突する寸前で、ブードゥーはようやく体のバランスを取り戻した
痛……痛い……
ハハハハ……ハハハハハハァァァッ!!この【規制音】め!痛いぞ!
私に当たったぞッ!お前を殺してやる!粉々にしてやる!内臓を引き抜いてお前の顔に巻き付けてやる!
一方、ロランは地面に着地すると、ついてもいないのに服の埃を払った。樹上にいるらしき彼の「敵」は枝に隠れているせいで、その顔が見えない
やれやれ……こんなところまで誘導して、ただ殴りたかっただけなのかい?
悠然とした言葉のあとにすぐ、更なる挑発が続く
不満があるなら、座って話せばいいじゃないか。急に手を出すなんて、およそ紳士的なやり方とはいえないな……
挑発に続いたのは行動に対する反論と誹謗だった……だがこれ以上の挑発は必要がないようだ。すでにブードゥーは再び空中に飛び上がり――急降下を始めていた
くだらんことを言うな!任務なんて知ったことか!お前にはここで死んでもらう!
…………
そう叫びながら、敵は獣のようにロランに飛びかかった。低木に遮られてよく見えないが、ロランは劣勢のようで後ずさっている
…………
その刹那、ロランの笑いを含んだ目と視線が合ったように思えた。それは錯覚だったかと思えるほど、一瞬の出来事だった
ちっ、任務すらどうでもいいとは……こんなサイコなのを寄越すとはね……
ロランの視線の意味を深く考えている余裕はない――事実、怒りに満ちたロキの人格に肉体を支配されたブードゥーは、何ひとつまともに考えることができないでいる
翼と噴射装置からの有り余る動力を使って、ブードゥーは足を真横に上げると、力強くロランの体を叩きのめした
攻撃を受けてロランは吹っ飛ばされ、地面に倒された。彼はやれやれとばかりに手を振りながら咳き込み、その口からは循環液が流れ出している
殺すのはいいけど、せめてなんで殺されてしまうのか、説明してくれないかな
その瞬間、ロランの計画が、この行動に引き寄せられて来た存在によって完成される――
君のボスから、何か伝言とか預かってない?
それとも……ゴホッ、君はただ殺すためだけの傭兵ってこと?
ロランの言葉を聞いた敵はしらばくためらっていた
(効果ありか?)
しかし、一瞬の停滞のあとに、何かが頭上に飛び上がった
それは森と崖を越えて、ロランの頭を掠め、旋回しながら、高熱のジェット噴射を続けている
一方、ここに着いてからずっと黙っていた21号だが、彼女の意識海が危険を感じて荒れ狂っている
灼熱の気流が周囲の木々を吹き飛ばした。吹き飛ばされた枝や葉の間に、目を引く白い何かがあった
21号、見つかった……!
(そうでなくちゃ)
……チッ
…………
この臭い……この臭いは?この臭いは!
鋼鉄の巨獣はその鋼のような翼で風を起こした。崖から崩れた石や木の葉が「彼女」の周りを飛びかい、背後の赤い月を王冠のように戴く。その影は月から鉤爪のように伸びている
次の瞬間、「彼女」は鋼鉄の体をねじまげ、嫌な音を響かせた。なぜ折れる寸前まで体をねじまげているのか、誰にもその理由はわからない
キ、キキ、キキキ……
その巨獣の、蚕が桑の葉を食べているかのようなきしんだ低いうなり声が、段々と近づいてくる
いや、違う「彼女」は笑っている……「彼女」は興奮しているのだ!
この笑いは……殺戮の始まりに、興奮を隠しきれない笑いだ――
「彼女」は笑い続けた。その恐怖を覚えさせる一本調子の笑い声は、まるで赤ん坊の泣き声のようでもあった
ギチギチ……ハハハハハハ!!!!!
その声はいつまでも続いた。その異様な声は怯えているようでもあり、勝ち誇っているようでもある。地獄に落ちた罪深き魂だけが出せる音だ
きた、きた、キタァァァ!
さっきのあいつは簡単に片づくゴミだったと知ったら、あの方はきっと失望する
でも、でも、ブードゥーが新しいおもちゃを、生きたまま連れて帰ったら――喜ぶ!あの方はきっと喜ぶ!
何をぶつぶつと……狂ってるのか?
おもちゃ?
皆下がって――私たちのことよ!