荒野に吹き荒ぶ狂風が、砂塵を巻き上げる
1km先も見えないような悪天候の中、砂嵐の中で場違いなエンジン音が響いている
エンジン音は徐々に大きくなり、大きな黒いバイクが砂嵐の中から飛び出した。空高く跳躍するバイクを駆るのは赤い服に白髪の少女――
バイクは空中に弧を描いて着地し、急ブレーキが大量の火花を散らす。地面には黒く焦げたタイヤ痕が残った
やがてバイクは廃墟の前で完全に停止した。バイクを降りた少女は刀を手にし、廃墟に向かって歩きだした
ここは……
廃墟の中心地に立ったαはぐるりと周囲を観察した。バイオニック動物の残骸が大量に積まれている。地面には巨大なクレーターがあり、周辺の建造物にも爆撃された跡があった
……人間の内紛?でも、こんな火力が今の地上にあるとは思えない
αはまだ損傷程度が軽い建物の前に立つと、壁の一部を手で払い、埃に埋もれていた文字を読み上げた
第5次アルカディア作戦、北米打ち上げ基地
……私の記憶が正しければ……
何かを思い出したかのように、αはバイオニック動物の残骸の山へ向かった
αが軽く刀を振ると、乱雑に積み上げられた残骸は一瞬でバラバラと散らばった。残骸に埋もれていたのは、旧式の輸送機
輸送機は砲撃で破壊し尽くされ、キャビンの原型がわからないほどに歪んでいる。乗員の運命など、想像するまでもない
輸送機の機体には東洋の家紋らしきものが刻まれていた。その下には、まるで誇示するかのように書き加えられた、輸送機の主の名前
シュンスケ……あれの叔父、だったかしら。……ふん、やはりそういうことね
ショーメイの復讐手段は評価に値するけれど、選択を誤ったのは……残念ね
駄犬を囲っていても、エサが無駄になるだけだもの
αがバイクへと戻る頃には、砂嵐は収まりつつあった
ここにも来たのね。あの打ち上げ基地の管制センターかしら?
基地から離れて真っ直ぐ進んだαは、砂漠の中に佇む比較的無傷の建造物にたどり着いた
思ったより追跡が楽……あいつ、教え子に追手の撒き方を教えてないのかしら
バイクを停めて建物のメインゲートをくぐろうとしていたαは、直前で動きを止めた
壁と扉の腐食深度が明らかに違う……扉は今も使われている。どうやら、ショーメイがついさっき開けたというわけでもなさそうだ
αは建物の側面に回ると、建物の影にある枯れかけた低木の茂みに隠された複数の補給箱を発見した
人間の予備食糧……ふふ、ご丁寧にこんなトラップまで
αは目線の高さに刀を持ち上げた。刀身に反射された光によって、空中にほぼ透明の線が浮かび上がる
旧型軍用トリップマイン……ここも虫けらどもに占拠されたってことね
?
その瞬間、メインゲートの中で複数の足音が鳴った。αは刀を壁に突き刺し、刀身を利用して飛び上がると、建物頂上に身を隠した
中はどうだった?
侵入した昇格者は制圧した
なんでまた、昇格者が突然……
俺にもわからん。中でまだ尋問中だ。万が一に備えて、周辺の拠点に召集命令を出すようワタナベさんに指示された
わかった、中を見てくる。20-441小隊の生き残りもこっちに向かってるってさ
了解。ところで、このバイクはお前のか?
バイク?
オブリビオンのふたりが門前のバイクに不審を抱いた瞬間、αは飛び降り、ふたりを峰打ちした
主役を奪われるわけにはいかないわね
αは刀をしまうと、管制センター内に侵入した
建物内には至るところにオブリビオンがいる。αは彼らを回避しながらマスターコントロールルームを探し当て、そっと中の様子を探る
薄暗い部屋の中では、ワタナベがショーメイの首にダガーを突き付けていた
ワタナベの傍らには数名のオブリビオン。身なりや装甲から、相当な手練であることが伺える
そのうちのひとり……ベソニダスは片眼と耳と頭皮の半分を失っていた
19中隊の屋台骨であるその男は、どんな絶望的な状況でも決して諦めない人物として知られていた
カラム、16歳。今年になってオブリビオンに加わった新入りだ。装甲もろとも、ワタナベが拠点K-44から回収してきた
連れ帰る気はさらさらなかったワタナベを、2km離れた地点から撃った1発の弾丸で翻意させた
……まだまだひよっこだが、彼女なら天国の父親と同じ運命を歩むことはないだろう
クラーク。老練の兵士。歴戦の兵であり、あらゆることを知っている
その知見と人脈で、彼がいればどの勢力とも友好関係を結ぶことができる
おいおい、落ち着いて話し合おう。まずはその物騒な銃やら刀やらを下ろしてくれないか
昇格者と話すことなどない
まったく驚きだ……ここの管制センターは、誰にも知られていないと思っていたんだが
この世界はお前たちが驚くようなことだらけだ。言え、ここに何をしにきた
ワタナベは、得物を更にショーメイの首に近づけた
管制センター後方の空港にある飛行機を拝借するため……と言ったら、信じるか?
この野郎、ふざけているのか!?
言うが早いかベソニダスは瞬時に銃をリロードし、ショーメイのこめかみに押しつけた
……まぁそうなるよな……
我々は忍耐強くない。目的を教えないのならこのまま引き金を引くまでだ。昇格者をひとり殺したところでデメリットはない
そうか……やはり言葉では何も伝わらないのだな
ショーメイが言い終えるや否や、だしぬけに空間に複数の火花が現れた。よく見ると、円形のロボットが火花をまとったもののようだ
なっ……伏せろ!
ワタナベはショーメイに突き付けていたダガーを離すと、傍らのベソニダスを突き飛ばした
火花同士が連結し、ショーメイの周りで激しい爆発が起こる。コントロールルーム内にもうもうと煙が充満した
総員、暗視ゴーグルを装着。互いの位置を確認し、3人一組で迎撃態勢をとれ
あの野郎、逃げました!監視映像では……おそらく目標は管制センター後方の空港です!
追うぞ
了解!
気勢を上げたオブリビオンが建物から飛び出したときには、ショーメイが操る戦闘機はすでに中空まで上昇していた。戦闘機は淡青色の雲を吐き出すと、更に上空へと消えていった
駐機中の戦闘機に搭乗しろ。追跡する
イエッサー!
……待ちなさい
オブリビオンが今まさに戦闘機に乗り込もうとしたその時、その脇を緋色の影がかすめた
影がかすめる度に、そこにあるものが切り刻まれていく。全ての戦闘機を破壊し尽くした影が動きを止めた時、地面には負傷したオブリビオンたちが折り重なっていた
悪いけど、あれを追わせるわけにはいかないわ
お前は……
お久しぶりね
少しも嬉しくもない再会だ
それはお互いさまよ
特殊迎撃態勢を展開。こいつは他の昇格者とは違う
またやるの?環城のこと、忘れたのかしら?
逆だ。記憶に刻みつけられたからこそ、闘志が湧き上がる
あの戦いで変わったのは、お前たちだけではない
そう。じゃあ、お手並みを拝見させていただくことにするわ