そう、これがあなたの考えなの?
何もおかしくないわよ
でも彼女はちょっと違うの。地球に行ったこともないのに、いつも地球について非現実的な妄想をしていたわ
彼女がいた頃、地球に人類は残っているの?と聞かれたことがあるの
アイラは目を閉じた
公共基礎教育センターの先生は、あれは生命の全て、そして私たちが生まれたゆりかごだって言ってた
でもパニシングのせいで、私たちは一時的に地球から離れて、空中庭園から見守るしかなくなった
アイラはどう思う?あそこにまだ人間はいると思う?
いると思うわ。アルカディア計画で全員が地上を離れたわけではないもの。地上に残った人もきっといるでしょ
当時、地球には何十億もの人がいたって、本に書いてなかった?
何十億?空中庭園に入りきれない人数ね……
もちろん、ほとんど無理よね。端数くらいの人数しか入れないと思う
私もそう思う
でもそれでいいの
いつか地上の仲間と会えたら、お互いの見た奇跡を語り合い、一緒に歌を歌うの
それ以上にロマンチックなことなんて、ないと思わない?
アイラが目を開く
あの時、私たちは何も知らずに、よく子どもじみたアイデアを話していたわ
彼女は地上に人間が残っていたら、どんなに素敵だろう。いつか地上の仲間と会える日が来たら……
お互いの見た奇跡を語り合い、一緒に歌を歌うのよ
彼女も私も、当時は考えたことがなかったの
地上に残された人たちは、なぜ空中庭園に来れなかったのか?
残されたあと、どうやって生きていたのか?
地上に残された人たちは、私たちのことをどう思っているのか?
目の焦点が戻った。目の前にあるのは、奇跡ではなく、苦しみと悲しみだけだった
度重なる記憶の再生の状態に、ハンスが眉をひそめている
グレイレイヴン指揮官は、命令が聞けないほどに腑抜けとるのか?
いいえ、指揮官は……
ハンスは横目でこちらをちらりと見て、何かに気づいたような表情を見せた
しかし、ハンスは吐き捨てるように言った
もうよい。言い訳は無用だ
行動せよ。難民の疎開を始めさせろ。協力が得られなければ、強制執行だ
……!
他の3人が何か言う前に口をついて出た
軍の命令に背くのか、[player name]?
自分の立場をよく弁えて発言したほうがよいぞ
この作戦が終わったあとに、軍法会議に出向きたくないだろう
リーが一歩前に出て、自分を後ろに隠すようにした
もちろん承知です
少々時間の猶予を。ポイントはまだ全部設置されていないでしょう?
そうだ。しかし、ポイントが全て設置されれば、空中庭園の広範囲攻撃が行われる
この地とともに粉々にされたくなかったら、さっさと任務に行くんだな
そう言い放つと、ハンスはその場を立ち去った
ふぁ……僕は何もすることがなさそうだな
その辺りで昼寝をしてくる。じゃあ、また後でね
小屋のドアをノックする
申し訳ありません。空中庭園がこの一帯に広範囲攻撃をしようとしています。家族の方と一緒に避難してください
避難して、どこに行けばいいんだ?
リーフは言葉を詰まらせた
なぜなら答えは――行く場所がないからだ
エデンには余分な「乗船券」などなく、そしてこの大地のどこにも、保全エリアと呼ばれる場所などない
保全エリアは建設中で、全ての難民を受け入れることはできない
現時点ではひとまず、難民たちを攻撃の影響が及ばない地域に疎開させるしかなかった
リーフが黙り込むと、難民たちは皮肉めいた冷笑を浮かべた
偽善もいい加減にしろよ。俺たちのためにやっているとでも?それとも人間の皮をかぶった家畜の群れが、目の前で焼かれるのを見たくないだけか?
あんたらの良心とやらには、その行動と同じく反吐が出るぜ
ここから避難させれば、あんたたちの良心は満たされるかもしれんが、俺たちの人生がよりよくなるなんてことはないんだ
そういうつもりではないんです
ルシアの言葉に答えずに、難民はバタンと扉を閉めた
これで4軒目ですね
どうしてああまでに頑ななのでしょうか?
あの老人が……彼らのリーダーなんですよね
彼が避難すると言えば、皆も彼に従うかもしれませんね
僕もそう思います
次の家でもその次の家でも、拒否され続けた
何軒か続けて断られたのち、ようやく見知った顔が現れた
なんだ、君らか
おじいさん……
来た理由はわかっとる
ルシアは頷いた
わしの答えもわかっとるだろう。前に伝えた通りじゃよ
それですが、やっぱり理解できないんです……なぜですか?我々が皆さんと立場を同じくしていないからでしょうか?
お若いの、君にも理解できるはずじゃよ
こちら立場と君らの立場は、君らが思うほど違ってはおらん
君は、空中庭園とはなんだと思う?
人類の力の根源であり――
いや、そんなことじゃない。聞きたいのはグレート·エスケープの前、パニシングが出現する前の空中庭園はどうだったか、ということじゃ
人類初の超光速移民船です
では、現在、なぜ君らをもっと宇宙の果ての地へ移住させないのか?
私たちが失った地球を取り戻すためです
なぜ地球を取り戻したいのだ?
……
全人類の故郷を取り戻すことが、私たちの任務です
これは私たちの使命であり、私たちの存在意義でもあります
しかし、この地上にはもう君らが使えるような物はないぞ
都市は崩壊し、文明は失われ、地球全体が広大な廃墟となっている
空中庭園は地球の上空に浮いている。それはわしらがこの廃墟の中央に立っているのと同じことだ。なぜ君らは離れないんだ?
地球を取り戻すことに何の意味もないと考えたことはないのか?
今の君は構造体だ。人間じゃない。人類の意義を背負って存在し続ける必要なんてないじゃろう?
老人の言葉に、ルシアは少し動揺している
違います。私たちはそのために生まれました……
確かに生まれた理由はその通りだろうて。しかし、それは君らが生き続けるための意義では断じてない
……
人は生きるべきだが、じゃがな、ただ単純に生きていればいいのではなく、ただ生きることよりも大切なことがある
わかったかな?
ルシアは目を閉じた
私が選んだ道です。同じように、あなたたちが選んだ道もあります
老人は笑顔を見せた
そう、これがわしらの選んだ道であり、これがわしらが自身の人生に与えた意味なんじゃよ
わしらにはもう何もない。この大地に対する愛は、わしらにとって生きる最後の支えなんだ
最後の望みは、この土地に抱かれ、ともに永遠に眠ることなんじゃよ
君らにとってわしらが頑固にここから離れないのは理解できんと思うが、わしも同じく、君らの行動が理解できないのさ
人類は皮肉な生き物だ。人と人が真に理解し合うことはできない
ここにはわしたちの血、汗、涙、歴史、思い出がある。そして、わしらが創造したもの、大切にしたもの、失ったもの、愛したものの全てがある
前にも言ったが、もし慈悲の心があるなら、わしらの最後の希望を奪わないでおくれ
わしらの最後の意志を尊重してほしい
リーが前に出て、ルシアの肩を叩いた
わかりました
お邪魔しました。失礼します
立ち去ろうとすると、激しく口論する声が聞こえてきた
今さら私たちを世界政府の民だというの?ちゃんちゃらおかしいわ
グレート·エスケープの時、私たちに何をしたか、忘れたの?!
あんたたちは私たちに銃を突きつけて、エデンの入口に近づけないようにしたじゃないの!
あんたらは私たちをゴミでも捨てるかのように残して行った。なのに今度は救うだなんて、冗談じゃないわよ!!
出ていけッ!
とっとと消えてッ!あんたらの偽物の憐れみなんて必要ない!
女性と話しているのは、ハンスだった
シワひとつない制服は、少し濡れて、汚れていた
どうやら汚水をかけられたようだ
ハンス総司令官!
あなたは――
駆けつけた時、ふたりはすでに一触即発の状況だった
突然、遠くから優しい「クジラの歌」が聞こえてきた
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抑揚のある澄んだ声が高らかに大きく響いている。鳥のように風に乗ってやって来て、雲の彼方へと消えていく
近いようだが、同時にどこか遠い場所から聞こえているような
恐ろしい声ではないが、駆けつけた老人とハンスは同時に顔色を変えた
まずい……
総員、現作業を中止して戦闘態勢!
ちょっとちょっと、西側、西側だ!
昼寝をすると言っていたバンジは、実は付近を偵察していたようだ。彼は突然、丘の上から飛び降りてきた
その様子に気だるさは微塵もなく、いつになく真剣な表情をしていた
すぐに、全員が彼の真剣さの意味を理解した
大量のパニシング異合生物が、彼の後を追うように、舞い上がる黄砂の中から飛び出してきた