空中庭園
マーケットの脇道、その両側
指揮官、これで完了です
そう言って、青髪のメイドは手にしていた年代物のカメラをゆっくりと下ろした。数百ピクセルしかない低解像度の画面に、きっちりと中央に収まった人物が浮かぶ
かれこれ30分――場所を変えても、角度を工夫しても、ポーズを変えてみせても結果は同じ。少女は真剣な顔でこちらの顔だけをフレームいっぱいに収め、写真を撮っている
画面に映っているのは、あまりにもきちんとした人物写真。そのままファウンスの入学申請書に使っても何の問題もなさそうだ
申し訳ありません。この任務について認識が間違っていたようです
少女は僅かに眉をひそめ、緊張感を帯びた面持ちになった
この服装がカジュアルすぎて、対外的な展示には不適切ということでしょうか?
でしたら、指揮官にふさわしい礼装を改めてデザインします
具体的なご指示をください。ご要望に沿って撮り直します
そう伝えながら、ぎゅっと握りしめていた少女の手にそっと触れ、カメラを受け取る
見えたのは……
自分の言葉に導かれるように、彼女は遠くの景色へと目を向けた
しばらくの沈黙の後、彼女はそっと目を閉じ、意識海に残っている光景を静かに語り始めた
大きなマーケット広場です。セール中だからか地面には箱が山のように積まれ、雑然としていて……人工天幕の色から鑑みて、恐らく時間帯は「正午」です
特に気になったのはアイス屋です。看板にはバニラ、ストロベリー、チョコレートと書かれていて、その脇にアイスを買っている親子がいました
人工太陽に照らされて、アイスは少し溶けていて……それでも嗅覚センサーには甘い香りがはっきりと残っていました
……私の回答は、正確で、簡潔でしたでしょうか?
感覚……?
シュエットは、この予想外の「問い」に戸惑った様子を見せた。それでも投げ出すことはせず、真剣に考えている
少し抽象的な問いですが、できる限り詳しく答えてみます
……それを見ているうちに、幼い頃の温かくて平和な時間を思い出しました
幼い頃、養父がアイス屋でソフトクリームを買ってくれたんです。それ以来、この甘い香りを嗅ぐ度に、あの日の午後の気持ちを思い出します
……あの時、胸に浮かんだのは「喜び」と「安心」でした
「分かち合う」……つまり、今この瞬間に自分が何を感じているかを、きちんと伝える必要があるということですよね
彼女は胸元に手を当てた。そして、あの午後――甘い香りとともに心に残った感覚を丁寧に思い返し、反芻しているようだった
この「感覚」を伝えるために、私はあの子がアイスを舐めた瞬間にシャッターを押そうと思います
それか……彼女が期待に胸を膨らませながらアイスを受け取る一瞬も、いい写真になるかもしれません
そう言い切ってから、彼女は恥ずかしそうに頭を下げた。いつもの彼女からしたら、少し踏み込みすぎた発想だったのだろう
すみません。つい、個人的な感想をたくさん話してしまいました……
自分はそう返し、その一歩を踏み出した勇気を肯定した
……はい
励ましを受け、少女の顔にはこれまでほとんど見たことのない高揚が浮かんだ
それでは、あの方たちに撮影の許可をいただいてきます。少々お待ちください
親子はシュエットの申し出を快く受け入れてくれたらしい。しばらくして、少女は新しい写真データでいっぱいになったカメラを抱えて駆け戻ってきた
……うまくいきました!
彼女は声を弾ませながら「傑作」を見せる。その表情と口調からは抑えきれない喜びが溢れ出ていた
あの子に気付かれないように、離れた位置からその瞬間を素早く切り取ってみました
彼女はカメラを見ていませんでしたが、いい写真になったと思います
お母様からも「自然な感じがいいですね」と褒めていただきました。芸術協会の編集者の目に留まるといいのですが
指揮官……
一瞬、少女の頬が赤くなり、そのまま1歩後ずさる
きゃっ……!
次の瞬間、床に積まれていた箱にぶつかり、バランスを崩した彼女の体が大きく傾く――
すみません……
彼女もまた手を伸ばし、こちらの手を掴んだ。
細やかで、均一に整った縫い目。それは、他でもない彼女自身の手によるものだ
私は……引き続き裁縫をしたいのです。私の手作りの服の中で……感情を込めて
平和と安らぎの日々がなるべく早く来ますようにと願いを込めて
その瞬間、彼女は全てを悟ったのだろう
無数の想いを託してきた、あの細やかな縫い目のように。写真が「時間を留める」ための手段であること、そして自分がなぜ「やってみよう」と言ったのかを
きっと同じだったのだ。期待を込めて手ずから縫い上げたシャツを、自分に渡した時の気持ちと
指揮官……答えが出ました
体勢を立て直すと、少女は大きく息を吐いた。数分前まであったぎこちない表情は消え、彼女に一番似合う笑顔が浮かんでいた
任務のために「写真」を撮る必要はなかったんですね。それよりも大切なのは……今この瞬間、あなたとともに過ごしている「時間」を収めること
彼女は再びカメラを持ち上げ、ファインダーを目元へ寄せた。こちらの姿を、再びレンズの向こう――小さな逆さまの世界へと納める
お返しといえるほどのものじゃない。それでも彼女は、自分が伝えたかったものと同じだけの「大切さ」を持つ一瞬を、残したかったのだろう
指揮官、もう1度撮影にご協力ください
次の1枚は、きっと……私の人生で、一番大切な写真になる気がするんです
