リングスターギャラリーの一角、ある店の前。咲き誇る薔薇からは深紅の喜びが溢れ、その鮮やかな色合いが隣にいる女性構造体と重なって見える
写真を撮ろうとカメラを構えた、その瞬間――気付けば、そこには誰もいなかった
迷子のお知らせでも流してあげましょうか?
振り返ると、少し離れたレストランにあるガーデンパラソルの下に、両腕を組んでいるヴィラがいた
撮り終わったなら、さっさと提出しなさい
自分はカメラを手にしたまま、何度か瞬きをした
何?目でも乾いたの?
ヴィラがその場を動く気配がないのを察し、同じガーデンパラソルの下に入り、カメラを揺らしてみせた
芸術協会が押しつけてくるものに、貴重な時間を割きたくないの
だからさっさとその「任務」を終わらせて
敵の首を取った時の記念撮影ならいいわ。戦後会議でそれを投影すれば、席を温めてるだけの無能どもも腰を抜かして逃げ出すでしょうし
でも、遊び目的の撮影に付き合ってる暇はないの
私のスケジュールを調べるなんて、いい度胸じゃない。あなたじゃなかったら首が飛んでたわね
……そんなに訊きたいのなら教えてあげる
私は「イベントだから」なんて理由で写真を撮る習慣はないの。その写真を思い出の記念品にする趣味だってない
あなた、士官学校出身でしょ?軍部の機密保持規定を知らないはずないわよね
黒野では尚更よ。機体の外観は意識海の偏移と関わるから残しているだけで、本当は配下の構造体なんて見分けがつかなくなるほど塗り潰したいでしょうね
まるで他人事のような表情で、彼女は指先に髪を絡めた。人工太陽が届かない影の中にいても、その赤い髪は夕暮れの中で燃える炎のようにはっきりと識別できる
つまり、どうでもいいし興味がないの
映像は現実を正確に写すものじゃないし、写真の意義も、その瞬間にしか存在しない。残せるのは「それが過去になった」という記録だけよ
ヴィラが手を伸ばす。僅かに冷たい指先が、こちらの眉間から鼻先、唇へと下り、そして人間の最も無防備な頸動脈で止まった。生命の鼓動を刻んでいるのがはっきりとわかる
美しさのために、残す……
その痕跡の残し方は、ひとつじゃないわ。花や虹じゃなくたっていい
そう囁きながら、ヴィラは上半身をこちらへ傾けた。構造体が再現する吐息はあまりにリアルで、温度を持ってこちらの首元にかかる
例えば……傷とかね
あなたが望む「痕跡」を残してあげましょうか?
そう言うと、彼女はすっと身を引いた。そのまましばらくじっとこちらを見つめると、楽しげな笑い声をあげた
そんなセリフ、どこで覚えたの?黄金時代のセールスマン?
もういいわ。カメラを貸して
彼女の動きは言葉が終わるよりも速かった。一瞬でカメラはその手に渡り、弄ばれている。カメラがヴィラの艶やかな顔立ちを隠し、真っ黒なレンズだけがこちらに向けられていた
何?花も虹もないから、指揮官サマが写るには美しさが足りないって?
カメラを覗く双眸が楽しげに細められる。ヴィラは可動式モニターを開き、もう片方の手でこちらの腰を引き寄せた。狭いファインダーの中に収まるほどに、ふたりの距離が縮まる
カシャ――ピントが合っていたのか疑いたくなるほどに一瞬だった。ヴィラは撮ったばかりの写真を確認しているが、腰に回された手はそのままで、じんわりと熱が伝わってくる
ほら、やっぱり現実を正確に写せてない。このあなた、本人よりずっと間抜けに見えるわね
私の視覚モジュールの精度を疑うつもり?
なら、あなたの美的感覚に心から同情してあげる
ヴィラはしばらく答えなかった。その視線は、液晶を穿つかのような勢いで画面に突き刺さり――やがて軽く笑うと、素早く指を動かした
まあ、評価できる点はあるわね
自分の動体視力でも、彼女が撮影した写真をどこかの端末へ送信し、ローカルデータを消去しているのが見えた
「任務」を完了できないなら不要でしょ?リスクになりかねない情報を外に出すわけにはいかない。作戦の機密保持は軍人の基礎だもの
というわけで任務は続行よ。あなたがどんな「美しい痕跡」を残すのか、楽しみにしているわ
