人類の理想と欲望が詰め込まれたコンステリアも、今夜はその懐に、静かに普通の人々の幸せを抱きしめている。恋人たちの囁き、どこかから響くニャーニャーという鳴き声――
コラァ!店の前に突っ立ってんじゃねぇニャ!買う気がニャいニャら、さっさと散れニャ!営業妨害だニャ!
……
猫がいる屋台の前で、フードを被った構造体が目を細め、無造作に頬を擦った。その仕草は荒々しい威嚇のようにも見える。まるで牙をむく猛犬のようだ
ニャ……ニャンでそんニャにキレてるんだニャ!?悪い犬だニャ!
挑発された店主は、一瞬で毛を逆立てた。それに呼応するように構造体の眉間にも深い皺が寄り、獰猛な眼差しを向ける。一触即発の状態だ
こちらの姿を目にしたその瞬間、カムの眉間がふっと緩んだ。強張っていた表情には依然としてよそよそしい影が残っていたが、その眼差しから鋭さが消えた
いつ来たんだ?まさか俺の醜態を見にきたのか……ッ――
突如激痛に襲われたように、カムは不機嫌そうに顔を背けた。また眉がきつく寄り、彼は左頬を乱暴に擦るように揉みしだいた
調整の時の「高感度テスト」ってやつで、口の左側の電圧センサーがバカになりやがった
今じゃ触れてもないのに、少しでも圧がかかると痛覚信号が走る。クソみたいなテストの「お陰」でな
ちょっと触れただけなのに、適応するまでに時間がかかる。あの新人のエンジニアは「適当に気を紛らわせろ」とか言いやがるし……
カムは小声で返事をしたが、そこから離れなかった
屋台には引き取り手が決まっている機械の猫や犬が並び、豪華に飾られた陳列台には装飾用のアクセサリーや宝石が並んでいた
ふたりの様子を見ていた店主は、尻尾で「ボランティア」と書かれている札をバンバンと音を立てて叩いた
ニャーの屋台で一晩ボランティアすれば、好きな記念品を持ってっていいニャ
別にやれないことはない。おい、[player name]……俺はここに残るが、お前も付き合うよな?
引き取り手が訪れる度に、痛みを我慢しているカムは無愛想な態度で接客を続けていた
客に言われ、予備電源を取ろうと横を向いたその時――構造体がイライラしながら顔を揉んでいるのが見えた
わかってる!
接客を終えて振り返ると、痛みに耐えきれず、恨みを込めるように自分の顔を拳でドスドス叩いているカムがいた
ッ……わかってる!
苛立ちを押し殺すように痛みを誤魔化しながら、構造体は左の頬を乱暴に擦りつけた。殴り飛ばしたい衝動を、かろうじて「擦る」という動作に変えただけのように見える
…………
構造体はほんの少し迷ったあと、身を屈めて左頬を差し出した。まさかカムが応じるとは思わず、一瞬驚いて目を見開き、恐る恐る手を伸ばした
カムはそっと瞼を伏せた。構造体の温かい息遣いが、自分のひんやりとした指先に触れる。肌を走る細かな震えは心臓へと駆けのぼり、耳をつんざくような轟音を巻き起こした
この騒がしい鼓動は機械の空回りによるものなのか、それとも血肉の鼓動なのか、わからなかった
ためらいながらも、ただカムの頬にそっと手を当てて優しくなでる
……
自分で揉むのと、お前が揉むのは何が違う?
カムは不満げに顔を逸らした。だが、その抵抗には本気が感じられず、その形だけの拘束すら振り払われなかった
チッ、面倒だな……
……わかってる!
その後は順調に引き取り手が訪れ、店主は堂々と居眠りを始めた。残った商品は、いくつかのアクセサリーと宝石だけだった
……お前はその辺りをぶらついておけ。俺は選んでから行く
屋台の営業が終わった。月明かりの下、カムがゆっくりと近付いてきた。表情は真剣で誠実そのものの彼は、ポケットから用意していたサプライズを静かに取り出した
[player name]……お前にやる
カムは小さなギフトボックスを差し出した。中には精緻な細工のイヤリングが収められていた
滑らかで無駄のないデザインは、彼の美学を映し出していた。ただひとつ違っていたのは、あしらわれた猫目石――それは、あの屋台で一番輝きを放っていた宝石だった
ああ。お前の目に似ていると思ってな
危険と隣り合わせの日々の中、自分の瞳がどんな風に映っているかなんて、一度も気にしたことがなかった
コンステリアの空に輝く全ての星の光が、カムの瞳に降り注いでいる。それはどんな宝石よりも眩かった。自分の瞳も、彼の目にはそう映っているのだろうか
心の中に、ほんの少し感動が湧き上がった。まさかこのために、カムは歯の激痛に耐えながら、ずっと真面目に屋台に立っていたなんて
カムは一瞬戸惑った顔をした。このタイミングで、その質問をされるとは思っていなかったようだ。少し考えたのちに、視線を逸らしながら不器用に口を開いた
……まだ少し痛む。でも、自分で触ったらダメなんだろう?
その時、カムのフードがずれて頭の上から滑り落ちた。構造体が顔を背けて差し出した右頬を見て、思わず笑ってしまう。手を伸ばしてカムの髪をなで、フードを被せ直した
は?……そう、だったか?ああ、そういえば……もう痛くない気もする。チッ、本当にくだらない調整だったな
カムは何事もなかったように背筋を伸ばし、必死に平静さを装って歩き出した。自分も肩をすくめ、彼と並んで花火が煌めく方へと歩き出す
屋台にいた小さな機械の動物たちは、それぞれの家に引き取られていった。陳列台で一番輝いていた猫目石も引き取られ、残された宝石たちは仲良く身を寄せていた
店主は相変わらず屋台で腹を晒し、のんびりと寝転んでいる。愛し合う恋人たちの甘い囁きが耳に届いても、口の悪いチンチラは気怠そうに寝返りを打つだけだった
人間ってのは本当に悪いやつらだニャ。悪い人間と悪い犬でお似合いだニャ……
