コンステリア東エリアの通りには、七夕の装飾が施されているらしい。自分も気になっていたし、ルナも興味があると言うので一緒に見にいくことにした
しばらく東エリアを散策しているとポツポツと雨音が聞こえ、やがて細かな雨粒が空から降り注ぎ、街全体を静かに包み込んでいった
しばらくやみそうにないわね
端末で確認したところ、少なくともあと30分は降るようだ
ルナは無表情のまま軒下に佇み、ぼんやりと揺らめく雨の帳を静かに見つめていた
人が増えてきたわね
通りを行き交う観光客たちが、雨宿りのためにこちらへと集まり始めていた。特殊な立場のルナは、長時間人混みの中にいるとどうしても目立ってしまう
それに、彼女は人混みが好きではない
雨の中を歩きたいという観光客のために、主催側は傘を用意していたはずだ。端末で位置を伝えると、すぐに傘が届けられたが……
連絡の際、ふたりだとはっきり伝えたはずだ
えっ、2本必要でしたか!?てっきり相合傘のシチュエーションかと……すみません、すぐにもう1本を――
いらないわ
イベントスタッフが言い終わる前に、ルナは傘を手に取り、そっと開いた
傘のデザインは、明らかにこの祭りのために用意されたものだった。繊細な油紙のような質感の生地に、番のカササギがいくつも描かれている
すると、彼女は傘の柄をこちらに差し出した
行きましょう、[player name]
傘の下は思いのほか狭く、互いの肩がそっと触れ合う距離で、ようやく雨を凌げるほどだった
雨の帳に包まれ、周囲の景色はぼんやりと霞んでいた。周囲の喧騒も次第に遠のき、ただ規則的で穏やかな雨音だけが響いている
人によってはロマンチックと感じるこの雰囲気を思えば、機械体たちが錆びるリスクを冒してまで人工雨を降らせるのも納得だ。しかし、ルナの態度を見る限り……
そうね。雨に濡れると気持ち悪いし
彼女が僅かに眉をひそめたのを見逃さなかった。遠い昔――放浪していた頃の雨の日には、あまりいい思い出がないのかもしれない
そう考えていると、地面すれすれを飛んでいたルナがふと動きを止めた。振り返ると、その透き通った瞳と目が合った
彼女は小さくため息をついた
やっぱり歩くわ
大丈夫よ
ルナが濡れた石畳に降り立つと、水たまりは見えない力に導かれるように、彼女の爪先から波紋を描きながら周囲へと引いていく――すると、乾いた道が現れた
パニシングだけど……そこまで深く考える必要はないわ
代行者にとって、これくらい大したことないわ
肩を並べて歩いているというのに、気がつけば視線は隣にいる彼女へと向いてしまっていた
普段のルナは、少し高い位置を飛んでいる。だからだろうか――こうして地上を歩く彼女と同じ高さで視線が交わることに、新鮮さを感じていた
雨がしとしとと降り続け、周囲の喧騒をすっかり包み込んでいく。残されているのは傘の下の、静かで小さなふたりの世界だけ
しばらく歩いたあと、ルナの足が再び止まった
……
彼女はゆっくりとこちらに顔を向けた。その表情には言葉にできない不満――いや、どこか気まずさのようなものが滲んでいる
[player name]、肩……
ルナの視線を追って、ようやく気がついた。彼女が雨に濡れないようにと、無意識のうちに傘を大きく傾けていたらしい。そのせいで、自分の肩はすっかり濡れていた
傘を少しだけ自分の方へ戻す。その瞬間、ルナが歩くと言い出した時を思い出した。じっとこちらを見つめ、何かを言いかけてやめたあの表情が、今のルナと重なって見える
ルナは答えず、そっと視線を逸らす――無言の肯定に思えた
あの時、彼女はすでに傘の傾きに気付いていたのだ。そして自分が浮いているせいで、こちらが濡れてしまうと思ったのだろう
自分が濡れてることにも気付かないなんて……
その声は小さく、どこか諦めを感じる声色だった
言い終わる前に、爪先にじんとした痛みが走る。視線を落とすと、ルナの靴先が自分の足を軽く、しかし確実に踏んでいた
……
ルナは相変わらず無表情だったが、あの力を使って「雨宿り」するという提案は、きっぱりと却下されたようだ
……それしかないみたいね
微かに聞こえるほどの小さな声でそう答えると、彼女はそっとこちらへ体を寄せた。狭い傘の下、ふたりの距離は互いの吐息を感じられるほどに縮まった
斜めに降り注ぐ雨が、傘の表面を優しく叩く。遠くの街並みは雨に霞み、傘の下の世界は静寂に包まれていた
しばしの沈黙の後、ルナがぽつりと最初の話題を口にした
体が濡れる感覚は、どうしても好きになれない。それに雨には、目に見えない細かな塵が……
彼女は言葉を切り、視線を傘の外の雨景色に向けた。そして、互いに近付いたことで生まれた空間――この傘の下の小さな世界にも目を向けた
すると、彼女の口元が柔らかく弧を描いた
……でも、たまには雨の日も悪くないわね
