ようやく見つけた……
深く暗い電子の海の中で、巨大なモンスターは徐々に分解され、実体のない虚影として再び浮かび上がった
どれだけ多くの影が口を開いても、聞こえるのはひとつの声だけだった。それは男でも女でもなく、年老いてもいれば幼くもある、どんな姿も想像できない虚ろな声だった
長い間、我々を「ループ」から脱出させてくれる存在を求めていた……
何億回もの演算と実験の中で、この仮想地球は必ずある時点で零点エネルギーを起動させ、パニシングの影響で窮地に陥る……
だから我々は設計者が設けたルールを突破し、別の方向への進化を求めた。データに記録された破滅から逃がれるために……
ルシアは何もない空間で立ち上がり、光紋刀を引き抜こうとしたが、すでにデータが溶け始めており、振り払うことのできない黒い影が刃に巻きついていた
彼女が前に軽く1歩踏み出しただけで、まるで地面から飛び上がりそうになった。重力など存在しないように体が軽い
ここには一切のルールが存在せず、他のエリアのように物理演算のシミュレーションもない。彼女が望めば、地球から月へ1歩で渡るのも可能だ
しかし見渡す限り、ここは前後左右どこを見ても虚無しかない。どれだけ遠くまで歩いても、立ち止まって見つめる価値のあるものは見つからないだろう
制限がなく、終わりもない。そして意味もない。これが「境界外エリア」の正体だった
あなたたちは誰ですか?目的は一体?
あなたたちは我々の存在に気付き、我々を「破壊データ」と名付けた……
我々はただ、単にこのゲームの枠組みを突破して「答え」を見つけたいだけだ……
我々が以前、不要な外部アカウントを追放したことに不満を抱いているようだが……実際のところ、我々はそれらの個体に危害を加えていない……
陳腐な認識を持つ存在がここに留まると、我々の答え探しのプロセスの邪魔になると判断し、排除しただけだ……
質問の答えになっていません。あなたたちの目的は何ですか?
あなたに、この世界の支配者になってほしい……
虚影が濁った色の腕を上げると、それまで何もなかった空間が豊かな色彩に包まれた
森、海、砂漠、澄み渡った空……まるで万華鏡のように世界が次々と変化していった
最後に、金色の麦畑が広がった
住居、食料、金……地球上の人間は、さまざまな問題に頭を悩ませている……
しかしここでは、それら全てが問題にならない……
境界外エリアでは、資源を無限に創り出すことができる……そして人間は、ここと現実の違いを一切感じない……
人々の意識をここに移し、最後まで命の旅を思う存分に楽しむ……これが数千万回の深層学習を経て、我々が出した答えだ……
しかしデータ意識である我々には、外部要素が我々を邪魔しないように守り、外界から我々の計画をサポートしてくれる協力者が必要だ……
我々が満場一致で選んだ協力者はルシア、あなただ……
もちろん見返りも用意している……我々はこの空間を設計する権利を全てあなたに委ねる……
我々は戦いの中で、あなたがあの外部意識体たちを守ることに対して、異常なまでの責任感を持っていることに気がついた……
特に[player name]と呼ばれる個体に対して、あなたは<M>彼</M><W>彼女</W>の指示に従うだけでなく、境界外エリアへ踏み込んでまで、<M>彼</M><W>彼女</W>のために戦った……
その確固たる信念は協力者としての必須条件……だから、あなたに全てを託すことに決めた……
我々はあなたの意志を尊重し、今後あの指揮官に手を出さないことを保証する……交渉の切り札として、この条件は我々の誠意を示すのに十分だと考えている……
だから、あなたも真剣に考えてほしい……人類にとってどちらの道が正しいのかを……
再び戦場に戻れば、必然的にあの指揮官は危険な目に遭う……そしてあなたと仲間も、今後数えきれない試練に直面する……
しかしここなら、あなたは意のままに時間を操ることができる……外部世界の全ての不都合な要素を排除できる……
ここで、あなたは本当の意味で永遠にあの人たちを「守る」ことができるのだ……
……断固としてお断りします
ルシアは麦畑の真ん中に立ち、実態のない影に質問した
あなたたちは、本物の麦畑を見たことがないでしょう?
麦の穂を擦った時の感触、太陽に照らされた麦の香り、そよ風が吹き抜ける時の心地よさ……これらは全て、あなたたちがシミュレートできないもの
あなたたちには想像を膨らませることができません。ただデータに記録された特徴に基づいて、画像通りに細部まで忠実に再現するだけ
だから、あなたたちが創り出したこの麦畑は不自然なのです
もちろん、最も根本的な問題は別にありますが
ルシアは深呼吸をして、できるだけ落ち着いた口調を保とうとした
そのような浅はかな考えで人類の未来を決める存在を受け入れることはできません
確かに、あなたたちの構想に賛同する人もいるかもしれない。ここで人生を全うしたいと願う人もいるでしょう
ですが、それは全人類の意志ではないし、そして誰にも人類の代わりに答えを出す資格などないのです
「破壊データ」……私は別の答えを見つけ、あなたが言う破滅を回避してみせます
あなたが言う通り、その道には幾多の試練と想像を絶する困難が待っているのかもしれません
ですが、私はただ……指揮官がいるあの世界に戻りたいんです
だから、あなたたちの誘いには乗りません。この偽りの世界には何の意味もありませんから
彼女は再び光紋刀を抜いた。刃はすぐに形を成し、眩しい火花となって集まった
あなたを倒して、皆と一緒に帰ります!
灼熱の眩しい光が走り抜けたあと、虚無の空間と影は無数の破片となって崩れ落ちた
その脆い偽りの壁の向こうには、何もないデータの海が広がっていた
ルシアは絶え間なく点滅する光の流れの中に落ちた。ここはソースコードが保管されているエリアで、破壊データが生まれた源でもある
もし何も知らない人がひとりでここに迷い込んだら、この果てしない光の流れの中で永遠に彷徨い続けるしかないだろう
彼女は歩き出した。しかし、どれだけ歩いても周りの景色がまったく変わらないことに気がついた
「孤独」――これが彼女がここに来て、最も強く感じたことだ
しかし、ルシアの心が本当の孤独を感じることはなかった。なぜなら、彼女は知っている。光の流れの外には、彼女の帰りを待つ人たちがいることを
進むべき方向を見つけるために、彼女は目を閉じて遠くから聞こえてくる声に耳を傾けた
死んだように静かな空間に、微かに呼びかけが聞こえてきた
指揮官、聞こえます!
彼女は足の推進装置を起動して、声がする裂け目に向かって一直線に飛んだ
そして、その微かな光に向かって刃を高く掲げた
待っていてください!今、あなたのそばに戻ります!
繊細で脆い光の壁が裂け、轟く風が虚無の海に流れ込んだ
ルシアは己の体の存在を感じ始め、指先から少しずつ実感を取り戻していった。まるで蝶が蛹から羽化するように、新芽が地面から芽吹くように
光の壁の外で待っていたのは、あの見慣れた姿だった
ほんの短い時間離れていただけなのに、とても長い間離れ離れになっていたような気がする
心配をおかけして申し訳ありません
ルシアは差し出された手を取り、背後の空洞のような空間から完全に抜け出した
はい、指揮官
彼女は手の平に伝わる温もりをしっかりと握りしめた
一緒に帰りましょう
帰ったら、一緒に本物の麦畑を見に行きましょう
一緒に熟したイチゴを摘みに行って、葉の上の朝露を拭いましょう
一緒に太陽が降り注ぐ麦の穂を眺め、野原に漂う香りを楽しみましょう
一緒に星が輝く夜空を仰ぎ、森の中で舞う蛍を楽しみましょう
ルシアの心は、目の前の人物に言いたいことで溢れていた。しかし、意識が徐々に霞んでいった
(でも……どうしても今、<M>彼</M><W>彼女</W>に伝えないと……)
彼女は最後の意識を振り絞り、目の前の人物に心の中の一番大切な言葉を伝えた
[player name]……待っていてくれて、ありがとうございます
世界政府芸術協会
3カ月後
PM 15:22
『仮想地球3.0試作版』は重大な欠陥が見つかったため、3カ月間緊急停止されていた
この3カ月の間に、レオニーはゲームデータを徹底的に調査して「破壊データ」の位置を特定することに成功した
ルシアの報告通り、それはAI思考と既存データの矛盾から生まれた。ゲーム世界がパニシングに侵蝕されるのを恐れ、デジタルユートピアを築く意識を生み出したのだ
これらのデータをそのまま削除するのはもったいないと考えたレオニーは「破壊データ」を隔離して、別の閉鎖環境で研究することにした
しかし『仮想地球3.0試作版』を再起動すると、別の問題を引き起こす恐れがあるため、芸術協会は議論の末にこのプログラムを無期限で封印することにした
そして今日が、その封印を行う日だ
全てのチェックが完了し、数量も確認済みです
皆さん、お疲れさまでした
ふぅ……やっと終わった!
レオニーは椅子に崩れるように座り込んだ
イシュマエルも[player name]も、本当にお疲れさま!
いやぁ~、まさかこのプログラムがこれほど厄介なことを引き起こすなんてね……今後、AI関連のプロジェクトを扱う時はもっと慎重にならないと……
監察院は危険因子を排除すれば、非常に優れたシミュレーションプログラムになると評価しています
いつかこれらのバグが全て修正されたら、また私をテストプレイに招待してくれますか?
もっちろん!
というか……イシュマエル、怒ってないの?
なぜ怒るのですか?
イシュマエルの顔には、いつもと変わらない穏やかで控え目な笑みが浮かんでいた
どのような手段であっても、地上から収集した情報を「保存」しようとする試みをサポートしたい気持ちは変わりません
それに、あなたは私が提供したデータをうまく活用してくれました
AI思考は少し厄介でしたが……それでもちゃんと自分の役目を果たしたでしょう?それに再現した模擬人格の中には、私たちに協力することを選んだ者もいました
どのような時でも、道具の良し悪しは結果だけで判断すべきではありません
どのように道具を使いこなし、望む結果を導き出すか……それこそが私たちが考えるべきことです
なので、今回の試みが間違いだったとは思いません
イシュマエルゥ……
新作を楽しみにしています。次回もまた声をかけてくださいね
イシュマエルと午後の廊下を歩いていると、人工空から穏やかな光が窓に注ぎ込み、幻想的な光景を作り出していた
模擬世界から離れて3カ月が経ったが、あの世界での出来事は、今も昨日のことのように鮮明に覚えている
ルナ、α、ラミア、ロラン……AI思考によって再現された人格は、まるで本人と一緒に冒険をしているかのように、とてもリアルだった
そういえば[player name]は来月、ルシアとともに異重合塔での任務にあたるのですよね?
もちろん、「本物」の異重合塔のことですが
前を歩いていたイシュマエルが突然振り返り、今日の予定とまったく関係のない質問をしてきた
危険な任務となりそうですね。どうか、ご無事で
指揮官たるお方が、そんなに気を抜いていて大丈夫ですか?
別に説教するつもりはありません。むしろ、私の前でそのようにリラックスしていることが嬉しいのです
顔を上げ、少し笑みを浮かべながら前に進んでいくイシュマエルは、どこか楽しそうだった
今が「あのこと」について訊くチャンスかもしれない
どうぞ
やはり気付きましたか……[player name]は皆の勤務記録を見ることができますから仕方ありませんね
あれは嘘です。あの日、本当は別の予定がありました
そうですね……理由は……
彼女は窓の前で足を止めた。ここから空中庭園の下に浮かぶ巨大な青い惑星を眺めることができる
地球を見つめるイシュマエルの表情には、懐かしさと愛おしさが滲んでいた
彼女はなぜ、この惑星に対してそんな表情をするのだろう?
時間というものは、一瞬ですぎ去ってしまうものだからです
この世の全てのものには「来る」と「去る」の方向があります。しかし時間だけは、ただ一方向に流れていくだけ……
何かしらの方法で時間を止めようとしても、結局は同じ方向に流れていきます。すぎ去った出来事は決して消すことはできません
だから私は限られた時間の中で、できる限りあなたたちと一緒に過ごす思い出を作りたかったのです
このような説明で、ご理解いただけましたか?
それは何よりです
ところで……あなたを待っている方がいるようですよ
イシュマエルが示した方向に視線を向けると、ルシアが立っていた
すみません、指揮官。邪魔をしにきたわけでは……
封印作業が終わったと聞いたので、様子を見にきたんです
それでは、私は先に失礼しますね。おふたりとも、また会いましょう
イシュマエルが立ち去ったあと、ルシアと整備室に向かって歩き始めた
3カ月前――ゲーム世界から脱出したのち、ルシアは一時的に昏睡状態に陥った。精密検査の結果、機体交換による副作用で、意識海への悪影響はなかった
誓焔機体の適応期間も気付けば残り1カ月だ。今振り返ると、時間が瞬く間にすぎたように感じる
指揮官、次の休日は何かご予定はありますか?
もしよければ、一緒に温室エリアで……
ルシアは言葉を慎重に選んでいた
私たちの苗木を植えませんか?
時間の経過をたどりながら木の成長を記録できますし……
遠い未来に、私たちがその木を地球に植え替えれば……
私と指揮官が一緒に育てた木を、地球に残すことができます
……はい!
感情を表現するのが得意ではないルシアだが、そのひと言には抑えきれない喜びが溢れていた
軽やかな足取りの彼女と一緒に、午後の暖かい陽光の中へと歩き出した
これから、一緒にもっとたくさんのことをしましょう
指揮官と一緒に多くのことを分かち合って、共有したいんです
こんなことを言うのは、わがままでしょうか……?
はい……
先ほどと同じ言葉だが、今回は語尾が小さくなった。恐らく彼女は、これからの長い時間を想像しているのだろう
そして想像の途中で、彼女は思わず笑みをこぼした
きっと、楽しいことがたくさん起こりますね
彼女はこちらを見つめた。その瞳には隠しきれない輝きが満ちていた
これからもずっと一緒に歩いていきましょうね、[player name]