Story Reader / 幕間シナリオ / 花の歌 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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変転の祭日

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セレーナ、おばさんの提案で、私はまたあの物語を書き始めたの

あれ以来……順調といっていいと思う。でも、これに関しては、しばらく伝えるお話はないかもしれない

代わりに、私の創作中に起きた笑い話を書くわね

もし前の手紙で、あなたを不安にさせてしまったら、今から書く笑い話でチャラにして

あなたが少しでも笑ってくれたら、それが一番嬉しい

あなたの微笑みをよく見るけど、でもそれはおばさんか他の偉い人たちの前での、畏まった笑いだった

私でさえ、あなたの心からの笑顔をあまり見たことがないわ

でも一度見れば、その笑顔を決して忘れることはない

あなたが構造体として考古小隊に入ってすぐ、あるオペラの修復を担当していた

それは黄金時代のオペラ作家が書いたものよ

あの旧時代のオペラを聞いたあと、あなたは感想を言いたくて、真っ先に私に連絡してきたよね

あの時のあなたの笑顔は、あの花が咲きこぼれるような笑顔は、おそらくあなたの本心から出たものでしょうね

その笑顔には、オペラの感動が含まれていたのだと思う

書き留めた人が、どんな生活をして、どんな理由で戦場に赴いたかを想像しながら、あなたは感情を昂らせたのね

もしあなたが彼と会ったら、自分の感動をどんな風に伝えるのかしら

今、私はそのオペラを再生しながら手紙を書いているの。それは世界政府芸術協会の資料庫に保管され、

あなたを笑顔にしたこの物語は今、いつでも聞けるようになっているのよ

これを聞いて、あなたは一体何を想像したかしら?

もし旅の中で……あなたがその作家に出会ったら、あなたは何を語り合うのかな?

教えてほしいな、セレーナ

セレーナさん、セレーナさん?

このエリアに入ってから、ずっとそこに立ってますが、どうしたんですか?

ああ……

セレーナが思い出の海から現実に引き戻されると、一面に咲いた花々と遺跡が目に映った

かつては都市だった街だが、今はかなり荒れ果てている。でも廃屋というには、ここに残された文明の名残はあまりも豊かすぎた

ここはアルカディア·グレート·エスケープの脱出ポイントのひとつ。10日ほど前、このエリアで大規模な戦闘が起きた

その戦闘のキーパーソンが、今彼女の目の前にいる

考古小隊の任務について考えていました。この脱出ポイントの遺跡の中にある芸術資料を探すというものです

さっきは……どこから探索を始めるべきかを考えていて

そう答えながら、セレーナは地面を眺めた。誰かの仕業か、それとも自然にこうなったのか、戦争で踏みにじられた大地は、すでに花の海となっている

その中に何輪か折れた花があり、隣には小さな足跡が残されていた

……私はフローラという女の子を探しています。彼女は保全エリアから出て行ったようですが、この低濃度パニシングエリアでは、彼女はいつ侵蝕されてもおかしくありません

私は芸術の痕跡を追ってここにたどり着き、あの子を探しているあなたに出会ったという訳です

彼女はその小さな足跡を見た。数時間前、闇夜の中で、幼い女の子はこの花の海を歩いたのだ

ここまで来てくれるなんて、ありがとうございます。でも、失礼を承知で言いますが、失踪者の探索は、人手が多ければいい訳ではありません

失踪者を捜すのは私の任務であり、専門分野です。あなたが世界政府芸術協会の一員としてここに来たのは、表彰以外に、もうひとつの任務が……

パードは紋様が彫刻された石壁を指さした。上に掲げられた碑銘はすでに色褪せているが、微かに「アルカディア·グレート·エスケープ184脱出ポイント」と読みとれる

こういう物を探している……そうでしょう?お互い自分の任務に専念することにしましょう

そうですね

では、私は自分の任務を遂行すると同時に、あなたをお手伝いしてもいいですか?

セレーナは微笑みながら、パードが指した壁の方へゆっくりと一歩踏み出し、視線を壁から外して、遠くを眺めた

見てください。この壁の紋様は大型の美術館によくあるものです。こういった壁は、メインホールの前に設置されることが多いのです

フローラという少女も、この紋様を見て、きっと美術館の方へ行ったのでしょう。彼女は――

セレーナは壁の向こうの一方向を指さした

あちらへ向かったと思います

フローラの娘を調べたのですか?

保全エリアの子どもたちに聞いただけです。あのフローラという女の子は、184号保全エリアの中で、有名な芸術愛好家ですから

彼女はたくさんの絵と手記を残しています。彼女の夢や彼女が考えた物語です。フローラさんが彼女にさまざまなことを教えたのでしょうね

なのに、彼女は「家出中」……このパニシング濃度がそれなりに高い場所で、勝手に保全エリアを離れ、姿を消してしまった

理由は、母親と彼女がうまくいかなかったから、でしょうか

夫亡きあと、その妻は夫の作品を捨て、娘のフローラがそれを回収し……何度も同じことが繰り返され、ついにフローラは台本と端末を持って家を出てしまいました

彼女は母親を救う方法を考え、混乱して走り出したのでしょう。目的地はおそらく……ここかと。芸術を愛する彼女なら、きっと足を止め、ゆっくりこの遺跡を観察するでしょう

この場所がかつて、どれほど美しかったかを想像するでしょう

かつてここは小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦、そら豆、えんどう豆が実る沃野だったのかもしれません

彼女は腕を上げ、腰の高さで止めた。まるで彼女が口にした目に見えぬ作物に触れているようだ

ここには豊かな牧草が茂り、羊の群れが安らぐ丘です。あそこは、リュウキンカとアヤメが生えている川辺

でも、今は何もありませんね

パードの言葉によって、突如豊かな作物が実る田園が消え去り、荒野に花が咲いているだけの現実に引き戻された

そうですね……失礼しました

……いずれにせよ、ありがとうございます。言っていたルートに沿って痕跡を探します

彼女が示した方向に足を進めるとすぐに、花の間にあの小さな足跡が見つかった

パードはその足跡の方向と周りの地形を照らし合わせ、フローラの痕跡を探しながら前進した

セレーナも、彼の後を追っていく

そういえばパードさん、この廃屋で最も有名な絵をご存知ですか?

ここは美術館だったんです。その絵は、ここに展示されていました

セレーナはある瓦礫の前で足を止めた。そして、隣にある壁を指して話し始めた

あれは星空を描いた大型の絵画です。ここからあそこまで、壁一面を占めていました。画家は飢えと寒さに耐えながら描き続けたそうです

セレーナはその壁に軽く触れた。ざらざらした壁をなぞると、すでに持ち去られたあの絵画が、ありありと目の前に浮かんだ

初めてあの作品を見た時の気持ちを、いまだに覚えています

空にかかる太陽は、数億年前からこの大地を照らしています

星々は幾千光年離れた場所から、光を届けてくれています

この地球は、まるで目のように、無数の星々が放つ光を吸収しています

ああ……しかし、恒星が光るのは惑星とは関係ありません。その理論でいけば、全ての惑星が目になってしまいますね

仰る通りです

セレーナは微笑んだ。まるで話のわかる人だといわんばかりに

訂正させてください。地球だけが目なのではなく、全ての星が目であり、交流しています。いつか、私たちは他の星からの眼差しを発見できるかもしれません

もしそうなったら、お互いコミュニケーションもとれるかもしれません。その方法はとても効率が悪く、奇妙なものかもしれませんが……たとえば……手紙とかでしょうか?

パードさん、あなたはどう思われますか?

絵画から宇宙文明ですか?劇作家の想像力は実に豊かですね

パードはそう返答して身を屈め、また荒野に注意を戻した。足跡を探すのに集中していると思われた時、彼が突然振り向いた

パード

ひとつ気になることが。宇宙文明と我々の距離です。コミュニケーションができたとしても、伝達にかなりの時間がかかり、言葉が届く前に滅亡している可能性があります

時間差の距離ですか?確かに……それはあまりにも残酷ですね。しかし滅亡した文明は必ず自らの痕跡を残しています。他の文明がその痕跡を眺める時間は無限にあるでしょう

私たちが目を開いている限り、これらの芸術の光が宇宙を飛び交う限り、いつかは私たちに届くはずです

命は苦痛の中で絶えたとしても、必ず最後に魂の輝き、自分の痕跡を伝えるものだと思います――私たちはその痕跡を芸術と呼んでいるんです

そう。伝える、それが芸術の本質なのではないでしょうか

文字でも絵でも、いかなる形でもいい。世界に自分の思いを伝える、それが芸術なのだと

――この絵のように。画家は飢えと寒さに耐えながらも、空への憧憬を描きました

心の中の熱い思いを他人に伝えるために、まだ見ぬ未来へと残すために、芸術家たちは努力を惜しまず記録を残そうとします。たとえ飢えや寒さと戦っても、命を犠牲にしてでも

そう考えると、芸術は食事や睡眠のように、人類の遺伝子に刻まれた本能なのかもしれません

そう思いませんか?

セレーナは少しの期待を込めて、老兵を見つめた

……はは

だが、彼女が受け取ったのは、少し軽蔑の色を帯びた力ない笑いだった

軽蔑……だけだろうか?セレーナは少し戸惑った。なぜなら、何か別の感情もこもっているように感じられたからだ

その理論だと、戦場で消えた命も、慈悲もなく人の原型すら残らぬほどに殺し合った命も、芸術について考えていると?

セレーナは一瞬固まったが、それから軽く頷き、またすぐ首を振った

もし……今、私が「はい」と答えたら、それはあまりにも傲慢です

でも私が思うに……命を子どもに託す母親も、言葉を戦友に残した兵士も、自分の心を伝える行為そのものが、芸術と呼ぶに値するのではないでしょうか

でも、戦場で芸術を考える人……それはきっと、あなたです――パードさん

パードは眉をしかめた

実は、これは私の考えではなく……ある劇から借りたものなんです

セレーナは両手を合わせて自らの腹に置き、歌い始めた

「想像しよう、自由な想像は、死をも超えられる」

「自由なる未来は、愛と光明が必ずともにある」

『英雄の別れ』第3幕、第6幕です

これは誰のものでもない、あなたの作品ですね、パードさん

この作品は想像と死で終わり、私の考えを揺さぶってくれました

稚拙な想像を語ったのも、あなたの作品を見たからです。あなたの想像力は私よりはるかに自由でいらっしゃる

セレーナの目をしばらく見つめて、パードはため息をひとつ漏らした

まさか、今になってあの作品を覚えている人がいるとは

あなたが黄金時代に残した作品は、世界政府芸術協会の多くの人に影響を与えました。あなたは協会への参加をずっと拒んでおられますが、私たちが尊敬してやまない先輩です

セレーナはスカートをつまんで、軽く一礼をした

老いた劇作家は若い後輩の礼を拒まなかったが、その称賛は受け入れなかった

ありがとうございます。だが忘れてください。あれは偽りだらけの作品です

そんなこと仰らないでください。若いあなたが世界に伝えたかったお気持ちは、確かに届いています

ははっ……

老兵は苦笑いした

感情を伝える、そのことに夢中でいらっしゃるようだ

それは芸術が芸術たるゆえんですから

……そうでしょうか

老兵は黙り込んだ

……セレーナさん、私に色々話すのも、先ほどの歌も、フローラの娘を見つけたら彼女に訊きたいことがあるからでしょう

しばらく黙ったあと、彼は態度を一変させたように、セレーナに正面から向かって話し始めた

……はい。あなたの許可……彼女と話す許可をいただきたいのです

ならば……彼の結末はあなたの想像とは違うと、私が先に答えたら?

ここで死んだ兵士についてはすでに調査済みでしょう。彼らのために歌うのは……いいことです。戦場の亡霊たちもあなたに感謝するでしょう。でも、ただそれだけです

戦場に赴いた時の威勢も、どんな誓いの言葉も、死をもたらす一発の銃弾を弾くことはできません

彼らが本当に、口で言うように、死を恐れていなかったとでも?

私が理解できていないからこそ、ぜひ教えていただきたいんです……

パードは低い声を発した

最初、パードが語り始めたのかと思ったが、彼は歌っていた。それは、この曲を聴いてくれる人を探しながら、何度も何度も頭の中で繰り返した物語だ

……あまり時間がありません。歩きながらにしましょう

序曲の幕上げのように、奥ゆかしくて、切ないバリトンの声が辺りに響いた