今回の「任務」はそんなに緊急なんですか……通常の任務を中断してまで私を呼び出すなんて、あまりにも悪目立ちだわ
ニコラは、ヴィラの疑問に対して答える気はなく、ただ何かを考えている。こんな風に迷っている様子のニコラは珍しい
用がなければ帰ります。時間を無駄にしたくないので……
ニコラは顔を上げて、ヴィラの目を見ると、ゆっくりと口を開いた
1体の構造体を殺してほしい。出撃間際に脱走した兵士だ
ニコラはヴィラの端末に資料を送信した。こういった任務は、通常なら粛清部隊に任せられているが、一部の特殊な任務はニコラから直接ヴィラに下令される
これはなんですか?この機体は……
資料を確認したヴィラは、その中に新しい機体の全ての情報が入っていることに気づいた。ニコラは頷いて、ホログラフで新機体の概要を映し出した
新しい機体だ。対構造体戦用に極秘に開発し、動力と装甲を大幅に強化した。空中庭園には、まだ正式に登録されていない。だから……極秘任務だ。わかったか
対構造体戦用の機体……同類を殺す汚れた「処刑人」ですか。私にふさわしい、けれど……
この非公式の機体を緊急に使う必要があるなら、正直に答えていただきたいわ。目標は……一体誰なんです?
コントロールを失った英雄を排除……まさに、お前のような汚い処刑人にしかできない仕事だろう
ニコラは再びヴィラの目をしばらく見つめて、静かに目標の名前を告げた
任務目標は……「ロイド」だ
無人輸送機が花畑の上空を旋回した。無数の花びらが気流に乗って舞い上がり、雨のように落ちていく
輸送機が高度を下げたところで、長い緋色の髪の構造体が輸送機から飛び降りた。再び花の雨が舞っている
彼女の近くには、彼女を待っている任務目標――ロイドがいた
やはり……ヴィラさんですか
ヴィラを見たロイドはいつもと同じ笑顔を見せた。しかしこの時、彼はすでにパニシングに酷く侵蝕された状態だった。今この瞬間、完全に侵蝕体になってもおかしくない
これはヴィラさんの新機体ですか……?前のとちょっと似ていますが、雰囲気が全然違いますね
……この機体は構造体を殺すために設計されたもの……そして、私はあなたを殺すために来たの
ヴィラは淡々と話した。その顔に、いつものような挑発的な笑顔はなかった
はい……わかっています
ロイドの淡々とした態度に、ヴィラはなぜか抑えようのない怒りを感じた
なぜ……なぜ今、逃げないの……
ヴィラはニコラから聞いていた。ロイドはある小隊を率いて侵蝕体を粛清する任務の最中に侵蝕体に囲まれ、隊員を全て見捨てて逃げ出したのだと
あなたたち、一体何があったの……
ある侵蝕体……ただ1体の侵蝕体が、私たち全員を絶望の底に陥れたんです
信じられないかもしれませんが、自らを「ガブリエル」と呼び、侵蝕体として自己意識と強大な力を持っています。その上、侵蝕体を指揮する力まで持っているんです
彼の目的は兵士たちではなく……最初から最後まで、彼の目的は私でした
自己意識のある侵蝕体……
ヴィラが黒野グループに勤めていた時、特殊な侵蝕体――昇格者と呼ばれる存在について聞いたことがあった
私たちがどんなに奮闘しようとも、ガブリエルと絶え間ない侵蝕体の攻撃にただ耐えることしかできなかった
ロイドがようやく侵蝕体を撃退して、ひとりで包囲網を突破したとしても、それは全て彼らの計画のうちだったのだ
取引をしないか?貴様は構造体として我々の新しい仲間となる十分な「素質」を持っている。昇格ネットワークの試練を受け入れれば、この兵士たちを生かしてやると約束しよう
侵蝕体の言葉を信じろというのか……私はまだそこまで狂っていないぞ
ガブリエルは首を振って、手に持っていた本を閉じた
私は人間と違って嘘をつかないのだ。弱者に対しては特に
ガブリエルが手を上げると、遠くで兵士たちを取り囲んでいた侵蝕体は攻撃をやめ、遠巻きに取り囲むだけになった
そして……貴様には選択の余地はないはずだ
そう言いながら、ガブリエルはロイドに向かって枯れた骨のような左手を伸ばした。真っ赤なパニシングが彼の手の中で凝縮した……
ロイドのパニシングの侵蝕レベルが急上昇し、激しい痛みが彼の意識を飲み込もうとした
うぐ……っ!!
ロイドはガブリエルの隙を突いて、旗槍で彼の腕を刺すと、素早く後ろに飛び出て崖の下の森へと飛び降りた
まだ逃げる力があったか……まぁどうでもいい、当初の目的は遂げた。あとは昇格ネットワークの選別に任せるとしよう
逃げる以外、何もできなかった……パニシングの侵蝕はどんな傷よりも痛い
でも、そうであっても、私はまだ生きたい、生き残りたい。どんなに辛くても死にたくないんです……
ロイドは自分の制服を破り、侵蝕され、震えて旗槍を握れなくなった右手を縛った
みっともないです……最後まで生きるために戦っています。本当は弱くて臆病なのに
生きるために戦うことは、何も恥ずかしくない……あなたは何も間違ってはいない。でも、私はあなたを殺さなければならない
ヴィラはロイドを見つめて、鞘から刀を抜いた。次の瞬間、鋭い刃先が旗槍の先端にぶつかった――その瞬間、ヴィラは笑い出した
かかってきなさいよ、殺し合いの中で成長を見せなさい!
ヴィラさん!!
ロイドは雄叫びを上げ、旗槍でヴィラの足を突き刺さそうとしたが、ヴィラは旗槍を足で踏みつけて牽制した。ロイドが力いっぱいに引っ張ってもそれは抜けない
死ね!
ロイドがためらった刹那、ヴィラの刀が彼の頭に向かって振り下ろされた
ロイドは旗槍を折り、槍部分を盾にして防御した。その隙にヴィラの腹を狙って蹴りを入れる――ヴィラは刀を引き寄せて身を守ったが、その衝撃で数歩、後退した
この1カ月、必死に訓練したようね……
ロイドがヴィラにトレーニングを依頼してから、時々、戦闘技術も指導されていた。ヴィラからどんな無理なトレーニングを言い渡されても、ロイドは必死に食いついた
以前の補助型機体なら……やられてたかもね
ヴィラの腕には密かに制式刀が仕込まれていたが、蹴られた衝撃でヒビが入っていた。しかし、ロイドの武器もほとんど使い物にならなくなっている
うっ……私は、努力したんです……
侵蝕が急激に進んでいるために荒い息を吐きながら、ロイドは懸命に旗槍で自分の体を支えた。ふたりとも、次の一撃で生死が決まることを悟っている
暗黙の了解のように、ふたりは互いに向かって突進した。花吹雪が舞い、冷たい光が閃いたあと、そこには再び静寂が訪れた
……これで、これでいいんです。あ、ありがとうございます……
制式刀がロイドの胸に突き刺さり、真っ二つに割れた。それと同時にロイドは地面に崩れ落ちていく
今回は……私は、最後まで戦えましたよね……ヴィラさん?
ヴィラは微笑んで、ロイドの側に片膝をつき、彼の顔を手で優しく持ち上げた
そうね……
ロイドは満足げに微笑みながら、ポケットの中のノートをようやく取り出した
ヴィラさん、あなたに言っておきたい秘密が……
ヴィラは頷き、彼方でゆっくり静かに沈む夕陽を見つめている
ええ……
実は、過去の全ての「ロイド」の物語を脚本にして、匿名で世界政府芸術協会に送ったんです
「ロイド」の本当の物語は公表できませんが、いつか、皆がこの劇を通して、私たちの物語を思い出してくれたらいいなと思って……
そうなの……
ロイドは少し恥ずかしそうに笑った
戦闘より、筆と紙で人を楽しませる物語を創る方が私には向いているのかもしれません。でも私は「ロイド」として、英雄の宿命を背負って生まれたことを後悔していません……
ロイドは重度に侵蝕され、自分ではもう制御できなくなった歪曲した右腕を見やった
でも、残念ですが、私は結局、英雄にはなれなかった……皆の最後の希望になることができませんでした
バカなことを言わないで……あなたは構造体を救った。十分な時間を稼いだ。できる限りのことをしたわ
そうですか……本当にそうだといいですね。私の物語も、このノートに記録される資格が、ありますか?
ロイドの瞳孔が光を失い始めた。貫かれた体から循環液がゆっくりと流れ出て、エネルギーも使い切ってしまったようだ
でも、まだ私の物語は……結末を迎えていません
ロイドは手元の旗槍をヴィラに手渡した
「不死身の英雄ロイドは強大な敵を撃退し、ひとりも死なせることなく、全ての戦友を救った」
実に古典的かつ現実的ではない結末ね……
でもヴィラさんなら、きっとできますよ。全ての兵を救い、皆を率いて勝利に導くことが
どうして、何の得にもならないことを、私がすると思うの……
……もう、返事はなかった
まったく、それぞれが自分勝手なことを言って、勝手に私にいろんな期待をするんだから
……もう、反応すらなかった
槍はもらっておく。確かに旗槍の方がこの機体にはふさわしいわね……
あーあ、うっかり手付金を受け取っちゃったから、ちゃんと依頼は完結させるわ。ここで少し、寝ていなさい
…………
再び無人輸送機が離陸し、風で舞い上がった無数の花びらがロイドの体にはらはらと落ちた……同じく、開かれたノートの新しいページにも