部屋に入ると、常羽が胡坐をかいてベッドの横に座っている。机には使い古された地図が広げられ、何かを考え込んでいるようだった
常羽、どうした?
やっと来たか!最近どうしたんだよ、全然来ないじゃん……
まあいいや、これを見てくれ
これは……船の構造図?
俺が探って作ったんだよ!入れない場所以外の情報は正確だと思う
常羽はペンで地図の「交易会」の場所を丸囲みし、そこから通路をなぞり、甲板を横切って船のへりに到達するとペンを止めた
次の目標だ
交易会?
その先を想像してみろよ――アディレだ
案内人に連れられ、常羽と槐南は暗い実験室に入った
立派な設備とは言えないが、音をたてて動く機械や色とりどりの液体が入ったフラスコ等、謎めいた圧迫感を感じる地下空間だ
医者は前にいる、あとは直接話せ
……ありがとうございます
こんな場所を知ってるとはな……
初めて訪れた場所だったせいか、常羽は槐南にささやいた
止められるかと思った
何でアディレなんだ?
正義のため
そんな理由?
まさか、お前を試したんだよ。昔なんかあったんだろ?
……まだそれを言う気になれない
わかった。別に無理に言わせるつもりはない
でもアディレが次の目標なのはマジだ。ちゃんと調べたんだ。彼らは船で構造体改造に適した人間を探してる。そこにつけ込むんだよ
今ならまだ引き返せるぜ
止めたところで意味ある?
そりゃあな
相棒じゃんか
常羽の目は熱くて誠実で、若者特有の輝き方をしている
槐南はその中にはっきりと自分の影を見た。彼はしばらく黙ってから、耳元の長い髪を掻き上げ襟を下げて、首に残る恐ろしい傷跡を見せた
「枷」が覆っているとは言え、暗く赤いうねるような傷跡がいまだはっきりと残っていた
これが僕とアディレの過去
……!?
槐南は襟を上げ、その傷を隠した
止める気はないさ
でも、情報源は大丈夫か?信用できる?
彼らの行動は闇市で噂の的になっている。少し調べればすぐわかった
他人の縄張りでよくもまあ……
俺の計画は、商品のフリをしてアディレに選ばれる。買われたあとに逃げて、ヤツらの計画を失敗させる、だ
とにかく信じてくれれば大丈夫
アディレは構造体に改造できる人間を探してるんだろ?君は条件に合うの?それともデータを改ざんするの?
人を騙す最たる秘訣はな、流れに任せることなんだよ。流れをコントロールして、行きたい方向の流れに乗る
なんだいそりゃ……?3つ目のレッスンか?
いや、3つ目は簡単に他人を信用するな、だ。でも仲間は無条件に信頼しろ
……構造体改造の適性検査をする場所を知っている
闇市には金さえ払えばやってくれる医者はいくらでもいる。ちょうどひとり知ってるんだ
槐南はどうする?
行こう
ん?
行かないとは言ってないだろ?
これが終わったら、自分のことについて話すよ
……ああ!
聞いてる?常羽?
え、なに?ごめん、ボーッとしてた
……まったく、ちゃんと聞いてよ
船にいる人はみなこの「枷」をはめている。知っていると思うけど
「枷」には2つの機能がある。ひとつは皆をリモートコントロールすること。「枷」の2つの基礎コードは船から離れられなくさせ、船の破壊も阻んでいる
2つ目は、身分の識別IDだ。「枷」には船の全ての生命体、構造体、機械体の情報が入っている
常羽は自分の首の「枷」を触った。この「枷」の存在はもちろん知っているが、それについて深く考えたことはなかった
記憶にあるところ彼はずっと同じ生活で、どれほど経っているのかすらわからない。3カ月、1年、3年?聞かれてもわからない。それが当たり前のように思って過ごしてきた
人類の識別コードはひとつの情報とリンクしている。その中には人類とTa-193コポリマーとの相性も記録されている
Ta-193コポリマー相性?
Ta-193コポリマーとの相性が基準値に達した者だけが、構造体に改造できるんだ
例えば、この船でTa-193コポリマーとの相性が合っていて、九龍衆が持っている「公式商品」以外の生命体がいたとする——
それがアディレが欲しがっている商品だ。僕たちにも交渉する資格が手に入る
だから、まず自分が商品になる資格があるかどうかを調べないとってことか……
そう。僕らが「商品」になれたら話は早いんだ。もし商品になれなかったとしても、ここで欲しいものを入手できる
ずいぶんと詳しいな?
この船では自分の敵を知らないことが一番怖い、だろう?
お前か?
ふたりの話は医者に中断された。マスクで顔全体は見えないが、その目は鋭く常羽を睨んでいる
ついてこい
時間節約のために僕らふたりのテストは同時進行だ。先に行け。僕のもすぐ始まる
……じゃ、また