あなたが今回の補充隊員か?
ええ、よろしくお願いします
ヴィラは志願後すぐに出撃の資格を得て、前線の兵士となった
士官学校の在校生……チッ、まだ学生か
ヴィラの前には、ファイルを確認する小隊長を始め、数名の構造体隊員がいる。構造体になるのは職業軍人だけではないが、
少なくとも今回の作戦では、元職業軍人の構造体が何者よりも役立つだろう。そして、長く前線にいる者たちにとって、学生のヴィラは素人同然だ
……皆の足を引っ張らないよう、全力を尽くします
ヴィラはその手の不文律をよく理解していた。一切の自己主張をすることなく、頭を深く下げる
わかっていればいい。今から、作戦の説明を行う。総員、集合せよ
小隊長は携帯用の投影マップを展開すると、戦場の複数のエリアをマークした
今回は掃討作戦だ。作戦エリアのパニシング濃度は中程度、我々構造体であれば数時間の移動は問題ないはず
つまり、エリア内で長期作戦の準備をするんですね?
いや、安全区域に待機して、取りこぼされた侵蝕体を片づける
はぁ?
ヴィラにとっては思いもよらぬ回答だったが、小隊長は気にも止めておらず、おこぼれのような方法で任務を遂行するつもりのようだ
待ってください、任務達成云々は一旦置いておくとして、私たちの小隊が前線に出ないのなら、その分前線の負担が増えるでしょう?
我々に負担がかからなければそれでいいだろ。穏便に戦い、生き残り、軍功を得る。それが、我々の小隊がやるべきことだ
いくらなんでもおかしいわ。軍功なんて、そんなものこの期に及んで何の意味があるんですか?私たちは人間の改造すら辞さないほど、パニシングに追いつめられているのに
どうにかして侵蝕体に対抗する方法を考えなければ、いくら軍功をあげたって最後にパニシングにやられておしまいだわ!
新人は隊長の指示に従えばいい。隊長は俺たちのために作戦を考えてくださっているんだ
隊員のひとりが前へ出て、ヴィラをたしなめた。隊員は、隊長の考えがいかに正しいかを説き始めた
この隊に配属されたことは、君にとっても幸運だったと思うよ。隊長、あの件を伝えても問題ないですね?
いいだろう……どのみち伝えないことには、無駄な言い争いが続くだけだからな
あの件?
実行時期は不明だが、作戦本部は撤退を算段してるらしい
撤退ですって?……つまり、外周都市を放棄するということですか?
もっと大規模な撤退だよ。作戦の核心を宇宙へと移管するみたいなんだ
宇宙……生存者全員を収容できる宇宙ステーションがあるのかしら?
宇宙ステーションではない。もっと大規模な……スペースコロニーのようなものだ。当初の設計基準通りにはいかないようだが、特定の軌道上に静止できるらしい
もちろん、収容人数には限りがあるだろうが
「人数は限られている」――それがポイントだった。宇宙への切符を掴み取るため、軍功を重ね、お上の目に留まろうと必死なのだ
全ては「撤退」の権利を手に入れるため――
ヴィラはそれきり黙り込んだ。目の前の連中の腐った考えを、一言二言で変えられるわけがない。ヴィラはこぶしを握り締め、怒りに我を失わないよう、痛覚モジュールを拡大した
とにかく、そういうことだ。新入りは、後方で見ていればいい
前線へ出なくても?
前線にいたって効率が下がるだけだ。今回の作戦は新入りへのご祝儀みたいなもんだと思ってりゃいい
……わかりました
全員で時刻合わせをし、作戦開始時刻を確認すると、隊員はそれぞれの装備を持って散開した
その場には、ヴィラだけが残った。ヴィラは、小隊長が置いていった端末を一心に見つめている
消極的作戦を行う理由のひとつとして、どうやら小隊長は戦力が過剰だと思っているようだ。たかだか1エリアの掃討に――これほどの人数は必要ないと、そう思っている節がある
生き残り、功績をあげたとしても、参加した作戦そのものが失敗に終わったなら、評価の対象にはなりにくいだろう
できる限り美味い汁を吸いつつ、任務達成も担保する。ヴィラが配属された小隊は功利的だが、決して愚か者の集まりではなかった
でも……エリア内の作戦ポイントはひとつじゃないわ。この隊が向かうのは、外周のここね……
ヴィラはエリアマップを拡大したり、移動させたりして、いくつかのルートを描き加えていく
戦術予測の志を持つヴィラにとっては、容易いことだった。侵蝕体の行動ルートをマークしていき、作戦ポイントごとの侵蝕体数を見積もっていく
そして、ヴィラはふたつの作戦ポイントの合流点を発見した
いけない……