うぇ――い!でっけぇ船だなぁ!
静かにしろ、カムイ。潜伏している敵に見つかったらどうするんだ……
別に静かにしなくても大丈夫だと思いますよ
だってここ、元からめちゃんこ騒がしいし
カムイはゆっくりと目の前の喧騒を指差す
――甲板の上は押し合いへし合いで、罵声や怒号が飛び交っている
船中で賑やかな売り口上が響き、奇妙な容貌の行商人たちが、祭りの参道のように店を広げて空間を埋め尽くしている
乾燥ミミズ、乾燥ミミズだよぁ!バラスト泥の乾燥ミミズ、1匹3蜉蝣銭!里程銭なら1枚で1匹だ!
おいおいおい!なんだなんだ、触るんじゃねえ!ちょっとでも傷がついたら弁償してもらうぞ!200里程だぞ!
商品……商品……
ロボットアームの交換はいかが?うちのは皆黄金時代の医療用器具!品質は折り紙付きだよ!
……
……まぁ、お前の言う通りだが
どうやって船に乗り込むかが問題でしたけど……これなら、正々堂々真正面から入れますよね?
カムイ、待て………!
クロムは走り出そうとしたカムイをとっさに取り押さえる。それと同時に、突然逆元装置の周波数が変更され、通信が繋がった
よかった……やっと繋がった
ふたりの目の前に現れた金髪の青年の投影が、少し気の抜けた声で言った。青年はいかにも人の良さそうな微笑みを浮かべている
これはニコラ長官の専用チャンネルのはずですが……あなたは一体?
そう構えないで。僕はニコラ長官の代理人です。長官は現在、他の任務の処理に当たっていて、連絡を僕に一任されました……
はい、これが僕の身分証
電子IDを送信すれば済むものを、なぜか青年は自分のスーツから職員証を取り出し、わざわざモニターまで近づいて、ストライクホークのふたりに見せた
おお、作戦室の新任職員、名前はマーレイ……
マーレイ?……失礼だが、ひょっとしてグレイレイヴンのリー隊員の……
ええ、その通り。僕は兄さんの弟……えーと、この言い方はちょっと変か。とにかく、僕はグレイレイヴンのリーの弟です
マーレイはにっこりと微笑んだ
よろしくお願いしますね。……では、本題に入りますが、まずはニコラ長官から説明があった任務内容の再確認からです
今回のストライクホークの任務は、突如現れた「九龍夜航船」上の商会の存在確認、及びゲシュタルトサブAIの捜索です
そして第一の任務が主目的ではない、ということでしたね?
ええ、何せこれはニコラ長官直々の発令任務ですから。九龍商会の船がなぜ我々の偵察エリアに出現したのかはわかりませんが、他の勢力のことは任務と関係ありません
ニコラ長官いわく、「あの船にゲシュタルトの同原AIが存在するかを究明せよ。それこそ我々の第一目的である」
AIが存在しないことを確認できたなら即時撤退、でももし存在していたなら……
武力をもって奪取する
……そういうことになっていますが、僕個人としては確認後、一旦撤退した方がいいと思います。なにせ今回はふたりだけですし、分が悪い……
……あの、ちょっと訊いていいですか?
僕が答えられる範囲であれば
前々から気になってたんだけど、さっきから言ってるその「ゲシュタルト」ってやつ……何なんですか?
……
カムイは、その……すみません……
マーレイは今日び小学生でもしないような質問に唖然として、言葉も出ないようだ
……い、いいえ、その……ゲシュタルトは……超大規模超高速の計算を行うことができるAIと考えてもらえればいいかと
自己学習能力があって、僕たちの要求に応じてさまざまな計算や研究を行うことができるんです
すげぇじゃん!俺たちの仕事とかもゲシュタルトにやってもらえちゃったりするの?
ええ、ゲシュタルトは「夢を実現する機械」といわれていました。最終的にそこまではたどり着けませんでしたが、それでも一大任務を遂行中なのです
つまり、人類の保護……空中庭園の安全はゲシュタルトによって保障されてるんですよ
えっと、つまり、俺たち構造体が逆元装置に守られてるみたいに、空中庭園はそいつに守られてるってこと?
少し違うけど、まあそう考えるのが一番わかりやすいかな
要するにゲシュタルトは空中庭園の稼働を保障するシステム、空中庭園のファイアウォールみたいなものなんです
ですが、ゲシュタルトは唯一無二の存在とは限らない。もし同等のAIが存在したら、空中庭園の防衛は……
突破される危険性がある。だから、同原AIを先に見つけなければならない
その通りです
話し終わったマーレイは溜め息を吐いた。釣られて、カムイも溜め息を吐く
決して、ゲシュタルトのソースコードを第三者の手中に落とすわけにはいきません……作戦開始です、ストライクホーク。僕がおふたりを支援します
了解!じゃあ、出発!
で、隊長!どうしましょうか?
出発といってから聞くやつがいるか……とりあえず、先ほどの市場に気になる人物がいた
カムイ、ついてこい!