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All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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期待の終着点·下

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短い会話の後、影は自ら案内役を買って出て、人間を「マモン」のもとへ連れていくことにした。道中も彼はしゃべり続け、迷い込んだ訪問者にこの世界のルールを教えてくれた

俺たちは皆、心にでっかい未練を抱えてる。その願いを叶えるために魂を「マモン」に売って、ここに永遠に留まる権利を手に入れたんだ

例えば俺。昔は建築家だったが、建てるのはいつも食堂とかトイレばっかりでな。ここに来て、やっと発注側の気分ってやつを味わえたのさ!

彼はそう言いながら、自分の頭を時計や花瓶、更には機関車等の形に変えてみせた。首の煙突からは本物の煙まで上がっている

で、君の願いはなんだ?

つまんないやつだなぁ。誰だって人生に未練のひとつやふたつはあるだろ?

今度は頭が巨大な時計に変わり、透明なガラスの中で真鍮の振り子が「チクタク」と音を立てて揺れていた

いいから言ってみなよ、笑ったりしないから

激しく揺れていた振り子が、突然ぴたりと止まった

……もしかしたら、それ、手伝えるかもしれないぞ!

彼の頭が「ボンッ」と音を立てて虫眼鏡に変わり、まるで心の奥を覗き込むかのように、人間の目の前にぐっと寄ってきた

心象風景って知ってるか?じっと座って瞑想すれば、この幻境が心の奥にある願いを実際の景色として映し出してくれるんだ

それはカジノだったり、図書館だったり、映画館だったり、人によって違う。そこから、その人の願いが透けて見えるんだよ

もしどうしても過去のことを思い出せないっていうんなら、やってみなよ。多分一番有効な方法だと思うぞ

虫眼鏡の「熱い視線」を受けながら、人間は静かに目を閉じ、自分の短い「一生」を思い返し始めた

最初の記憶は、荒れ狂う大洪水の中で目を覚まし、炎が混沌を裂いて、深淵から引き上げられる情景

次に、激流の中から1挺の銃を掴んだ。本来冷たいはずの鉄が、火傷しそうなほど熱を帯びていた

その銃を握った瞬間――脳裏に響くように、ある言葉が轟いた

血の契約

それによって自分の正体、自分の使命が甦る

そして記憶の奥底に封じられた、決して忘れることのない名前も……

グレイレイヴン

目を開けた瞬間、無数の鮮やかな花びらが舞っていた

記憶が、その場にいた全員を花畑へと導いた

初夏の雨上がりを思わせる清々しい香りが漂い、朝露が消えかけ、仄かな光が差し込んでいた

色とりどりの花が咲き乱れ、高く広がる樹冠が天を覆い隠している。季節や緯度の制約を超え、焦土の辺境にある全ての植物が奇跡的に一堂に集まっていた

人間が1歩前に進んだ瞬間、背後から驚く声が聞こえた

……あ、ありえない。幻境で生き物を創造できるはずがないのに!

この花々、草、樹……一体どこから湧いて出たんだ?

あまりに珍しい光景を目にした影は、思わず問いかけた

……まさかこんなことになるとは。理解できないが、どうやら君は欲のない「いいやつ」なんだな!

影はそのまま地面に腰を下ろし、1輪の野花をもぎって眺め、何度もなでながら懐かしそうに語った

他のやつは皆、生前に果たせなかった後悔を実現しようとしてるのに、君の願いは……花を見ること?草を愛でることか?

俺には理解できないが、認めざるを得ない。君は「純粋」そのものなんだろう

影は花を放り投げると、煌めく水面の側へと歩み寄った。静かな湖は、空中で揺らめく黒い影を鏡のように映していた

いいな、この景色……気に入った。旅の急ぎがなけりゃ、何百年でもここにいたい

その時、人間の脳裏に浮かんだのは、少し前に目にしたもうひとつの「風景」だった

一面の雪?

湖面の反射に揺れる黒い影が、首を傾げたように見えた

俺は見たことないな。けど、もしそんな「風景」があるなら……

そいつは、きっとものすごく寂しいやつなんだろうな

影は、ひとりと1羽を宮殿に連れてきた。先ほどの環状の墓場と似たような構造で、豪奢な設計と装飾が施されているにもかかわらず、生活の気配は一切なかった

宮殿の隅には風車や花のヘアピン、変わった形の折り鶴等、奇妙な品々が山のように積まれている。どうやら、ここの主には収集癖があるらしい

「マモン」!ビッグニュースだ!幻境のルールを一切知らない、新入りの人間が落っこちてきた!

あらゆる物に囲まれた玉座で、影のような人物がゆっくりと顔を上げた。しかし、その疲れた眼差しは人間ではなく、肩に乗ったモリガンをまっすぐに見つめていた

モリガン……どうしてここに?

カァ!話せば長くなるが、新しいマモンに蹴り落とされたのさ

あんたがこの幻境に逃げ込んでから、焦土の辺境は荒れ放題だ。枢機主神のジジイは倒されたが、黄金の法則が全世界の鉱脈を牛耳ってるせいで、マモン貨幣はまだ流通してる

そこで無帰城と鋳造炉を乗っ取ろうと画策した聖堂が、ある小娘を利用したら、逆にラファエルが返り討ちに遭って、その小娘が新任のマモンに収まったってわけだ

ふぅん……要するに、無帰城は新たな主を迎えたわけだね……

ついでに朗報だ。あんたの肉体も、外でちゃーんと死に絶えてる。葬式の必要すらないぞ!

でも法則の影響下なら、新しいマモンも遅かれ早かれボクと同じ選択をすることになるよ

話の筋がまるで見えず、人間は口を挟まずにはいられなかった

もう何世紀も昔のことだよ。説明するほどのことじゃない

事情は大体わかった。君たちはこの幻境から出る方法を探してるんでしょ?

美しい顔立ちの人物が軽く手を上げると、花草の香りが漂う温かい茶と、つやつやとした米粒が盛られた皿がテーブルに現れた

とりあえず座りなよ。お茶でも飲みながら話そう

人間が動かないのを見て、ワタリガラスが自ら飛び立ち、皿の米をむしゃむしゃと食べ始めた

心配すんな!この幻境では魂のある生き物は創造できないが、それ以外はどれも一級品だ!

代償なしに全てが与えられる甘美――それに一度でも触れたら、誰もここを離れようとはしなくなる

紫髪の美しい人物が指を鳴らすと、数万羽もの折り鶴が突如として宮殿の空から舞い降り、隙間なく床一面を覆い尽くした

折り鶴は雨のように降り積もり、モリガンが鶴の山に埋もれかけた時――その人物が再び手を振ると、折り鶴たちは瞬時に姿を消した

安心して。自らの意志でこの幻境を出た者は、それ以降は二度とここに戻ることはない。たとえそれが自発的であろうと、強制的であろうとね

目の前の人物は非常に誠実な口調で語っている。しかし、人間の直感は告げていた。この「前任マモン」は、下心があって友好的に接しているのだと

次の瞬間――案の定、前任の黄金の王はチップを置いた

ここを離れる手がかりを教える代わりに、ある願いを叶えてほしい

目を覚まさせる、か……いいな。あの時、誰かがそうやってボクを引き留めてくれたら、幻境に入ることはなかったかもしれないのに

玉座に座る人物は静かにため息をつき、頬杖をついた

マモンを「殺して」ほしい

殺す?

豪快に食べていたワタリガラスが動きを止めた

「殺す」は、ちょっと違うかも。「無帰城にあるマモンの座」を、永遠に破壊してほしい

そんな驚くべき言葉を口にしても、玉座に座る前任の魔鬼王が表情を変えることはなかった

長い時間をここですごして、ボクは確信したんだ。無帰城も、黄金の法則も、存在する意味なんかないって

あの瓶中の城は、次の法則の中枢として使い潰せる生贄を選ぶだけの場所。玉座に座る者にとっても、三界にとっても、それは悲劇でしかない

ボクたちは……黄金にしがみついた、ただの亡霊だから

外の世界ではとうに死んでいて、ここに残っているのは未練だけ

だから道中で会った「人影」は誰ひとりとして顔がなく、空に漂う輪郭だけだったのだろう

ボクはもう疲れちゃったんだ。生きていた頃は「法則の中枢」として一生を捧げた。だからせめて死後くらい、自分で結末を選びたい

だけど、人の欲がある限りこの幻境そのものが消えることはない。リセットされても、またすぐに世界に現れる

前任の黄金の王の語り口は、穏やかで平坦だった。衝動でも怒りでもなく、ただこの時をひたすら待っていたのだとわかる

「マモン」は自分の鎖骨の中心を指差し、そこに埋め込まれた奇妙な輝きを放つ晶核を見せた

天使の淡い金色の「核」とは異なり、魔鬼の晶核は鮮やかな深紅で、まるで血の雫がそのまま宝石になったように白い肌に埋め込まれていた

……人の子よ、ボクの足下に来て

全てが終わったあと、血の契約者とワタリガラスは帰路についた。宮殿を出ると、あの名もなきおしゃべりな影とばったり再会した

どうだった?この世界がどれだけ完璧か、十分わかっただろ?今日から仲良くやろうぜ。一緒にここで暮らそう、な?

おっと、落ち込むなって!記憶がないなら、全てが新しい始まりじゃないか!

影は相変わらずひとりでしゃべり続け、自分が作った環状の墓場の間を得意げに歩き回っていた

自分が何を望んでるのかは、これからじっくり考えていけばいい。時間は無限にあるし、資源も尽きない。ここに残って、ゆっくり……

人間は、名残惜しそうな言葉を遮るように口を開いた

……

それはおしゃべりな影が初めて、すぐに返事をしなかった瞬間だった

この世界には、風の音も水の音も虫の音もない。言葉を止めた瞬間、空間を満たすのはただただ息苦しいまでの静寂だけだ

やがて長い沈黙の後、影は背を向けたまま首だけを回し、無造作に答えた

覚えてない。でも、ここではどうでもいいことだろ?

果てしない巨大な墓場を抜け、何もない荒野をいくつか越え、人間は前任マモンの導きに従って、金銀財宝で築かれた山を登った

贅を尽くした宝飾で作られたその山は、足をかける場所すらほとんどなく、油断すればすぐに滑り落ちてしまう。人間は苦労して登っていたが、モリガンはバッグの中で休んでいた

ふざけた話だ!せっかくここまで来たのに、ひとつも持ち帰れないなんてな!

しかも出口がこの宝の山のテッペンだと?最初に幻境を作ったマモンは絶対に性格が悪い。人の心を弄んでやがる!

なんでかわからないが、あの宮殿を出てから急に力が入らん。腹ペコで気力が湧かない感じだ。肉体労働なんて絶対に無理――痛ッ!

人間が宝の山で足を滑らせ、バッグの中のワタリガラスが痛そうに声をあげた

痛いな!何するんだ!

怒ったモリガンが頭を出すと、その先に広がる光景に声を失った

おいおいおい、冗談だろ。ワシ、絶対入りたくないぞ……

人間とワタリガラスは呆然と宙を見上げた。山頂には、数人を丸ごと呑み込めそうな巨大な口が開いている。黄ばんだ牙にこびりついた、濡れた肉片が生々しい

確かに、前任マモンもそう言っていたが……先に行け。ワシは後から追いかけ……カァ!痛い痛い痛い!羽根を引っ張るな!

人間は有無を言わせず、ワタリガラスを抱えて巨大な口の中に飛び込んだ

長髪の女性は玉座にもたれながら、床に落ちていた1枚の金貨を拾い上げ、そこに刻まれた見慣れた浮彫をぼんやりと見つめていた

マモン貨幣は同じ意匠で統一されており、無帰城の炉で延々と生み出されている。三大法則が定められて以来、焦土の辺境で唯一の通貨として使われてきた

ここへ来て彼女は初めて知った。マモン貨幣は誰かの意思で作られているのではなく、ただ黄金の法則に従って、1枚また1枚と溶炉から飛び出してくるのだ

その事実は、彼女が思っていたよりもあまりに空虚だった

ふわぁぁ……さて、これから何をしようかしら

この城の掃除とか?

答える者などいない。聞こえるのは、炉の炎が静かに燃える音だけ

立ち上がろうとした時、視界の端に、壁際に落ちた羽根が映った

それは炎の光を反射して艶やかに輝く、柔らかな尾羽――その持ち主は明らかだ

唇が僅かに綻び、馴染んだ笑みがその顔に戻った。彼女は確信していた。血の契約者は、幻境に酔い痴れるような軟弱者ではないと

……帰ってきたのね、グレイレイヴン

その瞬間、赤く染まった血弾が彼女の冠めがけて放たれた。「マモン」は軽く手を上げ、いとも容易く弾丸を受け止めると、握り潰して血の塊に戻した

灰色の衣を纏った人間はもはや姿を隠すことなく、銃を手に壁の陰から現れた

そういう率直なところ、好きですよ。でも、取引には対等なチップが必要でしょう?

あなたのためなら、私が追い求めてきた全てを賭けても構いません

でも、あなたは私に何を差し出してくれるんです?

彼女は喜びに震えた。忘れていた刺激――命を賭けたギャンブルなどもうできないと思っていた。けれど、あの人は帰ってきた。運命のルーレットへと、再び引き戻してくれた

ならば彼女もまた、最後の一手を賭けて、全てを投げ打つ覚悟を決める

……なんて魅力的な報酬。やっぱり、あなたは私のことをよくわかっているんですね

彼女は満足げに吐息を零した

あなたに、この賭けが私にとってどれほどの意味を持つか、永遠に理解できないとしても……

私はこの条件を受け入れましょう

黄金の王は指先を掲げ、魔力で構築された日傘をその手に収束させた。双方の合意によって、賭けは成立した

怒涛の魔力の奔流が瓶中の城に響き渡り、床一面に敷き詰められていた金貨が舞い上がる。中空の回廊に巻き起こる旋風は、人間と銀髪の魔鬼をその中心に包み込んだ

彼女は宙に浮かび、1歩踏み出し、傘の尖端をゆっくりと人間に向けた

さあ、始めましょう。私たちの……最後のギャンブルを