……列車ノ金貨、回収……ギャンブラー·リリス……殺ス!!!
耳障りな叫びをこれ以上聞きたくないとでも言うように、悪魔の騎士は白い生物の胸を足で踏みつけ、鋭い爪先をその喉元に突きつけ、呻き声を完全に封じ込めた
答えなさい。ラファエル夫人は鍵を手に入れたのに、なぜまだ私に執着するの?
……殺ス、虐殺!!
これ以上は時間の無駄だと判断したのか、騎士は爪先で天使の喉を貫き、残骸を無造作に蹴り飛ばした。そして、地面に倒れて動けないもう1体の生物の前に歩み寄った
……呪文、ラファエル夫人、命令……呪文、探ス!
もう1体の瀕死の白い肉塊は、騎士が手を下す前に情報を口にした
つまり、彼女はまだマモンの財宝を手に入れていないのね?
騎士が動きを止めた隙に、天使は必死に続けて話した
宝庫、無帰城ノ中……マモンノ座、空イテル
……呪文、必ズ、手ニ入レル!
アハハハハ!まさかラファエル天使長ほどの大物が、魔鬼王の呪文ひとつで門前払いを食らうとはね!
本当に最高だわ……やっぱり生き延びてこそですね。だって、こんなにもゾクゾクする茶番が見られるんですもの!
彼女は顔を上げ、心の底から楽しげに笑い声をあげた
ごめんなさい、説明を忘れていましたね
彼女は目尻の涙を拭いながら、血の契約者へ丁寧に事情を説明し始めた
マモンの宝庫――別名無帰城とは、数え切れない財宝が眠る地下の要塞です。そこには主と招かれた者しか入れません
鍵……つまりラファエル夫人が奪ったあの金貨は、あくまで招待状にすぎません。中に入るには「呪文」というパスワードが必要なのです
それなのに、あのバカ天使はルールも知らずに私を消そうとしただなんて……アハハハハ!
話の最後までこらえきれず、彼女はまたも吹き出すように笑った
その通りですわ、愛しい血の契約者様
待ち伏せすればいいんです。もうこんな血肉を貪るだけの連中に用はありません
彼女が手を上げると、菱形模様のカードが指の間から浮かび上がった
逝きなさい
一瞬のためらいもなく、また1体の天使巡礼者の穢れた血が麦畑の道端に飛び散った
……さっきは悪かった。お陰で助かった
満身創痍のフロント係は、血に染まった右腕を押さえながらゆっくりと歩み寄ってきた
僕はヴァン。大した礼にはならないが、今夜はここに泊まっていってくれ
それでしたら、お言葉に甘えましょう
ほんの一瞬で、彼女は「リリス」という仮面を完璧に被り直した
カヴァンカの人たちは、今も一攫千金の夢に浸かっています。もし私たちが偶然通りかからなかったら……ああ、考えるだけでも恐ろしい
一番景色のいい部屋に、3食はもちろん、他のルームサービス付きでお願いできますか?そんなに贅沢なお願いではないでしょう?
お安い御用だ
フロント係の若者は即答で頷き、すぐに宿の中へ入っていった。人間が口を挟む間もなく、交渉はあっさりと成立した
長髪の淑女は余裕たっぷりな様子で人間に手を差し出し、戻るように促した
さあ、行きましょう
人間も抵抗を諦め、「絶世のギャンブラー」の厚意を素直に受け入れた
部屋に入ると、豪華なベルベットの絨毯とクリスタルのシャンデリアが迎えてくれた。災変前の意匠は今なお優雅さを保ち、静謐な威厳を宿していた
リリスは裸足で柔らかな絨毯の上を歩き、広々としたベッドルームを抜けた。大きな窓辺で一度足を止めて振り向くと、本革のソファに身を沈めた
バロック様式の芸術美……災変以降、焦土の辺境の人々にとって、これはもはや手の届かない夢のような贅沢ですね
この贅を尽くしたスイートルームも、かつてはきっと選ばれし人だけが足を踏み入れられたのでしょうね
お褒めに預かり光栄ですわ。人は一生のうちに、甘みも苦みも、全て自らの舌で味わうべきでしょう?
リリスは手慣れた様子でアイスペールに冷やしてあったシャンパンの栓を抜き、黄金色に輝く蜜のような酒をグラスに注ぎ、血の契約者に差し出した
さあ、美酒は待ってくれませんわ。このひと時を無駄になさらないで?
人間は香りを放つ誘惑のグラスを受け取らず、冷静に彼女の行動に潜む矛盾点を突いた
彼女が真実を隠していることを責めているのではない。ただ、納得できる説明が欲しかった
さもなくば、この小さな違和感は、やがて互いの信頼を根底から呑み込む大樹に育ってしまう
――もうすでに、心のどこかで芽吹き始めているのだから
……本当に私の過去に興味がおありのようですね。いいでしょう。直接は答えられませんが、代わりに全てを明かすひとつの物語をお話しますね
この物語の中では、私……リリスが一切の偽りを捨て、全てを語りましょう
受け取らなかったグラスを、彼女はひとりで半分ほど飲み下した。微かな酔いが声色を緩ませ、語りたくてたまらない衝動が酒の肴となって零れていく
あなたがこの物語からどんな答えを得るのか、どんな真実を掴み取るか……それは全て、あなた次第です
それではどうぞ遠慮なさらず。これはあなたが手にすべき報酬なのですから
2杯目の美酒が注がれ、揺れる黄金がテーブルに置かれた。今度は、人間も断る理由を見つけられなかった
物語は、どこから始めるべきだろうか――
昔々、焦土の辺境にカヴァンカという小さな町があった。その町には、エレノアという名の少女がいた
エレノアの父は聖堂が任命した税務官で、町の人々から税を徴収しては聖堂へと献上していた
「抜け道」も多かったその職の恩恵で、一家は裕福な暮らしを送っていた
幼いエレノアは「金」というものをよくわかっていなかったが、それが力であることだけは知っていた
少なくとも金色に輝く金貨を差し出せば、子供である自分にも大人が一目置いてくれる。それは確かな事実だった
彼女は「金」がもたらす快感と優越に酔い、人が欲望に溺れる姿を見ては密かに喜んでいた
ある日、家に高貴な客人が訪れた。両親は彼女に、決して無礼を働いてはいけないと厳しく言い聞かせた。その人は家の全財産を差し出しても、振り向きすらしない存在だと
その客人は、背の高い褐色肌の美しい女性だった。もし両親から「ラファエル様と呼ぶように」と言い聞かされていなければ、自分と異なる種族だとは到底思えなかっただろう
両親とその人は午後いっぱい談笑し、エレノアは扉の外で最後のひと言を耳にした……
「その欲望に、見合うだけの力を持ちなさい」
そう言うと女性は立ち上がり、その場を後にした
客間の扉が開いた瞬間、エレノアは壁の陰に慌てて隠れ、かろうじて言葉を口にした
ご、ごめんなさい……盗み聞きするつもりはなかったんです……
くだらない言い訳はやめなさい。別に誰に聞かれても構わないわ
天使長として名高い彼女は、エレノアを一瞥すらしなかった。心の底から関心のないことがその態度に滲んでいた
あなたも両親と同じね。まだ幼いのに並々ならぬ欲望を持っている……シンクレア家の血は、まさに呪いね
でも、楽しみにしているわ。あなたが人とは違う特別な存在になることを
ラファエルは最後まで、一度も「エレノア」の姿を見ることはなかった
果たしてあなたに、その途方もない野心を抱く資格があるかしら?
幾年の時を経て、リリスが森で両親の亡骸を見下ろしていた時、ふと脳裏に浮かんだのはラファエル夫人のあの言葉だった
両親の死因を、夫人は10数年前にすでに明かしていた。それでもその真意を理解するために、彼女は更に幾度もの季節を巡り、追い続けたのだった
そしてようやく答えにたどり着いた時――その答えは、彼女にとってどうでもよくなっていた
結局、彼女の両親は愚かな野心の果てに命を落としたのだ。「マモンの宝庫」の鍵を手に入れようとし、更にその封印を解く呪文を集めていたことが聖堂の逆鱗に触れた
お父様、お母様……私はあなたたちとは違います。野良犬のように道端で野垂れ死ぬなんて、絶対にありません
私はもっと強くなる……私の欲望にふさわしい力を、この手に掴むまで
彼女は新たな真理を悟った。「金」は確かに「力」だ。しかし、その「力」を使いこなすためには、それに見合う「器」が必要なのだ
社会という篩を通れなかった者たちは、上にいる者から見捨てられる運命なのだから
私は先頭を走り、この道の頂点にたどり着いてみせる……
私は必ず、この焦土の辺境で最も幸せな人間になる運命だから
彼女は心の中で何度も繰り返し唱えた。あの日、両親が命と引き換えに遺してくれた、幼い頃に聞いたあの呪文を――そうして旅路へと踏み出した
彼女は全てを賭ける覚悟を示し、命すら惜しまぬ覚悟で、運命に愛されることを願った
弾丸とルーレットの狭間で舞うように踊り、彼女は自分の望むままの人生を手に入れた
……おわかりいただけましたか?これは「ちょっかい」ではなく、「必ず手に入れないといけない」ものなのです
私は、運命が課す清算から逃げたことは一度もありません。まだ完全に崩れ落ちていないなら……私は何度でも立ち上がります
シャンパンの最後の1滴を飲み干し、彼女はすでに目の前のご馳走を食べ尽くしていたが、それでも心の飢えが満たされることはない
少女はソファに仰向けになると足を組み上げ、片手で空になったグラスを置き、もう一方の指先で長い髪をくるくると弄ぶ
彼女は望んでいた。目の前の者が、自分の飢えを満たしてくれることを。あるいは、抑え込んでくれることを
グレイレイヴン様、わかるでしょう?ここまで来た以上、あの宝を手にできなければ、ラファエル夫人に喰らい尽くされるだけ……
これは最初から「勝者がただひとり」のゼロサムゲームなのです
それなら、私とともに「全てを得る勝者」になる方がいいでしょう?
灰赤色の瞳が輝き、情熱のこもった視線が注がれる。その誘いはあまりに甘く、普通の人間なら抗えるはずもないだろう
だが、グレイレイヴンにはわかっていた。「マモンの財宝」は、そんな単純な代物ではない
なぜですか?
彼女は少し不思議そうにしたが反論せず、静かに続きを促した
……ふふ。そんな細かいことを詮索する必要、ありますか?
目の前の相手を動かすには、自分の理屈だけでは足りない――そう察したリリスは、巧みに切り口を変えた
私はあなたに従い、あなたを助け、成果を分かち合う……
このルールさえ守っていれば、私たちは「協力者」ですよ
彼女が立ち上がった拍子に、シャンパングラスが床に落ちた。彼女は人間の手を取り、自らの胸元に押し当てる――その肌はまだ熱を宿していたが、もはや命の鼓動はなかった
カシャーン――
ふたつのグラスが床でぶつかり、澄んだ音が響いた
この忠誠を疑うなら契約を解き、私をただの死肉に戻せばいいだけの話です
主導権はいつだってあなたの手の中にあるんですから
それで構いません。これで本当に交渉成立、ですね
リリスは人間の手首を離し、数歩下がった
その瞳に宿っていた強い野心は、今やまた深く隠され、顔には交渉の成果を得た者の満足げな笑みだけが残っていた
これから数多の戦いが待ち受けています。だからこそ今夜だけは、お互いの疑念も不安も押し込めて、自分の目標のために戦いましょう
彼女は大きなベッドに仰向けに倒れ込んだ。ベルベット調の寝具が、その言葉を優しく包み込む
せっかく、こんな素敵な部屋を借りられたんですもの。ちゃんと休まないと、もったいないですよ
先ほどまでの獰猛さが嘘のように、今は疲れた猫よろしく丸まって眠ろうとしている。その奔放さに人間は戸惑いつつも、黙って受け入れるしかなかった
少なくとも今のところ、人間は交渉という手段でしばらく悪魔の「食欲」を鎮めることに成功し、彼女は「血の契約者には手を出さない」と約束した
ならば、人間もこの悪魔との賭けを続けるしかない
人間はベッドの反対側に置かれていた予備の枕とブランケットを手に取り、ソファに腰を下ろした
……
返事はなかった。ただ、安らかな寝息だけが室内に響いていた
人間は頭を軽く振り、その馬鹿げた想像を追いやると、体を横たえてそっと瞼を閉じた
無帰城の門前
翌日正午
翌日正午 無帰城の門前
魔鬼の領地はいつも寂れ果てていた。爪で引き裂かれたような地面、あちこちに口を開ける穴と崩れた建物――
リリスは日傘を杖にして、曲がりくねった泥と石の道を軽やかに通り抜けていく。その優雅な動きは、廃墟の舞台で踊っているようだった
前任のマモンが失踪して以来、無帰城の門には見張りもいない。いくつもの形ばかりの関門を抜け、彼女は最後にぴたりと閉ざされた石門の前にたどり着いた
無帰城の大門へようこそ
この向こうは焦土の辺境の人々が夢に見た「マモンの宝庫」――煉獄の旅への入口です。グレイレイヴン様、覚悟はよろしくて?
彼女はわざとらしく両腕を広げ、道化のように言葉を添えた
さっさと終わらせるぞ!ったく、本当に何世紀経っても魔鬼のセンスは最悪だな!
人間は服で顔を覆うのをやめると、鼻腔に広がる血と肉の臭いに顔をしかめた。どうやら、悪魔の美学も天使と変わらないらしい
ワシは悪魔だぞ。あんな金のことしか考えないバカな連中と一緒にするな!
全身の羽を逆立てて激昂するモリガンは、明らかに本気で怒っていた
その答えを持ってきてくれた方がいるみたいですよ
絹と骨組みが同時に広がり、傘が空中で1輪の花のように咲いた。深紅の魔力の奔流が先端の細い孔から溢れ出し、地面に複雑な紋様を描き出す
そしてその紋様を描き出した赤い線の先に現れたのは、巨石の陰から這い出てきた数体の白い肉塊だった
カカ……カカカ……
ラファエル夫人ったら、こんな素敵な出迎え人を用意してくださるなんて
彼女のご厚意を無駄にはできませんよね?
彼女の口元に笑みが浮かんだ。その口元の弧線は、命を刈り取る大鎌を連想させた
人間は刃で肉を裂き、自らの血を弾丸にまとわせる。そして腕を上げ、這い回る白い影に照準を定めた
承知いたしました
カードが唇を滑る。彼女は殺意を敬意で包み込み、傘の影に隠した
仰せのままに