風車広場、落書きされた壁の前――
早々に機械体の集団に囲まれてしまった。どうやら3つの流派が協力し、我々を待ち伏せていたようだ
機械流派のマスターが囮作戦を使うとはな!
ハンマーで弾き飛ばされたペイント精鋭兵がマルクの横を掠めていった
だから言っただろう、我々は廃棄された戦術モジュールを収集したと……おっと!
マルクは飛んできた機械体をよけ、更に宙を舞う塗料もよけた
なぜまだ私にヘイトが!?ドルシネアさんは何をしているんだ、早くどうにかしてくれ!
マルクがドルシネアの方を見やると、彼女は作戦通りにイーゼルから絵を外していた
しかし、そんなドルシネアを見ても、彼女を止めようとする機械体はいなかった
まずは裏切り者を先に捕らえろ!他は全部後回しだ!
なぜだ!?おい、よく見ろ!お前たちの作品が盗まれているぞ!?
おい!大丈夫か?
よし、爆破準備!全員壁から離れろ!
包囲から逃げ回るマルク。機械体たちはそのマルクを追って、壁から遠ざかっていった
指揮官、この回収装置は私にも使えるだろうか?そちらと合流するまで持ちそうにない!
私は覚醒機械だ!問題ない!
ほとんどの機械体がマルクを追って離れていった。こちらを追ってきた機械体たちも安全エリアに入っている。あとはドルシネアの位置を確認するだけだが……
いくぞ!
通信機からカレニーナがボタンを押す音が聞こえた
ドォォォォン!
後方で爆発が起こり、マルクを追撃していた機械体たちが振り返る。泡で覆われた壁は、落書きのない最下部から折れて真っ二つになった
2回の爆発音が聞こえた。今度は自分が設置した壁の両側からだ
壁の両側でふたつの丸い気球が素早く膨らみ、泡で覆われた壁をゆっくりと上空へ運んでいく
こちら工兵部隊「ピークォド」号。目標の上昇を確認、空中での回収を開始する
なるほど、このような装置だったのか……ん?では私の頭にあるのは……
その声は爆発音で遮られた。道の向かい側で、ひとつの気球がロープを引きずってゆっくりと上昇していく
そして加速装置が作動する。壁には遠く及ばない重量であるマルクは、一瞬で視界の外へと消えた
うわぁぁあああぁぁぁぁあ!!!!
……
「現在圏外デス、通信接続ガ切断サレマシタ」
夕方。コンステリアの照明システムが稼働した。一部のエリアを除き、工兵部隊の全員が出動したお陰でほとんどの修復が完了している
我々も追っ手を撒き、ようやく駐屯地に戻ってくることができた
ったく、しつけぇ覚醒機械だな……ずっと追ってきやがって、ほとんど都市を横断したようなもんだぞ
お疲れさま
椅子に座って端末を操作しているドールベアが、こちらを見ずに労いの言葉をかけてきた
指令を入力し続けているのだろう。カレニーナが装備を外しながらモニターを覗く
議会からの通信か?
今回の作戦では、かなりの物資を消費したわ。80回を上回る航空機の出動に、考古部隊から借りた「保護泡沫発射装置」も半分以上回収できなかった
名義上は芸術協会の所有になっているけど、実際は空中庭園の貴重な物資だから反対する議員もいたのよ
今回の計画は、外交部が参謀部や世界政府芸術協会と共同で進めた形になっている。しかし、実際の主導者が黒野で影響力を持つリストだったため、議員たちの注目を集めていた
黒野のこれまでの悪行を考えると、あのニコラ司令でさえも黒野に反対するしかなかったのだろう
パニシングは落ち着いてきたのに、人間同士の揉め事は落ち着かないのね
昇格者や代行者も相変わらずで、いつ何が起こるかわからない状況なのに……突然現れた人にも「挨拶」しなきゃいけないなんて
そう言いながら、ドールベアは何度もドルシネアの方を見た
リストよ。ニコラ司令も同意したわ。ドルシネアを通じて覚醒機械ともっと接触したいんですって
おい、何コソコソ話してんだ?
「別に何も」と、ドールベアと声を揃えて答えてしまった。この話を聞いて、ドルシネアの感情が変化しているのではと彼女の方を見やる
しかし彼女には、人間のこのようなやり方は通用しないようだった。ドルシネアは相変わらず無表情のまま隅に立っている
人間は、コンステリアの機械体をどうしたいの?
さあ?でも、外交部の決定だから
?
「文句を言いたいだけ」というのが嘘なのは明白だろう。「人間の望み」というのが端から違う。 決定者にも反対する者にも、「それが人間の望みである」と言う資格はない
要するに、物資を使いすぎるから続けたくねぇって言ってるやつがいるってことだよ
それは誰?
さあな。でも、この方法が最適だと思ってるやつ、そうじゃねぇと思ってるやつ、何もしねーのが一番だと思ってるバカがいるってこった
人間も異なる芸術流派に分かれているのね……もっと団結力があると思ってた
そりゃ団結する時もあるだろ。でなきゃとっくに滅んでるっつーの。でもできねぇ時もあるから、今みたいなことになってんだよ
研究でも同じだ。全員が同じ方向に進むよう強制されてたら、人間は真空零点エネルギーの発見どころか蒸気機関すら持てなかったかもな
……
コンステリアの皆も、人間のようになれたらもっとよくなるって思ってるの?
その答えを決めんのは覚醒機械たちだろ。オレたち部外者ができるのはここまでだ
ここまで?
ドルシネアが不思議そうにしていると、ドールベアがプロジェクターを起動した。今、彼女の目の前には再建された立派な美術館が映し出されている
以前の規模と比べると、あらゆる箇所が拡張されているようだった
これは……
これはパレットクラッシュに参加しなかった覚醒機械が協力して再建したもの。都市のインフラの稼働を妨げていた芸術品をここに移動させたの
「保護泡沫発射装置」のお陰で損傷はないわ
どうしてここまでするの?
壊すには惜しすぎたんだよ
まるでその価値がわかるみたいな言い方ね
いいものか、そうじゃねぇかくらいはわかるっての
しかし、ドルシネアはまだ納得がいっていないようだった。彼女は言い方を変え、再度訊ねる
人間はこれまで手段を選ばなかったのに、なぜ方針を変えたの?
この方がいいと判断した人が増えたから……この言い方だと余計ややこしくなるかしら
最初の不安があったからこそ、人間は後退への一歩を踏み出すことにした、と言った方がいいかもね
後退への……一歩?
隊長の頭のネジが足りてないところに惹かれたけど、他のネジもほぼ足りてなかったことを受け入れたような感じよ
テメェ!
本当のことよ。ここで嘘をついても仕方ないでしょう
言い合うふたりをよそに、ドルシネアはとある可能性を改めて考えていた
受け入れる……
彼女にはそれが簡単ではないことも、その問題点もわかっていた。そして、その全ては隔たりの中で生まれた「傲慢さ」であることも
しかし、確かに人間は力が及ぶ範囲で努力をしている。コンステリアにも変革が必要なのかもしれない
だが、その前に……
美術館の南東から煙が出てる
……
美術館付近の隊員、聞こえるか?
こちら美術館C区1班
何があった?
ここへたどり着いた覚醒機械たちが……中で戦ってるんですかね?
その返答に信じられないといったような表情を浮かべたカレニーナは、再度同じ質問をしたが、まったく同じ返答が繰り返された
止めるつもりはないということ?
覚醒機械たちによるパレットクラッシュには干渉するなとお聞きしましたが……
これのどこがパレットクラッシュなんだよ!何で突然暴れ始めたんだ!?
ええと……幻想派は野獣派の展示範囲が広いことが不満で、立体派は幻想派の作品が一番目立つ場所に置かれていることが不満のようです。そして野獣派は立体派の……
……
本当に休む暇がないわね
今からそっちに向かう、どうにか持ちこたえろ
カレニーナは通信を切断し、準備を始める。ドールベアは手を振って送り出そうとしていたが、そんな彼女をカレニーナが逃がすはずがなかった
人手が足りねぇんだよ、お前も来い!
わかったから引っ張らないでくれる?
でも皆で同じ場所へ行ったって意味がないわ。買い物に行く訳じゃあるまいし
確かにな……じゃあ二手に分かれよう。前後からあいつらを挟撃すんぞ!
わかった。じゃあペアはじゃんけんで決め……
ソフトウェアを起動したドールベアがそう提案しようとしたが、それはカレニーナによって遮られてしまった
ドールベアとマルクが裏門から行け。オレは指揮官と一緒に行く
……どうして?
……今日一日コイツといて、想像以上に効率がよかったからだ!
ふぅん……マルクも一緒にいたと思うけど
カレニーナはその言葉を聞かなかったことにして、仕事道具を手に取りこちらを振り返る
そして、もう片方の手でこちらの腕を掴んできた
いくぞ、指揮官
周りを見ると、さまざまな道具を持った各部隊の隊員が続々と美術館に向かっていた。皆が目指すは煙が出ているエリアだ
お互いがお互いを完全に受け入れられるまで、まだまだ道のりは長そうだ