真相を探る暇もない内に崩落が起きた。「お人形さん」が吹き飛ばされ、横から思いっきりぶつかってきた――ヴィラの記憶はここまでだ。彼女は意識を失ってしまった
恐らく怪我をしたのだろう
彼女は意識海で必死にもがいていた。沸騰した海の中で溺れるように、激しい痛みから抜け出すことができなかった
ッ……
古傷を負った腕が裂けるように痛んだ
メンテナンス……はやく……
耳元で「お人形さん」の声が微かに聞こえたが、現実に戻れなかった。緊急治療を要する事態だ
朦朧とする意識の中で、黒野に「回収」された日のことを思い出した――あの日も同じくらい痛かったような気がする
……あの日に……何があった?
……ひとりだけでもいい、あなたひとりだけでも守れれば……
ねえ無個性顔、あなたは攻撃型ね?
ああ……そうだけど……攻撃型でもあんたには……
彼女は自分の腕を外した
……
あくまでも私は補助型の設計なの。戦闘性能が限界に近付いてる。でも、あなたは構造を補完さえすれば、まだ戦えるわよね?
……ひとりでも生き残ってくれれば、もう二度と「死神」って呼ばれなくて済むわ
この腕で道をひらいて、脱出して。最初の予定通りに逃げて!
もうこれ以上、私に痛みを与えないで。あの痛みは、今機体が感じているよりもずっと……
痛……
誰かが彼女の側に駆け寄ってきて、ゆっくりと彼女を外へ引きずっていく
……何……
引っ張らないで……
痛い……
痛い……!!
ッ――
あっ!ご、ごめん!
目覚めた瞬間、「お人形さん」が隣で謝っていた
え……?
ごめん!き、きけん……あなた……閉じ込め、られて……
わたし……こう、するしか……
「お人形さん」は状況を必死に説明しようとした。しかし、ヴィラが彼女の言葉から有益な情報を得ることはできなかった
わたし……
ドォン――
ヴィラの聴覚モジュールのすぐ近くで爆音が響くと同時に、「お人形さん」がヴィラの体に覆い被さった
破片が空気を切り裂き、「お人形さん」の機体に当たり、いくつかの傷跡を残した
うっ……!
煙と粉塵が晴れると、数人の生存者が咳き込みながら駆けつけ、爆発の中心地付近にいたふたりの構造体を引きずり出そうと頑張ったが、どうにも動かせなかった
どうしてまた爆破装置なんか……
侵蝕体が……近くにいるのね……
ヴィラがやっとのことで周囲を見回すと、地下要塞の最深部まで撤退していた。全員が「灰まみれの顔」をしている
なぜあなたひとりしかいないの……?「誰かさん」は……?
突破に失敗したら逃げればいいのよ。私に構う必要なんてないのに……バカね……
しゃべっちゃ、ダメ。たいちょう、あんぜん
あなた、痛いって、言った
「お人形さん」はヴィラの肩を指差し、それから自分が抱えているメンテナンスパーツを指差した
わたし、ちりょう
「お人形さん」は攻撃型でしょ。治療なんて、できな……ッ!
ふぅー、ふぅー……
痛いの、痛いの、とんで……
とんで……
ヴィラを懸命に宥めていた「お人形さん」が突然倒れ込んだ。ヴィラはもう片方の腕で慌てて彼女を抱きかかえた
ちょっと!大丈――
……
その時初めて、ヴィラは「お人形さん」の背中にある無数の傷に気がついた
大きな穴が痛々しい。彼女の背中いっぱいに循環液が伝い、ヴィラの隣に小さな水たまりを作っていた
彼女の怪我はヴィラに負けず劣らず重傷だった
チッ……こんなに酷い怪我をしてるのに、私の側で何してるの!?
だって……痛い、言ってた
「お人形さん」は必死に顔を上げ、ヴィラに微笑みかけた。同じように傷だらけの子機も再び反応した
<i>あなたが痛いって言ったから</i>
ヴィラが何度も嘲笑った「バカみたいな笑顔」が、今は「心臓」に突き刺さった
私が痛がったって、あなたには関係ないでしょ?
私が死のうが生きようが、あなたに関係ない……!
よく考えて!私たちはただのチームメイト、ただのグループよ。黒野のチームメイトなんて、なんの意味もないのよ?
私の前のチームメイトがどんな結末を迎えたか知ってるの――
<i>もうやめて……私たちは前のチームメイトと同じじゃない、安心して</i>
<i>隊長が言ってた。ヴィラが時々きつい言い方をするのは、不安だからかもって……</i>
<i>大丈夫、ヴィラ。突破は失敗したけど、皆生き延びた。次のチャンスがある</i>
……どいつもこいつも……バカじゃないの!?
「お人形さん」は疲れたのだろう。温かな赤い色に身を寄せ、隣で体を丸めた。そして、同じように傷だらけのヴィラの手をしっかりと握った
<i>悪い方に考えるのはやめよう……ヴィラ</i>
<i>おしゃべりしよう、他の話。隊長が助けてくれるのを待とう、ね?</i>
…………はぁ……
ヴィラは苦痛と苛立ちで目を閉じた――こんなことは初めてではない。ふたりのチームメイトは常にこうだ。そのため、ヴィラはいつも感情を吐き出せずにいる
それが決して悪いわけではないが……それに慣れている自分がいた
腕の鈍い痛みに耐えながら、ヴィラは責めるのをやめた
「お人形さん」が自分の髪の上に寝転ぶのを黙認し、「お人形さん」の背中の傷口を手で強く押さえて、「誰かさん」が早く戻って来ることを願った。指の隙間を循環液が伝う
そうね……わかった、他の話をしましょう。何でもいいわよ
<i>うん……</i>
<i>さっき、痛いって言ってたけど……</i>
<i>その……痛みって、どんな感じなのか教えて?</i>
……え?
<i>痛みが何なのかわからない。でも、あなたたちが痛いって言うのを聞くのは辛い</i>
……
「お人形さん」は目を閉じて、ヴィラの腕の中で身を寄せた
ヴィラは目の前の蛾が羽を広げ、灼熱の炎に何度も突進するのを見ていた。「チームメイト」のため、そして遠く及ばない「生き延びる」ため
「お人形さん」の痛覚モジュールはほとんど機能していなかった。今、いつも通りの表情で話しているのも、痛覚の欠如によるものだ
ヴィラは理解した。これこそ、黒野が「モス」を可愛がる理由だ。この子以上に先鋒に適した者はいない
それと同時に、ヴィラの胸に理由のない怒りがこみ上げてきた
――何のために?
この瞬間、ヴィラの心は微かに揺らいだ。彼女の脳裏に「黒野を離れる」という考えがよぎった……ひとりではなく、多くの人と一緒に
……
深く暗い地下要塞の中で、ヴィラが小さな少女をしっかりと抱き締めたことは誰も知らない
痛みは……最も記憶に残りやすい感覚のひとつね
特殊作戦班に入る前……あなたたちと会う前、痛みは私の道しるべだった
……
……ねぇ、モス。聞いてる?
……生きて
……
物資は底を尽き、突破は失敗に終わった
「お人形さん」はスリープモードに入った
ヴィラが「お人形さん」に代わって「帰る」口笛を吹くと、前方で後退しつつ戦っていた「誰かさん」が引き返してきて、難民たちとともに更に奥へと撤退した
皆の顔は死人のように青ざめていた。突破に失敗したあとの1分1秒が死へのカウントダウンであることを全員が知っていた
黒野特殊作戦班-013班が海沿いの町に到着してから、<color=#ff4e4eff>42日</color>が経過した
……
皆が撤退する中、ヴィラは「お人形さん」を背負った
ヴィラは何も言わなかった。誰も、彼女が握っている追跡装置に気付いていなかった
――彼女が突破を試みた時、侵蝕体から引き剥がしたものだ
蜘蛛の巣のように亀裂の入った画面にポイントが点滅している。それが指し示す場所が、この地下要塞であることは疑いようがなかった
…………
ヴィラは全てを終わらせようと思ってはいるものの――地下での疑念と葛藤はまだ終わっていない