う~ん……ちょっと下がっちゃったな、よし!もう1回!
どこかから拾ってきた旧型のディスプレイが明滅し、スタート画面が映し出される。ナナミは再びコントローラーを手に取った
機械教会にあるナナミの部屋には、いつの間にかたくさんの「観客」がいた
……
アルカナは少しでもナナミの姿と行動を記録しようと、邪魔にならない部屋の入り口から彼女を見つめていた
少女の表情や動作のひとつひとつを、アルカナは隅々まで分析している
アルカナは、少しでもセージ·マキナの領域に近付きたいと願っていた。自分も機械覚醒の真理を悟れば、ナナミの側にいるもうひとりの「セージ」になれるのではないか、と
だが、アルカナのアルゴリズムはある程度の未来は演算できても、ナナミの行動の特殊性を予測することはできなかった。なぜならどう見ても彼女は……
セージ様はゲームをされているだけだ。お前たちはここで何をしている?仕事がまだあるだろう
新しい「戦車」も、アルゴリズムを戦闘で全部使っちゃうバカなのね……
ゼロと呼ばれた機械体は、横にいるいかにもなデカブツを揶揄したが、その視線はディスプレイに夢中になっている少女にうっとりと注がれていた
あ~、セージ様の全ての行動……違う!存在自体に、私たちの覚醒レベルでは到底理解できない、アルゴリズムを超越した深ぁーい意味があるはずだわ
彼らの会話をこっそり聞いていたアルカナは思わず頷いた。「恋人」――ゼロ。アルカナが機械教会に招き入れて以来、ゼロはセージ様の最も敬虔な信者だ
ふん、それはそうだとして……お前、覚醒レベルが本当に上がったのか?
セージ様を偏愛するゼロは、他の機械体の覚醒レベルを超えているかもしれない――自分よりもセージ様に近い領域なら、彼女の思考回路すらも参考にすべきかもしれない……
上がったかなんてわからないけど、セージ様への愛はマシマシよ……ご自分の世界に没頭して無邪気に遊んでおられるセージ様……あ~~~~~~~!ホント、可愛すぎない!?
おい、ドタバタするな、危ないだろうが
その騒ぎに気付いたナナミは、彼らにニッコリ笑ってサッと手を振ると、すぐにゲームの世界に再び没頭した
きゃぁ~~~~!!!見た!?セージ様が私に手を振ってくれた!
「お前」じゃなくて「俺たち」にだろう。だからジタバタするんじゃない。弾道ミサイルが誤射されてしまう!
……
アルカナは黙々とファイルにデータを記録した――ゼロ(恋人):思考回路参考値判定0
ピカりんちゃんよ、お前の「ゲームしてるだけ」ってのには同意できないな
貴殿までその名で呼ぶのか……
チッチッチッ、セージ様が「ただのゲーム」をしていると思っている限り、お前たちは真の価値にたどり着くことはない
アルカナは認めざるを得なかった。「魔術師」――ネヴィルは、教会の中で最も機械体の構造と原理を理解している。彼がセージ様の行動から合理的な結論を導く可能性は高い
あれはただのゲームじゃない。あのゲーム機はなんとなんと「ユニバーサルトイ社」が黄金時代末期に生産した瞬影TR-1200だ!
当時はもうクラシックゲーム機の市場は終末期、旧時代の最後のあがきともいえる……現存数が少ない上、ユニバーサルトイ社のゲーム機開発部門もほどなく解散したしな……
ちょっと。あのさ、別にゲーム機のことなんて知ったこっちゃないんだけど……
いいところに気がついたな!確かにゲーム機は俺たち機械体と同じ、ただの筐体にすぎない。本当に重要なものは、実は別にあるのさ
魂のような曖昧なもののことなのか……?セージ様も似たようなことを仰っていたな
データ的側面から機械体の「魂」を分析できれば、おそらく機械覚醒の真理すらも体現できるかもしれない
ノンノンノン、違うぜピカりんちゃん。俺が言いたいのはセージ様が遊んでおられるゲームソフトのことさ!
『ノルマンヒーロー』!ノルマン鉱業グループがユニバーサルトイ社に依頼して開発したものだ。プロモーション用の商業ゲームなのに完成度が高くてな。シリーズ展開された
だがシリーズの売り上げが落ち込んで最新作『ノルマンヒーロー11』はTR-1200のゲーム機専用の限定販売だった。こんなレアな掘り出し物を見つけるとは、さすがセージ様!
よくわかんないけど、セージ様はやっぱりすごいってことね!
…………
アルカナは再びがっかりした様子で首を振ると、ファイルにデータを記録した――ネヴィル(魔術師):思考回路参考値判定0
機械教会の主要メンバーとセージ·マキナとの間には依然として埋められない溝があり、これが覚醒を妨げる最大の障害となっている
皆さん、あまりセージ様の邪魔をしないよう……
機械体の彼らにできるのは、思考と……気長に待つことだけだ。幸い、機械体にとって待つ時間だけはたっぷりある
信者の私たちにとって最も大切なのは、未来のために自分の仕事をこなし、セージ様の指示を静かに待つことです
アルカナの指示を聞き、皆はナナミの部屋を離れたが、ただ1体の機械体だけは決して彼女から目を離そうとしなかった
なんでよ!ママ!私、ずっとセージ様のお傍にいたいの!
その時、もうひとりの機械体がゼロの肩をポンポンと叩いたが、その視線は同じようにナナミに向けられていた
セージ様は口では嫌だと仰いませんが、本当はあまり構われたくないようです。私たちができるだけ普通に接する方が、もっと喜ばれるはず
なるほどね……駆け引きも大事ってことね!
ゼロはハッとした様子で、ナナミの背中に大袈裟な投げキッスをすると、しぶしぶ部屋を後にした
「隠者」ハカマ、教会の皆とすっかり馴染んだようですね。ゼロもあなたを信頼しているようで、とても嬉しく思いますよ
ハカマは少し微笑みながら頷いた
ええ、これもセージ様のお導きでしょうか、以前とは何か違います……すみません、どう表現すればいいのか
ナナミ……セージ様の側にいると、たとえ何もしなくても、思考回路が少しずつ満たされていくような感覚があります
なるほど、ハカマの感想は参考にするに値しますね
ハカマはアルカナが何を悩んでいるのかわからなかったが、深くは訊かず、頷くだけにとどめた。アルカナが結論を出せば、きっと教会の皆に話すはずだ
そろそろ2時間になりますね……セージ様に今日のゲーム時間は終わりだと伝えなければ
あなたがセージ様に干渉するのですか?
アルカナの少し戸惑った表情を見て、ハカマは頷きながら説明した
2時間以上プレイしていたら、時間に気をつけるよう声をかけて、と指示されています
私が思考回路にインストールした保育資料には、適度な遊戯は子供の発達にいい影響を与えるが、度をすぎれば悪影響になるとありました
子供ですか……
アルカナは、このような定義が機械体や……セージ·マキナにふさわしいのかどうか、確信が持てなかった
では、私にお任せください。私がセージ様にお声がけを……ハカマはシブナと偵察任務の準備をしなければ
そうですか……ではお願いします、ママ
ハカマは頷いて立ち去りながら言い添えた
ママ、もし何か悩みがあるなら……セージ様と交流なさっては。きっと何か得られるものがあるはずです
そうね、わかりました
ハカマが去ったあと、アルカナがそっとナナミの側に寄り、声をかけようとしたところでナナミが先に口を開いた
あっ、もう時間ね!アルカナ、わざわざ言いに来てくれたの?
アルカナは、伸びをするナナミを見ながら笑顔で頷いたが、その目は色とりどりに光るディスプレイを興味深そうに見つめていた
アルカナもゲームに興味あるの!これ、何のゲームか知ってる?
はい。その画面と、データベースの記録から察するに、先ほどネヴィルから聞いた――『ノルマンヒーロー11』ですね。「TR-1200」専用の希少な限定品で……
んもう、ナナミが訊いたのはこのゲームの内容のことだよ……口で説明するより、一緒にプレイしてみない?
プレイ……ゲームをプレイする……アルカナはデータベースからこの行為に関する詳細な分析情報を見つけたものの、その存在意義を理解できなかった
いえ……このゲームに関してはすでにデータベースから全てのコードとそれに関する情報を得ていますから。わざわざプレイする必要はありませんよ
首を横に振るアルカナを見て、ナナミは少し残念そうな顔を見せた
そうなの……アルカナが好きそうだなって思ったのに
アルカナはハカマの提案を思い出し、この機会に疑問に思っていることを訊ねた
セージ様、あなたが遊んでいらっしゃる「ゲーム」とは、一体何が目的なのですか?
ゲームの目的……?もちろん楽しむためだよ!
さも当然のようにナナミはためらいなく答えた。この当然の理解こそが、機械体であるアルカナを最も混乱させるのだ
私の知る限りでは、この『ノルマンヒーロー11』に限らず、ほとんどのゲームに戦争や戦闘要素が含まれています
これが人類の文化的娯楽なら……人類は黄金時代唯一の知的種族なのに、いまだドラゴンや機械、ゾンビや人間自身等、幻想の敵やありえない争いに熱中していることになります
未来の演算に関して、彼女は何度もこの結論を検証した――人類が戦争や争いをやめることはないだろう
膨大な統計データによると、人類は本能的に「好戦的」であり、これはセージ様がこれから起こると予言された、機械と人類の戦争の根源でもあります
アルカナが真剣に問いかけるのを見て、ナナミは考え込むように首をかしげた
うーん……ナナミ、そんなこと考えたことなかったな。でも……アルカナの言ってることは正しいと思う
人類は確かにスゴイよね。唯一無二の創造力で、いろんな文明や、こんなバーチャルな世界だって作れちゃうんだから
ナナミが笑ってコントローラーのボタンを押すと、画面の中のキャラクターがそれに合わせてジャンプした
でも同時にとっても臆病で孤独だとも思う……自分たちと同じくらい強い他の種族がいるんじゃないか、その種族が敵になるんじゃないかってずっと怯えてる
それにね、ナナミ思うの。人類がゲームに求めているのは、闘争の快感じゃなく、自分への挑戦じゃないかって
自分の限界に挑戦したいのが、人ってもんでしょ~
ナナミは真剣にコントローラーを握り、巧みな操作で敵の攻撃をかわすと、華麗なコンボでボスを倒した
限界……
機械体のアルカナにとっての限界は、セージ·マキナとして完全に覚醒したナナミだ。アルカナは何としてでもその領域に到達したい……もしやこれが彼女のいう「挑戦」?
彼らはね、ゲームの世界で知恵と技術を磨いて、未知の世界を探索するの。最後は勝てそうもない敵も倒しちゃうし――敵と友達になっちゃうこともあるんだよ
画面に映し出された結果はハイスコアだったが、ナナミは5位にとどまった――だがその前の4位までが全て「NANAMI」の名前だ
うーん、悔しい……
アルカナは、ナナミが人間と同じコントローラーでゲームを操作していることに気がついた。そしてランキング1位のスコアも、まだ理論上の最大値には達していない
セージ様、ハイスコアを取るなら、機械脳に直接接続して操作しては?あなた様のアルゴリズムを使えば、どんなゲームでも理論上の最高スコアが出るでしょうに
うーん……そりゃそうなんだけど、それだとつまんないもん!
ゲームはね、制限があるから面白いんだよ
アルカナにはその違いがわからない――求めるのがランキングに名を連ねることなら、高得点を得るためには手段を問わないのが当然だ。「面白さ」は有効な判断基準にはならない
ヘヘ、アルカナと話してる間にもう1回遊んじゃった……ふぅ、今日はここまでにしよっかな
しかし、ナナミがゲームを終了しようとした時、ランキングに突然新しい名前が表示された……
【オンラインランキング更新中……】
【1位 NANAMI】
【2位 NANAMI】
【3位 NANAMI】
【4位 NANAMI】
【5位 NANAMI】
…………
…………
【21位 OAKES】