雲霞の向こうから薄暗い光の筋が伸び、天地が交わるその瞬間、恒星の先端がふいに顔を出した
それは幾重にも重なる岩山の上を突き抜け、都市と荒野の上空を低く旋回しながら、崩れかけたドームに向かって邪悪に脈打つ血のような光を放った
標的であるモンツァノの生体反応が消失したことを確認すると、生き残った地上部隊はすぐさま輸送機に乗り込み、この混乱の地を離脱した
輸送機は大気圏内で早くも核融合エンジンを起動させた。噴出口から放たれるプラズマの青い光はV字編隊とともに、ひと筋の細い線をたなびかせて遠ざかっていく
地上部隊が貴重なサンプルと資料を持ち帰るのを援護せよ――それが、ニコラが先に配備した空軍に下した最後の命令だった
いつの日か、空中庭園の英雄たちはウィンター計画の闇に満ちた秘密を暴き出し、自らの手でそれを葬るだろう
しかしそれは今日ではなく、この場所でもない
リリスが自ら張り巡らせた殺戮の空間で、それが起こることはない
最初の朝陽が差し込む中、ロプラトスの上空で、追い詰められた獣たちの戦いが始まった
こちら長機!レーダー警報!目視でミサイルの航跡を確認、回避せよ!
侵蝕体ドローンがたちまち密集した群れを形成した。パイロットたちは状況を何も理解できないまま、対地攻撃用の武装ガンシップと制空戦闘機編隊は窮地に追い込まれた
ガンシップ編隊を守れ!
全域通信チャンネルでは、ひとりのパイロットが対地火力を維持しようと、まだ必死に奮闘していた
クレイモア-3、回避!回避せよ!もう1発来る!
九死に一生を得たリーダーは、仲間にとっさに警告を発した
……フレア展開!くっ……
激しい爆発音が通信チャンネルの向こうで響き、その後には加速度に押し潰されながら喘ぐ生存者の鈍い呼吸だけが聞こえた
はぁ……はぁ……はぁ……
シャイアン-5、シャイアン-6が被弾!繰り返す……
無線の中では、狂気のサーカスが繰り広げられていた
彼女は天地を舞台に奏でられる交響楽を楽しむかのように、静かに耳を傾けていた
……そうよ、逃げ続けなさい
訓練を積んだ精鋭パイロットも、パニシングが張り巡らせた蜘蛛の巣には抗えない。本当に残念だこと……
接触!9時方向!
クレイモア-3!応答せよ!回避だ!回避せよ!
再び叫び声が響いた。しかし今回ばかりはリーダーも自機の後方を顧みる余裕がなかった。通信チャンネルに、急速に接近するドローンの音と、僚機からの警告が響く
6時!6時方向!クレイモア-1、虫2匹が機体尾部に食いついている!
……こちらクレイモア-5!右側を突破、迎撃する!
突如、新たな信号が通信に割り込み、同時にキャノン砲がドローンを打ち砕く鈍い轟音が響き渡った
こちらクレイモア-2!近距離空対空ミサイルが尽きた!
……まったく振り切れない!クソッ、フレアも使い切った!クレイモア-4、応答せよ!
こちらクレイモア-4!シャイアンの長機が被弾!対地戦力を失った!繰り返す、対地戦力は全て……
咆哮、轟音、砲弾の呻り、そしてそれらを粉々に切り裂く一瞬のホワイトノイズ
ドームを覆う網は死を振り撒き、通信回線にできることは、ただ彼らの遺言を伝えることだけだ
シャイアン-1より全員に告ぐ!緊急着陸に移れ!進入角度は605!
灰緑色の機体は黒煙を引きながら、鋭角に地面へと突き進む
それは、どう見ても緊急着陸の動きではなかった
シャイアン-1!何をするつもりだ!!!!
任務完了です、上官殿
直後、短い電子音が鳴り――死を決した隊員の通信は途絶えた
さて、そろそろ歓迎の贈り物を渡すべきかしら?
ショーは終わりだ。彼女はもう、人間たちの騒がしい声が清らかな深紅の空を汚すことに耐えられなかった
彼女は己の意志を実行し、無数のドローンと繋がる昇格ネットワークも彼女の呼びかけに応えた
墜落する武装ガンシップの翼の下で、3万t当量の戦術核弾頭が音もなく光を放った
自らの傑作の中で溺れ死ぬがいいわ
目覚めつつある大地の空に、残された闇をも焼き溶かし尽くす人工の夜明けが咲き誇った
轟音と衝撃波がドームを粉々に打ち砕き、白い閃光は遥か地平線の果てにある都市を、鈍く錆びついた金色に染め上げた
そして、全てが完全な静寂に包まれた
太陽がゆっくりと昇り、煙と塵に染まった空に更に濃い血の色を滲ませていく
リリスは軽やかな足取りで、黒岩の間を縫う小道を歩んでいった
虚構の星の海を映していたガラスの破片が、風に舞いながら彼女の足下をかすめ、空気中には燃える金属片がいまだ飛び交っていた
空を覆う不気味な暗雲の下、原形を留めない残骸が地表に叩きつけられ、泥と砂礫の間で冷え固まって禍々しい彫像のように姿を変えた
リリスは崖の縁に立ち、荒れ果てた大地の先に延びる険しい道を見つめた。彼女は、この地で最初に朝陽の温もりを感じる選ばれし者だ
ふぅ……
彼女は目を閉じ、甘い香りを帯びた放射性の塵を、パニシングとともに吸い込んだ
それは勝利の味だった
今回の……私のショーはいかがでした?
彼女は昇格ネットワークを通じて、メッセージを送った
新人にしては、悪くない結果ですね
背後から聞き覚えのある声が響いた
リリスは傘を広げ、男に暗い笑顔を返した
だって、これはまだ昇格ネットワークが与える本当の力じゃないもの
熱烈な喜びはたちまち邪悪な渇望に置き換えられた。これはほんの第一歩にすぎないと、彼女はよくわかっていた
もちろん、今後も更に多くの試練が待っていますよ
リリスの網膜に映し出された存在は淡々と答えた
黒野は彼らなりのやり方――ウィンター計画を通じて、昇格ネットワークの真実の一端に触れようとするでしょう。これから私は、彼らにいくつか支援を行うつもりです
結局は……人類がこの厳冬を乗り越えられるかどうかも、重要な変数のひとつとなる
彼らの遺伝子は、情報や歴史を記録することはできません
皮肉にも、世代から世代へ記録や伝達される知識は、まさに取捨選択と加工を経た記憶の断片です。これは、ゲノムの働きと何ら変わらない
どんな記憶も、ただコーディングされた情報にすぎないものです
そうです。人類の技術は、取るに足らない情報すらそのままの形で保存され、変質しない常識を作り出しました。まあ、その常識自体が腐敗していますが
常識は何のフィルターも通さぬまま、次の世代へ伝えられる
それでは淘汰は起こりません。いわゆる常識とやらが作る「真実」が世界を飽和させ、やがてゆっくりと衰退に向かいます
進化はこうして止まるのです
私の親愛なる叔母様も、空中庭園と本質的に同じ過ちを犯したのではないかしら?叔母は、自分が信じる進化だけを貫いていたようですし
同様に、目の前の人物の論証もリリスにとっては陳腐に思えた。だが、彼女は少なくとも彼の認識の仕方は評価していた
ですから、パニシングのように遺伝の枠を超えて誕生した存在こそ、大選別において最も重要な変数となるのです
あなたは、楽園がひとつあれば十分だった。あなたを空中庭園へ向かわせるリスクを冒さなかったのは、まさにそのためです
でも、私に与えられたのは鍵だけでしょう?
どの楽園への扉を開くかは、私の選択次第よ……フォン·ネガット先生
彼女は毅然と反論した
忠誠や服従、それらは当然ながら昇格ネットワークの本質に属さない。彼女の力が全ての野心を養うに十分ならば、目の前の「代行者」もまた、排除すべき障害にすぎなくなる
叔母は、ただこのゲームの中の対戦相手でしかありません。そして、新たなゲームは絶えず続いていく
モンツァノが封印していたクティーラ計画の資料は、確かに欠かせないものです。その点に関して、あなたの価値を否定するつもりはありません
適切な時機が来れば、実地試練が始まるでしょう
昇格ネットワークが通信を遮断し、その影はもうもうと舞い上がる灰の中へ静かに消えた
うぅ……ゲホッゲホッ……
リリスの予想に反し、岩陰から今にも消え入りそうな微かな声が聞こえてきた
しかし、見慣れた癖毛とスーツ姿を目にした瞬間、彼女はすぐに見当がついた
その人物は、衰弱した体を引きずるようによろよろと歩いていた。地下施設の奥深くにいたため、間一髪で命を取り留めたようだ
彼はリリスの前で立ち止まり、以前と同じように振舞おうと、必死に姿勢を正した
先生とは何だ……鍵とは……!?
バ、バカな……ありえない!!ゲホッゲホッ……グルート……グルートはどこだ?
私は……彼の本を読んだ!フォン……ゲホッ……フォン·ネガット、彼がそうだ!彼はどこにいる!?
彼のあまりにも凡庸な質問に、リリスはすぐに適切な言葉を見つけることができなかった
しかし、彼女は処刑を急ぐつもりはない。旧世界の最後のひとりとなった人間の告白を楽しみたかった
あら、ケパートさん……
申し訳ありません、花火のショーは終わってしまいましたの
それに応えるように、男は執拗に掠れた叫び声を上げた
誰と話していた!?私には誰も見えなかったぞ!!!ゴホッ、ゴホッ……
リリスは目の前の男に少し同情を覚えた。彼は電話やホログラム通信、脳へのチップ埋め込み技術も理解できるのに、パニシングが織り成すネットワークの存在は想像もできない
あなたには獅子のような野心がある……でも、惜しいことに想像力が欠如しています
……うぐっ…………
彼は激しい痛みに耐えながら、細い注射器を首筋に突き刺した
しかし、中は空だった。当然、そこに命を救う血清など残っていない
あ……あの老いぼれにあれほど尽くし……ゴホッゴホッ……空中庭園にすらも行かなかった……
グルートがモンツァノの計画を立て直す手助けをする、それは結構なことだった
なぜなら……いつか必ず、私がモンツァノの帝国を……ぐっ……ゲホゲホッ……自分のものにするはずだったからだ!
だからこそ、私はグルートと手を組んだ……
だが、お前が全てを破壊した!!!
国も、権力も、栄光も……ゴホッ……全て、私のものになるはずだったのに!!!
彼は旧時代のロジックで、赤裸々に無意味な妄言を吐き出した
潜伏し、裏切り、世俗の権力を奪い取る――何の選別もされずに世から世へ伝わった、なんと典型的で滑稽な常識だろう
お金?それとも、「エデンIII型植民艦」の勢力を率いて、空中庭園へ挑む機会のことかしら?
彼女は無邪気な様子で問いかけた
ロ……ローマはたった……ひと……ひとつの石から築かれた……私も……ゴホッ……何かから始めなければならない!
リリスは、そっとため息をついた。かつての天空のサーカスと同じように、旧世界の遺物が繰り広げるスタンダップコメディを、これ以上楽しめそうにはない
ケパート……さん、お気付き?あなたって人は、本当に古典的な人ね
な……何が言いたい!?
彼は最後の僅かな生命力を使い果たしながらも、虚勢を張った。そうすれば、少しでも体裁を保ったまま死ねると思っているようだ
……古典的というのは、全てを当たり前のものだと考えるってことなの
彼女はクルリと背を向け、魅惑的な日傘の花弁だけがケパートに向かって、静かに別れを告げた
その声は、冷たく這い寄る蛇の毒のように響き、彼の脳内に残る最後の理性の糸を焼き切った
貴様……
喉の奥で途切れた言葉と、未知への恐怖を引きずりながら、旧世界最後の人間は崩れ落ちた
強張った唇の隙間から鮮血が溢れ出し、以前は輝いていた高価な装飾を見るも無惨な姿に汚していった
新世界に、当たり前なんてものは存在しないのよ