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ハ……ハハハ……
アレクセイ――!
ヴェロニカは敗北した瞬間、よろめいて後ろに倒れそうになった
その彼女を受け止めたのは、彼女の背後にいたアレクセイではなく……
ヴェロニカ!
彼女は跳ね起き、かんざしを投げつけてアレクセイを退けた
ぐうッ……
しかし時すでに遅く、「アレクセイ」が手にした短刀は、一瞬の間にヴェロニカの機体に深々と突き刺さっていた
機体の権限を渡せ、ヴェロニカ……「正義」よ
端正な顔を少し歪めながら、「アレクセイ」は冷静に短刀の柄を握ったままだった
お前が我に驚きを与えてくれるのではと期待していたが、今となっては、お前は弱すぎた……
だが、心配するな……チッチッ……我がお前に代わり機械体を率いて、機械体だけの世界を築き上げてやる
彼の頭の中には、機械体だけで構成された壮大なビジョンがすでに描かれており、その青写真はもう手が届きそうなところにある
機械の……世界を……
そんな……ことは……
ヴェロニカは苦しそうに体を支えながら、自分にとって馴染み深いはずなのに今や見知らぬ人間のように思えるアレクセイを、信じられない気持ちで見つていめた
もう抵抗するのはやめろ、ヴェロニカ
お前は……アレクセイじゃない……
はは、もちろん違うさ。あの脆弱な臆病者が、人間の分際で機械の神殿に足を踏み入れるなど……当然の報いを受けるべきだろう?
全ての命は、自分の選択に対して代償を払うものだ。我も、お前も
お前は言っていたよな?機械体の同胞のためなら、全てを犠牲にしてもいいと……うううっ……
駄目だ……ヴェロニカを傷つけることは……許さない……
絶対に許さない!
ゴホッ……アレクセイ!
我から離れれば、お前も生きてはいけない!こんなボロボロの体で耐えられるはずが……
たとえそうだとしても、ヴェロニカを傷つけさせはしない!
アレクセイはヴェロニカの機体に刺さった短刀を力いっぱい引き抜き、体の中にいるもうひとりの幽霊と必死に戦っていた
お前にできるのは……私の発声システムと視覚モジュールを支配することだけ。だが……
彼の指にグッと力がこもり、機械アームが鈍く火花を散らした
――決して、私の意志を支配することはできない!
何度も争った末、ついにアレクセイ本人の意志が優位に立った。彼は思い切り短刀を振り上げると、それを自らの胸に深く突き刺した
――アレクセイ!
地面に倒れていいたヴェロニカは必死で体を起こした
……ゲホッ……ごめん、ヴェロニカ
ボロボロの機械の体を引きずりながら、アレクセイはヴェロニカの傍らへ這い寄った
どうしてこんなことを……
すまない、私は……自分の体を制御できなかった
あの「皇帝」と名乗る意識が、電子幽霊のように私の機械化された部分を全て支配していった……
でも、私の意識までは完全に支配できなかった。私の意識は……ずっと人間のままだったよ
彼は咳込みながらそっと笑った
以前、君が私を嘲笑ったように、どうやったって、私は完全な機械体になれなかった……
……そんなつもりで言ったんじゃない、私はただ……
舌鋒鋭い言葉は容易く刃となる。ヴェロニカは自分の言葉が友人を傷つけるかもしれない、その点に気付けなかった
わかってるよ、君のそういうところ……
アレクセイはゆっくりそう言うと、彼女を視覚モジュールに刻みつけようとするかのようにヴェロニカをじっと見つめた
ごめん、ヴェロニカ。天国の橋を停止して、この戦いを終わらせてくれ。全て私のせいだ。私が傲慢だった。何もかも制御できると思っていたばかりに……
それはお前が言った言葉じゃない
人間を完全に深淵に引きずり込めば、悲劇は二度と繰り返されることはない
これはあの橋に供給する最後の1回だ、ヴェロニカ。空中庭園はもう目の前にある
……その世界には一切嘘が存在しないということだ
ヴェロニカ、私は機械技師として、天航都市の機械体の栄枯盛衰を見届けてきた。今日君は、機械体を真に君たち自身の未来へと導けるかもしれないんだ……
……「皇帝」と名乗る幽霊の仕業だ。彼が何者かは知らないが、彼は私を完全な機械体にしてくれると言った。だから……
すまなかった、ヴェロニカ。この災厄の全ての原因は、私の私欲のせいかもしれない
……
アレクセイは目の前の女性を見つめ、最後の笑顔を見せた
ごめんよ、ヴェロニカ、私は……
壊れた機械パーツが静かに掠れた音を発し、アレクセイの表情は固まった。最後まで言い終える前に、言葉はそこで途切れた
……
女性の機械体は無言でなんとか立ち上がり、ランスで身体を支えた
……ヴェロニカ……
……持っていけ
彼女は含英にメモリを投げ渡した
暗号キーを天国の橋のコントロールシステムに接続すれば、橋は起動を停止する
あなたの怪我は……
コアは無事だ。私のコアは……ここじゃない
短刀が彼女の体に刺さった時、コアを狙っていたはずの刃が、なぜか位置をずらしたことを彼女は敏感に感じ取っていた
おそらく……その時、アレクセイが「皇帝」と体の所有権を懸命に争っていたのだろう
……行け。天国の橋を停止させろ。私が後悔する前に
彼女はアレクセイの壊れた体の前で、墓碑のように静かに佇んでいた
ディミトリ!
ヴェロニカが命令を停止したため、都市内の機械体は次第に戦闘行為を止めていった。その隙に、ユリアはディミトリがいる天国の橋へと急いだ
吹雪は依然として吹き荒れている。ディミトリの破損した機体は雪や埃に晒され、今にも雪とともに空高く飛ばされそうなほど弱って見えた
エネルギーヲ切断シ……天国ノ橋ノ発射ヲ……止メル……
接続の過程で電子脳はすでに損傷を受けているにもかかわらず、ディミトリは必死に動作を繰り返し続けている
エネルギーヲ……切断シ……天国ノ橋ノ発射ヲ……止メル……
ココハ……トテモ美シイカラ
星ダ
ソウ、星ダ
地球モ……宇宙カラ見下ロセバ、アンナ形ニ見エルノダロウカ?小サナ青イ星ニ……
天国ノ橋サエ完成スレバ、私タチモアソコヘ行ケル……
天国ノ橋ノ発射ヲ……止メル……
大雪が降りしきっていた
――ディミトリ!どこにいるの!ディミトリ――!
早く隠れて、ディミトリ……あなたを盗み出したこと、お父さんに見つからないようにしなきゃ
ユーリャサン
これはお父さんたちの新しい規則に違反していることなの。彼らは全ての異常機械体を処分するって言ってた。彼らはあなたもその中のひとつだって……
でも、ディマのどこが異常機械体なの?ディマを異常だなんて思ったことないわ。ディマは私の仲間で、会えばいつも私に挨拶してくれるのに……
天国の橋の上で、車椅子に寄りかかりながら少女は機械体の動きを楽しそうに真似た
うーん……どうして急にこんなことになったのか、私にもわからない。大勢の機械体がいなくなってしまった。天国の橋で働いていた39も、城門の守衛のバールも、それに……
どうしてこんなことになるの?皆、天航都市で暮らしてるのに、どうして……家族になれないの?
家……族
そうよ。こんなにおかしなことばかり起こらず、皆で前みたいに暮らせればいいのに……
発射ヲ……止メル……
ディミトリが残したメッセージの通り、彼は確かにリアクターの構造を熟知しており、リアクターを停止する動作を何度も「シミュレーション」していた
たとえ電子脳回路がほぼ完全に破損していたとしても、彼は記憶に刻まれた行動を繰り返している
……ディミトリ!
少女は車椅子から転がり落ちて吹雪の中へ飛び込むと、必死に這い進んだ
ユーリャ……ユーリャ……
天国ノ橋……
天国の橋は……止まってる。あなたが止めたのよ、ディマ、成功したのよ
言葉を声にできずユリアは泣き崩れ、目尻から伝う涙が冷たく凍った
ソレハ……ヨカッタ
コンナニオカシナコトバカリ起コラズ、皆デ前ミタイニ暮ラセレバイイノニ
ヨカッタ、ユーリャ
よかった……ディマ、あなたは成功したの、やり遂げたのよ……
天国ノ橋……
電子脳はリアクターに強制接続したため崩壊寸前だった。ディミトリの視覚モジュールが次第にぼやけていく
ユーリャ、機械体ニモ……魂ハアル?機械体ノ魂ハ……ドコヘ行クノ?
向コウデ……39ニ会エル?
会えるわ、ディマ、きっと会える
彼女はディミトリに強くしがみつき、吹雪の中で身を縮めた
ユーリャ……家族……
ここは……ここはとても寒いわ、ディマ
機械体は答えなかった。彼の機体の表面温度は温かいままだったが、次第に冷たくなっていった
そして、機械体は二度と返事をしなかった