こんなのをもらったところで、何の意味があるんだ!
廃れたキャンプ地で、構造体は思い切り振りかぶると、手にしていた金属片を目の前にいた構造体の顔に叩きつけた
……
粛清部隊のマークをつけた構造体は黙ったまま落ちた認識票を拾い上げると、汚れた制服の袖口で、認識票についた泥を拭き取った
いらないなら、持ち帰るさ
彼は認識票をポケットに入れて、踵を返して去りかけた
それだけかよ?他に言うことはないのか?
言うべきことは、全部話したつもりだ
彼はまだ生きているのか?
ノーコメントだ
彼は一体どんな罪を犯したんだ?
ノーコメントだ
まさかお前……その手で彼を?
執行部隊の制服姿の構造体は震える声で最後の質問を放った。粛清部隊の隊員はしばらく黙り込んでいる
……ノーコメントだ
一字一句違わない回答を、冷たく伝えるばかりだった
しかし相手がためらいを見せたことで、執行部隊の隊員にはおのずと答えがわかっていた
ほ、本当にお前が……?俺たち3人は一緒に育ったのに……よくもそんなことを!
お前は人の死体を踏み台にのし上がる粛清部隊のクソ野郎だ!!
現実を受け入れられず、我を失った彼は拳を振り上げた。どうやら相手が粛清部隊であることも忘れてしまっているらしい
おいおい、見て見ぬ振りはできねぇな
振り下ろそうとした彼の腕を、一本の腕がガシッとつかんだ
何をするんだ、離せ!
ノクティス……離してやれ、俺は大丈夫だ
はぁ……?俺がお前を助けてると思ってんのか?
赤髪の男は凄みのある笑顔を見せ、バカにしたような目つきをした
正直な、俺様はお前らどっちも気に入らねえよ。でもこいつの方がちっとばかり腹が立つんでね
ガタガタうるせえよ……すっ込んでろ!
自分の同僚だろうが、ノクティスはまったく遠慮しなかった
さっき、なんつったっけ……そうだ、粛清部隊のクソ野郎だったな
俺は他のやつらより少しだけ短気なんだよ。謝るか、それとも殴られるか、選べ
俺が間違ったことを言ったか?お前ら粛清部隊は、味方を殺すことで昇進するじゃないか!
皆同じ構造体なのに、どうしてお前らが俺たちの生き死にを決めるんだ!
ほざけ!お前らが生きるも死ぬも、お前らの脳ミソ次第だろうが!
こんな状況でバカなことを考えるやつなんか、死んで当然なんだよ!
なら、彼が何をしたか、はっきり教えろよ!
そんなの知ったことか!上の命令なら、俺らはやるしかねえよ
ふんっ、ご主人様の命令に尻尾を振る犬め
……あんだてめぇ?
ノクティスの眉がグイッと吊り上がった。彼をよく知る者なら、それは彼が手を出す前のクセだとわかっている
俺らが前線で侵蝕体と必死に戦ってた時、お前らは安全な場所でダラダラ過ごしてたんだろう
侵蝕される危険もないし、補給を心配する必要もないからな!
上が気に食わないと言えば、弱った時を狙って俺らを殺しやがる……お前らは人食いだよ!
バラードは……英雄だったのに貴族の犬になった!お前らみたいな子犬を連れて、味方を殺し回ってるんだよ!
謝っても遅いぜ
ノクティスは彼の手を離した
ノクティス!
何をしようとしているかを察した粛清部隊の構造体は、警告の声をあげた
今日ばかりは命乞いをしようが、お前、タコ殴りで半殺しだ!
いいぜ、来いよ!俺もずっと我慢してたんだ!
やめ……!!
おっとすまん、手が滑った
今月でもう5度目の処分だぞ
簡素すぎて冷たさすら感じる部屋の中で、中年の構造体がノクティスの向かいに座っている。彼は処分報告書を読みながら、感情のない声で彼に話しかけた
あいつが好き勝手ほざきやがってよ……
バラードの断罪するような目つきに、怖い物知らずのノクティスも針のむしろに座った気分だった……そもそも彼は座っていいとも言われてなかったが
この人物はノクティスが一番困っていた時、一番暴れ狂った時に彼を倒し、その上で養子にして育ててくれた人物だ。絶望の淵に落ちかけた人生を救ってくれた人だった
しかしこれほど長く一緒に過ごしていても、ノクティスはいまだにバラードの本心がわからない
だがふたりの間にわだかまりがある訳ではない。むしろ二度目の人生を与えてくれた者として、ノクティスは言葉では尽くせないほどの敬意を抱いている
隊長、そろそろこれ、下ろしてもいいか?頭がノシイカになっちまう
ノクティスは今、大道芸人のように頭の上に大量の鉄製の円盤を乗せていた。その円盤を自分の足の上に落とさないよう、直立不動でびしっと体を硬直させている
私がいいと言うまで下ろすな。私ではお前の乱暴な性格は変えられない。だからこんな方法を試すしかないんだ
先月より処分の回数は減ってるじゃねえか!なのになんで罰が重くなるんだよ?
今月はまだ1週間しかすぎてないからだ!しかも同じ部隊の隊員に手を上げたな?
あいつ、グダグダなやつだし、部外者ばかりを助けやがる。俺は粛清部隊を守ろうと……ちょちょちょ、隊長?なんで円盤を増やすんだよ!
唐突に追加の円盤を乗せられ、ノクティスは何とかバランスを保ったものの、先ほどまでの余裕はなくなっていた
このままだと、次は監察院がやってくる。そうなればもう私ではお前を助けられん
言いたいやつには言わせとけばいい。これ以上不安要素を増やすな
我々がやっていることは他人には理解できないだろう。だが、必要な正義なんだ
3回目のグレート·エスケープが終わったばかりで、裏で暗躍する者が大勢いる。状況がこれ以上混乱しないよう、誰かが彼らを見張る必要があるんだ
それが私が粛清部隊の立ち上げを提案した理由なんだ
「沈黙の監視」、粛清部隊の原則はそのマークと同様に行われるべきだ。だがお前の性格といったら……
どれだけ円盤を乗せようが態度をちっとも改めないノクティスを見て、バラードはどうしようもないというように頭を振った
あるいはしばらくお前をビアンカの小隊で勉強させるべきかもしれん
うぇ、そりゃやめてくれ!!
ノクティスは尻尾を踏まれた犬のような声をあげた。頭に円盤を乗せていなければ、彼は飛び上がっていただろう
あのチームはカンベンしてくれよ!あんなルール大好き人間の下にいると、どれほど胃が痛くなるかわかるかよ?
何か苦しいことを思い出したのか、ノクティスの顔がぎゅっとゆがんだ
ちょっと遅刻したり、口の減らないやつを殴っただけなのにアイツ、長文の報告書を書けとか言ってきやがってよぉ……
あんな融通の利かない女と一緒にいたら、俺の体の機能だって10年がとこ、老けるってもんだ
どうせならナイゼルと組む方がまだマシだぜ
すまん、クソデカメガホンと一緒に任務につく趣味はない
黒いコートを纏った構造体がノクティスの側に現れた。彼が声を出すまでノクティスは彼が側にいることにまったく気付かなかった
【規制音】おい、足音がしないのは知ってるけどよ、ドアを開ける音すらしないのはどういうこったよ?
それはステゴサウルス並みに脳ミソがちっぽけなやつが、ドアを閉め忘れたからだな
は?なんで恐竜の話になんだ?俺をおちょくってる訳じゃないよな?
ほらほら、円盤が落ちるぞ?
チッ
同じくバラードの腹心として、ナイゼルはノクティスと似たような経験をしてきた。しかしノクティスとナイゼルの性格は、まるで真逆だった
一方は騒がしく、一方は物静か。一方は正面突破が得意で一方は暗殺の名人。一方は処分の多さで有名で、もう一方は確実に仕事をこなすが、その存在を知られていない
ふたりの性格は相容れないが、似たような過去があるためか、互いに兄弟のような感情を持っていた
調べられたか?
はい
ノクティス、お前への罰は終わった。帰れ
しゃあ!
バラードが言うやいなや、ノクティスはすぐに円盤を下ろした
ふぅ……やっと解放されたぜ
彼は赤い髪の中に手をいれ、押しつぶされた髪を整えた
また死ぬべきやつを見つけたか?そんじゃ、俺の出番だな
ノクティスはブンブンと腕を回し、うずうずした顔つきになった
これらは密かに処理すべきターゲットだ。お前には向いてない
バラードはナイゼルから受け取ったリストを見ながら、そう言った
しばらく待機してろ。溜まりに溜まった処分が終わったら、また任務に就け
わかったよ……
もしこれが他人ならノクティスはグチグチと「俺様をなめんな」とでも言っただろうが、バラードが相手では何も言えなかった
出る時はドアを閉めてくれよ
ナイゼルの側を通った時、冷ややかな声で注意された
わあってるよ!
一度も笑顔を見たことがない「兄弟」に向かって、ノクティスは「国際的友好ジェスチャー」をしてみせると、ドアをバタンと閉めた
荒い呼吸とともに空気が機体に流れ込み、嗅覚モジュールが構造体の循環液特有の匂いを識別した
構造体に呼吸は必ずしも必要な行為ではない。しかしこの時、彼の体には人間の本能のみが残っており、それこそが彼がまだ意識を保っている理由だった
彼は唯一動かせる右手で体を起こし、もがきながら崖の端へと這い寄った――そこには彼が倒すべき相手がいる
「立てよ……立てって言ってんだよ!!」
「俺の!質問に!答えろ!」
歯を食いしばりながら、彼は崖っぷちでもがいている男にパンチを見舞った。だが相手はいつものように、腹立たしい沈黙を保ったままだ
――いつも無口で、冷静で、頼れる存在。彼の唯一の「兄弟」
だが今はその沈黙が針のように自分の心を突き刺し、その傷口からは行き場のない怒りと悲しみが噴き出そうになっている
その怒りの代償――ナイゼルの片腕と自分の片腕――が、戦いで焼け焦げた地面に横たわっている
悲しみの源は少し離れた場所にあった。ノクティスが最も尊敬する人物――バラードが全ての生存兆候を失って、ナイゼルの足下に横たわっていた
これは簡単な任務だったはず。バラードにノクティス、ナイゼルの3人で簡単に仕事を終わらせるはずだった
しかしノクティスがターゲットを柱に縛りつけ、こんなに楽な仕事は久しぶりだと悦に入っていた時、バラードとナイゼルからの連絡が同時に途絶えた
戦いの痕跡をたどって、ノクティスはやっとふたりを……正確にはひとりを見つけた
バラードがなぜナイゼルの横に倒れているのか、なぜナイゼルがバラードの胸から自身の戦闘杖を引き抜いているのか――それを考えるよりも先に体が動いた
ああ……があああああァッ!!!
ナイゼルは獣のように突進してきたノクティスに循環液まみれの手を斬り落とされた。不意打ちに遭いつつも彼はすぐに跳ね起き、落ちていた汎用刀を足で蹴り上げて掴むと……
ナイゼル!!!
次の瞬間には左手を切り落とされたノクティスだったが、まるで痛みなどないように、ナイゼルの額に頭突きを見舞った
なんでだよ!!
機体の全てをフル稼働させ、攻撃ダメージなど考えない手負いの獣のような戦法に、ナイゼルご自慢の機動力がまったく発揮できない
刀は繰り返される苛烈な衝撃のせいで折れてしまい、機体も激しく動いたために高温になり、意識海までもが激しく揺さぶられている
黒い人影はやがて、じりじりと崖の端へと追い込まれていった
「ダ……ダンマリかよ……!何も話す気はねぇってか!」
彼は歯をギリギリと噛み、震えながら横に落ちた傷だらけの汎用刀を拾いあげると、力を振り絞って振り上げた
なら……
死ねやァァァ!
はぁ……
じりじりと迫ってくるノクティスを見て、ナイゼルは諦めたように大きく息を吐いた
これは俺たちの最後の会話になるかもしれない。今から言うことは一度しか言わないからよく聞け
考えてみろ。バラード以外に俺を動かせるやつがいるか?
珍しくナイゼルは長めの言葉を吐いた。しかしノクティスは折れた刀を降ろさなかった
まさか……
上にいるやつらだよ
ナイゼルはノクティスが口に出せなかった憶測を肯定した
なんでだ?
限度を越えて目障りだったからだ
ありえねえよ!隊長が人間を裏切るか
かもな……だが構造体のための権利を、ましてや特権を求めることは、人間への裏切り行為だと思うやつもいる
こんな時なのに、やはりノクティスはナイゼルの顔から感情の変化を読み取れない。唯一、彼の自嘲的な口調がわかるだけだった
もちろん、それが一番の要因ではないだろう。重要なのは、粛清部隊という果実が実ったのに、バラードが彼らの収穫を妨げるカカシになったからだ
どういう意味だよ?
バラードは、本当にお前には何も言わなかったんだな……それもそうか、お前の性格ならすぐに喧嘩になるだけだ
空中庭園はとても複雑な組織で、表に出せない多くの問題を抱えている。だから問題を解決するより、問題を起こした本人を始末する方が手っ取り早い
だがバラードは、粛清部隊をそんなことに使われるのを拒んだ。だから彼も「問題を起こす側」の人物にされた
でも、お前がこんな……それにお前は俺に毒を使わなかった。何か理由があるんだろ!
ノクティスは無理やり言葉を押し出した。ナイゼルが誰かに脅迫されたのか、これはバラードの計画だったのか。デタラメでもなんでもいい、彼は理由を欲していた
バラードを簡単に殺せると思うか?彼との戦いで、毒は使い切ったんだ
信じたくないなら俺を殺したあと、全てを忘れろ
この後のことも手配済みだ。お前は何も知らないふりをすればいい
ナイゼル!!!!!
ナイゼルの淡々とした口調はすでにボロボロのノクティスの心を痛めつけた。刀を振り下ろしたい衝動を必死に抑え、ノクティスは言葉を絞り出した
ざけんな、お前は連れて帰る
隊長を殺すよう指示したやつらの情報を吐かせてやる。その後はそいつらにきっちりカタつけさせてやらぁ
それが、隊長が言ってた正義だろうがよォ!
ノクティス……お前は優しすぎるんだ。粛清部隊には向かない
お前にできないことが、俺にはできる
(俺が……蹴り飛ばされた?)
一瞬でノクティスが持っていた刀がナイゼルの手に渡った
さあ、お前も見送ってやる
攻守が入れ替わっていた。ノクティスは立ち上がろうとしたが、蹴られた胸元あたりが痺れてきているのを感じる
毒は……使い切った……んだろ?
チャンスはやった。俺の話を疑いもしないお前は本当に甘ちゃんだな。ガッカリだよ
敵の言葉を信じるな。来世ではこれを覚えておくがいい
ハハ……ハハハハ……ガハハハハッ!
ノクティスは地底から響くようなざらついた声で、狂ったように笑い始めた
一緒に来ねえってか……
これまでの戦いで、ナイゼルの頭部モジュールは酷く損傷し、感知能力がかなり鈍っていた
そのため、ノクティスを蹴り飛ばした時、そこに「石」が置かれたことに気付けなかった
一緒に死のうぜぇェェ!
激しい爆発が起き、爆風でノクティスは吹き飛ばされ、ナイゼルとバラードの姿は炎に包まれた
で、これが全ての経緯ですか?
何度訊くんだよ。これ以上のことは出てこねえっつの
スターオブライフで意識を取り戻したノクティスは、すぐさま監察院に細かく取り調べられた
ご理解いただきたいですね。現場の爆発残留物からして、もしあなたの言葉が真実なら……
元粛清部隊隊員ナイゼルと元粛清部隊隊長バラードの遺体を見つけるのは非常に難しいということだ
現実問題、彼らは崖に落ちたのか、それともそちらが吹き飛ばしたのか……こちらには調べようがありません
それに……
「それに」?俺様が嘘をついてるかも、ってことか?
ノクティスはハエを追い払うように手を振りたかったのだが、口以外、どこも動かせなかった
アンタらは意識海の記憶データを調べられる。そうすればいいだろ
もちろんそうします。あなたの現在の状態と、軍部司令と粛清部隊の新隊長の意見を考慮しながら、回復後に実施することになるでしょう
粛清部隊にもう新隊長が?
厳密には一時的な代理の隊長ですが。いい機会ですから、あなたのこれからについて彼女と話してみますか
ドアが開き、見慣れた姿がノクティスの視界に現れた
チッ、アンタか
ビアンカは病床のノクティスのぞんざいな挨拶を無視し、監察官の方を振り返った
監察官の方、私は意見を変える気はありません。確実な証拠が出るまで、ノクティスを粛清部隊から異動させるべきではありません
お聞き及びでしょうが、粛清部隊内部の噂ではあのふたりを殺したのは彼になっています
粛清部隊の結束のためにも、彼を異動させる方がよろしいのでは?
それは噂の域を出ません。そのために誰かを追い出しでもすれば、公正性への侮辱ということになります
少し時間をいただけますか。この件には私が対処します
言い争うふたりを見ながら、ノクティスは崖の上での会話を思い出していた
もちろん、それが一番の要因ではないだろう。重要なのは、粛清部隊という果実が実ったのに、バラードが彼らの収穫を妨げるカカシになったからだ
バラードは、本当にお前には何も言わなかったんだな……それもそうか、お前の性格ならすぐに喧嘩になるだけだ
空中庭園はとても複雑な組織で、表に出せない多くの問題を抱えている。だから問題を解決するより、問題を起こした本人を始末する方が手っ取り早い
だがバラードは、粛清部隊をそんなことに使われるのを拒んだ。だから彼も「問題を起こす側」の人物にされた
ノクティス……お前は優しすぎるんだ。粛清部隊には向かない
それなら、当事者に訊いてみてはどうですか?
……
ああ……気分転換になるしな
ふざけた口調で、ノクティスはいつものような伸びをしようとした。しかし全身に激痛が走り、早々にやめざるをえなかった
それにアンタの下で働くことだけはカンベン願いたいね……
ノクティス、あなたは……
ノクティスはビアンカの真っ直ぐな視線から逃げ、いきなりベッド横のマシンに興味が湧いたようなフリをした
とにかくもう粛清部隊にいる気はねえよ。アンタだって俺を縛りつける気はないだろう、隊長サンよ?
そうですか……では、あなたの意思を尊重しましょう。でもその噂については、私が引き続き処理にあたります
それと、これは私の独り言ですが……
逃げてもなんの解決にもなりません
ビアンカが去り、病室は再びノクティスと監察官だけになった
さっさと行けよ。大体のことは訊いただろうが
監察官は胸元の録画設備をオフにして、電子モニターを閉じた
あなたの新しい所属先について、ひとつ提案が
これはハセン議長の提案でもあります……