Story Reader / 叙事余録 / ER03 物言わぬ庭 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER03-07 沈みゆく意識

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うぅ……ご主人様?

バンビナータが目を開けると、いつもと違ってバネッサが側にいない

今いる部屋は記憶データになく、ここに来るまでの記憶もない

まさかデータに異常が生じた間に、誰かが自分を勝手にここに移動させた?そうだとしたら、ご主人様の身は今、安全なのだろうか?

単独で任務を遂行する時と違い、主人と別れた不安に駆られて、バンビナータの意識海に恐怖という名の感情が表れた

バンビナータは役立たずだから、ご主人様は自分を見捨ててここに置き去りにしたの?

バネッサの状況を確認しようと、バンビナータはすぐにバネッサの端末に通信を送ろうとした。だがこの時、ジャミングのせいで機体をうまく操れないことに気付いた

無理にでも自分を落ち着かせ、彼女は周りを調べ始めた。ここは教会の中のようだ。蝋燭や照明、小さな光が部屋のあちこちを照らすせいで、視野がバラバラに分断されている

視覚モジュールを強化しようとしたが、失敗した。バンビナータは小さな光を頼りに、ここから脱出する方法を模索し始めた

ママ、妹が起きたよ!

バンビナータがなんとか戦闘態勢を取ろうとした時、メイド服姿の機械体がいきなり背後から現れた。その大きな影がバンビナータを覆う

ママの、子供に、なりなさい

いい子、家族に、なりましょう

ドロシー、ドティ、一緒よ

侵蝕体?違う、高濃度のパニシングは検出されていません……

侵蝕されていない機械体と、初期の実験型構造体ですか?あなたたちは――

ドロシーは妹だから、ちゃんとママに返事しないと。悪い子になっちゃうよ

お姉さんは、あなたが悪い子になるのを見たくないの。私もママも悲しむから

悪い子には、お仕置きよ

いい子、家族になりましょう、ドロシー

メイド型機械体は腕を回して、優しくバンビナータの顎をなでた

ご主人様が普段、この機体を丁寧に手入れしてくれていることを思い出し、それによって明確な帰属意識を持つ構造体は、必死にその手から離れようとした

バンビナータ

「バンビナータ」は、ご主人様がつけた名前です。これだけは、誰にも変更できません!

バンビナータは再び通信を試みたが、信号は深淵に飲み込まれてしまうかのように、何の反応も返さない

「ママ」

ドロシー、他の人は、いらないの

バンビナータ

いいえ、ご主人様の命令がバンビナータの存在意義です!

「ママ」

ドロシー、言うことを、聞きなさい

バンビナータ

パニシング!?どうして――

彼女のその言葉は逆元装置から生じる激痛で中断された。まるで大きな鉄の釘が頭に打ち込まれたような痛みに、思考も演算も続けられない

逆元装置の作動は感知できず、パニシングは好き放題にバンビナータの理性を無数の断片に引きちぎった。その全てが意識海の底へ沈んでいく

視覚も聴覚も機能しない。誰も探知できない意識海の最下層まで沈んでしまうと、痛みも不安も全てが消えてなくなった

暗闇の中で、繭のような何かが下から浮かび上がってきて、その数はどんどん増えていく

それらの繭がゆっくりと自分を取り囲み、まるで捕まるのを待つように、手を伸ばせば触れられる場所で浮遊している

小さな繭を突っついて破くと、中から身に覚えのない記憶が湧きだして、バンビナータを包み込んだ

養子縁組の準備が始まると、バンビナータひとりだけが実験を受けるのではなく、専門の研究員によるテストを受けるようになった

君を引き取るのはとても偉い博士なんだ。その奥さんはかつては私たちの同僚でね。彼らが力を貸してくれれば、君の記憶喪失も治るかもしれない

キオクソウシツ?

うん、急に自分が誰で、何をすればいいかわからない、もうそんなことにはならなくなるんだ

それは大丈夫です。研究員のおじ様やおば様が教えてくれるから……記憶を残せるようになったら、もう誰もバンビナータのお世話をしてくれなくなるのですか?

人の一生はとても長い、だが構造体はもっと長い。だからひとりで立ち向かわなくちゃならない時が必ず訪れる。記憶があれば君はひとりで生きられる……って理解できないか

少なくとも君の新しい両親は空中庭園の人だから、君は実験対象の構造体みたいに、限界まで研究しつくされて廃棄、なんてことにはならないだろう

じゃあ、バンビナータはどうすればいいのですか?

どうすれば、か……そうだね、いい子でいればいいよ

――なのに、どうしてバネッサお姉さんはそんなにバンビナータを嫌うの?

……あんたなんか大っ嫌い!!

あんたが来てから、パパとママはあんたのことばかり!妹なんて欲しくないって言ったのに!

まさか、私の代わりにあんたを引き取ったっていうの?私が……わがままだから?

それとも、前回のテストで1位になれなかったから?

でも頑張ったんだよ……3位でも立派だってみんな言ってたのに……うぅ、嘘つき……

取り乱したバネッサはブツブツ言いながら、しゃがみこんで泣き出した

――お姉さんみたいに、人に愛されて、将来を約束されている子供でも、自分の居場所を失うのが怖いんだ

バンビナータも同じように、存在意義を失ったら、無価値になる?

自分の境遇と似ていると思ったのか、バンビナータは母親が自分をなでてくれたことを思い出しながら、膝に顔をうずめたバネッサの頭にそっと手を伸ばした

何すんのよ!あんたの同情なんていらない!

ごめんなさい……でもこうしたら、バネッサお姉さんが少し楽になると思いました

……

バネッサの気持ちは把握できなかったが、彼女がそれ以上文句を言わないのを見て取ると、バンビナータはそっとまた手を伸ばした

まさか、私はパパやママに嫌われたの……?

そんなことはないです。今日もおふたりはバネッサお姉さんを立派な研究者に育てたいって、そう言っていました

バンビナータの実験が進んで、パパが意識海と逆元装置の秘密を解明できれば、バネッサお姉さんにも明るい未来が訪れるって、ママは言っていました

バンビナータは、バネッサお姉さんからパパとママを奪おうだなんて考えたことはありません……バンビナータはある目的のために、ここに来たんです

バンビナータはお姉さんの未来のために必要とされ、お姉さんのために存在しているのです

本当なの?そのナントカ海と装置とか、意味わからないけど。違うんでしょ!あんた、今日もパパとママと一緒に過ごしたって、私に自慢してるんでしょ?

そ、そんな意味じゃ……

ふん、もういいわよ!指切りしてよ、今日私が泣いたことは誰にも言わないって!

バネッサが差し出した小指を見ても、バンビナータはどうしたらいいのかがわからなかった

指切りもわからないの?バカね

バネッサは彼女の手を乱暴に掴んだ。柔らかい人間の小指と機械で作られた小指が絡み合い、何回か空中で上下した

指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。よし、これであんたはもう話さない約束をしたのよ。わかった?バンビナータ

はい、誰にも言いません、バネッサお姉さん

あれが、彼女が初めてバンビナータと名前を呼んだ時だった

バイオニックスキンにはまだその時の初めての触感が残っていた。その「儀式」をしたのだから、バネッサとの約束は絶対守るとバンビナータは密かに誓った

まずい、割れたフレームを掃除しないと怒られる!さっさと掃除機を持ってきて!

あ、はい!

……

記憶はそこで急に止まり、周りの景色は再び静寂の暗闇へと戻った

バンビナータの意識がまた空中に漂い出すと、大小さまざまなデータの繭がまた近寄ってきた

データの繭……記憶喪失のせいでこんな風に記憶が分断されていたのだろうか?

期待を胸に秘め、彼女はもうひとつの繭に触れてみた。次の記憶が上映されていく

起動成功、バンビナータ、ママの指、見える?

うん、視覚機能は正常。意識もしっかり保ってるわ

バンビナータ、どんな感じかな?気持ち悪かったり、変なところはない?

……

あなたは……誰ですか?

私たちは君の両親だ。それから君の名前はバンビナータだ。君にはちょっとした問題があってね。だからパパとママはその原因を調べているんだ

バンビ……ナータ……

その小さな女の子はこんなことには慣れているかのように、怖がりもせず、与えられた情報をただぶつぶつと繰り返しただけだった

チップの作動状態は?

良好だわ。すぐにデータを書き出してバックアップします

バンビナータ、ちょっと頭の後ろあたりが熱くなるけど、それは正常なことだからね

はい……

怖がらなくていい、君の記憶を保存するチップを入れるだけなんだ。おとなしくして動かなければ大丈夫だよ

データの書き出しです。どうぞ

作動効率はまだまだ上げられそうだ。これは最初の第一バージョンだとしても、予想よりもかなり性能が悪い

これまでのテストはほぼ意識海の安定性に向けたもので、記憶メモリーチップなんて場当たり的に開発されたようなもの。演算モデルと元データにズレがあるのも仕方ないわ

彼らが出してきた実験データは膨大かつ不完全だ。モデルの精度が下がるのは仕方ない。改良を重ねて、価値ある問題解決のためのデータ収集を補佐できればそれでいい

それから機体が停止する原因もわかった。前回のテストでは干渉が生じていたが、今はもう修復している

今日はここまでにしよう。機体のチップをしばらく装着して、経過観察することにする

さあ、バンビナータ、起きて

器具と機械を片付けると、ペトラは実験室の扉を開けた。外にいたバネッサは驚いて、あわてて偶然通りかかったふりをした

バニー、今は宿題をする時間じゃないか?

パパ、もう今日の分は終わったの

終わったら次の日の分を予習すればいいでしょう?ほら、休憩時間まであと20分もあるわよ?

この子ったら、自主性に欠けるのよ。スミスさんの息子はあなたくらいの歳には、もう天才だって言われていたのに

バニー、ママの言う通りだよ。勉強する時間にぶらぶら遊んでちゃダメだ

別にぶらぶらしてたんじゃ……

バネッサは弁解しようとしたが、結局はうつむくしかなかった

そうだ。バンビナータにあなたに関するデータを書き込まないといけなかったわ。さ、バンビナータ、こちらはバネッサ、お姉さんよ

書き込む?

その言葉をバネッサはまだ理解できず、また両親も説明する気などなかった。困惑したバネッサの目に気づき、バンビナータは答えがあるのかと自分の体を見回した

バネッサお姉さん……初めまして

……私のことを覚えてないの?

ごめんなさい……

覚えていないならそれでいいわよ。謝る必要なんてないわ

バネッサはそう言うと自分の部屋へと走っていった

バンビナータは何か間違ったことを言いましたか?

バネッサはああいう子なの。あの子が次に何をするかなんて誰にも永遠にわからないでしょうよ。彼女も、あなたみたいにおとなしかったらいいのにね

いつになればわかってくれるのかしら。私たちがやっている全てのことは、彼女の未来のためなのに

バンビナータはペトラの言葉について考え始めた。もしふたりのやることが全てお姉さんのためなら、「いい子」の自分がお姉さんに全てを捧げるのは当たり前だ

でもお姉さんの今の様子……まさかバンビナータは前に何か悪いことでもしたのだろうか?

もうすぐお昼ご飯だから、ソファで休んでいてね

はい、ママ

とくに疲れてはいないが、バンビナータはペトラの指示通り、姿勢を正してソファの隅にちょこんと座った

ペトラはランチを用意すると、家族全員を食卓に呼んだ

レイモンドはゆっくり2階から降りてくると、椅子に座った。彼はまだ演算に夢中で、指でテーブルに何かを書こうとしている

ペトラの3回目のノックで、バネッサはようやくしぶしぶ部屋から出てきたが、ソファに座るバンビナータを無視していた

バンビナータ、構造体は食事をしなくてもいいの

ペトラが近づいてきたのを見て、バンビナータは思わず背を正した

はい……

だから私たちの食事の間は、家の中を適当に歩き回っていいのよ。もし疲れているならそのままソファに座ってもいいし

はい、バンビナータはここに座っています

そう、わかったわ。バネッサの食事が終わったら一緒にお昼寝しましょうか。まだ休眠する必要はないと思うけど、たっぷり休眠するのは悪くないはずだから

それにバネッサと同じ生活リズムになれば、ふたりはすぐに仲良くなれるわ。なんといっても、ふたりはもう姉妹なんだから

そう言ってペトラはバンビナータの肩をぽんぽんと叩き、テーブルへ向かった

彼女の後ろ姿を目で追うと、ちらちらこちらを見ているバネッサと目が合った。しかしバネッサはバンビナータと目が合った瞬間そっぽを向き、二度とこちらを見なかった

バネッサお姉さんはバンビナータを嫌っているみたい。今日からはお姉さんに嫌われるようなことをしちゃダメだ

そう考えて、バンビナータはテーブルを見ないように体の向きを変えた

ランチの時間はそう長くはなかった。バネッサが自分の部屋に戻ったあとも、バンビナータはまだ姿勢正しくソファの隅に座っていた

食器を片付け終えたペトラからようやく、「部屋でお昼寝する」という命令を受け、バンビナータはリビングを離れた

薄い灰色のベッドルームのドアにはバネッサの名札が磁石でくっついている。彼女のプライベートな空間に入る緊張で、ドアノブを握る手が震えていた

彼女はできるだけ音を立てずにそっとドアを開けた。目に入ったのはブランケットがぐちゃぐちゃになった大きなベッドだ

どこで横になればいいのかとバンビナータが悩んでいると、ブランケットにもぐりこんでいたバネッサがごろんとベッドの反対側に移り、場所を空けてくれた

……

バンビナータはバネッサの邪魔にならないようにそろそろとベッドの側まで来たが、バネッサが急に起き上がったことに驚いて何歩か後ずさった

さっさと横になりなさいよ!のろま!

そう言ってバネッサは再びバタンと寝転がった

許可をもらえたと思ったバンビナータは、バネッサが空けてくれた場所に行儀よく真っすぐに寝そべった

休眠に入る前、バネッサがバサッと投げたブランケットがバンビナータの体を覆った

ママが言ってたでしょ、寝てる時にお腹を出してると風邪を引くって。あんた、おとなしくていい子なんでしょ?まさか忘れたりしてないわよね?

ママはバンビナータにそんな言葉を言ったことはありません。構造体も風邪を引くのですか?

……とりあえず、掛けてればいいの!

はい、掛けました、バネッサお姉さん

バネッサはそれには目もくれず、ただ鼻を鳴らして返事をした

バンビナータにはバネッサが打ち解けてきつつあるように思えた。そう考えるとバンビナータの緊張で強ばった機体も少しだけリラックスした

どうしてそう感じたんだろう?

命令こそが彼女の存在意義であり、バンビナータは誰かに命令され続ける必要がある

しかしこれまでに受けてきた命令と違い、バネッサのきつい言葉の裏にはどこか柔らかさを感じさせる

バンビナータは、ふわふわしたブランケットを掴むのと同じように、言葉の奥にある何かを掴もうとした

私を……覚えていないの?

ごめんなさい……

何度も謝らなくてもいい。私は何が起きたのかを知りたいだけ

パパとママは私の機体に記憶をサポートする何かをつけたみたいです。他のことは……ごめんなさい、思い出せません

あんた、怖くないの?

怖い?最初は怖かったのかもしれない。でもそんな記憶はもうこの機体には残っていないようだ

何度もリセットされる内に、バンビナータはやっと理解した。意義を与えてくれる人を見つければいい。そうすれば行動の方向性が決まる、恐怖も全部消えてなくなると

大丈夫です。パパとママがバンビナータにやるべきことを教えてくれますから。お姉さんもそうです

私は別に教える気はないわ……あ、もうこんな時間!あと30分で起こしに来ちゃうから、はやく寝なきゃ

はい、覚えておきます

あんた、指切りすら覚えていられないじゃない……

休眠に入る瞬間バネッサが何かを呟いたが、その小さな声を捉える前に、バンビナータの意識は再び闇の中に沈んだ