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ER02-16 命を燃やす火

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8:41 a.m.

下層車両で騒ぎ声が聞こえた。ノアンが換気ダクトを開けると、平民車両に30人以上の護衛が入ってくるのが見えた。元から狭い通路が更に狭くなり住民から文句や悲鳴が出る

(一体何が起きているんだ……)

ダクトに沿って、護衛が密集する方へ這って移動すると、地面に引きずられたような血の跡が見えた。そしてその先には血だらけのアーサーの服が落ちていた

…………!

血に染まった骨が筋肉や皮膚を突き破り、頭にも酷い傷を負ってアーサーは死んでいた。歯を全部折られたらしき口の形が、死ぬ前の苦痛を今も訴えている

その体は縄でくの字に縛られて不自然に曲がっていた。どうやら護衛たちは、この惨たらしい光景を誰かへの見せしめにしようとしているようだ

まだダンマリか?次は輸送隊の他の隊員をやってやるぞ。やつらがレールで引きずられて死ぬところを、お前に見せてやる

それが嫌なら、どこにブツを隠したかさっさと吐け

…………

レイチェル、今回はいつもの悶着とは違う。今までは間違いを起こした本人を罰すればよかったが

今回の件は俺たち全員に関わることだ。お前の沈黙は衝突をよりエスカレートさせるだけだ。今日中にブツの場所を突き止めなければ俺らだって殺される

衝突がエスカレート?上層の貴族たちが人を過労死や自殺に追い込み、お前らが人を傷つけ、殺していた時にはそう思わなかったのか?

黙っていても問題は解決しないぞ?

お前を困らせたい訳じゃない。「どちらも」上のために働いてんだ。おとなしくブツを出せば、お互い怪我もせずに済むじゃないか

レイチェルは一切答えず、ただ冷たく笑いながら横目で換気ダクトを見た

…………

ノアンはレイチェルが「自分はダクトにいる」という合図を欲しているとわかっていた

しかし彼は今はダクトに隠れるしかない、音を立てればすぐにバレてしまうだろう

……たまにお前の首に蛍でもぶら下げておこうかと思ったりするよ

ノアンは部品で作った蛍をそっと取り出すと、尾の部分の電球をつけて軽く揺らした

…………

何をいつまでも黙ってる。もしかして、誰かを待ってるのか?

…………

輸送任務に出た2小隊を待ってるなら、ついでに教えてやる。彼らはもう死んでるぞ

護衛は自分の端末を取りだし、レイチェルに向かって映像を再生した

このアホのお陰で、今日は大漁だったよ

護衛は笑いながらアーサーの死体を蹴り上げた

わかった。つれていけ

レイチェル!!待て――

ニーノが叫んだ瞬間、ふたりの護衛が撃った銃弾が彼の肩を掠め、ニーノの後ろにいた青年が被弾して倒れ込んだ。その途端、人々から絶叫と抗議の声が上がった

(今だ!)

こんなに人が密集してる場所でグレネードを一発食らわせたら、何人死ぬだろうな?

【規制音】!!!お前、それでも人間か!?

もういい!!ニーノ!!ここは無防備な人ばかりだ!!全員を死なせる気か!!

でも姉貴、たったひとりで――

彼らの会話は再びの銃声に中断された。人々が右往左往する中で、ノアンは短剣を灯りに投げつけた。車内が無数に割れたガラスの破片と暗闇に包まれる

警報を鳴らせ!

今よ!

その号令が出た瞬間、輸送隊員たちはためらいなく周りにいた護衛に襲いかかった

闇と混乱に乗じてノアンはダクトから飛び降りた。グレネードのピンを抜こうとしていた護衛をエナジーブレードで突き刺し、更に護衛の剣を奪って仲間に投げ渡した

ナイス!

多少の衝突は護衛たちも予想していたが、まさかこれほど激しい抵抗に遭うとは思っていなかったようだ

上層の護衛1

捕まえ……うぐっ!!

ニーノがまだ立っていた護衛に突進し剣で相手の武器を弾き飛ばすと、暗闇の中、護衛の喉を剣で刺し貫いた。口からあふれ出た鮮血のせいで、護衛の言葉は途中で途切れた

次の瞬間、その場にいる全員の鼓膜が破れそうになるほどの爆発音が響いた

再び車内に非常灯がついた時には、30人以上の護衛と罪のない数人の平民が物言わぬ死体になっていた。全身に血を浴びた生存者たちは、生を実感しながら荒く呼吸していた

こんな時に護衛を殺してしまったら、もう退路はないぞ

ちょうどいい、もう我慢の限界だった

今すぐ開戦っすよ。このまま手をこまねいてりゃ、やつらの増援がくるだけだ!

我々に命令を

…………よし!

レイチェルは地面に流れる血の川を跨ぎながら大股で歩き、下層車両に設置されている警報器を殴りつけ、輸送隊総隊長のIDカードを差し込んで耳障りな警報音を止めた

輸送隊に入った日の誓いをまだ覚えているか?

皆が沈黙し見守る中で、彼女は敵の血に染まった手を握りしめた

皆を圧制から解放するんだ!彼らの努力は無駄じゃないと、犠牲になった全ての人に伝えるんだ!!!

今こそ、この夢を実現する時だ……!

与えられた時間はそう多くなかった。上層の貴族はすぐに騒ぎに気づき、武力でこの「暴動」を鎮圧することに合意した

その間に参戦希望者たちは急いでG車両に集合し、武器を手に取った。一方で戦うことができない人は後方車両へと移動し始める

双方はアジールの中央下段の後方車両でぶつかり合い、交戦となった

最初のうちは優秀な装備に頼る上層の護衛たちが圧倒的に優位だった。下層の人々はレイチェルや他のコアメンバーの指示で、遊撃戦に打って出た

我々は列車の各箇所を進もうとして、大勢の待ち伏せに遭い……すでに8つの小隊が音信不通です!

クソったれが……ネズミたちめ、一体どこに隠れてやがる!!全員引きずり出せ!

車両を熟知しているレイチェルたちは、ダクトや屋根、物陰から急襲した。更に列車の電気回路や照明をできる限り暗くして、大量の「罠」を仕掛けていた

それは精巧な機械の罠ではなく、何かの突起物や割れやすいガラス箱、切れた電線、片隅に放り出されていた傘の骨といった雑多な物だ

一見、殺傷能力のないありふれた物たちが、狭い車内での混戦では非常に効果的な武器となった

護衛たちはいったん大声で上層車両に撤退すると叫んだものの、なぜか撤退せずに、その場で防御戦を始めた

ハハハッ、貴族どもが上層車両を危険に晒すもんか

下層で戦うと方針が決まったからだろう、護衛たちはすぐに改めて新しい武装に整え、再攻撃を仕掛けてきた

重火力による攻撃で、遊撃戦の効果が薄れてゆく

追い込まれた人々は重火力の制圧を突破するため、より大きな犠牲を覚悟しなくてはならなかった

長年の忍耐は今、この時のためだ!!我々がここで倒れれば、後ろの人たちはどうなると思う!?

やってやる!!!

輸送隊が護衛と互角に戦えたのは、狭い車内に複雑な防衛ラインを引き、人数で護衛の武装と兵力を圧倒していたからだ――しかし彼ら自らが出向けばその優位性を瞬時に失う

輸送隊員が叫びながら武器を掲げ、ノアンの横から飛び出した。しかし倒れていた椅子の影から赤い光が狙っているのに彼は気づいていなかった

危ないっ!!

――下層車両で虐げられ抑圧されていた人々は、この日の到来をずっと夢見ていた

人々はその砲火を乗り越えれば、全ての人に平和と平等、自由がやってくると信じていた

皆の一致団結した意志は、上層の護衛より強いはずだと信じていた

しかし本格的な戦闘が始まった瞬間、人々は皆、命の脆さを思い知らされた――

煙が立ち込める真っ暗な下層車両から、絶えず爆発音と悲鳴が響く

高品質の装備を身に着けた護衛たちが怒り狂った人々に蹴散らされる一方で、人々はその装備によって殺され続けた

アジール号に乗っている全ての命は、貴賤を問わず絶望の中で悲鳴と怒号を上げ、炎に翻弄されながらまるで氷が溶けるように崩れ落ちていく

扉の隙間から漏れる光で、ノアンは噴き出し続ける血を見た

赤い血や銃弾や瓦礫が、人体の組織と混じりあい、狭い通路に飛び散っている

地面にはまだ体温の残る死体があふれ、足の踏み場もない。誰かが扉を破壊したせいで、無数の死体が列車から振り落とされ、トンネルの壁に長い血の跡を残した

無数の命と夢、矛盾と偏見、抑圧と憎悪が、死に連れられて失われていく

昨日まで賑やかだった車内は、今や繰り返す爆発音だけが響く空間となった

翌日、輸送隊の生存者はわずか50人弱にまで減っていた。前線では叫び声もなく、ただ銃声だけが響き渡っている

彼らの近くに横たわる数千の死体や血が、戦いの結果を告げている

最後となった残り数人を倒せば、輸送隊は上層車両に突入できる段階まできていた

しかし彼らが悲願だった勝利の喜びを感じる間もなく、車両から突然の異音が響いた

————!!!

巨大な球形の機械体が床の死体の上を踏み越え、そこに残っていた全ての命に赤いレーザーを放った

その瞬間、すでに照明システムが壊れて暗闇に包まれていた列車はトンネルへと突入した

7秒間の漆黒の暗闇が続き、再び車内に光が差した時には一瞬で9人の命が奪われていた

【規制音】!!勝てないからってそんなものに頼りやがって!!

ニーノは走りながら護衛の死体からマシンガンを引っつかむと、機械体に向かって乱射した。しかし機械体の金属の外殻に弾かれ、かすり傷ひとつつけられない

【規制音】!なんて硬さだ!

私に替わって!

ロケットランチャーを持ったサーナがニーノの傍らに走りこんできた。ニーノが安全エリアに退避するのも待たず、彼女はその機械体に改良型榴弾を発射した

やったか?

さすがに倒したでしょうよ

だが煙の中から再びその奇妙で不快な稼働音が響いてきた

まだピンピンしてやがる!

サーナ、他に打つ手は?

ランチャーはあの1発だけ!

どうする!後ろには護衛もいるぞ!レイチェルはどこだ??

他の人と前だ。僕たちは分断されたんだ

一旦退こう!車両の接続部の大型防火扉なら、しばらくあいつを止められる。その間に体制をまた整えよう

ああ、今は撤退するしかない!

途中で使える物は全部拾ってよね!

コアメンバー3人の命令で、物陰に隠れた輸送隊員たちがお互いを援護しながら、後方へ撤退した。だが先ほどまで陥落寸前だった護衛たちは、その機械体を盾に追撃してくる

おい、あの護衛どもを見ろ!

彼が指さす方向を見ると、機械体の援護でできた混乱に乗じて、多くの護衛が列車の屋根に登っていた

何をする気だ?

僕たちと戦わず……後ろに?まさか!後ろは非戦闘員ばかりだ!

人質を取るつもりか!!クソッ、どうする?追いかけて戦うか?

ダメ、敵の数が多すぎる。貴族のやつら、まだこんなにも護衛を飼ってたとはね

レイチェルの予想通りなら、あいつらはヒースの身辺警護だと思う

サーナ、ノアン、護衛たちは我々を避けて後方に行った!

知ってる。どうすればいい??

後ろに退く!アジール号は今、204号トンネルに入ったばかりで、屋根とトンネルの間に隙間はない。屋根の上の護衛たちも、まだ自由に動けないはずだ

あと15分で列車は204号トンネルから出る。平民全員をG車両後方に退避させ、防衛ラインを張れ!

G車両!?何をする気だ!?

あいつらのいる車両を吹き飛ばす!

9:01 a.m.

冬曇りの空から微かな光が漏れ、辺り一面に雪が激しく降り始めた

疾走する列車が204号トンネルから出た瞬間、G車両の中央部から鼓膜を破るほどの轟音が響いた

機関車に引っ張られた上層車両はしばらく前進したが、やがて5kmほど先でのろのろと停止した

下層車両は爆発で大きく揺れ、爆発地点付近の貨物車両は脱線し、転覆した。だがそれは想定内の状況であり、幸いにも後方の平民車両にいたほとんどの人は無事だった

合図があった。前の車両も止まったみたいだ

だろうな、あんなに多くの車両を失っちゃね。貴族どもは金のことしか考えてないから

あの大型の軍用機械体もまだついてきてるか?

今のところ大丈夫みたい

今でも戦えるメンバーはほとんどレイチェルと前方にいて、こちらにいるのはサーナにニーノ、ノアン、輸送隊員ジミーや働きバチのマックだけだ

まず皆を車両から退避させるんだ。前との距離が近すぎる。もし前からきた護衛に囲まれれば全部パーだ

離れれば安全だとでも?護衛たちも分散して行動するだろうし油断はできない

しっ!何の音!?

輸送隊員には聞き慣れた音が上空から聞こえてきた

ヘリか!?

次の瞬間、猛烈な炎が次々と荒れ果てた車両を飲み込んでいった

イカれてやがる!ここまでする必要があるかよ??

まず逃げよう!

銃弾が火花を散らしながら黒煙を引き裂き、車両の壁や床に弾痕を残していく

がぁっ!

後方で逃げ遅れたジミーが左肩を撃たれてしまった

ノアンはとっさに手を伸ばし、ジミーを支えようとしたが、後ろにいたマックに引っ張られ、物陰に引きずり込まれた

ジミー!

ノアンは再びジミーに駆け寄ろうとしたが、サーナに無理矢理押さえ込まれた。困惑したノアンに向かってマックはただ首を横に振り、ノアンが落ち着くのを待って口を開いた

諦めろ。今行っても死体が増えるだけだ

撃たれたジミーは痛みにうめいている。更に銃弾が彼の近くに乱射されたが、なぜか一発も当たらず、とどめを刺されてはいないようだ

ジミーは這って物陰に入ろうとしたが、少しでも動けば銃弾が命中する。彼を照らすサーチライトの先から哄笑が響く――瀕死のジミーを護衛たちがいたぶっているのだ

【規制音】!!クソが、殺してやる!!!!!

バカッ!わからないの!思うツボよ!

ジミーをいたぶってなかなか殺さないのは、物陰に潜む他の者たちをおびき出し、一網打尽に殺すためだ

痛い……痛いよ……

まだほんの少年であるジミーは銃撃の痛みで全身を震わせている。その目から血と混じり合った涙が流れ、その顔が更に幼く見える

それでも彼は激痛をこらえて銃弾の雨の中で起き上がり、転がった拳銃をつかもうと這った――涙と黒煙にまみれながらも彼は怯むことなく、護衛に向かってトリガーを引いた

あぁあああ……お前ら……お前らぁっ……

眩しさで光の先にある相手も見えず、銃を握る力すらなかったジミーにできる、最後で唯一のことだった。上層の護衛は我が身可愛さに、ようやく彼を殺すことを選んだ

「ちっ」という舌打ちの後、数発の弾丸がジミーの胸を貫き、かすれた叫びを止めた。力尽きて倒れ、目を見開いたままのジミーの澄んだ瞳が、涙まじりの血にじわじわと染まる

なんて酷い……鬼畜どもが……!

どうする……正面から仕掛けても勝機はない

ここにいても殺されるだけだ。命がけでやつらをやってやる!

命がけになるのはもうちょっとあと……あれを見て!

サーナはひしゃげたG車両の、護衛たちが立つ場所のゲートスイッチを指さした。そのスイッチはアジール号がヘリウム3核融合エネルギーを搭載する以前の緊急開扉装置だ

あの中には大量の高熱の空気が圧縮されてるって整備部隊から聞いたことがある……そこから空気を一気に排出すれば、しばらくはやつらの目をくらませられる

じゃあその隙に分散して隠れ、攻撃のチャンスを待とう……爆発物はまだあるか?ハンドグレネードでもいい……

あればとっくに使ってる!

じゃあどうすんだ!あのスイッチをどうやって壊すってんだ……!

私は開け方を知ってる。近づくことさえできれば、ドライバー1本でこじ開けられるわ

ニーノは押し黙り、彼女から目を逸らした

それは駄目だ……

あんたたちが援護してくれれば、5秒……いや、3秒で十分よ。物陰からあそこまで走れる

駄目だって言ってんだ!お前はさっき俺に自殺行為をするなって説教したばかりだろう!

違うわよ……私たちが助かる唯一の方法なの。レイチェルの命令を忘れたの?意見が分かれたら私に従えって

【規制音】!そんなの知るか!

再び銃弾の雨が降った。数発の銃弾が隠れていた遮蔽物に当たって火花を散らし、耳障りな音を立てている

しまった……俺らを包囲しようとしてる!

時間がない。3つ数えたら一気に銃撃して3秒だけ援護!相手の陣形が崩れたらすぐ散開して。わかった?

もう他の手はない?

誰もが黙り込んでいるので、ノアンが皆に代わって訊ねた

うん、この方法しかない

大丈夫、守りたい人たちはまだ生きている。私の選択は間違ってない

そうだ、ニーノ……先週、あんたが一緒に暮らそうって言ってくれた件、答えはイエスよ

はぁ!?なんで今言うんだよ!?

そうね。ちょっと遅かったかもね

ニーノは言い返そうとしたが、すぐにサーナがカウントダウンを始めた。まるで自分の命のカウントダウンであるかのように

——3!

3秒後、命は自分のものではなくなり死神の手に渡ることを、彼女はわかっていた

——2!

ニーノは歯噛みして罵りながらも、ライフルを構えた

——1!

仲間の死をいやというほど見て、いつでも死ぬ覚悟はあると思っていたが、最後の瞬間に彼女は戦友たちを名残惜しそうに見た。それは最後に彼女が自分に許した弱さだった

今よ!

輸送隊の怒声と銃声が響いた。包囲しようとしていた護衛たちは相対する敵の数がわからないために、物陰に隠れて銃弾を避けようと身を縮めた

誰かが物陰から飛び出したのを、ひとりの護衛が目ざとく見つけたが、相手からの激しい援護射撃で何もできない

撃ちまくれ!

それが彼らがサーナにできる唯一のことだった。それに、涙の代わりに怒声と銃弾を出し切ってしまわないと、悲しみに押しつぶされてしまうこともわかっていた

たった3秒間で残弾数の少ない輸送隊の火力は弱まった。彼らの銃撃がやんだ瞬間、上層の護衛たちはすぐ反撃に転じ、輸送隊の数人を押さえこんで羽交い絞めにした

その瞬間、扉の横から灼熱の空気が噴出し、護衛たちは絶叫して陣形が総崩れとなった

【規制音】あの女だ!やれ!

数発の銃声と爆発音が響き、皆には見えない場所でサーナの命が散った。噴出し続ける高熱の空気も爆発で吹き飛ばされ、瞬時に護衛たちの脅威ではなくなった

各自散開!

間隙をついて3人は物陰から飛び出し、車内の複雑な換気ダクトや設備の中に隠れた

人数が何十倍もの敵を前にしても、彼らは一切恐れていなかった。彼らは上層の護衛よりずっとこの車両に詳しいからだ

銃弾が天井のライトを壊し、車内は再び闇に包まれた。敵の場所がわからず、しかも列車の破断した場所に立つ護衛たちは文字通り「白日」の下に晒され、生きる標的と化した

次々と銃声が響き、様子を見ようと身を乗り出した護衛の頭を銃弾が貫いた。物陰に隠れても思いがけない角度から撃たれてしまう

一気に仲間を失った護衛たちは怒り狂い、視界に入る全てを攻撃した。一連の激しい爆発音の後、輸送隊からの銃声が止まった

3名の小隊で分散して前進せよ!必ずやつらを引きずり出せ!

護衛たちは慎重に前進し始めたが、今度は背後から銃声が響いた。その不意打ちの銃撃で数隊が失われ、護衛たちは完全に混乱状態に陥った

クソが、思い知りやがれ!

ノアンが敵の胸に刺さったナイフを抜いた時、ニーノが忍び足で車両の隅へ向かうのが見えた

ニーノ!何をする気だ?

護衛たちが起こした爆発で火が燃え広がっている。エアスイッチの横はすでに火の海と化し、このままではすぐに全てを焼き尽くすだろう

せめて遺体だけでも取り戻す。あんなところに残してたまるか……俺はサーナを、お前らはジミーを頼む……

止める間もなく、ニーノは身をかがめて、護衛たちからは見えない物陰から車両の端へと走っていった

彼はすぐサーナのもとにたどり着いた。その姿を見るまで、サーナはまだ生きているかもという幻想を抱いていたが、彼のその淡い期待は砕け散ってしまった

サーナの遺体を安全な場所へ運ぼうとして、彼の足に激痛が走った――物陰に設置されたベアトラップが左足にがっちり食い込んでいる

長年の訓練の成果で、左足を完全に粉砕されても彼は歯を食いしばって声を我慢したが、神経をとがらせていた護衛たちはベアトラップの作動音ですぐさま彼の居場所を特定した

銃弾が雨のようにニーノに向かって降り注ぐ。彼はすぐに物陰に逃げ込んだが、2発の銃弾が彼の腹を抉った

ニーノは設置した全てのトラップの場所を記憶しており、自らが嵌る凡ミスなどありえない。おそらく上層の護衛が遺体の回収者を狙って故意にトラップを移動したのだ

【規制音】!!卑怯な……!

ジミーの遺体を安全な場所へ移動したノアンとマックは、ニーノが護衛たちに狙われているのに気づいた

ニーノは怪我をしてる……彼を助けないと。敵の数はもう少ない。行けるか?レイチェルの子猫ちゃんよ!

ノアンは短剣とエナジーブレイドをブンッと振り回し、頷いた

マックの銃声を合図にノアンは複雑な車内を駆け抜けて、ニーノのすぐ側にいた護衛小隊に突進し、不意を突いて護衛たちを攻撃した

護衛はノアンに発砲しようとしたが、すぐさま短剣で手首を切り落とされ、地面に倒れて悲鳴を上げた。慌てて銃を構えた3人目の護衛もマックに撃たれて倒れこむ

その隙にノアンはニーノの横に滑り込んだ。彼は全力でニーノを火の海と敵の銃弾の雨から引っ張り出した――無情にも炎に呑まれたサーナの遺体だけがそこに残った

何とか安全な場所に戻ったものの、位置が特定されてしまったため、3人は集中攻撃を受けてその場に足止めされた

【規制音】!俺の……俺のせいだ!サーナを取り戻せず、お前らまで巻き込んで……

謝るのはあとにしてくれ

その時ニーノの端末に通信要請が届き、3人の気持ちを奮い立たせた。ノアンはニーノを支え、マックは残り少ない銃弾でかろうじて護衛の接近を阻止している

こちらニーノ……場所はG車両後部だ……皆死んじまったよ。ジミーとサーナも……そっちはどうだ?

そうか……こっちも……こっちも人手が足りなくて……応援を……呼ぼうと思って

その声は弱々しく、まさに風前の灯火のようだ

他は?レイチェルは?

しばらく沈黙が続き、やがて返事があった

レイチェルとははぐれてる。連絡をしても返事がないんす……

ニーノは更に突っ込んで訊こうとしたが、通信の向こうの音が消え、銃声すら聞こえなくなった

あっちにはあの軍用の機械体がいる。もともとあんなのに勝てる見込みはなかったんだ

この革命は……もう失敗かもしれねえな……

そんな……

ウェイランたちが負ければ……こっちも負けだ!

護衛たちもかなり消耗してる、きっと――

ニーノを抱きかかえているノアンの手に生温かい感覚があった。ニーノの腹から血が噴き出している

ニーノ!?この血……早く止血しないと!

ノアンは必死にニーノの傷口を押さえたが、血は止まらずに噴き出し続ける。ノアンは指の間からニーノの命が少しずつ流れていくのを見ていることしかできなかった

こんなのっ……

しかしニーノはもはや痛みを感じていないようだ。彼は苦痛に顔を歪ませながら通信端末を抱え込んだ

俺らがこんなにも努力して、何年も願い続けた結末がこんなものだなんて……あまりに惨すぎる……

出血多量でニーノは意識をなくしつつある。このままでは彼はショック死してしまうだろう

しかし上層の護衛が休憩する間を与えてくれる訳もなく、銃撃を続けながらも車内のスピーカーからはまだ戦うふたりへ呼びかけてきた

隠れているやつらはただちに出てこい!さもなければ――

スピーカーから子供の叫び声とその両親の悲痛な泣き声が聞こえた

貴様ら協力者の処刑を始める。いいんだな!

何が協力者だ、【規制音】野郎!無関係なただの人質だろうが!?

みんなを巻き込んじゃいけない……

もう俺らふたりしか残っていないんだ!全員を助けるなんて無理だ!

ひとつだけ方法がある

投降するフリをするのか?

ノアンは頷いた

物陰から片手が出たのが見え、その後、両手が上がった

撃ち方やめ!

護衛たちは発砲を止めたが、依然として銃口を向けていた――輸送部隊の狡猾さを何度も思い知らされていたからだ

ノアンとマックは両手を上げてゆっくり立ち上がった。意識不明のニーノを背負い、敵の前に身を晒したマックの姿に護衛たちは不安を覚えた

いいか……そのままの姿勢で、おとなしくこっちにくるんだ。無駄なことをするな

彼はひざまずかせた子供の頬を拳銃で叩いた。その子は怯えきって泣き声すらあげられなかった

ノアンは頷き、ゆっくりと前へ歩き出した――ふくらはぎに隠している短剣は誰にも気づかれていない

人質のすぐ側を通った時、ノアンはそこにヒルの姿があるのに気づいた――子供の頃からよく面倒を見てくれた、とても気の弱い老女だ

ヒル

…………

「皆が皆、悪人に立ち向かう勇気を持っている訳じゃない」とレイチェルが言っていた

「彼女は口出しする勇気がなかっただけで、その行為に賛同したんじゃない」

下層車両の中でレイチェルの考えに賛同する人は少ない。彼らは戦力にならない人は資源を浪費するだけの存在だと思っている。しかしヒルもこのレールを走る牢獄に貢献していた

彼女は数え切れないほどの子供の世話をし、数え切れないほど皆の破れた服を繕っていた

そういった姿を見てきたノアンは、今でも自分の道を疑っていなかった

守りたかった人が無事な姿でそこにいる。たとえその両目に恐怖が浮かんでいても……ノアンは自分の選択を後悔はしていなかったが、自分の無力さだけが無念だった

ヒル

……ごめんね……ごめんね……

彼女の皺だらけの顔が涙に濡れている

ヒル

どうして……いつも……私はあんたを守れないの……

ヒルおばさん、大丈夫だよ。悲しまないで

ヒルに笑いかけようとしてもうまくいかない。護衛がじっと睨みつける中で、彼はできるだけゆっくりと歩くしかなかった

ヒル

ジュリーが連れていかれる前に、バーバリーが何をしたのかを見ていたの。なのにずっとジュリーにも、あなたにも教える勇気がなかった……

護衛の後ろで彼女は泣き崩れた

……?

ヒル

ジュリーが……それを口にしたのを……私はただ見ていたの……そして彼女は……死んだ……!

ヒルの泣き声がひときわ激しくなり……

ノアンとマックが護衛の前にたどりついた時——

――銃声と爆発音が同時に鳴り響いた

ノアン

……ヒル……おばさん……?

ヒルが一体いつからそんなグレネードを隠し持ち、いつその決断をしたのか、ノアンにはもう知る術がない

ごめんね、おばさんは小心者だから、虐められてるのを見ても何もできなかった

……ごめんね……ごめんね……

…………

……皆が皆、悪人に立ち向かう勇気を持っている訳じゃない。その言葉の意味は十分わかっていると思っていた

――だが人はそれほど単純明快な生き物だろうか?

少年は成長しながら己を強くしていき、老人は強固な己を更に変化させる

凍えて消える寸前の炎でさえ、自分を燃え上がらせる勇気を持っていたのだ