――システム起動中
――ロジック回路チェック:正常
――記憶装置確認:異常なし
――感情アナログモジュール状態チェック:異常なし
――環境モニタリング起動:完了
全システム正常運転――
――発令者の権限を確認しました
――システム起動完了
モニター上のデータが凄まじい速度で流れ、その数字の変化は進捗具合を表している
薄暗い部屋には100台以上の大型コンピュータが整然と並んで静かに動いており、端子がかすかな青い光を放っている
この部屋は血の通わない脳だ。明滅する光は「それ」が「思考」し始めたことを意味する
部屋の中心部の巨大な端末から伸びた黒色のカメラが、未知なるものを探る目のように光学レンズの焦点を変えながら、ゆっくりと回り始めた
カメラは一周すると端末の前方を向いて停止した。画面に研究者然とした男性が写っている。彼は下のモニターを見ながら、緊張した様子でパネルを操作していた
起動チェックは……よし、異常なし
最後のコマンドを入力し終えると、男はほっとしながら凝り固まった肩をぐるぐる回し、部屋の反対側にいる仲間に向かって大きくOKポーズをしてみせた
おっはー!
男は両手を広げ、カメラに向かって元気よく挨拶をした。反対側にいた女性研究員はそんな彼の行動に慣れているのか、肩をすくめただけだった
その声に反応してカメラが少し伸び、ランプが2回点滅した
……
有効な情報が読み取れません。再度コマンドをお願いします
複数の声を重ねたような、男女の区別すらつかない合成音声が部屋中に響く
……あれ、テストの時はこんな硬い雰囲気じゃなかったのに。確かあの時はこのデータを使ったんだよな……
男性研究員は眉をひそめ、カメラをポンポンと叩いた
疑似人格134号をロード
疑似人格134号をロード中……声、性格データ……ロード完了
しばらくして、端末から優しげな女性の声が聞こえた
こんにちは、私は啓発式人工知能管理機械A型、識別コードはMPA-01です。何かお手伝いいたしますか?
うーん……適当に話してみて
今日の最高気温は摂氏23度、最低気温は摂氏15度、大気汚染度は154です。夕方から小雨の予想です。降雨後は大気汚染が改善し、今月最も視界がよくなると予測されます
データによれば、今夜は久しぶりに肉眼で天体観測ができます。推奨観測地点を提案いたしますか?
適当な雑談となると、やはり天気の話か……
必要に応じて、あなたの趣味に合わせた会話も可能です
じゃあ……何か、君が話したいことはある?
もちろんです。ニーズがあればMPA-01は何でも話せます
ですが現段階で私は会話を希望するような話題を持ちません。あなたの希望に合わせたトピックをランダムで選択いたしますか?
いや、結構だ
男はいつものように手を振って部屋の反対側に行き、仲間にこの仕事を引き継ぐよう指示を始めた
データは正常。次のプロセスに移ろうか
次の瞬間、部屋中にデータのホログラムがいくつも浮かび上がった。ホログラムのひとつずつにゆっくりと回転する立体映像が映し出されている
MPA-01はすぐそのホログラムのデータをスキャンした。それらは例外なく全てが機械だった
――人型、動物型、機材型……それぞれの機械がレベルの異なるAIを搭載され、異なる環境に分配されていく
ユニバーサルトイ社の「リアルエモーション」のペットロボットや人型ロボット執事。掃除ロボットにロボットアイドル。数十種もの古代の陸生や水生バイオニック機械……
その種類は100以上にもなり、全ての個体に精密かつ正確な実験変数が設定されている
どの機械にも「形態対象実験」の識別マークがあり、「機械意識実験プログラム」のデータベースに記録されている
MPA-01、これがあなたの仕事よ
金髪の女性の口調は愛想のないものだった。彼女はずっと手にしたモニターを操作し、次々と目の前の新しいホログラムにデータを入力している
機械意識実験の全てを記録して。各実験体の定期メンテナンスと交換、記憶データのチェックもよ。全機械の感情アナログモジュールの変化の原因と結果の比較分析もね
異常が起きた個体をチェックして有効なデータを集めなさい。私たちはそれを基に機械意識実験の方向性を修正する
承知いたしました
MPA-01には起動前に数週間の「ラーニング」期間があった。人間の脳をシミュレーションさせると、人間より数千倍優れた同時情報処理能力で極めて高度な学習能力を示した
科学理事会の精鋭主導のスーパーAIゲシュタルトと違い、MPA-01は意識のシミュレーションに長ける。科学「黄金期」上、MPシリーズのAIは十分誇れる研究成果だった
研究者から渡された全データを読み込んで、MPA-01は指示された任務の全容を把握した。発令者の任務をためらいなく遂行するのは、AIの使命だ
私は定期的に異常を示した機械体と対話し、彼らに「意識」が存在するかどうかを確認すればいいのですね?
私は自分の任務を完全に理解しています。ですが、判断基準を機械に頼る行為には「疑問」を有します。それは機械より人類の方がより適任ではないでしょうか
それとも、機械にもいわゆる魂、「ゴースト」が存在すると研究者の皆さんはお考えなのですか?
……
初めて女性はモニターから顔を上げ、驚きを目に浮かべてMPA-01を見た
理論上この部屋の全部品はMPA-01の一部である。女性研究員は星のように光が明滅する一群のコンピュータをぐるっと見回したあと、その小さなカメラをじっと見つめた
人間の視線を検知したのか、カメラは女性研究者を仰ぎ見るような角度に調整された
どうして……そんな質問を?
2分前、あなたは私のデータベースに今回の実験プロジェクトと無関係な資料を追加しました。内容は人間が書いた空想の物語のようです
私にはデータベース上の全内容の確認権限があり、それらの物語を閲覧しました。そのうち8つは、機械が魂、「ゴースト」を獲得できる可能性に関するものです
つまり、あなたがそのような結果を希望していると解釈してもよいでしょうか?
女性研究員は時間つぶしのために個人データベースに入れたはずのものが、うっかりMPA-01のデータベースに入ってしまっていることにようやく気づいた
……あれは、私の時間つぶしの本よ
これら実験体の多くは……自分が機械である事実を理解していない。だから私たちは機械の可能性を探るべく、新たな視点を必要としているの
各実験体のスムーズな交流のため、感情アナログモジュールに100以上の性格型を搭載してるわ。あなたは実験対象の感情を瞬時に感知し、最高効率の交流方法に切り替えられる
創造者として、あなたはこの仕事に適任だと信じている
MPA-01、あなたは機械との会話のために作られた初めての機械なの
あなたが見たもの全てを記録するのよ
研究者はそして独り言をつぶやいた
いつか、あなたもその中で見つけるでしょう。自分の……
しかし、その言葉は夢物語なのだというように、彼女はすぐに首を振った。再び顔を上げた彼女は、いつもの冷静な表情に戻っている
……感情アナログモジュールは10分後に搭載開始よ。あなたの正式使用は明日から
精巧に作られたMPA-01はその人間の顔に浮かんだ微妙な変化をもちろん見逃さなかった。意味は理解できずとも、彼女の独り言は記録されていた
しかし、その情報の記録はMPA-01の業務に含まれない。与えられた任務に有用なデータではないからだ。MPA-01は任された使命だけを全うするだけだ
MPA-01の世界に存在するのは無限に流れるデータフローと無表情な研究者、そして実験のために作られた機械だけだった
承知しました。余剰データを削除します。機械意識実験の記録を最優先項目とします
――MPA-01は必ず使命を成し遂げます