一般的には山は登るのは容易だが下るのが難しいといわれている。しかし故郷を離れる点でいえば、往路よりも帰郷の道はずっと楽だった
山や川、霧の中の城壁、空を割るような高層建築など、行きに見た景色が、蒲牢の目の前から凄まじい速度で通りすぎてゆく
どれほどの日にちが経ったのだろう、やっと道の奥まった場所にある古ぼけた道場が蒲牢の目の前に現れた
師父、パニ何とかを治すお薬を持ってきましたよ!
急いで扉を開けると、道場は自分が旅立った時とほとんど変わっていなかった。師匠は充血した目で帳場に座っていたが、蒲牢を見た瞬間、その顔色が少しよくなった
ゴホッ……あなたという人は……
……怪我などしていませんか?
大丈夫です。いたって健康ですし、途中で会った人も皆さん、優しい人ばかりでした
それより、私のことなんてどうでもいいですから、師父、早くこの薬を飲んでください。これでもう病に苦しむことはなくなります!
あ、そうだ……味は保証できないダバって仙人様が仰っていました。水を持ってきますね!
ああ、ああ、ありがとう
ようようよう、前はピンピンしてたのに、数日見ないうちにそのザマはどうした
俺らラップ野郎が病人をいじめてたみたいじゃねえか
あなたたち、よくここに戻ってこれましたね
俺ら見参!
待ってください。扉は閉まってるのに、どこから入ってきたんですか?
それ、今訊くほど重要か?もちろんあそこの窓からだ
そんな!出かける前に直したのに!
ちょ、待て、待つんだ。武器はまだしまっとけよ
来福、旺財、助っ人たちは着いたか?
つ、着いてる、今着いて、く、車に
車にビッシリ乗ってるぜ!
そそそそ、そう
よしっ!
アニキ、こいつらですぜ!
誅魔が外へ向かって大声で叫ぶと、扉がばぁんと蹴り破られた
誰なんですか、あなたたち
逆光のせいで、外にいる者たちの姿がよく見えない。目が慣れるより先に、先頭に立つ人影から耳障りな音が聞こえてきた
赤髪の男が一歩踏み出し、宙に向かって刀を振り下ろした。その風で蒲牢の服がバタバタとあおられた。刀をしまうと彼は刀を肩にかけたまま、片手で空を指した
殺神
蒲牢の近くにいた誅魔も飛び上がると、ぐるぐると何回転もしながら空で両手を広げ、殺神の横に着地した
誅魔
誅魔が立ち上がると、今度は隣から緑髪の男がヘッドスピンをしながら視界に飛び込んできた。床の振動が遠くに立つ蒲牢にまで届いている
それで開始のようだった。一同が吹き鳴らす口笛が徐々にリズムを作り始めた。緑髪の男はリズミカルにヘッドスピンをしている。そのせいか頭頂部は禿げてしまっていた
数秒ぐるぐると回ったあと、彼は両手をピンッと伸ばし、地面を蹴って飛び上がり、コミック本のヒーローもかくやという体勢で片膝をついてみせた
斬仙
パーン、パーン、パーン――
後ろから3回音がなって、道場内にいきなりクラッカーのテープが舞った
さあ、俺らの偉大なるキング――如日天の登場だ!
ヒィ――
ハ――
どこからか真紅の絨毯が投げられ、白髪の男がそれを足で受け止めると、ドンッと踏みつけた
彼は大声を出しながら、不思議なビートを刻んでいる。そのビートに合わせるように、周りからは指を鳴らす音が響く
ここ俺のシマ、毎日ケガ、いつも事故る、起こるトラブル
弾ける俺のすごさ、そのペルソナ、リスペクトしな、死にたいやつは全員ヘブンな
日天を囲む手下たちが息ぴったりに指を鳴らす。日天が回れば彼らは喝采し、日天が手を振れば彼らも沸き返った
パーン、パーン、パーン――
また爆音が3回聞こえた。しかし今回飛び出したのはテープではなく、大きな花びらだった
花びらがはらはらと舞う中で、日天、斬仙、誅魔、殺神は自分の髪をなでつけ、と同時に蒲牢の方へと振り向いた
俺ら、ヘイ!ギャング!!
おい、俺の弟たちに手をだすとは、大した度胸じゃねぇか
どうしても戦わなければ駄目ですか?
当然だ。戦う以外の選択肢はねぇよ
あーあ、もう……あなたたち、ちょっとうるさすぎです。店長は療養中なので、さっさと終わらせます
全ての問題は暴力から始まった、今それを暴力で終わらせる
ふおおおお、インスピレーションが、リリックが降りてきたぜぇぇ