講談や演劇は人に善を説き、いかに脇道や近道があろうとも中央の正しい道を歩めと諭す
善にも悪にも報いがある。移り変わりこそ人の世
気持ちよく晴れたある日、いつもなら静かな町に耳障りな声が響いている
クソッ、いい加減にしろや。今日は誰が来ようと関係ねえぜ
マスク越しにペッと吐かれた唾がボロボロだった柱を更に汚した
ちっとショバ代をはずんでくれりゃ、あんたらたったふたりだけのオンボロ道場を守ってやるっつってんだよ。お得だろ?棚からわらび餅ってやつだ
えっと……それを言うなら、棚からぼた餅って、師父――店長が言っておられましたよ?
この【規制音】、俺サマがわらび餅って言ったらわらび餅なんだよ
そそそ、誅魔アニキの言う通り、ちょ、ちょ……
調子に乗るなよ!!
ここは私と店長だけで十分です。でもそのご好意には感謝してますよ
チッ。来福、旺財、俺の言ってること、わかりにくいか?
とんでもねぇ、誅魔アニキ。他の店じゃアニキが言い終わる前に金を出してましたぜ
この小娘、初めて見る顔だ。ま、まさか……
まさかもいささかもあるか、俺らはラップ野郎だぞ。ビビってどうする
ま、まさか、ここに来たばかりか!
わぁ、鋭いですね。まだ何も言ってないのに見抜かれちゃいました
ええ、確かにここに来たばかりなんです。ええと……
あれ?来たのはいつでしたっけ?
答えようとして、逆に問い返す形になってしまった
さびれた道場、古めかしい街並み、薄い霧に包まれた城壁。そして空から時折聞こえる機械の音
見慣れた景色のはずなのに、どこか違和感があった
残念なことに、目の前にいる藍色のモヒカン頭をした誅魔という男は、その疑問に気づくことなく、傍らの椅子に高々と足を上げて座った
ったく。ルールってもんをわかってねぇよ
この場所でやってくなら、俺らラップ野郎の同意が必要だっての
今日は俺がすこぶるご機嫌ときた。いっちょ、正式に紹介したろうかい
その言葉で来福と旺財が跪き両手をあげた。誅魔は椅子を蹴り飛ばし、ふたりの背中を蹴って腕を踏み台にして飛び上がり、自称「720度」4回転アクセルを決めて着地した
蒲牢に背を向けた格好のまま、誅魔は両手で自分のモヒカンを後ろへなでつけ、失敗を隠すようにあえて得意げに前を向いた
俺ら、ラップ野郎!
……?
蒲牢の困惑した顔を見て、誅魔はまたもモヒカンをなでつけ、蒲牢に向かって催促するように指をつきだした
俺ら、ラップ野郎!
……
……
あの、つまり、変わったジョークってことですか?
変なギャグじゃない、ラップ野郎だ!
南の老人ホームから北の幼稚園まで、俺らはドス黒い野望を轟かせる不屈の極道もんじゃい!
おお俺らこそ、この町で最も偉大な、最強暗黒帝王――ラップ野郎だ!
かっけぇぜ!誅魔アニキ!
お、仰る通りっす!
なんだか、考えるのが面倒くさくなってやっつけでつけた名前っぽいですね
お、仰る通りっす!
はぁ?
お、仰る通りっすじゃないっす!
なんとも賑やかですな?何を楽しそうに話しているんです?
師父店長、いらっしゃったのですね!
店長ぉ?さてはてめえがこのオンボロ道場のボスか?
皆と一緒に去れずに、ここに残って店を経営しておるただの取るに足らぬ小者ですよ
ちっ、もういい。お前が誰かなんて関係ねぇ
金を出さないなら、ただじゃすまねえぞ
我々の最大の命題は人間に奉仕することだと思いましたが。まあまあ、落ち着いて。座って話しませんか?
その者がそう話しながら運んできた椅子を、来福と旺財が蹴っ飛ばした
す、座るかって!
おとなしくショバ代を渡せばいいものを、あの小娘が誅魔アニキを怒らせた。こいつは、慰謝料も出してもらわなけりゃならんな
しかし……
【規制音】、どいつもこいつも、見せしめにされねえとわからんやつばかりかよ
誅魔は怒りを爆発させ、師と呼ばれる者を自分の方へと引っ張った
だが師匠はごくありふれた平凡な外見の者なのに、誅魔がいくら力を入れて引っ張っても、その身はビクともしなかった
フンッッー!
誅魔もかなりの「手練れ」だ。彼は突然苦し気に声を上げると、両手をバタつかせて大げさに後ろへどっと倒れ、ウナギのように床を数mほど滑っていった
誅魔アニキ!!
このっ、せっかく親切にしてやったのに、偉大なラップキングの俺に手を出すってか
何のことでしょう?
あなたはわざと自分から倒れたんでしょう?師父は何もなさっていません!!
誤魔化すなっ!
今日はお前らオンボロ道場の愚か者どもに、血の赤さがどんなものかを教えてやる!
ええーっ、そんなぁ