Story Reader / 多次元演繹 / 幻奏のレチタティーヴォ / Story

小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦、そら豆、えんどう豆が実るそなたの沃野

草食む羊たちの住む牧草豊かなそなたの山々、それに羊たちを養う乾草で覆われたなだらかな牧場

リュウキンカと菖蒲が茂るそなたの河岸、露の4月がそなたの命によりそれを飾りあげるのは――

清らな水の妖精に冠を作らんとするため

更にそなたのエニシダの森、恋に破れて、ひとり侘しさをかこつ男の好む木陰を宿す森

手入れの行き届いたそなたのぶどう畑――新鮮な空気を吸いに出かけるのは、草一本生えぬ険しく不毛な海岸の岩場

そなたは此の場所を離れ、王妃殿下とともにここ、この草原でともに遊べと命ぜられた

彼女の孔雀は軽やかに飛び上がった

――来たれ豊穣の女神ケレス

幼いころ、友達だった彼女たちは目に見えない運命の絆に導かれて出会った

シャクヤクとアヤメが咲き誇る湖のほとりで

彼女たちは互いにこれまでの境遇を語り合い、全ての縁による久しぶりの再会を喜んだ

あなたは天才よ

本当に、とっても好きよ。この物語、大好き！

なぜそれを書かなかったの？『テンペスト』を改編したように、劇にして上演しないの？

あなたが書いたオリジナルの劇はきっと素晴らしいはず。もう待ちきれないわ！

幻想の欠片で築き上げた物語の世界

彼女の叙事に関する決まりごとの理解や手法の経験はまだ浅いものだった。無意識に詩や歌を歌うようにこの幻想の物語を語っていた

セレーナはひどく不安がっていた

すごく美しいわ

全てが美しかった。聞いているとその光景が浮かんできたわ。今すぐその光景を全部残らず絵に描きたいくらいよ！

この物語はあまりにお粗末だったのでは？幼稚すぎて、現実的ではなかった？ロマンチックな記述にこだわったインスピレーションとイメージだけの言葉は軽薄だったのでは？

――最初から、彼女は自分がまだ未熟だと知っていた

アイラが手を伸ばしてふいにセレーナを抱きしめたせいで、言い出せなかった言葉はそのままになってしまった

ありがとう、アイラ

たとえそれが無邪気な幻想であって、内容に規則性がなくても、たとえ彼女の物語が幼稚で青臭くても

全てには始まりがある

彼女は書きたかった。試してみたかった

家柄も申し分ないし、前途はダイヤモンドのように輝かしかったはず。君には構造体になる理由などないように思えるんだが……

それなのに、いったいなぜ構造体になり、考古小隊に加わったんだい？

誤解しないでくれ。考古小隊の隊員だろうと昔の趣味は続けていいよ。ただ定期的に任務があるから、オペラに専念できる時間は以前より遥かに少ないだろうが……

私は君がオペラを諦めたとは思えないんだ。だがしかし、君は中途半端なことはしないだろう

彼女はアレン会長と最初のオリジナルオペラについて話し始めた

現実を題材にした「アルカディア·グレート·エスケープ」ではなく、タイトルもなく、結末もまだ決まらず、未完成の幻想物語を

あれはセレーナが書いた最初のオリジナル劇作品で、創作の始まりだった。だが完成度や内容、名声は「アルカディア·グレート·エスケープ」と比べれば未完の習作にすぎない

「アルカディア·グレート·エスケープ」が成功を収めると、劇場のマネージャーや各出版社がセレーナの他の作品も上演、出版したいと押しかけてきた

セレーナが「アルカディア·グレート·エスケープ」以外には、未完成でまだ未熟な処女作しかないと話しても、人々はそれにも興味を示した

ある人は初期作品の商業価値を語り、ある人は出版の計画書を提示した。またある人は作品のあらすじを聞いて絶賛し、出版できなくても個人的に読みたいと言った

セレーナは――遠まわしに断った

彼女は傲慢にも実際にあった時代をよく知らないまま描いた。身勝手に劇中の人物の境遇や心境を推測し、痛ましい戦争の記憶を盛大かつ華麗に描いた

なんと愚かな行為だったのだろう。恥ずかしさやとまどい、不安といった複雑な感情が常につきまとい、彼女を犯した罪に直面させ、創作の酷さを責め立ててくる

赦しを受けることもできず、また自分自身も自分を許せないでいた

彼女は身動きがとれなくなり、彼女の創作活動も止まってしまった

これは真実を伝えているのか？内容は正確？全ては身勝手で無邪気な憶測ではないのか？

どうすれば真実を描ける？彼女のこれまでの創作も、これほど読むにたえないものだったのだろうか

セレーナは振り向いた

ホログラムを使用し、戦争を題材にしたゲームがいまだ流行しており、それに関連する展示がかつてレジャー関連だったエリアを占有していた

最初の頃と同様、名声も資力もなく、情熱のみで動いている若き創作者として表現できる機会を、不安ながらも待っていた

一日千秋の思いで3日をすごし、彼女は再び自分の作品も添付してメールを送った。更にメールには自分の希望と展示計画の詳細も書き添えた

しばらく悩んだすえ、彼女は直接責任者に会って、自分の希望を伝えようと決心した

セレーナは自分はどんなブースでもよく、ブースを提供することによって生じる損失については必ず補償すると約束した

しかし責任者は口をへの字にしたまま、頑として却下してきた

彼はもう結構というように手を振り、通信に接続した

セレーナはそれをそう遠くない場所で辛抱強く待ち続けた

責任者はそのセレーナの行動と決心した様子から、許可をしないといつまでもつきまとわれると思ったのだろう

彼は通信終了後、しばらく黙りこみ、重大な決心をしたかのように言った

……まあでも、戦闘の意義を生かす形で、1日限りの展示ならいいでしょう。今展示しているメーカーのゲームのサンプルの宣伝として、短い劇の演出なら許可します

複雑な感情や興奮が胸の中で爆発した。「アルカディア·グレート·エスケープ」の上演前、彼女が舞台裏で待っていたあの瞬間の興奮を上回るほどに

心臓が追いつかないほどに血が体内を駆け巡る――だが一抹の悲しさもあった。その窒息感は潮の満ち引きのようにすぐに消えた。彼女はゆっくりと息を吸った

セレーナは誰にもそのことを言わず、更に心境や考えについても話さなかった

それは自分自身との戦いだった。黙々と準備し、責任者が設けた制限と要求に従って劇を分解し、削り、インタラクティブな内容に変え……彼女はゲームと劇を融合させようとした

「融合」は正確ではないかもしれない。もともとのゲームサンプルは純粋な戦闘体験が中心で、ストーリーを語るような代物ではない

むりやり劇を入れれば、戦闘体験をしたいユーザーには煩わしいだろう。だが劇の内容を削って分割すれば、そのリズムは壊れ、内容に興味を持った人は困惑するだろう

だが彼女はこれらの難題に怯んだりためらったりはしなかった。彼女にとっては初めて表現したいことを表現できる、一度きりのチャンスだったから

物語の起承転結のなかで一番重要なのは人を劇の世界に引き込むこと、没入感を強め、過剰な芝居はしないことだ

セレーナは語るように歌うレチタティーヴォの手法からヒントを得て、戦闘の合間に長い幻想曲を朗読することを思いついた

ゲームサンプルの余白に劇をいれることで、その一篇全てが輝くことを願ったのだ

スタッフが展示の準備をし始めた。ゲームサンプルの初回展示のため、観客が体験後に評価をフィードバックできる評価システムも設置されていた

展示台の機械のランプが点灯した瞬間、セレーナの心臓は胸から飛び出しそうになった

――結果は酷いものだった

秒を争うような戦闘設計と、読み上げが必要な劇のナレーションは致命的に相性が悪く、誰もその不協和音に耐えられなかった

まるで災難のような組み合わせだったのだ

展示は不人気で、ある人はゲームを始めたと思ったとたん、すぐに他のクールな体験を求めて別のゲームをしに行ってしまった

「――最初の変な歌は何？あれはウザい」

「クソゲー」

「時間を無駄にしたいあなたに」

「ガチな戦闘を楽しみたいのに、何だよこれ」

「つまらない」

「ゲーム設計は丁寧だけど……他はゴミだね」

「何これ？意味わからないんだけど」

「訳わからんあの歌は何。何が言いたいの？承認欲求？」

「何かを伝えたいのはわかったけど、システムがガチガチすぎて没入感がまったくない」

ある人は機械を蹴った

タイミングが悪かった

間違い

独りよがり

ロマンチックでもなく、悲惨な境遇でもない

誰かに見せる価値などなかった

……最初は苦しかった

そう話すセレーナの表情は変わらず、平然としていた

厳しい言葉の裏にあるのは観客の非礼さではなく、嘘偽りのない、真実の評価だった

そして展示会のあと、彼女は責任者から展示評価システムのデータ記録を手に入れた。観客が残した評価をくまなく読んだ

それこそが彼女が得たかった本物の評価であり、彼女が受けるべき嵐だった

セレーナは客観的な立場で観客のコメントの真意を分析し、創作に足りていない部分を知り、自分の作品を見直す必要があると考えていた

厳しい評価ほど大事にしなければならない。その真意を掘り下げたそこに、彼女が追い求める真実がある

彼女はまた独りよがりで自分の作品を壊してしまったのだろうか？

彼女は無我夢中でロマンチックな幻の夢を描いた。倦むことなく言葉を考えた。だが何事もやりすぎてはいけない

自分と自分の対峙の中で、彼女は判断力を失った

全ての観客が彼女を導いているように見えて、最終的にはそっぽを向いた

彼女には「裁き」がとっくに下されていたのに、彼女が「証明」と思ったものが再び彼女に「裁き」を下したのだ

彼女が演じるキャラクターは下手な操作で何度も死んだ

勇者は血に塗れることすらなく、死ぬまで立つことすらままならなかった

彼女が歌った曲はただの煩わしい雑音として鳴り続けていた

彼女の心にはある疑問が浮かんだ

もし一番最初に展示館でこんな思いをしていたら、彼女は創作の道を進めただろうか？

もしアイラに出会わず、彼女に励まされなかったら、彼女は劇を書き続けただろうか？

彼女は長い間考えこんだ

だが答えは出なかった

その時、彼女は明確な答えを出せなかったのだ

セレーナは劇の初稿のセリフデータを「ハムレット」にロードした。彼女はあらすじに加筆修正はしなかったが、結末だけは次々と追加した

あの大型宇宙ステーションの作戦までは――

あの幻想的な劇の結末の最後のひとつも書き終えました

新しい機体はアイラの強い希望で開発されたものだ。アイラは機体の外観デザインを担当した

彼女が出したさまざまな意見は全て採用され――機体はアップデートされて最適化された

意識海のなかで、セレーナは「自分」を見つめている

彼女が現在使用している機体は、考古任務用の標準設計の外観の機体と大きく異なっている

新しい機体の見た目はダンスフロアやパーティで着るような礼装に近く、全体的にも精巧な造りになっている

彼女は試し、証明し、罪をあがなう機会を求めて永遠に前進し続けている

新しい機体に適応したその瞬間、幻の意識海の中で、セレーナは鏡のように映る自分の心の中の「獣」をはっきりと見た

精緻でか弱く、無邪気で美しい、幻想のような調べ

傲慢な自分、エデンにいる幸運児、現実的ではない幻想、彼女の原罪、彼女の心の中の獣

彼女は心の叫びを軽視せず、ずっと一緒に前進してきた

でも何もかもが酷いというものでもないはず

彼女は自分の無邪気さをこそ反省した

しかし彼女は自分の最初の創作を責めることができないでいた

最初の自分も責めることができないでいた

なぜならあの時、自分は一番の真実の気持ちを、そして真の感情であの幻想の世界を書いたと確信しているから

彼女の独りよがりだったのも事実

彼女が無邪気で幼稚だったのも事実

幼稚さを「間違い」として抹殺し、自分の最初の創作を認めず、かつての自分を受け入れないこと。それこそ何もかもが酷い、傲慢だ

彼女の傲慢、それが狼の母、獅子やチーター、つまり彼女の心の獣であり、彼女が見捨ててはならない原罪なら、彼女は彼らとともに進まねばならない

たとえ彼女自身、不足や限界を知っていて、自分を疑い、否定することがあったとしても

彼女の歩んできた険しい道、平坦な広い道、全ての境遇があってこそ今の彼女がある

幼稚で無邪気で、永遠に前進し、間違いを犯し、罪を贖うのも彼女。人間であり、構造体となり、更に創作をして、武器を手に取る。これも全て彼女だ

好き嫌いに関わらず、全てが彼女だ。全ての過去が今の彼女を作り上げ、全ての間違いや決断、彼女の全ての行動や思考が今のセレーナを作り上げた

次回の世界政府芸術協会主催の舞踏会に、新機体で参加します

そして私は「ハムレット」を通して、元の物語を演じ直します。新たに書いた結末も含めて、皆さんに披露できたらと思うんです

あのロボットを「ハムレット」と名付けられたのはなぜですか？

1000人の心の中には1000人のハムレットがいる

もし自分が失踪したら、アイラのようにいつまでもその痕跡を探し、戻ってくるのを待ち望んでくれる人などいるだろうか？

その考えはすぐに霧のように消えた。今はもっと重要なことがある

演劇も実はある種の感覚のリンクよ。対象者を考えればもっと広い次元でのリンクともいえる。役者の間だけじゃなくて、役者と観客、観客と創作者がリンクする

私はこの技術は本質的に遠隔リンクと似ていると思ってるの。遠隔リンクは指揮官と構造体を共感覚にすることができるもの

演劇も実はある種の感覚のリンクよ。対象者を考えればもっと広い次元でのリンクともいえる。役者の間だけじゃなくて、役者と観客、観客と創作者がリンクする

あなたのリンク中に「ハムレット」を検測して「クジラの歌」の位置を特定する。それから地上で合致する信号を検索するってことね？

わかったわ