縁結び神社
深夜
深夜、縁結び神社
神社の中には妖怪が行き交い、灯火が明るく灯っている
セレーナと畳の上に座り、宮司と狐はその横で化粧や装飾を整えていた
じっと前を見つめていたセレーナはふと笑いをこぼした
……ふっ
反応しようとした瞬間、顔を動かしすぎたのか宮司に押さえ込まれた
じっとしていてください
それ以上は声が出せなかったため、仕方なく口の動きだけで伝えた
[player name]がどうしていいかわからなくて、されるがままになってる姿がとても可愛くて
しばらくおとなしくしていると、宮司と狐の手がようやく止まった
これで化粧は終わりです。垂雨と儀式具を取りに行ってくるので、待っていてくださいね
宮司と狐が出ていった瞬間、姿勢が緩んだ
そんなにお辛かったのですか?
少しためらったあと、背筋を伸ばして座り直した
……実は私もです
まさか突然こんなにも進展するなんて……
あっ、いえ、その……多少はこうなることを考えていましたが、どこか実感が湧かなくて
私は……雲謁さんが仰っていたことについて考えているんです
セレーナは真剣さの中に少しだけ厳しさを見せた
コンダクター。私たちは今、どのような関係なのでしょうか?
シー……
セレーナの人差し指が唇に当てられたため、答えを口にすることはできなかった
言わないで……
少しだけ、可能性を残させてください
今夜の婚儀が、状況に迫られたものでないのなら……それだけで十分ですから
なんとも言えない空気は、長くは続かなかった
戻りました……え?おふたりとも、何をされているんです?
鏡をくわえて足早に戻ってきた狐は、この状況を見て少し立ち止まった
そんなに急いで親しくしなくても大丈夫ですよ。あとでチャンスはありますから
あっ……いえ……
いつも優雅で上品なセレーナは一瞬照れくさそうな表情を浮かべ、狐から鏡を受け取った。そして軽く息を吐きながら、気持ちを落ち着かせた
鏡の縁には古風な模様が施されており、透き通るように輝く両面鏡だった
……これはどのように使えばいいのでしょうか?
それぞれ鏡の片面に手の平を置いてください
狐の前足によって動きを導かれる。しかし、手を置ききる前にセレーナが突然口を開いた
コンダクター……
私たちの関係は……[player name]が振り返ったあとで、決めることにしましょう
姿勢が整ったのを見届け、宮司は鈴を手にふたりの間へと進み、厳かに祝詞を唱え始めた
おふたりとも、どうぞ鏡の中へ――
すると、鏡から流れる光が沸き上がり、互いの手の平に沿って螺旋を描くように昇ってゆく
そして、ふたりを完全に飲み込んだ
再び目を開けると――ただの虚無が広がり、周囲は深い闇に包まれていた
小さく呼びかけてみるが、何の返事もない
1歩踏み出すと、足下に水のような波紋が広がり、その中に文字が浮かび上がった
再び呼びかけると、足下に波紋が広がり、その中に文字が浮かび上がった
親愛なる見知らぬ貴方へ:
この手紙を受け取って、大変困惑されていることでしょうね
もし忙しくてこの手紙を読む暇がなければ、どうぞお捨てになってください
もし時間がおありなら、退屈しのぎに手紙の2枚目までめくってみてください
文字を目にした瞬間、目の前で起きていることが何を意味しているのかを悟った
それはふたりの「初めての出会い」だった
次第に波紋は水しぶきとなり、水しぶきはやがて大波となった。そして、彼女の記憶が津波のように押し寄せてきた
狐が言っていた通りだ
手紙に始まり、才能を敬い、性格が調和し、品が紡いでいる
過去は流れる光のように、周囲を巡り回っている
出会い、手紙を送り合い、目を輝かせる
互いを知り、考えに触れ、その信念に感嘆する
恋に落ちる――「恋」という言葉は少し浅く感じるかもしれないが、ともに過ごす中で生まれる想いは偽りようがない
そして、最後には当然のように愛し合う
愛し合うことは最も重要な瞬間だ。ふたりはいつ互いを愛し始めたのだろうか?
1行ずつの手紙で心を打ち明けた瞬間だろうか?それとも、ともに過ごしながら語り合い、楽しんだ瞬間からだろうか?
肩を並べて血を流し、理想と信念のために戦った瞬間だろうか?
これまでの全てが目の前を流れ、無数の想いが胸をよぎる――無意識にぽつりと答えていた
まだ余韻が残る中、耳元にセレーナの囁きが響いた
もう、はっきりとは覚えていません
そうだ――ともに過ごす一瞬一瞬の全てが素晴らしく、どの瞬間が一番大切なのかがわからない
答え終わった刹那に津波が引き、鮮やかな色彩が闇を越えて広がった。視界の中が、滅多に見られない光景で満たされる
水上でほのかに明かりが灯り、藤の花が枝垂れ咲く。水上に立つ彼女は足先で軽く波紋を立て、長い袖をふわりと揺らした
スカートの裾が明かりをなぞり、白いヴェールが花の雨を引き寄せるように舞い降らせた
舞の足取りが最後の夕暮れを踏み終えたあと、音楽が水の中から響き渡り、祝詞が空から降ってきた
ふたつの姓が結びつき、一堂で契約を結ぶ。良縁が永遠に結ばれ、運命の伴侶となる
このよき日に咲き誇る藤の花のように、夫婦円満、家内安全――子孫が絶えることなく繁栄し、末永く栄えることを願う
共白髪の約束を書簡に書き記す。紅葉の誓いを結びつけ、鴛鴦の譜に明記する
[player name]……
余韻が残る中、彼女の囁きが耳元に届いた
愛しています
意識が戻った瞬間、とっさに体を起こした。混乱していた思考は波のように引き、ぼんやりとした感覚だけが残る
先ほどまでの記憶はどこか曖昧で、現実味が薄れている
長時間の同じ姿勢から、急に動いたことによる不快感が襲う。頭を押さえ、ふらつきながら立ち上がった
周りを見渡し、古びた遺跡の中にいることに気がついた。辺りを見回しながら徐々に思考を整理する
独り言ちながらポケットをまさぐり、端末か何かを探す。考えを途切れさせては駄目だ
その時、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた
コンダクター?いますか?
声がした方を見た瞬間、その場に立ち尽くすことしかできなかった
最後まで言い終えることなく、息が一瞬止まった
明るい朝の光の下――揺れる枝葉はその瞬間、まるでスローモーションになったかのようだ。そして、ゆっくりと近付く
草木のざわめきと鳥の囀りが一瞬で遠くに消え、先ほどまでぼんやりしていた記憶が、まるで水に浸されたかのように突然鮮明に蘇った
彼女の袖がそよ風に揺れる。その黒髪がなびくと、彼女の表情が輝いた
あの出来事が夢であるはずがない
互いに一瞬立ち止まり、そして歩み寄る
袖が重なり合い、衣擦れ音がする。葉の間で眠っていた蛍が驚いて飛び立った
ふたりの距離はあと10歩――互いに浮かべた笑顔が山の風に溶け込む
ふたりの距離はあと1歩――目を閉じていても、互いの息遣いを感じることができる
額を合わせ、全ての言葉は重なり合う手の平に溶け込み、声なき囁きとなった
恍惚とした瞬間、去りし夏が再び訪れた