Story Reader / 祝日シナリオ / 天森の夢 / Story

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告別の仙境

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タンポポを摘みながら、ぶくぶくと泡が浮かぶ沼地を越えた……

レーダーの精密スキャンというチート行為を使って、草むらの迷路を通過した……

サワガニに乗って、急峻な流れの川を渡った……

そして、ついに今……

探索が進むにつれて――

この森の天真爛漫で自由奔放な世界が、どんどん目の前に繰り広げられていった

や……やめてください

いざこの光景を前にすると、彼女には懐かしさよりも恥ずかしさの方が大きいようだ

少女は真っ赤にした顔を手で覆ったが、同じく赤くなった耳までは隠しようがない

ここは森の中の小さな開墾地だった。羊の群れが目の前に並んでいる

厚く柔らかい毛でまん丸く膨れている羊だが、その行動能力には影響が出ないようだ

群れの中央に馬鞍があり、1匹の羊がピョンとそれを飛び越える

メェー

更に1匹、羊が飛び越える……

メェーメェー

3匹目の羊が飛び越える……

メェーメェーメェー

羊の鳴き声がリズムよく響き、まるで軽快な童謡のようだ

は……はい

リーフはようやく恥ずかしさから解放されたのか、懐かしそうな表情で、目の前の羊の群れを見つめていた

眠れない時には、羊を数えていました

昔を思い出したように、リーフは微笑みながらそう言った

でも真剣に数えすぎて、余計に眠れなくなったりして

指揮官の小さい頃はどうでしたか?

子供の頃はいつも寝つきがよかったので、そんなことをする必要はなかったのだ

むしろ眠れないことよりも、いつだって眠気を防ぐのに精一杯だった

小さい頃は確かに元気すぎて眠れない時があった。そんな時は、眠るために数字を数えたものだ

でもその後は、むしろ眠れないことよりも、眠気を防ぐのに精一杯だったが

山羊じゃなくて?

だって羊は可愛いですから

私……好きなんです。子供の頃、飼っていたこともあるんです

西の地平線から東の地平線まで、始まりも終わりも見えない羊の群れを見渡してみる

リーフの機体から再び熱く上気した音がならないように、その言葉は口にしなかった

羊をどこかへ追い払おうとしたが、逃げるどころか、こちらに振り向くことすらない

残念ながら、他の道を見つけるまでは、これ以上進めないようだ

空を見上げると、白と青の代わりにオレンジ色の雲が広がっていた。日はもう傾き始めており、夕暮れが近い

指揮官、まず休める場所を探しましょうか?

意識の欠片が創り出した景色の中を進んでいるだけだが、蓄積された疲労はひしひしと感じる

しかし、休むのには別の目的もあった

あいつが聞いている、追いかけてくる、食べられる……

暗い森の中で、あいつは最も恐ろしいハンターだ。生き物なら、なんでも食べてしまう

聞こえるだろうか?体の半分にも及ぶ巨大な口から滴る涎が、地面を腐蝕していく音が

見えるだろうか?鋭く光る凶悪な目は、狙った獲物を絶対に逃がさない

今すぐ逃げろ、できるだけ遠くへ……

安全な港にたどり着くまで……

寝ない子は食べちゃうぞ~~ガオ~~

想像と違って、夜に現れたハンターは恐ろしい化け物ではなく、なんともキュートな見た目の着ぐるみだった

ボク怖くないよ。でも寝ない子は食べちゃうぞ、ガオ~~

サメの着ぐるみが離れていく姿を見つめながら、リーフと一緒に隠れていた木の陰から顔を出した

え、指揮官もですか?

子供を食べる化け物が、寝ない子を食べてしまう……

どの時代でも、これらの「伝統行事」は大体同じようなものだ

ただ、こういう物語に出てくるハンターは、可愛い着ぐるみなどではなく、見た目も恐ろしい化け物なのが定番だが

とても可愛らしい見た目なので、少し近付いてみた。するとこちらが見つかった瞬間、相手は強い攻撃性を見せた

指揮官は先ほどの着ぐるみのことを仰ってますか?

頷いて、小さい頃に聞かされた、大人たちが子供を脅すための物語をリーフに話してみた

指揮官も怖かったんですか?

その時、後ろから聞き慣れた声が再び響いた

???

見つけた!寝てない子!

振り向くまでもなく、堂々とした足音と大きな声から、相手の位置を推測できる

指揮官、二手に分かれて逃げましょうか……

サメの着ぐるみから逃げる途中、リーフは再び前と同じような提案をした

当然、自分も同じように拒否する

今の私では、指揮官の足手まといになるだけです

リーフが言っているのは、彼女の羽が放つ光のことだ。それは暗闇の中で、全てを照らす明るい光のように輝いている

考えていると、キャッキャという音とともに、何かが肩に乗った

反射的に払い落とそうとした手をすんでのところで止めた。リーフの羽の光を受けて、肩にいる小さな仲間がはっきりと見える

そして、リーフの肩に乗ったもう1匹のリスにも気づいた

今はとても危険なんです。早く隠れてください……え?あちらに行け、と……?

リスは小さな手を伸ばし、ある方向を指した

顔を見合わせて頷き、ふたりでリスが指した方向へ走った

???

消えた……消えちゃった……オオン

サメの着ぐるみが前を通りすぎ、次第に声が遠くなると、最後には姿が完全に見えなくなった

隠れ場所の「扉」を開けると、リーフも向かい側から顔を出した。今、自分と彼女は2つの巨大なエンドウマメの中に隠れている

リスたちはどうやって私のところに来たんでしょうか?

そう言うと、蛍を追いかけているリスたちを指差した

暗闇の中の光は、危険を招くと同時に、小さな友情も集めてくれたというわけだ

もしあの子たちがこちらに引き寄せられなかったら、指揮官はどうしていたでしょう?

……

リーフは何も言わず、ちょっと気まずそうに話題を変えた

ここは休憩にちょうどいいですね

いえ、私は……

事前に用意しておいた理由を述べた

ここは意識海の中ですから、現実にいる時のようにすぐ休眠状態に入れないんです……

リーフがいるエンドウマメは、ちょうど正面にあり、彼女がそのまま横になると、ふたりの目が自然に合う形だ

でも指揮官の仰る通り、眠ってみることにしますね

冷たい月の光はそれほど明るくないが、リーフの瞳には自分の姿がはっきりと映っている

このまま視線を逸らすと「負けた」気がする。こんな時は……逃げる訳にはいかない!

それに、長いつきあいのお陰で、とっくにお互いの存在には慣れっこだった

指揮官、眠れませんか?

以前の任務では、爆破地点でもぐっすりお眠りだったじゃないですか……

さまざまな緊急事態のお陰で、軍務に就いてからの就寝場所のほとんどが、自分のベッド以外だった

むしろ、風を遮る廃墟、低い爆破地点、捨てられた車の中等の方が多かったくらいだ

今回の睡眠環境は明らかに快適な方だが……

よく思い出せませんが、何となく懐かしく感じます。初めての感じはしないんです

はい……子供の頃の指揮官はどんな風だったんですか?

自分の話から転じて、リーフは興味津々でこちらに訊いてきた

見慣れている瞳は、相変わらず優しさで溢れている。でも、この状況だからか、何かいつもと違うものを感じた

そうですね、わかりました

こちらの照れを察したように、リーフはおとなしく瞳を閉じた。彼女の視線を感じなくなり、そこには静けさだけが漂っている

しばらくして、リーフがささやくような声で訊ねてきた

指揮官、眠れないでしょうか?

童話の森……子供の頃の指揮官はどんな風だったんですか?

リーフが不思議そうに訊いてきた

グレイレイヴンに入る前のことでさえあまり話さないのに、子供時代ならなおさらだった。この機会にリーフと少し話すのもいいかもしれない

子供の頃の記憶はもうあまり覚えていない。本当にあったかどうかわからないこともたくさんある。ここでは印象深い話をしよう

……子供時代はちょっとやんちゃだったから、リーフの印象を壊さないように、適当に話しておこう

ほとんどの場合、リーフはただ静かに話を聞いていたが、だんだん質問するようになり、色々と訊かれる内に忘れかけていた記憶が蘇ってきた

一方的な話だったはずが質疑応答のコミュニケーションになり、ふたりでとめどなく他愛のない話を続けた

時間の経過とともに、周りはより静まりかえっている。響いていた虫の鳴き声も、いつの間にか消えていた。暗闇の中、ふたりの声にもだんだん疲労感が滲みだす

会話と笑い声が交差する中、時間が経つのがとても早く感じられた。リラックスしているお陰だろう、やがて眠気も訪れた

もっと指揮官のことを知りたいんですが、そろそろ寝ないといけませんね……

眠気で意識がぼんやりしているせいで、リーフの声が少し遠くに感じられた

自分で口にした言葉をもうはっきりと聞き取れない

私、ですか……ほとんど忘れてしまいました。覚えているのは……大して面白くもないことです

言葉も絵も必要ない。今、自分が寝ているこの世界は、まさにリーフの子供時代の痕跡じゃないか?

「絶対にこれを取り戻す。だから、その後にまたリーフの話をいっぱい教えて」

意識が完全になくなる前、この言葉を実際に口にしたかどうかもわからない

昼間の経験があまりにも不思議すぎて、自分の夢も幻の色に染まっていた

移動する羊の群れに従い、たったひとりである塔の前に着いた。その塔はまさに今回の目的地だ

顔を上げて、緋色に染まった塔を見上げた。中から微かな引力を感じる

前に一歩踏み出し、泥まみれの草を飛び越えた

突然、頭にひどい痛みを感じ、視界が血に染まった

穏やかだった羊が変装を解いて侵蝕体の姿を現し、目の前の塔が崩れて緋色の影になっていく

これは、前回の救援作戦の記憶だ

津波のような侵蝕体を越えて、逆らって上ろうとした時、緋色の影が自分の体を貫いた

混沌と無秩序に引き裂かれる前、消えゆく視界の中で、白い小鳥が唯一の光を放っていた……

今、あの出来事が再現されたお陰で、別の手がかりに気づいた

何か忘れているような気がするのだ。視界の外、光に照らされていない片隅に、まだ何かがあるような……

血まみれの剣はいつ体から抜かれた?

あの緋色の影はどこに行ったのか?

もしかして何かが自分やあの白い鳥の後ろにいた?

後ろを振り向いてみたが、広がるのは暗闇だけだった……

……

目覚ましがなくても、規則的な生活による体内時計のお陰で、決められた時間に起きることができる

こめかみを押さえると、布団が重力の作用で地面にずり落ちた

布団?

慌てて目を開けると、エンドウマメではなく暖かい部屋の中にいた

部屋はとてもシンプルな造りで、そこにリーフの姿はない

ここにいる理由や部屋のことを考える余裕もなく、急いで部屋のドアを開け、リーフを探す……

あら……おはよう。きちんと眠れたかしら?

見知らぬ女性が木のお皿を持って廊下に立っている。最初は突然開いたドアに驚いた様子だったが、すぐに優しい笑顔に戻った

直感だが、この人には敵意がなさそうだ。それに、意識海で直感はいつだって一番頼りになるものだった

シンデレラと呼んで

あの子なら、向かいの部屋よ

彼女は向かいの部屋を軽くノックしたが、返事がなかった

シンデレラはもう一度、少し強めにドアをノックしたが、それでも返事がなかった

彼女、眠りが深いの?

答えを聞くと、彼女は少し考えてからドアを開けた

ここの造りは、先ほど自分がいた部屋と同じだった。リーフは背を向けてベッドに横たわっており、まだ起きていないようだ

リーフ

う……ん

リーフの表情は見えないが、歯を食いしばって絞り出されるような苦しい声が微かに聞こえた

この症状をよく知っていた。疼痛発作だ。反射的にリンクケーブルを取り出して深層リンクを実行しようとして、すでにリーフの意識海にいることを思い出した

シンデレラはお皿を机に置き、急いでリーフの側に駆け寄った

彼女は手でリーフの顔を抱え、自らのおでこを寄せるとつぶやくように聞きとれない何かを囁いた

微かな蛍光の光が彼女たちを取り囲み、リーフの表情がだんだん穏やかになってきた

しばらくすると、シンデレラはゆっくりとリーフの体を枕に戻した

この子はもう大丈夫よ

彼女は立ち上がったが、顔が少し朦朧としていた

ええ、少しぼんやりしていただけ

彼女はすぐに正気に戻った。その時、リーフもゆっくりと起き上がった

指揮官……こちらは?

私はシンデレラというのよ、リーフ

彼女は視線を自分とリーフに移した。その優しい眼差しの中に、心が温まるような感情がなんだか増したような気がした

簡単に先ほどまでのことをリーフに説明する

助けてくださりありがとうございます。シンデレラさん

そうかしこまることはないわ。シンデレラと呼んで

は……はい

シンデレラは優しくて温かい微笑みを浮かべながら、こちらを見た

ひとまず解決したことだし、お腹空かない?エンドウマメのスープはどう?

シンデレラは机に置かれたお皿を指し、期待を込めた眼差しで、自分とリーフを見ている

玉ねぎ、人参そして丸いエンドウマメがたっぷり入った薄緑色の濃厚なスープはまだ熱々だった

スープから、野菜とバターが混ざり合った香りが漂い、食欲をそそる

先ほどリーフの状態を安定させてくれたし、シンデレラは悪い人ではなさそうだ。供された食べ物の安全を心配する必要はないだろう

それに、彼女の瞳には、期待の他に有無を言わせぬ気迫があった……

年長者の目力とでもいえるものだ

こんな時は相手の期待に沿った方がいい

あら、どこか痛んでいるとか?

なら食べさせて差し上げましょうか?

彼女は本当にスプーンを持って近付いてきた。優しい目差しの中に、断れない気迫が感じられる

彼女には相手の空腹はもはや覆らないらしい

わ……私も大丈夫です

リーフと一緒に木のスプーンでスープを口に運ぶと、香りをより強く感じた。玉ねぎの甘さと胡椒のスパイスの芳香だ

一口すすると、とろとろとしたスープに潜んでいた味が、一気に爆発した

まずは野菜の旨味が舌先で花開き、バターのクリーミーな味わいと香りが玉ねぎの濁りのない甘さを引き立てる

スパイシーな胡椒が温かい液体と一緒に、喉からお腹へ流れ込むと、全身が一気に温まった

一番驚いたのは、微かにミントの爽やかな香りがしたことだ

おいしいでしょう?

シンデレラは隣に座って、両手で頬を包みながら、幸せそうな顔をした

スープを全部飲み干すと、一日中何も食べていなかった空腹感がより明確になった。温まったお腹が更なるおいしいものを求めている

ふぅ……

次の言葉を言おうとしたその時、隣から同じように満足げな声が聞こえた

……

目を合わせなかったが、リーフも同じことを考えているようだ

もちろん。いくらでも召し上がって

シンデレラは、自分とリーフのお皿にエンドウマメのスープをたっぷりと入れてくれた

ついでにあなたにもおかわりを足してしまったけど、問題ないわよね?

あ……ありがとうございます

もちろん。いくらでも召し上がって

シンデレラは、自分とリーフのお皿にエンドウマメのスープをたっぷりと入れてくれた

お口に合ってよかった!

この野菜は皆、今朝採ってきたばかりなの。あなた方を見つけたのもエンドウマメを採りに行った時よ

あ、そうそう!

昨日あなた方が隠れていたエンドウマメも入れたのよ。親しみが湧くでしょう?

スプーンを持つ手が、急に止まった

ぷっ

自分とリーフのリアクションを見て、シンデレラは肩を微かに震わせて、口に手をあてた。だが、笑い声は指の間から漏れている

ごめんなさい。あまりにも可愛らしかったから、少しからかっただけ

安心して。あなた方の「隠れ家」は中庭に置いてあるわ

スープのエンドウマメはごく普通のものよ。よく見て、大きさだって普通でしょう

彼女は笑いすぎて出てきた涙を拭き取りながら、これまでの落ち着きのある様子に戻った

人と会うのはずいぶんと久しぶりだから、少し調子に乗ってしまったわ

おとぎの国へようこそ

4杯目の温かいスープを飲み干すと、シンデレラは大きなレードルを持ち上げて、スープがたくさん入っている鍋を混ぜながら、うずうずしているような表情で訊いてきた

もう少しいるかしら?

あら……本当にもういらないの?

今までなかった満腹感に浸りながら、極めて真剣にそう言った

リーフは……?

いえ……ごちそうさまでした。もう十分です

自分と同じ量のスープを飲んだリーフは慌てて手を振り、真剣な顔で少し申し訳なさそうに言った

シンデレラは少し残念そうな顔で頷いた。彼女が鍋の縁を叩くと、中のエンドウマメのスープはどこかに消えてしまった

片付けがあるからちょっと失礼するわ

でもお客様にやらせるわけには……

その時、リーフが食器を片付けて立ち上がった

お礼代わりにもなりませんが、これくらいはお手伝いさせてください

シンデレラは仕方なく笑い、優しい口調で言った

なら、お茶とデザートを用意してくるわ。お皿洗いは中庭の川でお願い

気をつけて

再び転ばないように、足下に注意しながら、リーフに声をかけた

はい……私も同意見です。シンデレラさんは普通ではありませんが、私たちが探している意識の欠片ではないんじゃないかと

シンデレラさんは親切な方ですから、何か教えてくださるかもしれませんね

はい……あの、指揮官はここにいらっしゃいますか?

……

泡が消えるのを待つしかないみたいですね

周囲を埋め尽くすカラフルなシャボン玉を見ていると、まるで何度も回る万華鏡の中に放り込まれたように、方向が定まらない

最初、中庭に着いた時に確かに浅い川を見た。膝くらいの深さしかなさそうだった

見た目は普通の川とあまり違いがなさそうに見えた

しかし、洗うために食器を川に入れると……

川から飛び散ったのは水ではなく、空まで届くほどの大量のシャボン玉だったのだ

視界を塞がれ、いつのまにか地面がツルツルと滑るようになっていて、移動するために一歩踏み出した途端……

ボチャンという落水音とともに、川から更に多くの泡が湧き出した

リーフはすぐ川に飛び込んで助けようとしてくれたが、泡が邪魔になって、視界や声でもふたりの方向を定められない

すれ違ったような感覚が何度もあったが、すぐに反応して手を伸ばしても、空気しか掴めないのだ

リーフ

指揮官……いらっしゃいますか?

徐々に消えていく泡を見ながらそう言った

どこからともなく、安堵した声が聞こえてきた

リーフ

このままおしゃべりを続けましょう、そうじゃないと不安で……

リーフ

えっと……じゃあ、指揮官はどうしてファウンス士官学校に進学したんですか?

空中庭園では大部分の人がファウンスに入るそうですが、でも他の選択だってない訳じゃないんですよね?

リーフ

憧れ、ですか…………私が異動を申請したのだって……

たくさんの泡が隔たりになって、リーフの小さな声はまったく聞き取れなかった

リーフ

な……なんでもありません!

その言い方、ハセン議長にそっくりです

リーフ

でも、素敵だと思います

え、そうだったんですか?

リーフは意外そうな声を上げた

リーフ

夢のためにずっと……

そう言うと、少し恥ずかしくなって頭をかいた

リーフ

それでも今までずっと頑張ってきたんですよね?

リーフ

……

指揮官、あの……

リーフはしばらく黙り込んだあと、少し大きな声を出したが、その時さっと強い風が吹いて、全ての泡を吹き飛ばした

ごめんなさい、泡のことを言うのをすっかり忘れていたわ

……

あら……タイミング悪かった?

シンデレラはリーフを見てから、視線をこちらに移し、探るように訊ねてきた

その……泡を戻して差し上げましょうか?

では、お茶をどうぞ……何か困ったことでもあったの?

服を乾かして、前にいた部屋に戻った

行き詰まった今、突破できそうな全ての可能性を模索すべきだ

森の中央の塔?

シンデレラは少し驚いたようだった

彼女はリーフと自分の間を行ったり来たりして、最後は視線をこちらに留めて、なるほどと悟ったような表情を見せた

ダメですか?

いえ、私少し思い違いをしていたかも……

あなた方は塔から来たのだとばかり思っていたけど、塔が目的地だったのね

あなた方は森の外から来た。そうよね?

……森の生き物にとって、あの塔は禁じられた場所だから

誤って塔に入った生き物もいたけど、二度と出てくることはなかったわ

だから「塔には近付かない」というのが森の常識なの

はい、シンデレラさんの仰る通り、私たちは森の外から来たんです……

森の外はどんな世界なのか、教えてくださらない?

シンデレラの顔には、好奇心が満ち溢れていた

それは……

その質問は、自分とリーフをひどく困らせた。自分たちは現実世界からきて、そして彼女自身はリーフの意識の欠片が映す存在であることを、どう説明すればいいのだろう?

それに、説明することで悪い結果を招く恐れもある

あら……その顔。さては、話せない理由があるのね?

ごめんなさい……

謝る必要はないわ。あなた方は、それを話すことが私のためにならないと考えたんでしょう?

……

そんなに驚かないで。あんな困った顔をするんだもの、察しがつくわ

少し残念だけれど……

シンデレラはカップを軽くなでて、すぐにいつもの笑顔に戻った

いいわ、あの塔の話に戻りましょう

あなた方が野営したのも、昼間に森の中の道を急いだからなのね?

そうなんです。途中で……少しトラブルがあって

トラブルの話になると、リーフは前の羊の群れを思い出したようで、言いにくそうにしていた

今はもう、自分たちがどこにいるのかも把握できてないんです

シンデレラさんはあの塔への道をご存知ですか?

道、ね……残念だけれど私も行き方を知らないの

というより、そもそもあの塔への道は存在しないわ

え?越えられない地形があるとか……?

そうじゃないの

説明を聞くよりも自分の目で確かめた方が早いわ

シンデレラは立ち上がり、窓を開けた

ひと目見ればすぐにわかるはず

窓の外を見ると、目の前は見渡す限りの森だ

シンデレラの家は高い坂の上にあるらしい

しかし、見える範囲に塔の姿はなかった

まあ見てて

シンデレラが遠くの景色を指したので、自分とリーフもつられてその方向を眺めた

森が……移動してるんですか?

ゆっくりしたペースだが、森はまるで足がついているように、ランダムかつ無秩序に移動している。根を張る大地も同じように、自由に形を変えていた

まるで気づきませんでした……

森の中の物にとっては、変化するのは足下の大地ではなく、自分のいる位置の方なの

私たちがいる位置も、今まさに変化しているのよ

椅子に戻ったシンデレラは、ゆっくりと話した

だから、あの塔にたどり着くのはほとんど不可能なの

……

あなた方はそれでも諦めない、そうなのね?

私たちには投げ出せない理由があるんです

その理由というのも私には言えないことなのでしょう

……

そんな申し訳なさそうな顔をしないで。無秩序な森があなた方を私のところまで運んできたのには必ず理由があるわ。あるいは望みが……

あなた方の目的があの塔というのなら、教えてあげる。あの塔の由来を……

それに、かつての様子を

ある女の子は森の海に入り込み、戻る道を見つけられず、幾重にも重なり合った樹木の中で方向を失った

もしかして、心の奥底で、彼女は元の場所に戻りたくなかったのかもしれない……

女の子

ここはどこ?

彼女は戸惑いながら辺りを見回した。一帯は今までに踏み入れたことのない場所で、遠くには高い塔が見えた

ゆっくりと塔に近付き、木の扉を軽くノックしてみる

???

初めて見る顔ね。誰かを探しているの?

木の扉は鋭い音を出したが、声は彼女の背後から聞こえてきた

女の子

きゃっ!わ、私……道に迷ったの……あなたは誰?

???

私?私はこの塔の主。あらゆる夢を叶える妖精よ

女の子

夢……

???

そう。世の人々が称賛してやまない、美しく妙なるもの

この話はおしまい。お家に送ってあげましょう

女の子

ちょっと待って!

???

おや、何かあるのね?

相手は振り向いて、優しい眼差しで女の子を見つめながら、静かに彼女からの答えを待っている

女の子

と……友達が欲しいの……お姉ちゃんもお兄ちゃんも遊んでくれないから……叶えてくれるの?

空気が抜けた風船のように、女の子の声がどんどん小さくなり、その勇気も消えてしまいそうだった

???

私にかかれば簡単なことよ。でも……代価を支払えるかしら?

女の子

代……代価?代価って?

女の子の声が少し震えている

???

代価は……

相手は手を伸ばしたので、女の子は怖くて目を閉じた

手の平が女の子の頭を覆い、少し力が加わった……

森を通っている間にボサボサになった髪が、一瞬で綺麗に整えられた

???

そう、それが代価よ

相手の嬉しそうな声が聞こえる

女の子

え、こんなことでいいの?

返事がなかったが、相手はカラフルな王笏を取り出すと、それを1回軽く振って、妙な言葉をつぶやいた

???

bibbidi-bobbidi-boo!

すると眩い光が現れ、何かが起きたような、いや何も起きなかったような、そんな不思議な感覚に包まれた

???

手を3回叩いてみて

女の子

1……2……3……何も起きない……うわ!

たくさんのリスに囲まれた女の子は歓声を上げた

???

可愛いお友達、気に入ったかしら?そうそう、他にも贈り物があるの

王笏で地面をコンコンと叩くと、地面からカボチャの馬車が「生えて」きた

???

これに乗ってお家に帰りなさい。そうすれば迷子になることもないわ

こうして、女の子と塔の主は友達になった。女の子は願いを言い、塔の主はその願いを叶えて森全体を飾り立てた

暗闇を漂うクラゲ、夜通し数えても数え切れないほどの羊、一粒でお腹いっぱいになる大きなエンドウマメ……

そうやって時は流れ、女の子もだんだん大きくなった

シンデレラ

そして色々あって、女の子は家を出なくてはならなくなった

少女

……

???

久しぶりね。今日は何をおしゃべりしましょうか?

少女

少し事情がありまして、もうここを離れちゃいます

???

……

塔の持ち主はゆっくりと口を開いた

???

森の外というのは、私が一切干渉できない世界なの

あなただって森の中のものは何ひとつ持ち出せない

本当にそれでいいの?

少女

うん、決めたんです

塔の持ち主は少女の瞳に浮かぶ希望と決心を見つめながら、引き留めるつもりだった言葉を最後の願いに変えた

???

どうか忘れないで……たまには遊びに来て……

厳重にロックされた「シェルター」の扉が開かれ、少女はひとりで歩き出した

現実に直面した彼女は、かつての夢を否定し、捨て続けた

夢というものは幼稚で非現実的なもの。たまにこっそり覗き見るくらいがちょうどいい、と

でも、彼女の与り知らぬところで、夢の全ては大事に大事に保管されていた

ある日……

緋色の炎が大地を灼き、世界を切り割くまでは

???

ああ、こんなに大きくなったのね

相手の言葉に懐かしさを感じる

少女

ごめんなさい……

???

謝らないで。また会えて嬉しいわ……

では、今度のあなたの願いは何?

少女

私……

少女は自分の「夢」を口にしたが、塔の持ち主は黙ったまま、返事をしなかった

少女

ダメでしょうか?

???

それはほんの少し難しいわね。でも……代価を支払えるかしら?

少女

どんな代価?

自由を失い、光が入らない檻に閉じ込められる……

少女は頷いた

暗闇の中で無限の孤独を味わう苦しみ……

少女は頷いた

完全に侵蝕されて、森と一緒に炎に燃き尽くされるまで、侵蝕され続ける

しばらくの沈黙の後、少女は頷いて、申し訳なさそうに相手を見た

少女

どうすればいいのか教えてください

彼女の答えは変わらなかった

それは彼女の最後の夢だ――翼、空を飛べる翼が欲しい

墜落するためにある翼が

相手はようやく少女の願いを聞き入れた。長く使われていなかった魔法も鈍ることなく、緑色の光に包まれ、少女は色鮮やかな蝶に変身した

薄い翼は柔らかくて弱々しく見えるが、あの凶悪な緋色を阻止する力を持っている

荒れ狂う侵蝕体の潮の中、白い小鳥は人間の前方に飛んで進むべき道を示し、黒い蝶は人間の背後で全ての悪を食い止める

全ての軌跡は偶然ではなかった。彼女は全てが起きる前から、とっくに切り札を出していたのだ

やがて、華奢な姿は緋色の影とともに空から墜落し、塔に突っこんだ。あそこが彼女の檻だから

塔の扉を閉めた瞬間、彼女が訊ねた

???

まだ他にも願いが?

リーフ

……

もうありません。今までありがとうございました、シンデレラ

言葉を詰まらせても、別れの時間を延ばすことはできない。シンデレラは最後の瞬間まで胸に溜めていた別れの言葉を口に出した

それじゃあ、さよなら……

それから、私は保管していた夢を解き放ってこの森を創り上げた

シンデレラはお茶の入ったコップを手にして、リーフと自分が事実を完全に受け入れるのを静かに待っている

パズルの欠けたピースがシンデレラの説明で埋まった。ついにこの意識の欠片が存在する理由を突き止められた

単なる連想でも、物語が記憶の中に残した痕跡でもない

数々の不思議な光景、不合理の中に現実の痕跡を見せるものは全て……

皆……私の過去の夢だったんですね

その通り。ここにある全てがあなたから生まれた

あなたがおとぎ話を読みながら願ったこと……

人々が寝静まった夜更けに、庭の羊を思いながら願ったこと……

それに……

その時、シンデレラは何か面白いことを思い出したように、そっと笑った

ひとり布団に隠れ、恐怖で震えながらも希望を抱き続けて願ったこと

あなたは皆のいう「悪い子を捕える怪物」に、もう少し可愛くあって欲しいと願った

それでもあなたは昔、よくあの子を避けていたじゃない。あの子、傷ついていたわ

シンデレラはリーフに優しい眼差しを向けた

この場所の全ては、あなたに忘れられた夢

あなたに触れたその瞬間から、私は全てを思い出した

蝶が籠から逃げるように、最初は塔から逃げるために森を出る道を探していると思ったわ……

でも本当は、あれがあなた方の今回の目的だったのね

あなた方は囚われの蝶ではなく、翼を広げる白鳥だった

昔みたいに全力でお手伝いしたいけれど……

あなたの夢を叶えるためにここにいる私自身も、その夢の一部なの。だから今は、あなたの本当の、心からの声を聞きたい

私……私はもう……

すでにもう別の形で夢を叶えた?

シンデレラはとっくに予想していたようで、彼女はリーフの言葉を中断し、頭を振って話を続けた

じゃあ元の夢は?代用品を見つけたというなら、古い夢を抱え続ける必要なんてないわよね?

今でもこの夢を幼稚で、非現実的だと思うの?

今度もまた捨てて、忘れるの?以前と同じように?

そうやって「成長」したいの?以前のあなたがそうだったように

シンデレラの声は穏やかで冷静だ。問いただされているが、怖さはまったくない。むしろ勇気を与えてくれる声音だった

……

幼くて、無邪気な夢……

望むべくもない、手の届かない星のような……

リーフは無意識に、先ほど皺を伸ばしてあげた浅い傷がある羽をなでている

その羽では飛べないが、暗闇を明るく照らすことはできる

でも、麗しい夢に憧れる者がいるだけでも、夢というものには十分存在価値があると思います

では、あなたは今なお夢を叶えようというのね?

そのために努力します

夢を叶えるのにどれだけ時間がかかるかなんてどうでもいいんです。大切なのは結果なんですから

たとえ幼くて儚い夢だとしても……

今に拘泥することはないんです。いつか未来に実現すれば。夢はずっと自分の一部なんですから

いつかの未来……逃避の言い訳にも聞こえるわ

口から出るのは反論の言葉だが、シンデレラはいつもの優しい笑顔を浮かべている

リーフは首を横に振った

まだ叶わないからこそ、ずっと追いかけているんです

もう夢から逃げることも、夢を贅沢だと思うこともしません。夢を抱いて未来に進みます

遥かな遠い目標が、人を迷わせることはないはずです

だって、灯台や北斗七星のように目指すべき方向を導いてくれるんですから

リーフはこちらを見たあとに、固く決意した眼差しで、シンデレラの蒼い瞳を真っ直ぐに見つめた

成長は、捨てることでも忘れることでもありません

心に刻み、守り通すことで初めて希望の未来にたどり着けるんです

……

どうやら、もう何も心配いらないようね

彼女は視線をリーフからこちらに移してきた。優しくて厳粛な蒼い目だった

では、あなたは「彼女」を救いたいのかしら?

危険な目にあうとしても?

あなたが危険な目にあうというのは、リーフが一番見たくないことなのよ?

リーフと目を合わせた。その目から心配や恐れは読み取れるが、反対の気持ちはないようだ

ひとりでの冒険が一番いいのかもしれない

未来に向けてお互いの支え合いがあってこそ、道は拓かれる

考えるべきは「ひとりでできること」ではなく、「皆でできること」

人の選択は尊重されるべきだし、我々は彼らの聖火を受け継ぎ、歩き続けるのだ

そう、なら安心して「彼女」を任せられるわ

シンデレラは立ち上がり、ドアを開けた

私についていらっしゃい。塔にたどり着く方法を教えてあげるわ

巨大なカボチャの馬車が森の隅に止まっている。輝く飾りはすでに色褪せ、錆びた車輪にクモの巣がかかっている。ベアリングは壊れ、馬も見当たらない

どう見ても使えなさそうだ

これで塔に行けるわ

道があろうとなかろうと、カボチャのキャビンはあなた方を望む場所へと連れていく

使い物にならないように見えますが……

今のあなた方に必要なのは、ちょっとした魔法よ

シンデレラはウィンクをし、初めて少しおどけたような表情を見せた

車輪の側に置いてあった、埃を被った王笏を持ち上げる

bibbidi-bobbidi-boo!

魔法がかけられると同時に、虹色の光が馬車を包んだ

クリスタルとガラスが再び輝きを放ち、錆が拭われ、壊れた部分が修復され、シルバーのコーティングは太陽の光をキラキラと反射している

森の中から、走ってくる動物の鳴き声が聞こえた

メェー!

視界に入ってきたのは白馬ではなく、純白でふわふわした羊だった

あら、カボチャの「馬」車だなんて私はひと言も言ってなくてよ?

羊に鞍をかけ、馬車の扉を開けると、中はとても華やかだった

シンデレラは手に持っていた王笏をリーフに手渡した

これは?

「彼女」は塔の一番下にいるわ。そこがあなたの同行者の目指すべき場所

そしてリーフは塔の一番上に行きなさい。そこに怪物が囚われているわ

一度は逃した獲物……

彼女はこちらに向き直り、真剣な顔つきで話した

恐らく全力で追うでしょうね

塔が壊されないように、アレに対処しなければならない

だからリーフ、あなたにはこの王笏が必要よ。私よりもね

それに……私はもうこれを持っていても使い道がないの

シンデレラは物寂しい微笑みを浮かべた

……ありがとうございます

シンデレラはリーフが車に乗るのを手伝いながら言った

ここは夢でできた夢境だけれど、私が叶えてあげられるのは森の中の夢だけ……

シンデレラはもう片方の手を差し出して、自分も車へ乗らせてくれた

でも今のあなたには夢を背負ってここを出る力と勇気がある。その上……苦労をともにする仲間までいる

ドアを閉めて、シンデレラは後ろに下がった

メェー!

カボチャの羊車が動き出し、シンデレラの姿もだんだん小さくなった

小さくなっていく後ろ姿を見ながら、シンデレラはこれが本当に、最後の別れであることを悟った

塔であの子と初めて会った時から、この日のために準備していたのに……

あの子の前で、いつものように冷静さを保てると思っていたのに……

あの子が自分の「超能力」を頼らなくなることに、嬉しさ以外の感情が湧く訳がないと思っていたのに……

もっと……

長く引き留められると思っていたのに……

シンデレラ

リーフ……

名残惜しそうに、窓から手を出して振る姿が見える

シンデレラ

過酷な現実のために夢への希望を失わないで。そして、美しいものを恐れないで

朦朧とした太陽の光の中、幼い夢の守護者は、雨風を恐れない双葉に向かって、最後の言葉を告げた

シンデレラ

記憶の痕が消えない限り、夢を実現する魔法はきっと永遠に存在できる