もう少し基地に留まりたいと言っても、ワタナベは定刻通りに出発すると頑として聞き入れなかった――データ収集のためのひとり旅は、終わりに近づいている
なぜかはわからないが、ワタナベが自ら車を運転すると言い出した
これからのことはそちらに任せたぞ
しかし、空中庭園の管轄区域に近づくにつれて、不快感が増してくるな
そうだ。持っていって欲しいものがある
ワタナベは、車を自動操縦モードに切り替え、1着のコートを投げてよこした
砂漠の中では、このコートがどんな装備よりも役に立つ
その顔はなんだ?安心していい、ただのコートだ
空中庭園の指揮官は物覚えがいいな。まだ根に持っているとは
……素晴らしい記憶力に感服する
ミントの葉は次回にしよう
とにかく、気をしゃんとしろ。監視小屋はもうすぐそこだ
このコートにはオブリビオン特性の位置特定装置がついている。今のあなたにとっては、ミントの葉よりも役立つだろう
あいつらが、たったひとりに任務を任せると思うか?
身を案じる者が多くいるだろう、そいつらのためにも持っていろ
作戦実行部隊のひとりとして、少し自覚を持つべきだ。余計なトラブルを引き起こしたくはないだろう
ワタナベの声は、運転席でこもって少し聞き取りづらい
窓の外には灰青色の空が広がっており、一見しただけでは昼か夜かわからなかった
物寂しさよりも空虚さを感じる色だ。パニシングが蔓延したこの世界では、もうあれ以上の悲惨な出来事は起こらないだろう
細かい雪が窓ガラスに降り注いでいる。それは視界の中で、唯一輝く光のようだった
……
…………
そう思った瞬間、耳元でワタナベの声がした
起きろ、[player name]
ワタナベは車を止めた。監視小屋から1kmほど離れた地点で、停止したようだ
なぜここで車を止めたのかは、容易に推測できる
空中庭園とオブリビオンは、現在の状況がどうであれ、以前は友好的とはいえない関係だったからだ
そろそろお別れだ。休憩もここまでにしておけ
それはできないな
私の立場を覚えていたようだな
私が小屋に近づけばトラブルになる。出迎えの者には、歓迎されないだろうからな
私は、ここで部下の迎えを待つ。この辺には詳しいから、心配は無用だ
ではここでお別れだな、[player name]
友よ、いい旅を
ワタナベは防御装置をつけ直した。そして、コートを再び手にしてこちらに渡してきた
とにかく空中庭園に着くまで持っていて欲しい。次に会った時に返してくれればいい
壊れても別に爆発したりはせんさ。信頼の証と思って持っていてくれ
運転席の窓が閉じられ、車のエンジンがかかると、外気との温度差で窓ガラスが少し曇った
車が動き出すと、バックミラーに映るワタナベの姿が次第に小さくなり、薄闇の中にぼやけていった
短いふたりの旅は終わった。全てが振り出しに戻り、またもや特筆すべきことのない独り旅だった
……
…………