Story Reader / Affection / ノアン·逆旅·その1 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ノアン·逆旅·その3

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ノアンの予想通り、図書館での出来事は近隣をパトロールしていた構造体を引き寄せていた

半日に及ぶ尋問と調査後、グレイレイヴン指揮官が休憩中に呼び起こされ、飲み物に問題がなかったと証明されて初めて、青年は釈放されて準備室に戻ることができた

あんたみたいな暇人でも遅刻することがあるのね?

すまない、僕は……

――もしあのアクシデントについて話せば、シーモン指揮官がまた彼のために苦悶の表情を浮かべるに違いなかった

……ちょっと外でグレイレイヴン指揮官に会ったから、それで遅れてしまった

ふーん。最近、あんたたちの遅刻理由っていつもそれだね?

そうだね、L街区のクッキーをシーモン指揮官に渡すように頼まれたから

彼はクッキーを取り出して、2つともシーモンに手渡した

ノアン、朝のことならもう聞いてるよ

君が連れていかれた時、こちらにも知らせがきた。だって……

本当に怪しいところがあったなら、責任問題だから?

シーモンは黙って頷いた

だから、戻ってくる前に首席どのに事情を訊いてきたよ

…………

責める気なんかないよ、君は何も悪くないんだから。僕に隠したのも……ただ単に心配をかけたくないからだろう、それもわかってる

でも、これからはできれば教えてほしいんだ。僕たちを信じてほしい。同じ小隊の仲間なんだから

え、仲間?あんたの態度ははっきりしてるわよ?ある意味、あんたとノアンは同じ人種。お人好しですってツラをして、心の中はモヤモヤしまくり、絶対本心を言わないとことか

え?

自分で気づいてないの?あんた時々、人に近づきすぎたら迷惑をかけるのが怖いっていう雰囲気を出しまくって、壁を作ってるじゃない

それは、君だって同じだろう

ふん

でも、シーモン指揮官は君がいうような人じゃないと思うよ

はいはいわかった。全ては任務、任務だよ

僕たちみたいな問題児のせいで、あんたみたいな戦争の英雄が戦場に戻れないなんてね

いや、上層部は僕の体に配慮して、編成したばかりの小隊を担当させたんだよ

慣れていけば、諸々の問題だってきっと解決されるよ

あーあ、楽天的なバカなのね

ポジティブっていう褒め言葉だと受け取っておく

パルマはフンと鼻を鳴らしてようやく黙った

ノアン、ありがとう。でも……これ、たぶん首席どのからのプレゼントだろう、僕がもらう訳にはいかないよ

シーモンはクッキーをひとつ、ノアンに返してきた

プレゼント?

目の前にあるクッキーはただあの指揮官から渡されただけの食糧であって、特別な意味などない。それを好む人物の手に渡るのが一番のはずだ

構造体だから、食事は必要ないよ。前に、それが美味しいと言ってただろ

……それは、習慣づいてるのかな?

え?

人に優しい。たとえそれが本当は自分の物であってもね

でも、これは……

――ただのクッキーだ

このクッキーのことだけじゃない。最近、似たようなことがたくさんあったから

彼はノアンの表情を読み取ったかのようにため息をついた

君は親しみやすいし、温和で人当たりもいい。それに、周囲の悪意も優しさも、素直に受け入れることができる

君がバロメッツ小隊にきた時は、まるで湖のように泰然としていた

監視でも実験でも、湖に石が投げられた時のように、水しぶきと波紋が広がるだけ。他には何も起きない

それが君の長所なのかな……その長所のお陰で、今まで冷静さを保ってこられたんだろう

パルマと違っ……いや、すごく打ち解けやすい

ふん……

だからこそ、君は他人と距離を置くようになったんだろう

……僕が?

責めてるんじゃないよ。それに、君が望んでそうなった訳じゃないのもわかってる

昇格者との関わりや機体の異常、アディレ商業連盟で囁かれる「ノアン」という名の噂なんかどうでもいい……

僕はこれまで君と関わってきた経験、自分の判断を信じる

シーモンは、いつもの気怠げな口調で語った。彼は決してノアンを遠ざけようとしたのではない、ただ与えられた任務と使命のための警戒心を持っていただけだ

あの疑惑と監視をどうにかできないかやってみたんだけど、申し訳ない。力不足で何も変わらなかった

これは無理な頼みかもしれないけど、こんな抑圧された環境にいるせいで、君が少しずつ自分を見失うようなことにはなってほしくないんだ

皆を救った英雄なんだ。こんな扱いをされるべきじゃない……

大丈夫、わかってるよ。僕の機体にはまだおかしな点や、不明な点が残されているんだ。だから警戒されるのは仕方ない。それだけのことだ

…………

僕は何も変えられないけど

……でも、誰かが本当の君を知ることで、立場や任務に捉われず、君に心から手を差し伸べることができたら……

彼はクッキーを持ち上げて、ゆっくりとノアンの手の平に置いた

取るに足らない善意かもしれない。構造体には食事は必要がないかもしれないけど……

この優しい気持ちを、湖に石を投げ入れるみたいに何ごともなく、そのまま他人に渡さないで欲しいんだ。わかるだろうか?

…………

その行動が、君を信頼してくれている人を遠ざけることになってしまう

うん……わかった

ありがとう、シーモン指揮官

定例ミーティング後、ノアンはひとりでバロメッツ小隊の準備室に残った。手の上のクッキーをじっと見つめ、考え込んでいた

空中庭園に住んでいる人間にとって、これは珍しい物ではない

クマの形をしたクッキーは、色とりどりのキャンディーでデコレーションされ、キラキラ光る透明の箱の中にちょこんと納まっている

これまでの日々……車両における下層の生活でも放浪の旅でも、手に入る食物は限られていた

ほとんどの人は生きるために食べるのがやっとで、こんな風に何かの食べ物を綺麗に飾ることなどできない

ここに来る前、ノアンはこんな食べ物を見たことすらなかった

レトルトスープ、缶詰、乾パン、あるいは葉っぱや木の皮……どれも味気なく、美味だと思ったことなどない。ただ、生きるために食べていただけだ

構造体になって食事の必要がなくなり、空腹に悩まされなくなった時、ノアンは心底喜びを感じた。ようやく、食べ物を必要とする誰かに譲ることができるようになったと

自分に不必要な物資をより必要としている他者に譲ることは、ノアンが群衆の中で学んだ生存の法則だった。生き延びるには助け合うしかないのだ

だから、クッキーをシーモンに差し出した時、彼の心には一点の疑問もためらいもなかった

……これは……プレゼント……

それが善意を受け取ることなら、この深い抑圧の淵で安堵の息を手にすることなら……

…………

彼が綺麗な箱を開け、中のクッキーを取り出そうとした時、箱の中から紙が落ちた

……?

シーモンがクッキーを返したのは、これを見つけたからなのだろうか?

戸惑いながらも、折りたたまれたメモを手に取ると、そこには小さな文字が書かれていた

――ここに筆を持つことを禁じる人はいない。君の絵はとても美しい。どうか捨てないで

…………

ノアンは長い間、黙ってそのメモを見ていた

食べ物を誰かにあげるのも、絵を隠すのも、群衆の複雑な悪意や噂に優しく対応するのも、全ての根源となる出来事を理解するまでに、とても長い時間がかかった――

……僕はまだ過去の習慣から抜け出せていないんだな

これを機に、まったく新しい未来に向かって進むと決心したはずなのに

ひとたび抑圧的な環境に置かれると、本来彼が持っている防衛本能が頭をもたげてくるのだ

自分で気づいてないの?あんた時々、人に近づきすぎたら迷惑をかけるのが怖いっていう雰囲気を出しまくって、壁を作ってるじゃない

こんなはずじゃなかった……

習慣は簡単に変えられない。お前は小さい頃から頑固だし

友達に注意されてやっと、自分が行き詰まっていることに気づく体たらくだ

…………

ノアンは頭を下げ、メモを手にしっかりと握りしめた。細かい飾りが施されたクマのクッキーを手に取り、口に入れた

…………

……甘い……