――保全エリアまで、0.4kmの地点
安全区域のおおまかな範囲を把握したあと、単身で林の中を2時間ほど散策した
保全エリアの問題を完璧に解決できる方法はなかった。夜がすぎ、太陽が登ったあと、生き残った人々は今も萎縮しながら、できる限り影に潜んでいる
「すでに存在しないかもしれない意義のために、地上の人々は一体どれだけの墓を掘るのだろう?」
この言葉を裏づけるかのように、目の前には背の低い木の切り株が延々と続いている
ある坂を登ったところで、再びあの見慣れた姿が現れた
空には雲がなく、星が輝いている
空中庭園で見る景色よりも、この景色に思いを寄せる人が多い
たとえ宇宙に飛び立つことができたとしても、捨てられない物があるのだ
満天の星の下にいる彼女も同じだろうか?
静かにハカマの横に立ち、彼女とともに、この世界だからこそ見ることのできる星空を見上げた
次第に時間の感覚がなくなってきた。ハカマは風で乱れた髪を整えていた
地上から遠い星を眺めることは、稀なのでは?
夜間の作戦ばかりで、遠い星々を眺めるしかありませんでした
星空は静かで、保存した情報と思考の記録を整理するのに適しています
悩みですか……
ベランダで風に当たりますか?
足下は小さな丘で、寒さと夜風が集まる場所だ
実験結果の分析によれば、ご提案の前提条件は十分とはいえません
地理、大気、そして……あなたです
……
データによると、あなたは体表面温度が徐々に低下しています
体表面温度をある一定範囲に保つことが可能です
暖炉にごく近い効果を提供することが可能です
言い終わらないうちに、ハカマは近寄ってきて、こちらの腕を掴んだ
暖かさが伝わってきた。彼女が言う通り、温もりがふたりの間に満ちている
人間の手は、やはり柔らかいですね
もし他の人が同じことを言ったら、軍人としては、相手が挑発していると考えるだろう
復元状況が予測よりも悪いですね。体表復元の温かさがありません
謝罪の必要はありません。仕方のないことです
人類の多様性を確保する観点からすると、遺憾ですが
次の瞬間、ハカマは突然、こちらの袖の裾を引き上げて、中の包帯を露わにした
予測した通りです。新しい傷ですね
改めて全身を検査します
人間の体はとても脆いのです。100%の確信が必要です
過去の記録と比較すると、腕の回転速度に少し変化がありました
あなたに関する全てのデータは独立して保存しています。秘匿は無意味です
状況はそこまで悪化しているのですか?
保全エリアでは、複雑に絡み合った不幸が数限りなくある
しかし、奇跡が起こるかどうかは別として、誰かが一歩を踏み出さなければならない。四方八方から飛び出してくる棘に構わず、行動を起こさなければ
長く歩いたので疲れたのだろうか。ゆっくりと地面に座り、手を土の中に突っ込んで、砂を握った
しばらくすると、ある物が目の前に現れた
顔を上げると、ハカマが心配そうにこちらを見ている
ハカマはただうなずいて、続いて絵筆を渡してきた
そして横に並んで座り、画用紙を開いた
ちらりと彼女の方を見ると、夜空の色で画用紙を埋めているようだ
同じように筆を走らせようとしたが、どうしても頭の中で響くあの騒がしい声を無視できなかった
筆のラインが乱れ、重なり合った
「なぜここを離れない?」「すでに存在しないかもしれない意義のために、地上の人々は一体どれだけの墓を掘るのだろう?」
……
はい
最初期はおそらく混乱をきたすでしょう
出発日が不確かなことを前提に、まずは残された人間を大量に改造しなければなりません
人類の心理面の問題が、空中庭園にとっても最初の難関です
推測の結果は冷酷だが、現実的でもあった
しかしそれは訊きたい内容ではない
それから、定住できる星を探す必要があります
また、他の文明と接触する確率を考える必要もあります
見知らぬ星の環境は、人類の文明を完全に異なるものへと発展させるかもしれません
既知とは退屈なことともいえる。想像する楽しみがないからだ
ハカマが星空が好きなのは、彼女自身は気づいていないかもしれないが、未知に対する憧れなのだろう
地球の神秘は、表面上最も豊かな時代であり、最も不毛な時代である黄金時代に一掃された
ハカマは、全てが網羅されたデータベースを手に、何の秘密もない大地の上を歩いている。まるで神話の中の神が自分の作品の中を歩いているように
それは変数がなく、退屈すぎて欠伸すら出るかもしれない
立ち止まらせることができるのはきっと、人間だけだろう
そして無数の未知を抱き、神でさえ触れていない遠い星空も
え?
ハカマはしばらく考え込んで、静かに答えた
微笑んで我々を見送ってくれるでしょう
母親が成長した子供を見送るように
悲しみはなく、ただ平和と期待、そして星の光で柔らかく照らされた顔。微かな笑みがハカマの顔に表れた
でも、記憶、希望はそのまま持っています。そして……
奇跡
これで十分です。はい。十分です
過去の道を失ったからといって、困惑することはありません
同じ家なのです。同じ星空の下で、いつかきっと再会できます
夜の風が丘を駆け抜けた。少女の笑顔を記憶の中に深く刻みこむ
奇跡。それは、幻のようでありながら、人間が生涯をかけて追い求める光でもある
雲に覆われた闇夜でも、星を探し求める人たちがいる
塗っている色が変わったことに気づいて、思わず近寄って見た
ハカマは慌てて紙の本を閉じた
日記はプライバシーです。閲覧を禁じます
……
先ほどの雑念の落書きがハカマの注意を引いたようだ。ページをめくった方がいい……
ちょっといいですか?
日記をつけているのですか?
彼女がこの言葉を待っているような気がした。ハカマは突然襲撃モードに入り、体を傾けて近づいてきた。白い帽子が視界を遮る。「作品」をハカマに完全に見られてしまった
なんと……シュルレアリスムのオートマティスムですか?
すぐにページをめくった。もしあの画用紙が自分のものなら、手持ちのアルミの手榴弾が役に立ったはずだ
ハカマは一瞬沈黙して、そしてゆっくりと画用紙を開いた。前半部分を強引に折り曲げて後ろに隠したため、一番上のページは見れなかった
それは、間違いなく世界政府芸術協会の興味を引くほどの、優秀な作品だった
ある意味、その独創性は空中庭園に収集されている作品と一線を画している
まあいい、少なくともお返しに、せめて難のないものにしなくては
そして、自分も画用紙に何かを書き留めようとした
……
……
次のページに描かれた作品は実はごく普通のものだった
ただひとりの人物が描かれていた。決して枯れることのないあの優しい笑顔が、鏡の中に映されたようにはっきりと描かれている
静かに時が流れていく……
朝の光が空を照らし、夜の終わりを告げた
ハカマと別れたあと、空中庭園に戻り、永遠のように思われた待機に入った
長い救援任務が終わると、全ての者は膨大な報告書の作成に追われるのが常だ
原因……見解……まとめ、よし、全部記入した。これで全ての報告書が片づいた
疲れた肩を動かし、個人端末をオフにして、椅子から立ち上がった
目の前の光景は、暇な時間にふとあの夜のことを思い出させる
ハカマは今何をしているだろう?まだ危険なエリアにいるのだろうか?あるいは空中庭園の方を向いて、星を眺めているのだろうか?
いずれにせよ、嵐が近づいてきている。今は最も静かな夜明け前だ
指揮官、輸送部隊の出発準備ができました
メンテナンスしたばかりの銃を取り出し、ケースに装着すると、個人端末を握った
洋服の裾を引っ張って軍服を整え、こちらに手を振っているグレイレイヴン小隊のもとへ向かった
最後の別れの時に交わした約束が頭をよぎった
地上に立つ銀色の少女は、星から視線を外し、大切なものへと視線を移した
彼女は、頭の中の映像よりも、あの肖像画の輪郭を優しくなでるのが好きだった
しかし紙の問題は解決できない。しょっちゅうさすっているので、すでにシワができている
後でもっと描こう。ハカマは画用紙を閉じ、丁寧に片づけた。これで休憩は終わりだ
湖のように澄んだ瞳で周りを見回す
たとえ見つからなくてもいい。期待はじわじわと内側に蓄積されていって、もう落胆するようなことにはならないだろう
星空の下を歩きながら、ハカマは漫画に出てくる魔法使いのように呪文を唱えた――
――同じ星空の下、私たちは再びまた出会う