Story Reader / Affection / セレーナ·希声·その3 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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セレーナ·希声·その5

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孤独なクジラが遥かなる海を泳いでいる

彼女は己が廃墟に佇み、荒野に彷徨う姿を見た

彼女は地球で何度も日の出と日の入りを、そして大地で森と山々が光に包まれるのを見た

彼女は大海原で色とりどりの雲が緋色に染まり、果てしなく海を翔けていくのを見た

彼女は幾度となく天を仰ぎ、月がその満ち欠けで生命の尺度を測るのを見た。そして沈黙が都市を覆い、音符が時を舞うのを見た

時計の針が激しく回り、悲喜劇の神々は仮面をつけて、黒豹に引かれて降臨した

迷える夢から覚醒する。嵐の後の天地を虹が彩る――

――セレーナ

試練の苦しみを超えて呼ぶ声は、虚無の幻夢を払い、眩い陽光の中で響き渡った

コネクトシステムの中で、新機体に適応中のセレーナは眉をひそめている。状況は芳しくないようだった

意識海の移植は終わった。過去に「授格者」を適応した機体のデータと比較しても、現時点では異常は見られない

ハムレットで「保存」したクジラの歌のデータに、意識海を安定させる効果があるとは予想外だったが……

ハムレットから取り出したデータの光点が形作るアヤメの花――それに保存されたデータを確認しながら、アシモフは考えを巡らせた

セレーナ

うっ……

人間でいうところの心電図は順調な反応を見せている。コネクトシステム内のセレーナの指が微かに動いた

[player name]……

瞳に艶やかな色彩が宿った

彼女の視界には、あの人がいた。いつも彼女を見守り、慰め、導いてくれるあの人が

その存在の温もりで、全ての苦しみは跡形もなく消え去った

コネクトシステムがゆっくり開いた。彼女はまるで水晶に抱かれて眠る、眠り姫のようだった。彼女は心待ちにしていた再会に心を躍らせるとともに「新生」に戸惑いを覚えた

手の平に冷たい感触が伝わってきた

彼女は優しく握り返した

……

この光景を幾度となく想像しました……

[player name]に会った時、第一声には何がふさわしいのでしょうか?

「初めまして」は少し堅苦しいですし、「こんにちは」はあまりにも平凡で……他にふさわしい言葉があるのかどうか……

彼女の声は、ヒバリの甘い鳴き声のようだった

ずっと心配だったんです。あなたに会う時、私の姿が情けなく、みすぼらしいものだったらどうしようと……

ですが「理想の自分」とは触れることのできない彼岸の存在

セレーナは自身の肩の「傷跡」に気付いたようだった

そんな都合がいいことは起こらないでしょう?ちょうどいい時間、ちょうどいい場所、そしてちょうど「完全」な私……

機体を交換する前、こんな私をあなたに見せていいのか悩んでいました。でも……

微笑みを浮かべながら、彼女は目の前の人の両手をそっと握り返した

気付いたのです。私が望んでいるのは……ただあなたに会うこと

あなたに会いたいがゆえに、心配が尽きなかったのです。でも、擦れ違うことを心配するくらいなら「不完全」な姿でも、あなたと会う方がいい……

さっき目覚めた時、初めて目に入った人がコンダクターだったことが、すごく嬉しいんです。「完全な自分」へのこだわりを捨てられてよかった……

……この瞬間をずっと待っていました、[player name]

時間がふたりの間を静かに通りすぎていく。セレーナは囁くように、手紙には綴れなかった物語を話し始めた

彼女は地上で見た光景を語った。月明かりの下でひとり雪原を彷徨った夜、満天の星々、古びた手帳に書き留めた詩の一節……

……ちょっといいですか?

機体の適応は完了しましたが、説明しておきたいことがありまして……

あっ……ご、ごめんなさい!

ふたりきりの世界から突然現実に引き戻されたセレーナの頬が紅潮した

いえ、こちらこそすみません……コホンッ

スタッフは報告書を取り出して、簡単な説明を始めた

ハムレットの中のデータを使って調整した結果、あなたの意識海は非常に安定しています。改造した機体への拒絶反応も見られません

ただ……幻奏をベースにした改造とはいえ、機体の開発期間が限られていて、機能を最優先したために機体の「外観」まで手が回りませんでした

スタッフはセレーナの肩の「傷跡」を指差した

コアと意識海をこの機体に無事に移植するためには、これしか方法がなかったんです。見た目よりも、実用性の方が重要なので

今は芸術協会ですが……元科学理事会二部所属のレオニーは反対して、我々と何度も議論を重ねました。結局、彼女が妥協せざるを得ませんでしたが

芸術協会の意向に沿えば、この機体のデザインはまだ完成していません。これから少しずつ修正していけばよいかと

今のところ、伝えておくことはこれくらいです。質問がなければ、もうここを出ても大丈夫ですよ

スタッフは丁寧にふたりを実験エリアから「退出」させた

科学理事会の玄関前で、顔を見合わせたまま立ち尽くした。セレーナは小さな笑い声を漏らした

……ふふっ

なんて……ドラマチックなエンディングでしょう

あなたと一緒に空中庭園を散歩しながら、過去の物語を話したいのですが……

機体の適応が完了したら軍に報告するように会長から言われているんです。色々と知りたいことがあるのでしょう

大丈夫です。お決まりの調査のようですし

私の住所は知っていますよね?……会いに来てくれますか?

セレーナは無意識に肩の「傷跡」に手をやり、優しく微笑んだ。そして、振り返って軍の建物に向かった

セレーナが言った通り、それはごく簡単な調査だった

セリカの話によると、セレーナの過去の功績と機体の特殊性、更に芸術協会の保証もあることが功を奏したようだ

彼女を改造した「代行者」について何も知らず、意識海を改ざんした形跡がないことを確認すると、監察院は本件を保留した。彼女は定期的な報告が求められただけだった

急ぎの仕事が終わり、ちょうど科学理事会に頼んで探してもらっていた物を受け取った。窓の外の天気がいいのを見て、今日セレーナに会いに行こうと決めた

手紙に書かれた住所を頼りに、居住区にあるセレーナの家を見つけた

呼びかけに返事はなかった。分厚いドアが中の音を遮断している

しばらくして、ドアがそっと開いた

……[player name]?

深い青髪の少女が、驚きと喜びの表情でドアの外を見つめていた

必ず約束を守ってくれると信じていました……どうぞお入りください

彼女は体を横にずらして、自分を迎え入れた

シンプルで居心地のいい部屋だった。テーブルの上に飾られたバイオニックブーケの中央にカードが挿してあり、そこには鮮やかな色彩でこう書かれていた

おかえり、セレーナ!――アイラ

アイラが送ってくれたんです。彼女がとても嬉んでくれたので、私も嬉しくて……

自分の視線がバイオニックブーケに留まってることに気付き、セレーナはお茶を淹れながら嬉しそうに言った

セレーナが機体を交換したあと、何人かに頼んでやっと手に入れた「プレゼント」

プレゼント……

彼女の澄んだ瞳が期待で輝いた

箱には、バイオニックスキンの修補用特殊テープと特殊塗料が入っていた

これは……

これらは表面を「修補」するだけで医療効果がなかったために開発後に破棄されたものだった。たまたま物資を点検していた時に、報告書でこれらの存在を知った

あらゆる部署に申請し、何とか構造体の役に立たないとされたこれらを手に入れた

彼女が気にしている「傷跡」を隠すことはできる

……

柔らかな髪が垂れて、少女の横顔を隠す。薔薇色の光が窓から差し込み、彼女に眩い光を纏わせた

この感動を、どう言葉で言い表せばいいのか……

彼女は静かにこちらに歩み寄ると、優しく抱きしめた

こんなに気にかけてくださるなんて……ありがとうございます、[player name]

いえ……

芸術協会にお願いするより、あなたと一緒にこの機体を完成させたいです

彼女は体を横に向けて、柔らかな長い髪をかき上げ、腕と肩の「傷跡」を露わにした

バイオニックスキンに覆われていない傷跡から、内部の機械構造が覗いている。まるで割れた陶器が彼女の肩と合体しているようだった

痛くないですし、何の影響もありません

生き延びるための代償がこれなら、奇跡の傷跡と言ってもいいくらいです

この傷跡とともに生きる覚悟をしていたのですが、まさか……

陽の光が心の深淵を温かく照らした

説明書に従って、セレーナの助けを借りながら肩の傷を覆った

バイオニックスキンに触れると、少し冷たかった。伸縮性の高い金属のような素材が人間の体温を帯びながら、少女の肩にまとわりつく

慎重に傷跡を覆い、できるだけ完璧に仕上げようとした。セレーナは頭を少し傾けてじっとしている。深い色の長い髪が自分の指をなでた

……すごい!傷跡がわからなくなりました!

彼女はとても嬉しそうに肩を覆っている皮膚を眺めた

これはバイオニックスキンの色に合わせて作られているが、それでも元の肌の色とは少し違っていた

芸術協会に頼んで、塗装用の特殊塗料を買ってもらった。この塗料で継ぎ目に模様を描けば、傷跡も継ぎ目も完全にわからなくなるはずだ

特殊塗料の缶を開け、筆に塗料をつけようとして、ふとためらった

私も何も思いつきません……

まず紙に下描きしてみませんか?

セレーナはテーブルの上に紙を広げた。自分の隣に立ち、筆を持って一緒に考えた

セレーナの髪飾りを見て、ふと「インスピレーション」が湧いた

では……花はどうですか?

「金と銀のブドウで飾り、葉と銀色のアヤメを添えて……」

少女の優しく柔らかな視線が紙の上に留まっていた

筆が滑らかな曲線を描き、何度も曲がったあと、ついに銀白色の模様が完成した

想像通り……

彼女は光に向かって紙を掲げ、白い花が陽光に照らされて咲き誇る姿を眺めた

これを機体に描いてください、[player name]

セレーナは静かに椅子に座り、指揮官は彼女の後ろに立った。彼女の肩に、<M>彼</M><W>彼女</W>らがともに創り上げたデザインを描いていく

向こうを向いているせいで、彼女が指揮官を見ることはできないが、肩に優しく触れる筆先を感じることはできる

まるで春のそよ風が肌をなでるように、バイオニックスキンの上を筆がなぞっていく

彼女は後ろに立つ人の真剣な眼差しを想像した。<M>彼</M><W>彼女</W>が自分の肌に神経を集中させ、華やかに花を咲かせる姿を……

泉と川が出会い、川と海が抱き合う。空の風はいつも甘美な優しさを運んでくる

両腕に花と枝が描かれ、傷跡をきれいに埋めた。それとともに、魂の傷も癒された

[player name]……?

いえ、何でも……

大丈夫です、時間はたくさんありますから

温かい声を聞いて、セレーナは心の底から安心した

穏やかな光が差し込む部屋の中、全ての瞬間があまりにも感動的で、彼女は少し不安を覚えた。恐る恐る、その存在を確かめたくなったのだ

夢じゃなかった……よかった

特殊塗料はバイオニックスキンに密着した修補用テープに馴染み、僅かな肌の色の違いを完全に覆い隠した

完成したのですか?

抑えきれない気持ちが迸りそうになり、セレーナは唇を固く結んで肯定の返事を待った

最後のラインを描き終えると、彼女の肩に美しい花が咲いた

……

セレーナは鏡に近付き、そこに映る少女をじっと見つめた

美しい模様が両腕を伝い上がり、傷跡を完璧に隠している

セレーナは言葉を口にできなかった。言葉がどんどん色褪せ、彼女の想いを表現できなくなっていた

彼女の意識海はかつてないほどに安定していた。もちろん、それは機体に描かれた白い模様のお陰だけではなく、彼女の一挙一動を気にかけてくれる人のお陰……

まったく変ではありません、完璧です

すごく気に入りました……

スカートの裾を軽く持ち上げ、彼女はその場で軽やかに回転し、「新しい」機体を見せた

まるでアプロディーテーの魔法みたいです……

全てが幻想的で美しかった。しかし、降り注ぐ陽光、窓から吹いてくるそよ風、肩の模様の触感――どれもが現実に存在している

傷ついた魂が優しさで満たされ、彼女はついに楽園に戻ってきたことを実感した

セレーナの希望に応えて、端末で彼女の映像を残した。ルールに従って、機体の改造を軍に報告する必要がある

機体の型番を記入したのち、「機体名」の欄でセレーナの手が止まった

この機体には……まだ正式な名前がありません

科学理事会では、この機体を前と同じように幻奏と呼んでいました。私も機体名について、特に深く考えていませんでしたが、今は……

新しい名前をつけたいと思います

彼女は肩の花の模様に触れた

[player name]、何かいいアイデアはありますか?

視線が部屋を彷徨い、テーブルの上の楽譜で止まった。頭の中でクジラの歌が響き始め、かつて目にした九龍の古語が記憶の奥底から静かに浮かび上がってきた

大音希声、大象無形……

セレーナは復唱した

コンダクターも九龍の書物を読んだことがあるのですね?私もこの言葉を知っています

美しい音楽ほど、より遠くで静かに響く。「希声」は「無声」を意味し、芸術は感覚を通じて理解することで初めて自然と一体化するのです

窓からのそよ風でなびく髪を押さえながら、セレーナは微笑んだ

「希声」すなわち「無声」……

この機体を「希声」と名付けるのはどうでしょう?

もしかして……「犠牲」のことですか?

そんなことは気になりません

「地獄の試練を経験してこそ、天国を創造する力が得られる。血を流した指のみが、傑作を演奏できる」……以前私たちが手紙で語ったことを覚えていますか?

構造体になる決断も、宇宙ステーションに足を踏み入れたことも、私は一度たりとも後悔したことはありません

だからこそ、この2文字には私にとって深い意味があるのです

私を守るために犠牲になった人たちがいる、だから……

宇宙ステーションの人々が、自身の体で彼女のために道を開いてくれたことを、彼女は決して忘れることはない

もし……もしいつの日か、世界が私の「犠牲」を必要とするなら、私は迷うことなくこの身を捧げます

だって私は知っていますから。文明の花の種は、未来の地でより鮮やかな花の海を咲かせると……

少女の瞳は優しくも強く、真剣な光を放っていた

……例え話ですよ

だから、私はこの名前が結構気に入っています

彼女は、丁寧に機体名の欄に「希声」と記入した