Story Reader / Affection / セレーナ·幻奏·その4 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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セレーナ·幻奏·その6

巨大で冷たい機械は語ることをやめなかった

――我を過ぐれば憂ひの都あり

――我を過ぐれば永遠の苦患あり

――我を過ぐれば滅亡の民あり

――「芸術」は尊きわが造り主を動かし

――「無邪気な予言」、「残酷なる餌」、「最初の愛」が我を造れり

――永遠の芸術のほか物として我より先に造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ

――汝等此処に入るもの……

「ハムレット」が唱える台詞が急に止まった。劇の終焉の言葉も唐突に止められた

「ハムレット」が唱える台詞は未知のプログラムエラーが起こったように、急停止した

だが続ける必要もない。自分はその物語の結末をすでに知っている

――少女は希望で胸を貫き、大きく開きかけた地獄の門を再び閉じた。そして彼女自身は門の背後の永夜に残った

行き場のない感情が限界に達した。酸素を失って消えた蠟燭のように物語がぶつりと強制終了され、データで構築された世界は即座に後退し、消えた

体の感覚が再び戻った時、手のひらに痛みを感じた。両方の拳を強く握り続けていたせいで、食い込むほど手のひらに深く赤い跡が残っている

心を持たない機械はデータの花の情報を摘み取り、脚本を作ってシナリオを編集した。更に全てのシーンにオープニングとスピーチも加えて劇を編んだ

だが、先の経験は作られた物語と思えないほどリアルだった。劇というより赤潮の中で散らばった少女の記憶の投影、あるいは四方に散る神秘的なクジラの歌の解釈のようだ

期待、思念、悔恨、悲憤、絶望……物語を通して伝わってきたのは残酷なほどリアルな少女の感情だ。複雑な気持ちに囚われ、息が苦しくなるほどに

自分でも気づかないうちに、あの異合生物の中に閉じ込められた人形の本当の正体をわかっていたことを、改めて確信した

有名だった若いオペラ歌手で、自ら改造を受けた考古小隊の構造体……

――あの花と虹の名で、自分と長い間手紙のやりとりをしていた少女

もし少女の一瞬の幻夢のように、すれ違いにならなければ、あの時の自分は何を話し、何をしていただろう?

神々も過去を変えることはできず、これも無意味な想像だ

だがそれでも「物語」の自分は少女の記憶のペースに合わせて、それらの色褪せた歳月を再び歩いてきた

演出を中断された「ハムレット」は首を垂れた。精巧なアヤメを手に取ると、花弁の紋様の間をデータの光がキラキラ輝きながら流れ、とても美しい

これは自分のものではなく、謎の人から一時的に借りたものだ

その時、「ハムレット」は急に低い声をあげ、ステッキを持った右腕をゆっくりと上げてある方向を指した

金色の指先が指しているのはオペラハウスの舞台だ

この時、エデンは夜で、人々は深い眠りにつき、広いオペラハウスには誰もいない

舞台の真ん中のスポットライトは誰かが近づいてきたことを感知し、急に明るくなった

舞台にぐるっと回ると、重なったカーテンの後ろに一冊のノートを見つけた

それは古い木製スツールの上に置かれ、誰かが練習の合間に書き、慌ただしくまた置いていったように見えた

視線の死角、スタッフに忘れられた出番のない舞台道具と一緒に片隅に置かれている

思わず手を伸ばしてそれを取った

クラシックなデザインの革の表紙、四角に刻まれた金色のアヤメ

ノートを開くと目に飛び込んできたのは見覚えのある花文字だ。ある箇所のインクは濃く滲み、何かを考えていたようだ。執筆者はこの部分で長く考え込んでいたのだろう

ノートの扉に1行の文が書かれている

Ad astra per aspera.

単なる劇作の記録というより、さまざまな内容を書いた旅行記のようだ。ページの間にもいろいろな物が挟み込まれていた

――若い劇作家のアイデアメモ、劇の鑑賞後の半券、見学の時に書き留めた知識、興奮して書いた詩、好きなレコードに収録された曲目

違う色のインクで書き写したアリアの歌詞は彼女が書く勇者の冒険のイメージのインスピレーションとなったようだ

たとえば旧時代の人間の勇気に対する驚き、宇宙を旅する人の時空を超えた挨拶

ゆっくりとページをめくると、1枚の写真があった

これは夜のアヤメの花畑の写真だ

温室でしか見たことのなかった花が、こんな荒れた大地で生き生きと咲けるとは、一度も考えたことがなかった

写真の裏にはメモがあった。これは考古小隊の構造体の先輩から得た情報。こんな美しい場所が地球のどこかにある

――機会があれば、本当に見てみたい

少女は自分の願いも書いていた

――今のあなたは願った通り、ホログラフでしか見たことない美しい景色を、全て自分の目で見た?

それよりもいつかのためのダンスのステップを事前に練習した方がいいかもしれない

あの幻のクジラの歌が続く限り、その足取りを追っていこう

川が再び流れ、花が再び咲き、出会いが別れを上書きする時、約束は必ず果たされる

アイリスが言ったように、どんな形であれ、人は希望に満ち溢れた道を永遠に歩いていく

あの力強いアヤメは、今はどこまで進んでいるのだろう?

――もしいつか私が地球で歌ったら、誰かに歌声が届くかしら?

――歌声をたどって私を見つけてくれる人は、いるのかしら?

絶対にいる

流れた歳月の中で少女の疑問に答えるかのように、小さくつぶやいた

空中庭園、スターオブライフの消毒ステーション――

これは?

この前の救援作戦で回収してきた物だ。これはもう消毒の確認検査を通ったから、持って帰っていいよ

……たくさんの認識票だな……え、これは……手紙?

今の時代、こんな古い方法を使う人がいるなんて思わなかった

ああ、認識票を回収した時、この手紙がいくつかの認識票と一緒に置いてあったんだ。誰かの形見かな?

待ってくださいよ、後ろに送り先が書いてある

見てみよう……

……[player name]?

劇場の廃屋では結局汚れた数枚の紙しか見つけられなかった。書くためのインクもほとんどない。何よりこれまで見てきた美しい景色と心を巡る感情は数行では書ききれない

だから、手紙の内容は短い座標がたったひとつだけ――

彼女は満開のアヤメが咲く川の岸辺に手紙をそっと置いた。やがて、風の使者がそれを彼方へと運んでいった