Story Reader / Affection / 曲·啓明·その5 / Story
曲と一緒に、空中庭園の高層部にある天文観測所までやってきた
地上の施設に比べると、ここは外殻を成す構造のようなものだ。ここに上がってくるだけでもかなり大変だった
エレベーターに乗ったのにこんなに時間がかかるとは。ですが、ぐっと宇宙に近付いたのではありませんか？
天文台は密室にあるので、安全面は心配いりませんよ
おふたりとも、中へどうぞ。ここが衡杼先生が設計した天文観測所です
想像していたよりも質素ですね
曲が話している最中、こちらのお腹が急に「グーグー」と悲鳴を上げた……
朝食を摂っていないのですか？
なるほど。つまりあなたの中での優先順位において、私はかなり上なのですね。少なくとも、朝食よりは
曲はキューブ状の飴を取り出すと、ゆっくりその包み紙をはがした
麦芽糖の飴です。九龍の銘菓で、子供たちに大人気のおやつです
飴は子供が食べるという決まりはありません。さあ、お食べなさい
触る必要はありません。口を開けて
曲は片手をひょいと上げて、飴を自分の口にポイッと放り込んだ
ふと見つめ合った瞬間、曲の顔が少し赤くなった。彼女の透き通った瞳に自分の姿が映っている
味はどうですか？
九龍の味は期待を裏切りません。ましてや、私が食べさせたのですよ
このようなこと、誰にでもはいたしません。[player name]、もっと喜ぶ顔をしては？
私の伴侶なのですから、もっと自分の体を大事にしなさい。人間の体は非常に弱いのですから……
飴をなめていると、ロボットがゆっくりとこちらに移動してきた
あら、君が来たのね！
オ客様、ハジメマシテ。私ハ天文観測所ニ所属スル「ロボットA」デス。有効ナ機能ハ以下――観測、識別、描画……
ロボットAが言い終える前に、キキはその頭部をチョンと足で蹴った
「ガシャ」という音を立ててロボットAの腹部の鉄扉が開き、熱を帯びた数枚の観測図が吐き出された
違いますよ、このロボットはこういう構造なんです。ボタンが効かなくなっちゃってこうするしかないんです
強引ナ実行ハオススメシマセン。機械ノ故障リスクガ高マリマス！
閉じる時も開ける時と同じ原理ですか？
はい、大体同じです
曲はロボットAをコツンと蹴って、ロボットAのお腹の蓋を閉じた
さすが姉弟子、習得がお早い
キキ、それが観測装置が撮影した星図ですか？
はい。ただカメラが濃い霧に覆われていて、鮮明ではありませんけど
そのロボットの問題ではないのですね？
それはありません。視覚画像処理機能は天文観測所の外に設置されていて、ロボットはただデータ受信とプリンターの役割を果たしているだけです
そうだとしても、一度自分できちんと確認してみなくては
曲は観測所の中央にある操作台の前に行くと、慣れた手つきで操作して内部のホログラフィックを起動させた。そこに投影されたのは星空ではなく、真っ暗な映像だ
恋人たちが来ないのも一理ありますね。真っ黒なただの暗闇にロマンチックな感傷はありませんから
そうなんです。投影が使えなくなって、研究作業だけじゃなくデートの雰囲気もぶち壊しです
内部の故障なら、もちろん対応できます
ただ、今回故障したのは外部なんです。空中庭園の外部構造へ行って損傷したパーツを取り外し、新しい光学パーツに付け替える必要があります
いつもならこういった外部作業は、工兵部隊に任せているんですけど
空中庭園の重力システムの年次定期メンテナンスで、数日前から工兵部隊は総出で人がいないとかで。少なくともまだ数カ月はかかるらしいんですよ
空中庭園も人手不足の問題に直面しているのですか？意外ですね
助力を申し出たからにはやりましょう。ここから外部構造までは登れるのですか？
登れますが……修理箇所はほぼ真空状態で重力の影響を受ける最外縁にあるんです。隕石群が通ったり緊急制動がかかったりして、かなり激しい揺れが生じることもあるので
キキ、私の体は人間の肉体とは違います
その程度なら、私には問題ですらありません
更にいえばこの観測装置は恩師の遺産でもある。このまま捨て置く訳にはまいりません
あなたには先生の遺志を継いで天文学の研究を続け、これらの資源を未来の探索に役立てていただきたいのです
あの時は先生が私を助けてくださった。私もできる限りあなたを助けましょう
姉弟子、ありがとうございます。その言葉のお陰で迷いが吹っ切れました
ただ、その機械の交換にはふたりの人手が必要なんです
ふたり？
ひとりが自動的に閉じてしまう外殻を支え、もうひとりが交換作業を行うという手順になっているので……
……私が、一緒に行きます！
戯言はおやめなさい、そのように小さな体では立つことさえ難しいでしょう
[player name]、いくらあなたが首席でも、あそこは人間が行動できる場所ではありません
厳しい訓練を受けて普通の人間より強靭な肉体を持っていようとも……
人間の「機能」という点から考えても、この作業はあなたには危険すぎます
伴侶であるあなたを、危険な目に遭わせるのはしのびないですし……
……とにかく、あなたの提案には賛成しかねます
パスワードを入力すれば、自動ロック状態にすることはできます。でも……
その箇所も電子パーツの故障でショートしてしまっていて
今は人の手で、手動モードで観測装置の外殻を開けるしかないんです
厄介なのは、誰かが人力で支えておかないと、手動モードでの起動を感知した10秒後には扉が自動で閉鎖されてしまうんです
感知式の蛇口と同じ原理ね？さすが空中庭園の技術力ですね
24時間です。なので今日失敗したら、次は明日まで待たないといけません
用意周到で安全なシステム設計は往々にして、ひとたび故障すると悪夢の始まりとなるものです
外部構造に酸素は？
ほとんどありません。古いタイプの携帯式酸素生成装置ならありますけど、これがまたすごく効率の悪い装置なんです
もともと人用に設計されたものではないので。人間がこの酸素生成装置を着用したら、不快感がすごいと思いますよ
まさに八方塞がり。可哀想なほど惨めな状況ですね
呆れた……どうしても一緒に行くつもりですか？
首席として類いまれなる勇気を持ち合わせていることは認めます。ただ、得てしてそれは蛮勇ともなりえるもの。冷静にお考えなさい
今一緒に行かなかったとしても、私のあなたに対する想いは変わりません
内弁慶もとい、子供が強がっているようにしか聞こえませんけれど……ふふ、まあいいでしょう
その意気やよし。好きになさい
私と一緒に上がって装置を修理に参りましょう
キキ、どんな準備が必要ですか？
姉弟子は軽装備で問題ありません、首席は作業服が必要ですね
装備室に案内します。確か置いてあったはず
でも、あまり期待しないでくださいね……研究費不足なので、たいして役に立たない古いものしかないんです
セリカさんがもっと予算を割り当ててくれたらな……
「どこも厳しいんです」とか何とか言って、いつも煙に巻かれちゃうんです
安心しなさい、私がいますから必ず無事に戻れます
たとえ私自身が危険にさらされようと、あなたの身は必ず守ります
私が、約束します
