ヒールがカーペットを踏む音が響く。見慣れた通路は、血と残骸に覆われている
ほどなくして、女性は足を止めた。彼女は手品のように金縁の黒いカードを取り出し、それを使って実験室のドアを開けた
ドアの向こうの広大な実験室の存在を知らない人は、ここをロプラトスホテルのVIPスイートルームだと思うだろう
認証が完了しました。ようこそ
ただいま
リリスが実験室に足を踏み入れると、自動消毒装置が起動し、スプレーを噴射する規則正しい音を立てて、リリスを迎えた
まあ、なんて冷たい……
暗闇の中で電源を入れると、奥に配置された10数台のモニターが一斉に起動し、冷たい光が天井から部屋いっぱいに広がった
彼女はオフィスチェアを引き寄せて座り、角度を調整して両足をデスクの縁に乗せた。そして、デスクの上の資料を手に取った
冷たい明かりが金属でできた機械を照らし、実験室のメインコンピュータは冬眠を終え、徐々に活力を取り戻していった
次の瞬間、彼女は資料を無造作に空中に放り投げ、紙が四方八方に散らばった
親愛なる叔母さん……あなたが最後に垂らした釣り針は、一体何を捕らえようとしているのですか?
リリスがチェアを正面に戻すと、モニターには仕事の開始画面が表示されていた
「仕事」を始めようとしたその時、モニターにぼんやりとした人影が映った――恐らくどこか他の入口だろう
すると次の瞬間、激しい揺れが起こり、大理石と看板が防犯カメラの前に落下した。一瞬にして監視モニターにはノイズしか映らなくなった
入口D
入口D
壁の崩壊によって巻き上がった砂埃が、一時的に視界を遮った
入口の方を振り返ると、真っ白な大理石が砂埃で灰黄色に染まり、先ほど入ってきた入口をしっかりと塞いでいた
最初は偶然だと思ったが、無理やりドアを開けたことで、すでに損傷していた構造が更に壊れてしまったのかもしれない
崩壊した大理石の瓦礫に近付くと、中から微かな電子音が聞こえてきた
ごく小さな隙間から覗くと、電子音の正体を見つけた――防犯カメラだ
ここの防犯システムがまだ作動しているのかどうかわからない。できる限り動きを小さくした
>>>>>>>>衛星信号で位置特定中……
>>>>>>>>位置特定エラー
>>>>>>>>パニシング濃度再測定中……
>>>>>>>>測定結果:やや低い
しばらく待っても状況は変わらなかった。電波状態を表すアイコンは反応せず、大きなエクスクラメーションマークが表示されている
調査隊が廃墟と化した建築群を発見した。パニシングを測定した結果、濃度が低かったため中に入り、これから始める調査の準備をするところだった
それが、まさかこんな事態に陥るとは
独り言を呟きながら振り返ると、近くで機械が作動する音がした。まるで部屋全体をノイズで満たそうとしているようだった
退路が封じられている今、他の出口を探すしかない
そう遠くないところから、大きな物音がした。それに反応して、男性構造体は即座に入口のドアを押し開け、武器を構えた
彼は埃を払い、音がした方向を狙った
別の出口があるようだ。彼は頭上高くにぶら下がるアルファベットの「C」を見上げた
視線を円形の娯楽ホールに戻す。初めてここに来た時に見たものとは違い、巨大なドームに覆われていなかったが、内装から似た建物であることがわかる
逆元装置が搭載された部位が痛み、彼の置かれた状況を思い出させる
あのクソったれの嘘つきどもめ……
何事にも代償はつきものだ
彼は今、「闇」から逃げ出すための代償を払っている
噂通りなら、ここで痛みを和らげる方法を見つけられるかもしれない
そう考えて、構造体は自分を奮い立たせた。そして、彼は何が起こったのかを確かめるために、音がした場所に向かおうとした
しかし、彼が振り返った瞬間――別の方向から足音が聞こえた
人間は素早く周囲を見回し、身を隠す場所を探した
誰だ!?
チッ……気付かれたか……
人間は腰から銃を抜き、ダウンフロアの娯楽エリアに滑り込み、物陰に身を潜めた
出発前、この人間――ラビオは、予期せぬ事態が起こるような気がしていた。しかし、あの変わり者の同僚は、自信満々に「徹底的に調査済みだ」と答えたのだ
そして結局、誰もいないはずの廃墟に離反構造体がいた
――帰ったら、絶対あいつにこの借りを返してやる
人間はそう考えながら、黒野の紋章がついたIDカードを外した
大柄な構造体は隠れる様子もなく、恐ろしく重い足音を響かせながら、人間の方へと近寄ってきた
キーン――
その後、ハウリングが響いた
天井の上の方から獣のような唸り声が聞こえ、その後、スライドレールが動く音がした。自分と近くにいる構造体はその音に気を取られた
轟音を立てながら、分厚い鉄の壁が勢いよく下りてきた
クソッ……
倒れたテーブルの後ろから男性の声が聞こえた。壁が完全に下りる前に素早く覗き込み、もうひとりの侵入者の姿を記憶に焼きつけた
成年男性、大柄……頭部には半分折れた逆元装置がある
――離反構造体だ
こちらの姿を見られずに済んだことに安堵する間もなく、鉄の壁が地面にぶち当たった振動が足下から全身に伝わってくる
驚愕しながらも、冷静に状況を観察した
鉄の壁から鈍い衝撃音が響く。壁の向こう側から声が聞こえるが、何を言っているのかはわからない。周囲には、押し潰されたテーブルと椅子の破片が散らばっていた
先ほどの入口付近の瓦礫も巨大な力で破壊されていた。両側に立つ壁は中心に向かって傾き、三角形のエリアを形成していた
まるで切り分けられたケーキのようだ。幸い、自分と離反構造体は壁で隔てられていた
理解不能な状況の中、キーンという音が静寂を破った
皆さん、ようこそ!
上から声が聞こえてきた。上を向くと、天井に丸いスピーカーがあった
ロプラトスを訪れるのは初めてですか?あるいは常連の方もいらっしゃるでしょうか?
いずれにせよ、今ここに立っているということは、数多の試練をクリアし、最終ステージにたどり着いたということ……
崩れたドームを探索している間に試練やトラブル等はなかった。アナウンスは一見煽るようだが、空虚な男性の声から察するに録音されたものだろう
皆さんを無理やり引き離してしまったことをお詫びいたします。しかし、これもこの素晴らしいゲームの一部……
皆さんは、この最終ゲームでロプラトスの偉大な鍵を手に入れるのです。もちろん、自由を取り戻す方法も……しばらくの辛抱ですよ
肝心のゲーム内容を早く知りたいですって?では、近くにある彫像をご覧ください
テーブルの近くに、女神の胸像が目立つように置かれていた
翼を持つ女神はルーレットを抱えている。両手で持ち上げてみると、中は空洞になっており、かなり年代物らしきリストバンド式の端末が置かれていた
素晴らしい、もう発見されたのですね!それでは、それを起動させて身に着けてください。装着は強制ではありませんが、肌に優しい素材ですので腕が傷つく心配はございません
リリスがこの小賢しい声を聞くのは初めてではない
彼女は彫像を壊し、端末を取り出した。画面には見慣れた3つの手の形が表示された――
グー、チョキ、パー
じゃんけんでしょうか?
引き続き、画面にルールが表示される――
グー、チョキ、パーの3枚のカードからランダムに2枚が選ばれ、そのどちらかをあなたが選択します
同時に3種類のカードが出た場合は、一番多いカードが勝ちとなります。ラウンドが進む度に、ペナルティが増えます
ゲームは1時間ごとに1ラウンド行います。参加せずにギブアップするとペナルティが課せられます
他のプレイヤー全員が選択を終えると、最後のひとりは10秒以内に参加するか否かを決めなければいけません
リリスは端末の画面下部にある金属フレームをなで、そこに刻まれた小さな文字を見つめた
――自由は勝者の手に
自由を手に入れるための殺し合い……
ふふっ、あなたが好きそうな選別方法ですね
彼女は端末を手に取り、部屋のドアを開けた
暖かい黄色の光が差し込む。彼女は目的地への道を思い起こした
他のプレイヤーは、もう全員テーブルについているようですね。あなたとの最後の思い出に……私が参加しない理由はありませんね?
ルールがわからなくても、トライアルラウンドがありますのでご安心を!端末のマイクから交流できますので、後はご自由に。では、ごきげんよう――
アナウンスの口調がどんどん速くなり、最後に「丁寧」な別れの言葉が響いたあと、周囲は静寂に包まれた
腕の端末に3枚のカードとカウントダウンが表示されている。現ラウンドの残り時間のようだ。5つのシルエットはプレイヤーの人数を示しているのだろう
端末を注視した。右上には電波強度のような表示がある。そのマークの端にXが表示されているが、何を意味しているのかわからない
ゴホン……
少し太めの声が響いた
交流ってこれのことか?
応答した人物は、少し軽薄な話し方だった
そうです。いつでもパブリックチャンネルで会話ができます
個別にはしゃべれないのか
カードを出したあとはできません
どうして知ってるんだ?
私はロプラトスの代表としてゲームに参加しています
あなたたちが勝つには、まず私に勝つ必要があります
いい提案ですね。私も参加者の名前を記録する必要があるので
突然、全員の間に沈黙が広がった
再び沈黙が訪れた
再び沈黙が訪れた
あー……ラビオと呼んでくれ。2番だ
彼は少し考えてから自分の「名前」を言った。この状況で本名を隠すのは理解できる
フォークナー、3番だ
さっきお前を見たよ、デカブツ
フォークナーはラビオの言葉を無視した
1番プレイヤーのグリースです
偶然の同姓同名か、それとも別の……
端末の表示からすると、まだひとり現れてないんだな?
あのギロチンみたいな壁に押し潰されたか?
いいえ、違います
ただ状況を整理するのに少し手間取ってしまって
少し笑みを帯びた女性の声が端末から響いた。最後の参加者が到着したようだ
エレノアと申します。皆さん、よろしくお願いしますね