前方の道も、隣の人の声も奪ってしまうほどの激しい吹雪の中――
青い光が瞬き、白い世界にふたりの影が現れた
うっ……ここは……
吹雪に言葉を遮られながら、彼女は反射的に隣を見た。長い月日の間に、その存在がいつも彼女の側にいることに慣れていた
一面が白い世界に覆われ、何も見えない。彼女はこの世界に自分だけが取り残されたように感じた
突然、胸に不安が突き上げてくる。ワープにトラブルがあったのかもしれない
「グレイレイヴン」?
聞き覚えのある声を耳にして、イシュマエルの緊張が解けた。彼女の心の動きに呼応するように、周囲の吹雪も穏やかになったように感じた
――いいや、気のせいじゃない
吹雪は確かに穏やかになっている
赤い何かが指先を掠めた。イシュマエルは少しずつ開けていく視界の中で、その緋色が雪に混じりながら静かに広がっていくのを見た
「0号物質濃度の上昇を検知しました」
タイムワープ子機が警報を発した
パキッ――
まるで鏡が割れるように、周囲の空間に亀裂が走った
「グレイレイヴン」、手を出して!
記憶の中のあの日の光景が、再びイシュマエルの目の前に蘇る
悲鳴、爆発音……血しぶきが壁に飛び散り、仲間の瞳から生気が失われていく
すぐに戻らないと!
イシュマエルの顔には、はっきりと焦りの色が浮かんでいた
だが、この時――人間は冷静さを取り戻した
身勝手かもしれないけど……
イシュマエルを……助けてくれる?
緋色がどんどんと広がり続けている。懲戒者の存在に比べれば、ここにあるもの全ては無に等しい
人間は決意を固めた
まさか、食い止めるつもりですか?
ふたりの中で、過去のさまざまな光景が走馬灯のように駆け巡った
なら、私が残ります。あなたが戻ってください
彼女は微かに震える手を伸ばし、「グレイレイヴン」の指先を掴んだ
その激しい声にイシュマエルは身を竦ませた。「グレイレイヴン」のこんな厳しい声色を聞いたのは初めてだった
しかし、その声は不思議なほどに優しい響きを含んでいた
「グレイレイヴン」が手に何かを押し込んできたが、イシュマエルにそれを確かめる余裕はなかった
……これは、別れの言葉ですか?
別れの言葉もなく流れ去った時間を……仲間を、私はたくさん見てきました
あなたまでそんな風にいなくなるなんて……耐えられません
……
また会えますか?
……待っています
空間の亀裂がどんどん広がっていく。懲戒者が両手を差し込み、裂け目を広げているのが微かに見えた
雪原に僅かな青い光が走る
懲戒者が雪原に足を踏み入れた時、その視界に入ったのはひとりの人間と、タイムワープ子機から発せられる赤い光だけだった
これで、この空間の痕跡は混沌とし、懲戒者が「雪原の足跡」を見つけることはできないだろう
大きな爆発とともに、空間が砕け始めた
破片はガラスとなり、そして本のページへと姿を変えた
本のページから緋色の光点が舞い上がり、空中を漂いながら、通りすぎた軌跡が細い糸となる
緋色の糸を手繰り寄せると、意識の欠片が寄せ集められた
「モズ」研究所
「モズ」研究所
イシュマエルは手のひらを見つめていた。そこには木製の20面サイコロが静かに乗っている
もう、ここを吹雪が襲うことはない