屋台の前は人でごった返し、賑やかだった。高速で動く八咫の機械のアームは注目の的となり、人々が周囲をぐるりと取り囲んで、身動きが取れないほどの混雑となった
八咫が主力として働き、客の注文を受けると同時に料理を提供し、自分は主に包装に専念した。忙しく動く内に、もともと少なかった食材が次第に底をついてきた
札を裏返して「売り切れ」の文字を出すと、屋台に集まっていた人だかりは完全に散っていった
こんばんは、店主さん?
一段落したところに、ひとりの客がやってきた。テーブルの上に残った食材をちらりと見る
この材料があれば、もうひとり分作れますか?
ごめんなさい、これは予約の分なんです
八咫の返答を聞いた客は残念そうに立ち去りながら、最後のひと皿を作る八咫を何度も振り返って見ていた
テーブルを拭きながら、ふと疑問が口をついて出た——
私よ
機械のアームは忙しそうだ。1本の手でおでんを、もう1本の手でたこ焼きを、そして2本の手で焼きそばを炒めていた。八咫自身の手はのんびりとパンを開いて焼きそばを挟んでいる
そして、八咫はその料理をこちらの前に並べると、冷えた桜ソーダを手に取った。プシュッという音を立ててプルタブを開け、手際よくストローを差し込む
はい、アンタの予約分。ずっと忙しかったしお腹すいたでしょ、温かいうちに食べて
私がやるから、アンタはもう休んでな
椅子に座って、八咫が用意してくれた夕食を味わっていると、彼女も椅子を引き寄せて自分の隣に座った
八咫は片手で頬杖をつきながら、賑やかに行き交う人々と、今夜の煌びやかな灯りを眺めている
そしてゆっくりとこちらに顔を向け、食事中の自分を見ながらもう1本の缶を開けた。小気味いい音が響く
まさか、私たちの屋台がこんなに人気だなんて
やっぱ?昔のレシピがまた役に立つなんて、予想外すぎたわ
ゴホッ、ゴホゴホッ——
炭酸飲料を飲んでいた八咫は、いきなりの「褒め言葉」にむせて、咳込んだ
褒められたんだし今回は許す。でも、次はないから……
とにかく——アンタがいてくれたからうまくいった。本当にお疲れ、乾杯!
2本の缶がカチンと鳴った。八咫は豪快に半分ほど飲み干し、気持ちよさそうにふーっと息を吐いた。そして、汗ばんだこちらの横顔をじっと見つめている
突然、彼女は冷たい缶を自分の頬に押し当ててきた。ひんやりとした感触に熱を奪われ、思わず身震いした
八咫を見ると、彼女は楽しそうに微笑んで、こちらの反応を窺っている
彼女は避けもせず、こちらの指が頬を突くがままにしていた
度胸あるね、[player name]ちゃん。私にこんなことをするのは、アンタが初めて
まあ、いっか
彼女は少し得意げに鼻を鳴らし、目を閉じて静かにソーダを飲み始めた。その後、自分の夕食の邪魔をすることはなかった
食べ終わった?
こちらが料理を食べ終えたのを確認すると、八咫はゆっくりと立ち上がり、灯りで華やかに彩られた街を眺めた
行こ。少し歩いて、消化させよう
彼女は勢いよくこちらの手首を掴むと、絶え間なく行き交う人混みの中へと足を踏み出した
料理部が大食い大会を開いたことがあったんだ。参加者は商店街の始まりから出発して、途中の各店で1品ずつ料理を食べて、商店街の終点まで歩くっていうルールだった
一緒に人混みの中を縫うように歩きながら、彼女は大食い大会のルールを生き生きと語った。その口調や身振りから、当時の興奮までもが伝わってくるようだ
話してたらお腹が空いてきたな。食べたいものある?
この辺りには、金平糖、抹茶大福、かき氷——
向こうに、串焼きに唐揚げもある!
食べ物の屋台がたくさんありすぎて、八咫の指でも指し切れないほどだった
おっけ!じゃあ、これとこれ、それからこれも、全部ふたつずつ!
ふたりは車や人で賑わう通りを歩きながら、多彩な屋台の料理を楽しんだ
私のこの串、めちゃくちゃ辛い!ちょっと食べてみる?
ん——アンタのやつ、味薄すぎない?今度、島の名店「地獄の猛辛王」に連れてくわ
全部食べんなよ、ちょっと残してよね!
あー、喉乾いた。あ、あそこにヨーグルト飲料売ってるお店があるよ
ふたりは笑いながら、古風な装飾が施された飲み物の屋台に向かって歩いた
待って
八咫が足を止めた。何かが彼女の注意を引いたようだ
あれ……ミユキのロボット?
八咫の視線をたどると、先ほど森田のおじさんが持っていった手作りの品が屋台に飾られていた
簡素なコイン式ミニロボットが小刻みに動き、その後ろには優しい表情を浮かべた店主がいた。女店主の顔には、灯りに照らされた皺がくっきりと浮かんでいる
八咫は足を止め、ミニロボットと女主人を驚いた様子で見つめていた
久しぶりね……八咫
その言葉からすると、この老人は八咫の知り合いのようだ。アジサイ島の元住民だろうか?
……こんばんは
うん……変わらないわね、八咫
あの頃、ミユキの背丈はあなたと同じくらいだったかしら
今日あなたに会えて、私は幸せね。そうでないと……私はもう彼女の姿を忘れてしまいそうだったから……
おばさん……
悲しまないでね。ミユキはいつも明るく元気なあなたが好きだったのよ。だってあなたはあの子たちが当時、一番憧れていた生徒だったもの
どう?今日ここに戻ってこれて、嬉しい?
……嬉しいです
それならよかった。私も今日は本当に嬉しいの。これを見て、ミユキの小さなロボットもあるのよ
老婦人は優しく微笑み、分厚いタコのある右手で小さなロボットにコインを1枚入れた
ご投資に感謝!御園学院陸上部にようこそ。あなたの今日が素敵な日になりますように!
女子高生の元気いっぱいの録音ボイスが、歳月の束縛から解き放たれ、祝賀会で賑わう人々の声と混ざり合った
そちらが指揮官の方ね。森田さんから聞いたわ、あなたが八咫を手伝ってこれを探してくれたんでしょ?
ミユキがよく話してたわ。八咫はいつもひとりであちこち駆け回って、近寄りがたい雰囲気を出してるって
でもよかった……たくさんの年月が経って、もう八咫はひとりぼっちじゃないのね
ミユキが言ってたわ。今日のあなたたちの屋台こそ、あの頃の皆でやりたかったことなんでしょう。まさか今日……子供たちの願いが実現するのを目の当たりにできるなんて
本当にありがとうね。あの食材は、私からあなたたちへのささやかな祝福だと思ってくれたら嬉しいわ
これからも、お腹いっぱい食べて、後悔のない人生を送ってね
……はい、必ずそうします
おばさんも、どうか……ずっと笑顔でいてくださいね!
飲み物の屋台を後にすると、八咫は心ここにあらずだった。やがて、祝賀会通りを抜けて海岸にたどり着いた。坂道に立つ彼女を心地よい海風が包み、波の音は優しく響いている
集まる雲が月光を隠し、暗い色の雲は空を横切って広がっている。スタッフに渡した防水シートや支柱を思い出しながら、万全の準備ができていることに安堵した
静かで穏やかな雰囲気の中、八咫は芝生の斜面に腰を下ろし、食べかけの料理を横に置いた。両手を地面につき、遠くのきらめく海面を見つめている
しばらくの間、彼女は何も言わなかった。そして少しずつ後ろに倒れていって寝そべると、そっと手を伸ばして自分を引っ張ってきた
視線を合わせると、八咫は微笑みを浮かべながら、隣の空いたスペースをぽんぽんと叩いた
誘われるままに芝生にゆっくりと横たわった。広がる星空を眺めていると、隣に寝転ぶ八咫が口を開いた
さっきの人、ミユキのお母さんなの
今日はおばさんに会えて、森田のおっちゃんにも会えて……
一緒に懐かしい校庭を歩いて、この懐かしい夜空を見上げて……
なんだか、夢みたい。現実じゃないみたい
彼女は手を上げ、5本の指を広げた。その隙間から見える星々をじっと見つめていた
私たち……本当に帰ってきたんだ
アジサイ島に、そして御園学院に
今までの努力が、報われた……
だね。裏舞台でスーパーヒーローになるってのも……悪くない
そう言うと、空中に掲げた手をぎゅっと握り締めた。まるで煩わしい思いを全て手の内に収めるかのように。そして、腕をそっと体の脇に下ろした
八咫は横を向いて、こちらを見つめてきた
人間として先頭に立って皆を導くヒーローさんは、どう思う?
八咫は少し微笑んだ
ねえ、知ってる?構造体になってから私、ずっと心配だった……自分の走るスピード、遅くないかなって
いつかまたパニシングが追いついてきて、大切な全てをまた奪っていくんじゃないかって、ずっと怖かった
だから、私は強者の背中を追い続けた。彼らの足跡を追って、その方法を学んで、もっと強くなりたかった
この長い道のりでいくつもの背中を追い抜いて、彼らがたどり着けなかったゴールを越えてきた。そして目の前に現れたのが——
あの伝説のグレイレイヴン指揮官
彼女は横たわったままだ。銀色の髪と柔らかな草が優しい夜風に揺れている
アンタの背中を追い続けてきた。プリア森林公園跡からずっと、反転異重合塔の外に広がる異合の森も……
いくつもの困難を一緒に乗り越えたはずなのに、私たちの距離は……どんどん広がってった
アンタは光輝く流れ星みたいだった。どんな障害も突き破ってく、何にも縛られることなくどんどん進んでいっちゃう
……私だって、くじける時もあるんだよ?
でもそうなったらアンタは振り向いて、私の手を取って……一緒に最後の道を走ってくれた
月明かりの下、海風が潮の香りを運び、砂浜をそっとなでて心地よい音を奏でていた
それだけじゃない、私に自分が歩んできた道を振り返らせてくれた
振り返って初めて、ようやくわかったんだ——
私、こんなにも速く走れるようになってたんだって
私の背中を追いかけている人たちがこんなに……たくさんいるなんて知らなかった
私、もう……こんなに遠くまで走ってたんだね
八咫はつい先ほど自分が彼女に言った言葉を繰り返した。それから指を伸ばし、こちらの鼻先に軽く触れてきた
ありがとう、この道を一緒に走り抜いてくれて
彼女は穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりと起き上がって遠くを見つめた。まるでここにある全てを改めて見つめなおすかのように
八咫の視線が空に向かうと、風が彼女のこめかみの髪を乱した。乱れた髪の間で、八咫の瞳は一層輝きを増していた
あ、あれ見て——
呼びかけられて、自分も体を起こした。いつの間にか空を覆っていた雲が消え去り、煌めく星々の帯の中に明るい月が輝いていた
突然、紫色の流れ星が地表から飛び立ち、長い尾を引きながら空高く打ち上げられた
最初は微かに明滅し、やがてパチパチと音を立てながら満天の星屑となって弾け、夜空の半分を輝きで満たした
夜空に浮かんだ輝きがまだ消えない内に、またひと筋の光が高い空を目指して駆け上がり、ドーンという音とともに星々に花火を添えた
すぐに、アジサイの形をした花火が夜空で見事に花開いた
花……会!
次々と打ち上げられる花火の轟音に、八咫の声は掻き消された
言葉をはっきりと伝えるため、八咫はこちらの耳元にぐっと顔を寄せた
だから——花火大会が始まったの!
対岸から次々と花火が打ち上げられ、無数のアジサイが夜空を埋め尽くした。夜が昼のように明るくなり、花火が美しい光景を盛大に描き出している
ツイてるよ、ここは花火を見るのに絶好じゃん!
そうだ、早く願い事!最初に打ち上がった花火ほど効果が強いんだ、島の古い言い伝えなんだから
目を開けると、八咫はあぐらをかきながら満面の笑みでこちらを見ていた
とーぜん、するよ
でも、アンタの前では心の中に隠さない。私の願いを直で言うよ
八咫は目を閉じて片手を胸に当て、少し緊張した様子を見せた
き、今日……
違う、今夜——
何かを言い間違えたのか、彼女は頬を赤らめて突然目を見開いた
今夜——
優しい潮風が再び吹き抜け、頬を優しくなでた。彼女の髪の毛がふわりと舞い上がる
今夜は、月が綺麗だね
しかし八咫の言葉が終わらない内に、また一斉に花火が上がり、空中で鮮やかな花を咲かせた。その爆発音で彼女の声が掻き消えてしまった
この——
天空に炎の木と銀の花が咲き乱れ、爆音が鳴り響く中、八咫が覆いかぶさってきた――彼女の拳がこちらの肩を打ってくる
反射神経のお陰で、彼女のその後の猛烈な追撃をかわすことができた
くそっ!とにかく、願い事、完了っ!聞き取れたかはどうでもいーから!金輪際、これについて訊いてくんな!
八咫は星がきらめく夜空を背景に、腰に手を当て女王然とした様子で自分に命令してきた。まるでかつての厳格な風紀委員に戻ったようだ
ふぅ——夜はまだ長い。ちょっとそこらへんを走って……誰かが規則違反してないか見てくる!
一緒に来るなら、自分でついてきて。ペース遅れないでね、[player name]ちゃん
彼女は言い終わる前に赤くなった頬をこちらの視界から背け、海岸沿いを駆け出した
自分も彼女の背中を追いかけ、一緒に走り出す
輝く花火を見上げながら、今日の心境を自身の胸に問いかけた
——すると、同じようにドキドキと鼓動する心を感じた