Story Reader / Affection / ドールベア·驚影·その6 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ドールベア·驚影·その7

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迷子の女の子も見つかり、足止めされていた塩の輸送隊はようやく村を出発した

ドールベアを仮設の休憩所に横たえ、念入りに損傷の有無を確かめたあと、ようやく彼女の口から異常の原因を訊き出すことができた

不幸中の幸いね。自分にインストールしただけだから……まだ自分で制御できる

私はその制作者なのよ。破壊力の上限くらい把握してる……だから……

心の奥底に巣食う不安が、その先の言葉を封じ込めた。それは全ての説明にはならない。けれど、本当の理由を今はまだ掘り起こしたくなかった

本来の設計は模倣コピープログラムを利用し、記憶データの特定の断片を繰り返し検索するだけのこと。でも、実際に応用すると差異によって予期せぬ現象が生まれるみたいね

あの子は突然現れたのよ。今まで意識海に現れていたのは……ただの間抜けなクマのぬいぐるみだった

驚いて大声が出てしまった

危険はないわ

新しく現れたシミュレーション意識は強そうに見えるだけ。構造体が窒息ごときで死ぬと思う?

もちろん私自身よ。他に誰がいるの?私が自分を守れないとでも思ってる?

理性を保ち続ける限り、私は必ず自分を救い出せる

その言葉を言い終わる前に、指揮官の視線が鋭く突き刺さり、遅れてやってきた疑念が彼女の理性を叩き割る

(……さっき、私、本当に理性を保ってた?)

(これから先も、理性を保てるの……?)

ドールベアの思考が一瞬止まり、再び深い紫色の渦が瞳に浮かんだ

すぐにドールベアの手首を掴み、彼女を混沌とした思考から呼び戻した

ごめん……やっぱり少し、影響が残ってる

ドールベアの顔に珍しく恥じらうような色が浮かんだ。それは、彼女には似つかわしくない表情だった。その違和感に自分の心も一瞬揺らいでしまう

声を落とし、できる限り柔らかく語りかける

彼女のいつもとは違う興奮に気付いてはいた。けれど、そのことを深く考えなかった。自分はあの時すでに「もうひとりの彼女」を垣間見ていたのだ

……そうね、これ、本当はもっと早く打ち明けるべきだった

……でも、もうあのプログラムに影響されてた。ずっと私の思考に干渉していたんでしょうね……

自分が隠していることに気付かなかった……というか、自分がやったことでも、なぜそんなことをしたのか理解できないこともあって

自分の頭が言うことを聞かないって、こんな珍しい経験は初めて

その顔、何よ。安心しなさいって。自分で片付けられる

何それ?私を信用してないってこと?

少女は無理に微笑んでみせた

(頼る……?)

ドールベアの呼吸が乱れた。少女は目を閉じ、軽くため息をついた

頼る。たった2文字の言葉が、1本の強靭な糸を紡ぎ出した。片方の端は愛という糖衣に包まれ、もう片方は魂を締めつける縄となる

意識海の奥底から、深い疲労が押し寄せてきた。感情が言語モジュールに干渉するはずはないのだが、ドールベアは長く沈黙し、より正確な言葉を探そうと思考の中を漂った

大丈夫。これは私が対処するから

彼女は軽やかでユーモアのある言葉を今回は見つけられなかった

……

重くのしかかっていた疲労が、ようやく夜に溶けていった

わかった。音楽フェスが終わったら、ちゃんと検査を受ける

……約束する。問題ないって証明してみせるわ

夜も深まり、雨雲がゆっくりと星空を覆い始めていた。眠れないでいると、ふとドールベアとの意識リンクに規則的な乱れが生じていることに気付いた

少し迷った末、どうしてもドールベアの意識海の状態が気になったので、彼女の意識空間に入ることにした

意識空間に潜り込むと同時に、背後に、大きな影と小さな影が静かに現れた

行って

えっ?私?なんでよ?あんたが――

次の瞬間、クリスの手がディアベアの首の後ろに置かれて、脅すように圧をかけた

だって、そっちの方が無害そうに見えるでしょ

それって褒めてないからね!?

私の忍耐力は限られてるから。あんたが先に出て「バカ」を演じれば、あの人あの人も警戒を解く。そしたら私が自然に話せる

私たちはどちらも「本体を殺そうとする危険因子」。利害は一致してるわ

えぇ!?ちょっと待ってよ、雑にひとくくりにしないで。私はそんなつもりじゃ――

言い終わる前に、クリスはディアベアの首根っこをぐっと掴み、人間の前に押し出した

トーク!

反射的に、いつも以上に警戒した

……いいカンしてるわね

ほらね、やっぱり顔って一番わかりやすいのよ……

で、私、私は?

そう、私は仔熊ちゃん

バカを演じろと言ったのよ。本当にバカにならなくていいの

私はバカじゃない!

目の前で、同じソースを持ちながらまるで違うふたつの「ペルソナ」が、人間をそっちのけに子供のような言い合いを始めた

これを録画して見せたら、きっとドールベアは最高に面白い顔をするだろうな……

目の前のこの光景はドールベアが幼い頃、難題に向き合って眉を寄せながら、自分自身と議論を繰り返して答えを決めていた姿なのかもしれない

えっ……どうしてそれを知ってるの?

当たり前よ。だって他人は私が言うことが理解できない間抜けか、私の誠実さを攻撃するずる賢いやつ、そのどちらかなんだもの

クリスが一瞬、言葉を止める

危機の中では、自分と相談する。それが一番安全で確実な方法よ

<i>ひとりで解決しなければならないことが多すぎた。頼れる人もいない</i>

<i>だから、万能にならないといけなかった。そうして劣勢をも覆せる存在へと、自らを鍛え上げていったのだ</i>

<i>独りぼっちでも侮られないように、常に誇り高くいなければならなかった</i>

<i>弱みを見せることは絶対に許されなかった</i>

<i>抑え込まれた感情があまりにも多く、許されぬ弱さが幾重にも積み重なっていった</i>

<i>気付けば、小さな願いさえ素直に口にできなくなっていた</i>

<i>結局、きちんと成長していたんじゃない。ただ必死に大人を演じていただけなのだ</i>

自然と顔つきが険しくなる

私に選択肢なんかないわ

私たちはプログラムの産物。ルールに従って動くだけ。私は「解決者」の一面だから、どんな犠牲を払っても障害を解決して、進まなければならない

「虚構プログラム」の影響で、彼女は一時的に自分自身が決めた境界を失い、封じ込めていた感情を解き放ってしまった

あれほど明らかなヒントを残したのに、カレニーナのバカはいまだに追ってこないし、あの役立たずのぬいぐるみもなんの妨害もできなかった

ちょっと!?私ここにいるけど!

ふん、脳みそはダメでも耳だけマトモなんて

要するに、ふたりとも感情に溺れてる。私は脳を正常に働かせるペルソナなのよ

ちょっと、私だってちゃんと考えられる。それに……えっと……それに……

演技?それとも本当にバカなの?

だからバカじゃないってば

あの状況では彼女を消すのが、私たちの目標を守るための最適解だった

理性を保ち、決して危険な渦に落ちないこと

彼女はすでに「狂気」の縁に立っているわ。この機体を任せるにはふさわしくない

そうじゃないの……?

クリスの戸惑った顔を見て、自分も一瞬、どうすることもできなかった

あなた、私に傷つけられることが怖くないの?問題解決のためなら、あなたを消すのも悪くない選択肢よ

やっぱり、賢いわね

もう試した

試した?殺そうとしたの間違いでしょ

うるさいわね

クリスが軽く手を握ると、ディアベアの姿は風に吹かれる砂のように、意識空間から音もなく完全に消えた

話を続けましょうか

そうは言っても……感情の問題は内側からは解決できない。少なくとも私には無理

幸せになれる権利は自分の手を離れてしまってる。だから、自分と戦ったって意味がないわ。私は、あなたから答えをもらうしかないの

ひとつだけ訊くわ。答えてくれない?[player name]

少女の声は、霧のように柔らかく漂い、静かに消えていく

霧のような波が、自分の答えを静かにかき消した

何をしてるの?

声より早く、鋭い攻撃がクリスの顔面を襲った。しかし彼女は予想していたかのように軽やかに避けた

目覚めるのが、少し遅かったわね

夜間の自己修復から目覚めたドールベアは、すぐに意識空間の異常に気付き、ためらいなくクリスへ攻撃を仕掛けた

よくも……

構造体の少女は素早くこちらの様子を確認し、その無事を確かめた

堂々と現れるなんて、ちょっと大胆すぎ。私が何もできないと思ったの?

私はただ気になることがあって、その答えが欲しかっただけよ

へぇ?そのこと、あんたの代わりに、「ちゃんと」覚えといてあげるわ

言葉が終わる前に、意識空間全体が揺れ始めた。津波のようなデータフローが押し寄せ、抗えない力でこちらを意識から弾き飛ばした

やがて、指揮官は意識空間から姿を消した

何をするつもり?

もっと早く決断すべきだった。そこまで挑発するなら徹底的にいくわ……この場で、不安定で面倒なプログラムを削除して、初期化するだけよ

ここで?意識海がダメージを受けるのに?

ふふ……ちょっと冷静になって、よく見てみなさいよ。私の姿を

クリスの輪郭が次第に霞み、ぼやけていく。まるで溶けかけた氷の結晶のように、この世界から実体を失いつつあった

あなたの手を借りる必要なんかないわ。私はもう答えを手に入れた。だから……ルール通りにもうすぐ消える。そして、もう二度と現れない

でも安心して。私は絶対に、その答えをあなたに教えないわ

なっ――

ドールベアが何もできないまま、クリスの姿は煙のように、完全にデータフローの中に消えた

出てきなさいよ

短い沈黙の後、ドールベアは渦巻く感情を押し殺して、冷淡な声で言った

あんたも私にちょっかいを出す気?

空間が微かに揺らぎ、ディアベアが小さく顔を出した

私たちは、ただ答えが欲しかっただけ

それで?あんなに回りくどいことをして、崇高な結論でも出たの?

ディアベアは少し黙り、ちらりと人間がいた位置に目を向けた

自分に問いかけるみたいに、あの人あの人に訊いてみればいい。頼ってみて

ドールベアが返事をするより早く、ディアベアの姿はゆっくり薄れ、怒りに燃える少女の前から気まずそうに消えていった

意識が急に現実へと引き戻される。深海から浮かび上がるように、ドールベアの感覚は現実世界に戻ってきた

平気よ。心配いらないわ

あれは、私の思考をプログラムがシミュレーションして、心の中の異なる考えを具現化しただけ。本当に人格が分裂したわけじゃないわ

プログラムが終われば、私は完全に元通りになる。何の影響も残らない

その言葉にこちらの表情が少し和らいだ。やがて、ドールベアは困惑した表情で小さく問いかけてきた

あの子、何を訊いたの?その……もうひとりの私が

やっぱりいいわ……聞きたくない

あなたの言う通り、彼女たちは前より危険な存在になってる……もしかしたら、この旅を終わらせるべきなのかもしれない

心は重い石のように海底へ沈み込み、ゆっくりと確実に、深みへと落ちていく

その時、突然、ドールベアの端末の通知音が鳴った

システム通知

台風9号の進路が変化しました。明日、コンステリア沿岸に上陸予定です

台風の影響により、音楽フェスのゲストが予定通りに到着できません。皆様の安全面を考慮し本フェスは中止といたします。ご理解をお願いいたします、ありがとうございました

またしても重いハンマーが空から落ちてきた。すでにバランスを失った天秤の上に強く叩きつけられる

それが本当に心から望んだ行き先であるかどうかなど関係ない。この瞬間、旅の目的地は朝露のように、夜明け前に儚く消えていった

……わかった。仕方ない、わかってる

また次の機会に

ちょうど今は……こんなことをしてる場合じゃないしねー

彼女はわざと語尾を伸ばして、失望を少しでも明るく塗り替えようとした

ついついため息をつき、彼女の髪を優しくなでた

雲は星を覆い、夜風は冷たく不快だった。昼間の美しい景色も、闇の衣を纏えばただのうら寂しい景色に変わる。ここは完璧なステージにはほど遠かった

それでも、彼女にまた「何も得られず」に帰ってほしくなかった

その言葉は、差し出された柔らかな、しかし確かな藁のようだった。深く沈みかけた心を、光の方へと優しく引き戻す

あの歌を……?

……そこまで期待されたら、仕方ないわね

確か、この前編集した時に、曲を車の端末にアップしたはず

必要ないわ。どうせ今さら上手くなるわけじゃないし

自分の実力はよくわかってるから

背後で指揮官が吹き出した。それにつられて、ドールベアも思わず笑みを浮かべた

ドールベアは目を閉じて、意識海の中でその歌を再生しようとした。本来なら音楽フェスで披露するはずだった新曲

……しかし、一節も思い出せなかった

空っぽだ

ドールベアは眉をひそめた。今まで心の底に抑え込んできた恐怖が、こんなにはっきりと姿を現したのは初めてだった

どうして……何も思い出せないの?

意識海にあるのは、いくつかの断片的な音だけ。それはまるで嵐に引き裂かれたクモの巣のように脆く、完成したメロディにはならなかった

「恐怖」という名の獣がドールベアの思考を締め上げる。ドールベアは狼狽し、端末を開き、震える指でファイルをひとつひとつ確認していった

彼女の意識海と同じように、端末にはいくつかのサンプルしかなかった。新しい音声ファイルも存在せず、もちろん、完成した曲などどこにもない

この旅の出発点であり終着点だったはずのあの曲。音楽フェスで披露するはずだった新曲は、ドールベアの記憶の中にも、現実の端末の中にも存在しなかった

ありえない。どうして?

存在しない?まさか……

(全ては……虚構だった?)

そんなはずない……道中でファイルを編集したし、私は確かに口ずさんだ……

焦りながら記憶データを掘り返す。ここ数日の光景を何度も繰り返し確認する

ない……

編集作業は、ただ空のファイルにサンプルを入れただけだった。口ずさんだのは、断片的な音符の羅列

この歌が偽物なら……私はどうして音楽フェスに行こうとしたの?この旅の車……どうして用意したの?

更に以前の記憶が鮮明になっていく

あれ?音楽フェスの招待状じゃないですか。行かないんですか?

その時、頭の中にあの人の影がぼんやりと浮かんだ。だが思考が形になる前に、理性がその影を振り払った

時間がないし、それに……私が行って何するの?辞退するわ

あの歌は、意識海に一瞬だけきらめいた幻影。現実には存在せず、休暇を捨ててまで、特に興味のない音楽フェスに向かう理由はどこにもなかった

全ての始まりとなる招待状は、届いたその瞬間に拒絶されていたのだ

オープンカー?旅行か?綺麗なのを探してあげるよ。いつ使う?

わからない。使うかもしれないし、一生使わないかもしれない

もちろん、空想の中では長い旅を思い描いたこともある。車のスタイルまで具体的に想像したが、同行者を想像したことは一度もなかった

肩にのしかかる使命と責任が、いつも一歩先に熱を帯びた意識海を抑え込んできた。感情のままに動く自由など許されないと

ただの、永遠に実現しない妄想だった

想像するだけで慰めになる。それ以上は求めない

少しずつ鮮やかになっていく記憶が、あることをドールベアに示した

この旅は、最初から始まるはずのないもの

そして、想いを伝えるために作った新曲なんて、最初から存在しない

優しい藁のようだった望みは、やがて風に破れた蜘蛛の糸となり、今はもう世界のどこにも、魂を留める巣を編むことはできない

この歌が幻なら……「私」は?

切れた蜘蛛の糸が、魂を更に深い闇へと引きずり込んでいく

息が詰まったその瞬間、クリスの言葉が聞こえた気がした

この身体を操ってるあなたは……ただの弱虫で、愛されたいだけの愚か者

身体を操ってる……?

なら……決定権を持つ「私」は、結局ただ「愛されたい、注目されたい」という欲望の投影にすぎないってこと?

ディアベアが言ってた、この旅を止めようとした人こそ、本物の……「私」?

……

ドールベアは小さく笑った

あなたは、ずっと止めてほしかったの?堕ちていく感覚は、さぞ苦しかったでしょうね……

つまり……全ての苦痛の根源は、この「私」という存在そのものってわけ

この弱く、もがきながら溺れている「私」が消えれば、全体としてのドールベアは、「愛されたい」という愚かな罠から自由になれる

「私」が消えればいいんだ

自らを壊すような静寂が彼女を覆った。ただ茫然と立ち尽くしている彼女に、崩壊する深淵が、狂おしい速さで押し寄せてきた

彼女の瞳は虚ろに紫の渦を描き、機体は後ろへ傾き、その人の腕の中に崩れ落ちた