Story Reader / Affection / ドールベア·驚影·その6 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ドールベア·驚影·その5

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低く垂れ込めた雲、空までもが山々にのしかかるようだった。車は曲がりくねった山道を進み、ドールベアは揺れに合わせて頭を揺らしながら、眠りの扉を叩いていた

ドールベアの頭が窓にぶつかる直前、手を差し出してそっと彼女の額を守った

……んん?

意識海では「サイバードクキノコ」がバックグランドで抑圧された記憶データを探り続け、演算力の一部はディアベアの維持に使われている。更に昨夜の分解演算……

平気……昨日の夜、ちょっと電解液を飲みすぎたかも

相手の「何を言ってるんだ?」という顔を見て、少女の意識海中にあった靄のような疲労がふっと薄れ、俯きながら笑った

一緒にいればいるほど、ふとした瞬間に心が触れ合い揺れ動く。そんな時が、少しずつ増えていった

構造体の笑顔を見て安心し、昨日答えをもらえなかった問いを再び口にした

簡単にいえばセンサー系の部品よ。悪天候時の走行補助に使われるやつ

その勘の鋭さが面倒なのよ……

うっ……

ドールベアは力なく体を助手席に預け、両側の長い髪を引っ張って顔を隠し、まるで子供のように拗ねている

だってあの時は、そうするしかなかっただもん……もう外しちゃったし

どうすればいいのよ……

意識海の奥から広がる微かな振動に突き動かされ、少女の口から思わず言葉がこぼれた

今すぐ停めて。空中庭園に連絡して、旅はここで終わりに――

私は本気で言ってるのに……もういい

相手に見えないところで、彼女は小さく眉をひそめて首を振った

……ちょっと……それ以上言ったら、サンルーフから飛び出すわよ

台風の進路予測を確認し、ひとまず安心した。進む先は影響の小さいエリアで、極端な悪天候に遭うことはないはずだ

……それに、必ず雨が降るとも限らないしね

ドールベアがウィンクをしたその時――

稲妻がドールベアの横顔を照らし、轟く雷鳴とともに、大雨が騒ぎ立てる猫の群れのように容赦なく窓をひっかいた

気象データ上で台風の進路が逸れていた。これから通る予定だった橋が土砂崩れに埋もれ、ふたりはやむなく山間部へ迂回することになった

私、『哀れなドールベア』っていうタイトルの連続ドラマに出演中なのかな?

台風の端にかすっただけとは言え、山間の豪雨は旅に容赦ない障害をもたらした

車の窓の撥水システムは完全に停止し、リアルタイム路面監視システムも機能を失っていた

ぬかるみに再び囚われた時、エンジンは最後の呻きを上げ、旅のパートナーであったクラシックカーはついに動かなくなった

橋の崩落は予想外だったから、迂回するよりなかったし、仕方ないわ

エンジンだけは直さないと……ここに留まるわけにはいかない

ドールベアは窓に額を寄せ、心配そうに道路の両脇に連なる山々を見つめていた

ちょっと見てくる

言葉が届くより早く、少女は雨の中へ飛び出した

考える間もなく、自分もドアを開ける

人類の最先端技術の象徴である構造体が、この程度の風雨ごときで怯んでたら……

それこそ、人類の未来なんて真っ暗でしょ

むしろ問題はあなたよ。雨に打たれて風邪でも引いたら、結局私が看病する羽目に……はっ、さてはそれ狙い?

ドールベアは笑ってウィンクし、濡れた髪を耳にかけた。雫がきらりと飛んでいる

戻ってて、すぐ直すから

……あなたって、ほんと……

少女の表情に不機嫌の影が差す。こちらの頑固さに苛立っているようだった

だが容赦なく降りしきる雨の中で、古びた輸送車はうんともすんとも言わなかった

お願い、先に戻って……こんなに濡れてちゃダメよ

私がもう一度試すから。もしかしたら別の原因かも――

言い終わる前に彼女の手首を掴み、その身体を車内へ押し戻した

私が人生で見てきた厄介事は、この雨粒よりよっぽど厄介だった。でも、私は一度たりとも逃げたことはないわ

あなたって……

ドールベアは口を閉ざし、怒ったように見える相手を戸惑いがちに見つめていた

私はただ、あなたに濡れてほしくなかっただけ……もういい、好きにして

その声には、珍しく拗ねたような響きが混じっていた。こちらも、諦め半分にため息をこぼした

慰めるように彼女の頭をなで、頬に伝う雫を拭い取る。ドールベアはそっと顔をそむけ、目を閉じている

雲から落ちてきた雫が目尻へと落ちる。そして、心の奥に残る湿った傷跡に静かに染みこんでいく

親指が優しく目尻をなぞる。ドールベアはようやく目を開けた

ダメ

恐らくここは岩石質の山じゃない。正確な地質はわからないけど、地滑りや落石の危険性が高いと思った方がいい。一刻も早く車をここから出さないと

でも、あなたの言う通り、私たちはこの困難に一緒に立ち向かうべきね

暇なら、降りて一緒に車を押して

彼女はようやく笑った

風邪を引いたら、私が責任もって面倒見るから

[player name]、私があなたをちゃんとお世話してあげる

構造体の力があれば、車を押すのは難しくない。ふたりの体重で車体が押され、タイヤはぬかるみの中をゆっくり進んだ。並んで刻まれる轍と足跡はぴったりと寄り添っている

やがて険しい山間部を抜け、雨の帳の向こうに開けた空が見えた

雨はやまずとも空は蒼く澄み渡り、真昼の雨が陽光と虹の間に煌めいていた

堅物の唯物論者でさえ、この神からの贈り物のような光景の前では夢想するだろう。虹の麓で願えば叶うかもしれない、と

焦燥を抱く少女の祈りに呼応するかのように、虹のかかる花崗岩の崖上に、巨大な弓形の岩が静かに聳えていた。まるで物語の終わりに現れる、約束を守り続ける友のように

あそこで雨宿りしよう。指揮官、寒くない?

車輪がぬかるみと草を踏んで進むにつれ、落胆は溶けて消えていった。そして、車がようやく崖の頂に「登った」頃、弓状の岩は夕陽の残光に照らされていた

その天然の門をくぐった瞬間、世界は一気に広がった

断崖の下で広大な海面は煌めき、幾千もの銀の糸が天から海へと走る。煌めく雨の幕の中、沈みゆく夕陽が雄大で優しく、海と空を燃えるような黄金に染め上げていた

幾世紀を経てここに立つ弓状の岩は、この瞬間のために待っていたかのように、存在しない運命の代わりにふたりの旅人を抱きとめた

降り注ぐ光は、海に優しく迎え入れられている

うん。前に行けなかったコンステリアの海辺のバケーション、あそこにも行く予定だったんだけど……

計画してた場所とは違うけど……とても綺麗ね、指揮官

夕陽の中でその人の横顔はぼんやりと霞み、すぎ去った後悔も霧のように薄れていった

ふと視線が海面をなぞり、白い帯のような痕跡に吸い寄せられる

心臓が高鳴り、急いでルートブックをめくり、何度も座標を確かめた

え?

構造体の少女は言葉を失い、あまりに都合のよい幸運をまだ信じられないようだ

雨が上がり、雲が散ったあとの空は澄みきっていた。湿った地面は柔らかな光に包まれ、小さな水たまりが星のように煌めきながら、前へ進む道を静かに照らしていた

ドールベア

わかった

ふたつの手が再び車の後部を押し、力を込める。動かなくなった車はゆっくりとスロープへ入り、やがて下りの惰性に乗って、少しずつスピードを増していった

ピッ――車内の制御パネルから響いた心音のような微かな音。少女の聴覚モジュールが、車が復活した信号を捉えた

制御パネル上の消えていたインジケーターが次々と点灯していく。優しげでありながら機械的な女性の電子音声が、雨に濡れたふたりを皮肉るように響いた

システム音声

動力システムが復旧しました。自動ナビゲーションシステムがオンラインになりました。自動運転モードに切り替えます

エンジンが嬉々とした声を上げ、軽やかに走り出し、スロープを下っていく

ドールベア

……

ふたりは車を押す体勢を保ったまま、顔を見合わせた

その瞬間、あまりに巨大な不条理が道徳という概念をあざ笑うように、構造体と人間の意識を容赦なく蹂躙した

ドールベア

(ノルマン家の隠語)【規制音】!

ピンク髪の構造体の少女は体裁もマナーもかなぐり捨て、目を覚ますなり「脱走」を始めた車へと全速力で走り出した

だが少女の怒声はいつしか笑いに変わり、最後には息ができないほどの爆笑になっていた

ドールベア

何なのよ、もう!『哀れなドールベア』がまだ続いてるの?

ドールベア

ぷっ――

ドールベア

あはははっ……はぁ……

身体能力はさすがで、ドールベアはすぐに車に追いつき、バンパーに足をかけると素早く車の屋根に駆け上がった

ドールベア

指揮官!

少女は後ろを走るこちらに手を伸ばした。その瞬間、夕陽が彼女を慈しむように降り注ぎ、淡い金の光がドールベアの背後から溢れ、道を照らし出した

細い腕をしっかり掴むと、少女はぐいっと引っ張り上げて後ろへ倒れた

その反動と車の慣性を利用して力強く跳び上がり、少女に覆いかぶさるように倒れ込んだ

腕で身体を支える。腕の中に、夕陽に輝くピンク色の髪と、頬を染めたドールベアの笑顔があった

車は海を蹴り、水飛沫を纏って海上桟橋を進んでいく。海と空が一体となった水の鏡の上で、波の軌跡がひとつの旋律となって踊っていた

空いっぱいに広がる夕焼けの光が、果てしない海面へと降り注ぐ。海面に映る空は、燃え盛るような雲の海を優しく支え、海と空が融合した光の楽園が広がっていた

車の後ろで巻き上がる波はまるで白いヴェールの裾のように広がる。絶え間なく響く波の音が水平線を駆け、ゆるやかに天の彼方へと流れていく

今こそ、言うべき言葉がある

ドールベア

指揮官、私――

その人の顔が、少女の瞳に映り込んだ

ドッドッドッ――

この瞬間、抑え込んできた想いが喉元まで込み上げてきた

雨の中の夕陽、碧い海にかかる虹、そしてこの瞬間に訪れた全ての偶然。もしそれらが啓示でも予兆でもないというのなら……一体何だというのだろう

量子の不確定性があるから、宇宙は決定論でも不可知でもなく、物理法則に束ねられた確率的な進化の産物なのだ。寛大な確率が、こんなにも完璧に近い瞬間をもたらすなんて

物理学的にいえば、「運命」とは確率雲のようなもの。しかし、その中に潜むランダム性と不確定性があるからこそ、我々は選び、軌道を変えることができる

(選べばいい、ただそれだけ……)

ドッドッドッ――

彼女は待った。いつものようにあのふざけたぬいぐるみが現れて、茶化し、自分を止めるのを

しかし、それは現れなかった。誰も彼女を止めに来なかった。彼女が心を閉ざし続ける理由は、もうどこにもない

指揮官、私……

次の瞬間、意識海の奥深くで、重いハンマーが静かな水面を何度も叩きつけた。波紋のように広がる震えがやむことなく続き、ドールベアの瞳に痛みと滲むような切なさが滲んだ

……何でもない

ほら、着いたわ

心臓があるはずの場所は、依然として空っぽのままだ

終点の標識が揺れて傾き、視界の端をかすめた。夕陽が海の底に沈みゆく中、海上桟橋をまもなく渡り切る。前方に念願のシーソルト村がついに姿を現していた