え?
突然の質問に虚を衝かれたラミアは、岸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせるばかりで、言葉を続けられなかった
み……見てたって、何?
しわがれた声の中に厳しさはなかったが、その視線はラミアの偽装を見破ろうとしているかのようだった
私は……ただ……
(ウザいなあ……なんでこんなに敏感なの……まるで漫画の主人公みたい、やめてほしいんだけど?)
(理由……理由......早く理由を探さなきゃ……)
私と同じで新しく入ってきたし……ちょっとだけ見てたけど
その人間の言葉には深い疑念が込められている
だって……包帯だらけの顔ってそうそう見ないし……
……
(どうしよう、更に突っ込んできやがった……これ以上どうやって誤魔化すかな……)
ラミアは偽装を得意としてはいるが、嘘はまた別物だ
偽装の確実性が高いほど疑われることが減る。そのため、言葉の嘘は彼女にとってあまり実用の機会がなかった
また彼女の性格からしても、ひとつの嘘を保つために数えきれない嘘をつき続けるなど、到底無理があった
相手のまるで尋問するような視線に晒されて、ラミアは冷たい光の下に引きずり出されるような思いだった
ねえ……問題が解けたよ。外に出てもいい?
嘘だろ。答えをカンニングしたな?
ちょっと体調が悪いの……今日はあの本を読まなくていい?
嘘はいけない。バイタルチェックでは健康だって出てるよ……
お腹が空いた……もう少しもらえませんか?ビスケットをひとつだけでも……
嘘をつかないで。あなたの必要カロリーは計算済みです……
辛いよ、もうやめて……
これは仮病だ、このまま続けよう……
こっちに来ないで、あなたたちが欲しい物なんて持ってない!
嘘だ……
私はただ生きたいだけ。これ以上何も訊かないで
嘘だ……
真正面から迫りくる質問に、あの時はどう対応したんだっけ?
う……
瞳から溢れた透き通った液体がゆっくりと頬を伝い、岩にポツリと落ちて弾けた
うぅ……
ラミアは小さな拳で目元から溢れる涙を拭った
うっ……うわぁん……
最初は小さいすすり泣きだったが、感情が爆発し、すすり泣きが号泣へと変わっていく
私……ただ……話すチャンスを探してたんだ……
これは半分事実だ。なぜなら、当初の狙いはグレイレイヴン指揮官の目的を訊き出すことだったから
でも……私みたいな子供が……うぅ……どうやって声をかければいいか、わからなくって……
これもまた事実だ。片方は潜伏中の昇格者、もう片方は潜伏中の精鋭指揮官。立場が違いすぎる
どうすればいいかって……ずっと考えてたの……
そして更に、これも事実だった。最終的に見すごしてしまうか、拉致して手柄にするか……ラミアはこの問題で長い間葛藤していた
だから、どうしてもあなたを見てしまって……うぅ……ごめんなさい……もうしないよ……
でも、本当に誰に言われたわけでもないの……私が必要な人なんて、ここにはいないから……
その言葉は今のこの事態に対してなのか、それとも過去の事柄に対してなのか。それは彼女自身にももうわからなかった
ラミアは涙を拭い続けていたが、涙はとめどなく溢れてくる。彼女は溢れるのを止めるつもりもなかった
それを見たキャンプの人たちがやってくれば、指揮官からのこの尋問も終わるだろう
意外にも先ほどまで厳しかった人間の態度は、急にしおらしくなった
目の前の者は清潔なハンカチをそっと差し出してきた。声色も柔らかくなっている
予想外の反応にラミアは大声でわんわんと泣くのをやめ、機械的なすすり泣きにチェンジした
うっうっ……ん?
しかし、相手にはこの反応を誤解されてしまったらしい。ラミアの耳に人間の自嘲する苦笑いが聞こえた
よくない思い出?
泣きやんだラミアは、手渡されたハンカチで涙を拭った。それを返そうとすると……
あ……うん……
ラミアは、ずっと昔に読んだ本を思い出した
本にはこう書かれていた――大陸の地平線は平らではない。そこに山と呼ばれるものがあるからだ
大陸には温室にあるような植物がたくさん生えていて、それは「森」と呼ばれている
本にはこう書かれていた……
じゃあ……抱きしめてくれる?
この時彼女は、一体何を望んでいたのだろう?
そう言われた相手は一瞬ためらってから、ゆっくりと近付いてきた
その時、ラミアは伸ばされたその両手が包帯で覆われていることに気がついた
その両手がゆっくりとラミアの背に回され、彼女の小さな体をそうっと包み込む
手の平が背中に触れ、人の温もりと優しい圧が感じられた
その人間は彼女を腕の中に抱きながら、ゆっくりと彼女の背中をさすってきた
人間の胸に顔をうずめてみる。心臓の鼓動と優しい想いが伝わってくる
本にはこう書かれていた:そこでは、子供が泣けば暖かく抱擁され、優しく慰められる
ラミアが地上へ来た時、彼女はもう子供ではなかった。彼女の時間はそこで止まってしまった
涙が引き寄せるのは抱擁や慰めではなく、侵蝕体やよからぬ考えを抱くスカベンジャーだった
うん……
たとえ「アイリーン」の経験だとしても、抱擁や慰めを体験したことがないラミアにとっては、これで十分だ
(もしかしたら、私も……)
ラミアが相手の腰に手を回し、抱きしめ返そうとした時……
おい!泣き声が聞こえたぞ!一体……えっ、お前ら、何やってるんだ?
懐中電灯に照らされ、ラミアの手は空中に浮いた状態で止まった
さっき私が転んで……痛くて泣いちゃってたの
ラミアは目の前の人間をそっと押しのけて説明した
ごめんなさい、うるさくして
まったく……夜は足下が見えにくいからな、気をつけるんだぞ。早く戻って休め
守衛は少しイライラしながらそう言い、持ち場へと戻っていった
(これは尋問を回避するためだった。深入りする必要はないから……)
つい先ほどの衝動を思い出し、ラミアは心の中でため息をついた
ラミアの背後から、人間の感謝の言葉が聞こえた
あなたも早く休んでね
背後の視線から逃れるようにして、ラミアは足早にその場を去った
(誰かに抱きしめてもらうことなんて、もう一生ないんじゃない?)