地上、104号保全エリア付近、小規模収容所「ユートピア」支部が置かれた森の中
目標、異常ありません。守衛は6つの小隊で、この間のものと同規格の小火器を装備しています
私ですか?
ええ、彼らの手段は熟知しています。私も「ユートピア」で育ちましたから……
だからこそ、彼らに対抗できます。その点についてはご安心ください、指揮官
でも、今日はあなたじきじきに通信だなんて……
……そうでした。昨日、連絡官が今後の状況を臨時の作戦指揮官に報告すると。だったらそうなりますよね
規律におさまらない私という存在を多くの人の目に触れさせるより、内情に詳しいあなたに任せるのが最適です
……指揮官、ひとつ訊いてもいいですか?
少女の淀みない声に僅かな迷いが滲んだ
破壊された「ユートピア」にいた……あの人たちはどうなりましたか?
……そうですか、安心しました
あの無実の人々のために、嘘を拭い去りたいのです。彼らは正当な判断を得るべきですから
他に何か連絡しなきゃいけないことはありますか?
わかりました
弓を持った少女は通信を終了し、再び森の外にある「小規模収容所」に注意を向けた
空中庭園軍部の指示で、エコーは表向きは行方不明者として登録されている
だが実際には彼女は地上で秘密裏に行動を続けており、情報を受けては黒野と彼女の「父」ピークマンの「備蓄資源」を次々と破壊している
こういった小規模な収容所には、ピークマンの計画の消耗品だった人々がまだ収容されていた
ピークマンとその計画が潰えてからも、遠隔地にあったり通信手段が制限された「ユートピア」支部が、まだ稼働を続けていた
とっくに頭部は死んでいるのに、動き続けるムカデの脚のように
騙されてここへやってきた生存者たちは、かつての自分と同じ。少女は「ユートピア」本部の飛行要塞を破壊した者として、見せかけの美しいベールを剥がそうと考えていた
そしてピークマンを心から信じ、誤った道と知りつつも歩み続ける人々は、彼女自身が浄化すべき罪そのものでもある
いつかこの罪は正義によって一掃されるだろう。その時まで孤独な審判者が足を止めることはない
何よりも、たとえ空中庭園と利害が一致していたとしても、エコーには自分の行動を後押しする力が必要だった
そして……少なくとも生死をかけてともに戦ったあの人間は、信じるに足る人物だとエコーは確信していた
指揮官と特殊作戦小隊の到着時間は……
エコーは受け取った作戦プランを端末で確認し、尾行方法や合流地点へ向かう時間について考えていた
ふと顔をあげると、小規模収容所内を慌ただしく走る男性が目に入った。落ち着いた様子の人々の中で彼はひときわ目を引いた
その男性がふたりの守衛らしき人物に話かけると、相手の表情が険しくなり、3人はすぐに一番大きなテントへと走っていった
……
少女は素早く弓矢をしまい、その3人の後を追うように、テントが見える偵察地点へと移動した
空中庭園
輸送機
ええ。こちらからの確認に応答がなく、別ルートで状況を確認しようと思ったのですが……
結果的に彼女は単独行動を始め、現在交戦中のようです
20分ほどです
……わかりました
はい、そこにあるふたつの箱がそうです
素早くシートベルトを締めると、小隊メンバーは輸送機をゆっくりと発進させた
緊迫を感じ取ったのか、操縦士の構造体は輸送機を加速させた。より強いGを感じ、思わず弓から放たれる矢が頭に思い浮かんだ
シュンッ――
うぎゃああぁぁっ!
迷いのない鋭い矢が飛び、震えながら抱き合っている難民の脇をかすめ、武器を持った暴徒の腕を射抜いた
死に損ないの……小娘が!お前ら、かかれ!
ボス、あいつ……構造体です……
それがどうした!頭を切り落とせば死ぬだろ!ピークマン博士の材料を逃がすな!言ったはずだ、言うことを聞かないのなら、いっそ――
あの者はすでに然るべき罰を受けています。それなのにあなたたちは、まだ誤った道を進むのですか!
なっ……
武器を手にした者たちはためらい、一斉にリーダーへ視線を向けた
そうやって俺たちを惑わせるつもりか……そんな情報は聞いてないぞ!
仮にその話が本当だとしても、裏切ればいずれ背後の力に消されるんだ。どっちにしろ、俺たちに未来はない……
フンッ、一度船に乗ったら最後、もう降りられないんだよ!かかれ!
……
少女はその瞳に微かな悲しみを浮かべて、武器を振り上げて向かってくる彼らの、狂気と覚悟に満ちた表情をじっと見据えた
彼女にはその狂気に向き合う責任がある
更に力強く引かれた弓から、矢が放たれようとした瞬間――
ドォォォン――!
難民たちの悲鳴とともに、死角から発射された焼夷弾がエコーのいる場所に命中した。一瞬で空気が焦げつき、地面から立ち昇る土煙が視界を遮った
やったか?
ゴホッ……
ありがとう、姉さん
土煙の中から紫の火花が散り、槍を手にした鎧の姿が少女の前に浮かび上がる
少女の背後には震える女性がしゃがみこんでおり、腕には小さな子供を抱いていた
エコーが今の攻撃をかわしていたら、今頃、彼女たちは焦げた炭になっていただろう
循環液がエコーの額から流れ落ちる。弓を持つ手は先ほどの砲弾を防いだ影響で、ぶらりと垂れ下がっていた
腕の動作に異常が……
傷ついた腕を動かしたあと、背後にいる難民の感情を察知したかのように彼女は額の循環液を拭い、後ろの女性に微笑みかけた
大丈夫です。それよりも……走れますか?隠れてください!
で、でも……
私がやつらの攻撃を防ぎます
少女の強い眼差しに後押しされたように、女性は歯を噛み締めて頷き、子供の頬に手を当てた
このお姉さんが守ってくれるわ、行きましょう!
うぅ……うん!
そう言うと女性は身をかがめ、子供を連れて遮蔽物の方へと走っていった
銃弾が迫った時、烈風とともに槍が舞うと、紫の炎を纏った鎧がそれを斬り落とした
そういうことですか、では私も手加減はしません
早くしろ!もう一発くれてやれ!
ボ……ボス!
ひとりの守衛が空を見上げ、全速力で接近してくる輸送機を指差した
こいつの増援だ!あの輸送機を着陸させるな!
焼夷弾が再び空を切り裂いたが、今度の標的はエコーではなく、着陸準備をする輸送機だった
だ……駄目です!
エコーが叫ぶと同時に、彼女と鎧は守衛リーダーに襲いかかった
戦闘が終わったあとの収容所は、眠ったように静かだった
作戦小隊の構造体たちが、ユートピア支部の人数と資料を確認している
激戦を終えた少女が、自分の目の前に座っていた。ようやくやってきた夕陽が、彼女と自分を鈍く照らしている
伸縮する包帯をゆっくりと結び、エコーの傷の手当を終えた
彼女は腕を引っ込めると、黙ったままあまり綺麗ではない包帯の結び目を見つめた
後ろからドタドタと足音が聞こえてきた。生き残った手下たちは、空中庭園に連行されて裁判を受けることになる
くそっ!お前のせいで……
全部お前がメチャクチャにしたんだ!
ピークマン先生の努力が……
しゃべるな!早く歩け!
構造体がリーダーの頭を押さえつけると、その声はますます大きくなった
あいつらを助けたと思ってるのか?
違うぞ。あいつらのほとんどは、自分の意志でここにいるんだからな!
お前らは正義を気取っているが、本当は何もわかってなんか――ぐあっ!
男を連行しようとしていた構造体はしびれを切らし、手刀で男を気絶させると、輸送機の拘置エリアに運び込んだ
それを見た手下たちは文句を言うこともなく、エコーの側を通りすぎる時に、彼女を睨みつけるだけだった
指揮官、しばらくここに留まらないといけません
輸送機は装甲こそ貫通していませんが、焼夷弾の爆発で燃料タンクとエンジンの接続パイプが裂けてしまいました
別の輸送機が数時間後に到着しますので、彼らの任務完了まで、ここに駐留します
操縦士の構造体は、敬礼して立ち去った
……申し訳ありません
構造体が離れたあと、少女がいる方から出しぬけに謝罪の言葉が聞こえた