雅琳サンノ熱ハ下ガリマシタ。彼女ハ今、建設シタテノ仮病棟デス
ボッチョーニさんって、意外と人のお世話がお上手なんですね……
……ハッ、モシヤコノ湧キ上ガル感覚コソガ、照レクサイ……?
任務ガ終ワッタアトモ私ハ、ココニ残ロウト考エテイマス
コレハ、アナタガイツモ話ス「心」ト関係ガアリマスカ?
ボッチョーニは珍しくためらい、不安そうな様子だった
ボッチョーニさん、ご自分の判断を信じてください
含英の笑顔はどこか嬉しそうだった
これらの感情は……全て「心」の一部なんです
ボッチョーニはプロセッサーが入っている外装部分に触れた
ソレナラ、私ノ心ハココデ成長スルノデショウ
ソウダ、アナタハナゼ突然……
ボッチョーニさんと大柱さんがいれば、私も安心です
指揮官が言ったように……これは新しい生活の始まり
含英は目の前に広がる大地を見ていた
この土地には、家を必要としている人が大勢います
ナルホド
デハ、アナタガ旅立ツ時トハ?
……
疲労から目覚めると、無意識に含英の名前を呼んでいた
時刻はおそらく夕方だろう。まだ意識は半分眠っていたが、とにかく起き上がった
含英と初めて会った日のことを思い出し、理由もなく、胸に虚しさがこみ上げてきた
……指揮官
部屋のドアが開かれ、見慣れた人が微笑んでいるのが見えた
喉が渇いていませんか?
含英はコップ1杯の白湯を自分に手渡した。ひと口飲むと、寝ぼけていた意識がはっきりした
また?
ずっと口にできなかった言葉。目覚めたばかりだからなのか、安心したからなのかはわからない
彼女は何も答えず、長い沈黙の後、再び口を開いた
お腹が空いたでしょう……それなら……
含英はうなずき、ふたりで一緒に台所に入った
家庭的な料理を作り、いくつもの皿を並べ終えた時、ふと自分が酷く空腹であることに気付いた
やっと指揮官と初めて、一緒に料理が作れましたね
含英は、空腹が度を越して食欲が失せてしまった自分を見つめてくる
ただぼんやりと、もしくは観察で視線を向けてきているのだろうか
あるいは、何かを思い出そうとしているかのような……
これで、足りますか?
まだ必要なら、もう少し作りますが……
含英は優しい笑顔を浮かべた
その夜は彼女の笑顔のように暖かかった。「朝食」の後は外に出て、家の前のベンチにゆったりともたれかかってくつろいだ
心の奥底で、この時間が永遠に続けばいいと思った
挑むような気持ちで端末を開いてみる。幸いなことに、自分が処理しなければならない情報はなかった
指揮官の場合、たとえ春や秋でも油断できませんよ
含英は自分の肩に上着をかけてくれた
空が明るく澄んできた
含英は優雅な面持ちで自分の横に座った。巻いた髪を垂らし、珍しく物憂げな表情を浮かべている
帰りの船は、明日の午後に到着ですね?
当然、別れを伴う物語だってある
しかし今回の別れは特別だった
似たような別れを何度も経験してきました
九龍、蒲牢、それに……
私はいつも誰かを待たせる側でした。今もそうですし、これからもそうでしょう
含英の瞳にはたくさんの過去が映っていた
でもこれからは、私が「待つ人」になります
その熱のこもった瞳に、引き留めるような感情はなかった。それは励まし、あるいは少しばかりの後悔だった
少し不躾かもしれませんが……
本当の家族と思っていても、いいですか?
彼女は、その言葉で何かの重荷を下ろしたようだ
たぶん、この感覚なのでしょうね
私がこんなことを口にするなんて……
え?はい……
お好きなように呼んでください
家族が遠出をするのですから……
含英は立ち上がり、家から琵琶を持ってきた
旅立ちの餞別に、1曲奏でましょう
その姿は、まるで涼やかな月明かりの中に佇む蓮の花のよう
はたまた、月というスポットライトに照らされた独奏者のようだ
軽く弦を弾けば、その音色が夜の森の喧噪を静め、万物もまた息を潜めた
彼女の指は、弦の上で緩やかな波のように動いている
――そして夢に波紋を起こした
……
紙風船が低く空を舞う
それに追いつこうとすればするほど、ますます遠くへ飛んでいく
紙風船は青空に吸い込まれ、空に浮かぶ孤独な客船に変わった
風が頬をなでて通りすぎる。山の下の段々畑では、農民が忙しく動いていた
霧雨は小川に流れ込み、春を淡い緑で彩る
気付けば、小川を進む小舟の上にいた
そびえる山々、穏やかに流れる川が絵画のように周囲を囲んでいる。ふと、指先に1羽の蝶が止まった
薄絹の雲がたなびく空、蝶は故郷へと羽ばたいていった
……
弦楽器の音がやんだ
数羽のホトトギスが軒下に舞い降りてくる
1羽の機械ツバメが自分の巣に最後の枝を運んでいる
含英は、すっかり腕にもたれかかってしまった人間を優しく抱き上げた。そっとベッドに下ろし、枕と布団を整えてやる
彼女の中で昔の記憶が蘇った。そして、自分はいつまで同じことを続けているのかと、ため息をついた
……お休みなさい
含英はベッドの端に座り、そっとささやいた
それから彼女は最も優しい方法で、新しい「家族」に寄り添った