Story Reader / Affection / 含英·清商·その1 / Story
夕陽が傾き、忙しい1日の終わりを告げる。家に帰り、家族と団らんする時間だ。自分は仕事を終えて、庭の外で深呼吸をしてから、扉を開けて中に入った
静かな広い庭に人影はなく、物寂しい雰囲気が漂っている。黄色い葉が舞い落ちる音以外、自分の呼吸音しか聞こえない
扉の開く音が響くと、屋内で座っていた女性が嬉しそうな表情で振り返り、手に持っていた針と糸を置いて外に出て、軽やかな足取りで近付いてきた
……
含英はこちらを見つめ、何かを期待するような表情で微笑んでいるが、自ら口を開くつもりはないようだ。仕方ない……
含英が笑顔で頷く。そして返事をする前に、何か思い出したかのように、腰に手を当てて少し怒ったフリをした
指揮官、設定が違いません？分銅の主人の義姉は、彼を引き取った師匠のひとり娘。血の繋がりこそありませんが、家族のように仲がいいの
含英は、分銅のシミュレーションを手助けするために、ふたりで家族を演じないかと提案してきたのだ
分銅が収集した「家族データ」によるリアルな家族シミュレートが不可能なのであれば、役柄を増やすのもひとつの手だった
修復された記憶と分銅の話から、彼の主人の過去を少し知ることができた
分銅の主人は幼少期から工芸の才があり、町でも名の知れた工芸職人に引き取られたらしい。彼らは小さな工芸品店を営み、忙しくも平凡な日々を過ごしていた
そして分銅は、師匠が亡くなる前に家族に残した最後の贈り物だった
……ソノ後、主人ガ店ヲ引キ継イダモノノ、最初ハウマクイカズ、常連モ離レテシマッタ。生活ガヨウヤク上向キニナッタ頃、パニシングガ爆発シタ
パニックニナッタ人々ニ私ガ襲ワレナイヨウニ、主人ハ私ノデータヲ前モッテ移転シタオイタ。デナケレバ、私ハトックニ鉄屑ニナッテイタダロウ
ダカラ夜航船デ再起動サレタ時ニ知ッテイタノハ、主人ガ家族ヲ探スタメ船ヲ離レヨウトシタコトダケ。主人ハ里程銭ヲ必死ニ貯メテイタ。ソシテ作品ノ大半ハソノ時ニ作ラレタ
そして分銅の主人が探している「家族」とは、一心同体の義姉――話し合いの結果、それを含英が演じることになったのだ
当然よ。以前、蒲牢とままごとをした時、彼女はいつも言っていました。真摯に自分の役を理解できてこそ、その真髄を演じられるのだと！
それに、シミュレーションは、リアルであればあるほどいいんですから
含英が分銅を見ると、彼はないはずの親指を立てて、真剣に頷いている
はい、では義姉の私が、指揮官を呼ぶとしたら……
そう、義弟です
含英は顔を手で隠して小さく笑った。どうやら楽しんでいるようだ。彼女の楽しみに水を差すのも無粋な気がした
深呼吸をして、僅かな羞恥心を抑え込む。スパルタなシミュレーションに挑む覚悟を決め、再び口を開いた
お帰り、今日の市場での商売はうまくいった？
含英は庭の古びた石の椅子に座り、どこからか茶道具を取り出すと、茶を注ぎ始めた。その流れるような動作は、見る者の目を釘付けにする優美さがある
どうかした？
本当？よかったわね……あなたなら大丈夫だと思っていたわ。そのうち、父さんのように自分の店を持てるはずよ
ポケットから蜉蝣銭をいくつか取り出し、市場での売り上げとして含英に手渡そうとした
しかし含英は首を振るだけで、受け取ろうとしない
いいの、あなたが持ってなさい。私はお金持ちの服を特注で作っているから。裁縫技術のお陰で商売には困らないわ。お金の心配はしなくていい
義姉に優れた裁縫技術があるという設定はなかったはずだが、含英がそう言うなら……きっと自分の勘違いだろう
コホン……とにかく、お金のことは気にしないで……
含英は再び笑顔を見せたが、強がりであることが容易にわかる。たとえ演技だとしても、その表情に心が痛んだ
来月なんだけど、店を人に譲ろうと思っているの。だからお金の心配はもうしなくていいのよ
故人は去りゆくもの。でも私にはまだあなたがいる……父さんがよく言ってたわ。「失った影には執着せず、今あるものを大切にしなさい」と
……私たちはもう高い家賃は払えないけど、あなたが九龍商会イチの繁華街に行きたがってることは知ってる
今回だけは姉さんの言うことを聞いてちょうだい……大力神級の巨船が長期航海するそうよ。世界中から来た観光客や商人が乗っているらしいわ
あなたのために船の切符を手に入れたの……あなたならきっとそこで多くのチャンスを掴めるわ。その時が来たら私の義弟は……才能を活かして、自分の舞台で輝くの
いつかはあなたもここを出て、この家を離れるんだから。自分の家を見つけてそこに根を下ろし、花を咲かせる……
含英の表情に苦渋の色が満ち、言葉は次第に柔らかくぼやけていく――それはただ単に思い出の物語に感動しただけの表情ではなさそうだ
含英が何を思い出しているのかわからないが、そんな寂しい顔をさせたくないという一心で、体が勝手に動いた
指揮官……？
思いがけない行動に含英は驚いたらしく、自身が演じている役を忘れてしまった
手を引っ込めようとすると、含英はそっと握り返してきた。ふたりの距離が突然近付く
――反応する前に、彼女に優しく抱きしめられた
いえ……ありがとう
柔らかくささやく声が耳元で響く。決してきつく抱きしめられている訳ではないのに、彼女の抱擁には、艶やかな感情と温もりが感じられた
気持ちが落ち着くと、彼女は両腕をほどいて一歩後ろに下がり、優しい表情で微笑んだ
以前はこんな風に蒲牢を抱きしめていたんですが……今はもうそんな年齢じゃないのに、だからさっきは……申し訳ありません
ナルホド、コレガ人間ノ記録ニアッタ「禁断ノ……」
……でも、姉弟の最後に何があったのか、分銅の主人はなぜひとりで夜航船に乗り込んだのかがわかりません
ええ、義妹です
含英は顔を手で隠して小さく笑った。どうやら楽しんでいるようだ。彼女の楽しみに水を差すのも無粋な気がした
深呼吸をして、僅かな羞恥心を抑え込む。スパルタなシミュレーションに挑む覚悟を決め、再び口を開いた
お帰り、今日の市場での商売はうまくいった？
含英は庭の古びた石の椅子に座り、どこからか茶道具を取り出すと、茶を注ぎ始めた。その流れるような動作は、見る者の目を釘付けにする優美さがある
どうかした？
本当？よかったわね……あなたなら大丈夫だと思っていたわ。そのうち、父さんのように自分の店を持てるはずよ
ポケットから蜉蝣銭をいくつか取り出し、市場での売り上げとして含英に手渡そうとした
しかし含英は首を振るだけで、受け取ろうとしない
いいの、あなたが持ってなさい。私はお金持ちの服を特注で作っているから。裁縫技術のお陰で商売には困らないわ。お金の心配はしなくていい
義姉に優れた裁縫技術があるという設定はなかったはずだが、含英がそう言うなら……きっと自分の勘違いだろう
コホン……とにかく、お金のことは気にしないで……
含英は再び笑顔を見せたが、強がりであることが容易にわかる。たとえ演技だとしても、その表情に心が痛んだ
来月なんだけど、店を人に譲ろうと思っているの。だからお金の心配はもうしなくていいのよ
故人は去りゆくもの。でも私にはまだあなたがいる……父さんがよく言ってたわ。「失った影には執着せず、今あるものを大切にしなさい」と
……私たちはもう高い家賃は払えないけど、あなたが九龍商会イチの繁華街に行きたがってることは知ってる
今回だけは姉さんの言うことを聞いてちょうだい……大力神級の巨船が長期航海するそうよ。世界中から来た観光客や商人が乗っているらしいわ
あなたのために船の切符を手に入れたの……あなたはきっとそこで多くのチャンスを掴むわ。その時が来たら、私の義妹は才能を活かして、自分の舞台で輝くの
いつかはあなたもここを出て、この家を離れるんだから。自分の家を見つけてそこに根を下ろし、花を咲かせる……
含英の表情に苦渋の色が満ち、言葉は次第に柔らかくぼやけていく――それはただ単に思い出の物語に感動しただけの表情ではなさそうだ
彼女が何を思い出しているのかわからないが、寂しい顔をさせたくないという一心で、体が勝手に動いた
指揮官……？
思いがけない行動に含英は驚いたらしく、自身が演じている役を忘れてしまった
手を引っ込めようとすると、含英はそっと握り返してきた。ふたりの距離が突然近付く
――反応する前に、彼女に優しく抱きしめられた
いえ……ありがとう
柔らかくささやく声が耳元で響く。決してきつく抱きしめられている訳ではないのに、彼女の抱擁には、艶やかな感情と温もりが感じられた
気持ちが落ち着くと、彼女は両腕をほどいて一歩後ろに下がり、優しい表情で微笑んだ
以前はこんな風に蒲牢を抱きしめていたんですが……今はもうそんな年齢じゃないのに、だからさっきは……申し訳ありません
ナルホド、コレガ人間ノ記録ニアッタ「禁断ノ……」
……でも姉妹の最後に何があったのか、分銅の主人はなぜひとりで夜航船に乗り込んだのかがわかりません
分銅の記憶データにはその部分の記録がない。老朽化した回路の中にあるのは、はるか昔の過去の断片と、ただ夜航船で無口な主人と過ごした思い出だけ
彼は、主人が独学で手に入れた機械の知識と闇市で購入したパーツを使って、自分の体を少しずつ組み立て、再び目覚めさせてくれたことしか覚えていないのだ
機能の劣化によって記憶データが失われ続ける中、その機体は予想を上回る長さで持ちこたえていた
だが、メンテナンスに頻繁に陥る度に、彼は機体が限界に達したことに気付く。だから、自らの記憶データの中で最も大切な部分をあのツバメに保存したのだろう
つい先ほど含英が再現したのは、分銅の「義姉」に関する全ての記憶だった
先ほどのように、義姉とあなたの主人が家に戻ったら、もう離れ離れになることはありません
含英は自然な動きでこちらの手を引くと、すぐ側で眺めていた分銅の前に歩み寄った
彼の視覚モジュールは含英によって事前に調整されており、今この瞬間、その目には離れ離れの家族が彼のもとへ帰ってくる光景が映っている
……
最高優先度ノ命令ハ、達成サレナカッタ
……
デモ、私ノタメニ手ヲ尽クシテクレタコトニ感謝スル
ツイテ来テ欲シイ場所ガアルンダ
