Story Reader / Affection / 含英·清商·その1 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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含英·清商·その3

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あっ、そうだ……

彼女は小走りで庭に入り、地面に落ちていた小鳥をそっと手で包んだ

含英に傘を傾けながら近付くと、それは精巧なバイオニックのツバメだった。そのディテールの細かさと、生き生きとした様子は、本物の鳥と見間違えるほどだ

ツバメは含英の手の中で静かに横たわっている。その翼は小刻みに震えており、機械が故障している音が響いていた

いいえ、あなたのせいではありません。この子は前から酷い損傷を受けていましたから

ここまで飛んできて……もう限界なのでしょう

彼女は指先でツバメの羽をそっとなでると、憐れむような表情を浮かべた

ここまで導いてくれてありがとう、もう十分よ。後はあなたの主に直接お話しするわ

いえ、大丈夫です

この子の主を探し出せば、彼が元通りに直してくれるでしょう

含英に続いて、静まり返った路地を奥深くへと進む

かつてはとても賑やかな居住区でしたが、今ではこんなに寂れてしまいました……

船を離れて胸中の九龍、そして本来の「家」に戻る……それは海上に閉じ込められた人々のかねてよりの願いです

ヴィリアー様が夜航船を管理していた時、船を離れる人を支える里程銭は最も貴重な資源でした

ただ……九龍を離れてから、胸中の「家」を失った者も多い

今、夜航船に残っているほとんどの人が、過去に囚われ続けています

彼女の口調は、自身の経験を語るかのような複雑さを伴いつつも、どこか他人事のように聞こえた。まるで……そのどちらにも属していないかのように

私は以前ここに住んでいましたから、船の隅々までよく知っています

ある事情で長い間船を離れていましたが、最近ここに戻ってきたのです

ここも様変わりし、多くの古い知り合いがいなくなりました。もし蒲牢が……

失言だと思ったのか、彼女はそれ以上続けなかった

彼女は自分の過去についてあまり話したくないようなので、これ以上何も訊かないことにした

それについては……機会があればゆっくりお話しますね

今はもっと重要なことがあったはずでは?

……贋作?

あぁ……そうでしたね

夜航船の商店で多数の贋作が出回っていると蒲牢が言っていましたね。私も偶然見かけましたが、巧妙に隠されたコードがありました

そのコードの主は……

話の途中、緩んだ石畳を踏んでしまった。その瞬間、右の壁の隙間からバネが弾ける音がした

しかし、こちらが反応するよりも早く、黒い影が壁を破って飛び出してきた

疾風を巻き起こして、隣にいたはずの含英が目にもとまらぬ速さで目の前に立ちはだかった。風を切る音とともに、壁から放たれた矢が身体のすぐ横の壁に突き刺さる

奇襲を受けたというのに、彼女の動きは軽やかな舞いのようだ。その姿が記憶の中にある映像と重なった……

指揮官!怪我はありませんか?

衝撃から我に返ると、含英が振り向いて扇子を閉じ、心配そうにこちらを見ていた

今の夜航船では、このような古い仕掛けは、かえって見落とされてしまいます

……現在も、ここに住んでいる「住民」が設置したのかもしれません。不審者に近付かれたくないのでしょう

指揮官、慎重に進みましょう

先へ続く道は複雑に入り組んでいた。蒲牢のルートマップが役に立たなくなったので、含英の案内に従って奥へ進むしかない

雨は次第にやんでいった。途中、何度か罠を見かけたが、含英とともに作動前に対処することができた

再び空き家があるエリアを通りすぎると、風景が一変した。古い建物に明らかに修繕の跡があり、壺や陶器等の生活用品が、埃も被らず整然と棚に並べられている

静まり返っていた狭い路地の奥から、騒がしい声が聞こえてきた。思わず足を止めて耳を傾ける

老人の声

誰か、ワシの杖を知らんか?

子供の声

お母さん――培士林のお店の点心が食べたい、早くしないとなくなっちゃう!

母親の声

はいはい。これを縫い終えるまで待ってね。完成したら新しい服を着て、西通りで点心を買って、灯篭を見に行きましょう?

子供の声

やったぁ!

女の子が喜びの声を上げて跳ねると、おさげ髪の先についた鈴がチリリと鳴った

父親の声

次は20回目の試験だ……おお、動いた、動いたぞ!

回って、高く飛んで!そう!杭に登って、そのまま飛ぶんだ!待て、足の角度が足りない……あああっ!

中年男性の悲痛な叫びとともに、巨大な機械が大きな音を立てて崩れ落ちる音がはっきりと聞こえた

少年の声

父さん……カラクリ獅子舞をいじるのはやめなよ。一度だって、うまく動いたためしがないじゃん。今晩の公演はもう……

父親の声

子供が口を挟むな、あと少しなんだ!お前もいずれ習得するんだから、ちゃんと見てなさい。ほら、隣の墨さんの孫娘なんて、若いのに公務員になったんだぞ

少年の声

他人のうちと比べないでよ、こんなの覚えたくないって言ってるだろ!

父親の声

代々受け継いできた技なのに。わがままを言うな

母親の声

もう!せっかくの祝日なのに、ふたりとも喧嘩はやめて

男性の声

顧さん、そろそろ時間だ、蔡さんが俺たちの料理を待ってるよ!

父親の声

わかった、すぐ行く!

辺りはますます賑やかになった。さまざまな足音が響き、老人たちは笑って、はしゃぐ子供を窘める。贈り物を携えた客人たちは、獅子舞に歓声を上げ、手を叩いている

遠く壁を隔てても伝わってくる、その喜びと幸せに満ちた雰囲気。自然とつられて温かな気持ちになった

ええ……

……そうですね

含英は小さな声で答える。ふたりは狭い路地の一番奥まで歩いた。音は、突き当たりの庭の半開きになった門の向こうから聞こえてくる

彼女は首を振り、扉を押し開けた

扉が開かれた瞬間、耳を覆っていた喧騒がピタッと止まる。代わりに、耳鳴りがしそうなほどの静寂に包まれた

目の前の光景は、予想とはまったく違うものだった

庭に温かく賑やかな家族の団らんはなく、はしゃぐ子供や母親の優しい笑顔もない。灰色の地面にあるのは、古びた籐製のテーブルと椅子だけ……

椅子には、古い機械体が庭の門に背を向けて座っていた。その頭上には先ほどと瓜ふたつのツバメが1羽止まっている

含英は小さく頷いた。同時にその瞳が耐えがたいというように微かに揺らぐ

シミュレーションヲ中断、今回ノ追加データハ1分39秒。条件クリア失敗、余剰データヲ削除スル

予定外ノ侵入者ヲ検知。武装防御モードヲ起動スル

即座に、赤い光を放つ機械体に向けて銃を構えた。まさか夜航船で戦闘に巻き込まれるとは思わず、今は最低限の装備しか持っていない……

大丈夫ですよ、指揮官。彼は侵蝕体ではありません

銃を持つ手に、含英が優しく触れた。子供をあやすような、柔らかく穏やかな声が耳に響く

彼女の言葉を証明するかのように、機械体の腕が伸び、黒い砲身へと変形する。そして轟音とともに放たれたのは……小さな花火だった

……

煙が漂う中、機械体と見つめ合った。数秒後、その頭部の赤い光が緑色に変わる

……私ノ負ケダ

……勝負ハ着イタ。私ノ機体ハ以前ト違イ、10時間ゴトノ休眠トメンテナンスガ必要……

シカシ、オ前タチガ壊シタ外ノ防衛装置ニツイテハ、九龍ノ規則ニ従ッテ賠償ヲ要求スル

機械の胸のヒビ割れた小さなスクリーンに、数字が表示された。それは蒲牢が数えるのに数秒は要するほどの数にまで増えていった

フン

機械は排熱口から冷笑するように息を吐いた

前回来タ泥棒人間ニ、タクサンノ物ヲ盗マレタ。厳重ニ防衛シナイト、私ノ体ハネジノ1本モ残ラナイダロウ

外見は古いが、この機械の知能レベルと感情再現機能は非常に高いようだ。ただ、彼の言う「泥棒人間」とは……

ごめんなさい……でも、信号は遮断されていたし、通信要請も拒まれた状態で、あなたと話すにはこの方法しかなかったの

自分の端末を見ると、確かにオフラインモードになっていた。ここでは防衛システム以外にも通信を遮断する装置があるようだ

ソウ、卑劣ナ人間ハ、私ノメンテナンス中ニ盗ミヲ働イタ。気付イタカラ、ヨカッタモノノ

……危ウク主人ノ残シタ物ガ、全テ盗マレルトコロダッタ

主人ガ復元シタ貴重ナ人間ノ芸術品ダ。必要デアレバ、詳細ナ目録ヲ作成スル

機械のスクリーンにリストが表示された。それは蒲牢が見せてくれたものとまったく同じだった

主人ノ作品ハ私ノ協力アッテノモノ。唯一無二デアリ、全テニ私ノコードガ埋メ込マレテイル

贋作ダト!?

ソノ言葉ノ撤回ヲ要求スル。私モアノ貴重品モ、主人ノ偉大ナ技術ノ結晶ダ!芸術品ハ細部マデ完璧デアリ、九龍デ最モ優レタ鑑定士サエ真贋ヲ判断デキナカッタ!

機械は興奮して、砲身になった腕を振り回した

でもここにはあなただけ、あなたの主人というのは……

主人ハ今、夜航船ニハイナイ

少シ前、「家族」ヲ探シニ山ヘ行クト言イ、ココヲ離レタ

戻ルマデ、コノ建物カラ出ルナト、言ワレテイル

行動プログラムニモ書キ込マレテイル、主人ノ命令ハ絶対ダ

ソレハ主人ガ私ニ設定シタ言語スタイルノ影響ダ。アマリ「固イ」喋リ方ハ好ミデハナイヨウダ

正確ナ時間ハ……2471時間前……ブブー、計算エラー、5320時間前、計算エラー、7340時間前、計算エラー……

機械は突然故障したように数値を上げ続け、目の指示灯が困惑の色に点滅する

……蓄積しすぎた余剰データのせいで、時間の感知にエラーが生じていますね

彼の主人は、おそらくかなり前に出ていったのでしょう

しばらくして、機械は数えるのをやめた

……主人ガ出テイッテカラ、コンナニモ長イ時間ガ……

……ソウイエバ、主人ガ戻ラナイタメ、探シニ行コウト思ッテイタンダ

特ニ、主人ノ物ガ盗マレテカラハ、ソレヲ取リ返シタイト思ッテイル

シカシ「ココヲ離レル」ノハ、命令違反ダカラ

ヨリ優先度ノ高イ命令デ上書キヲ試ミタガ、成功シナイ。私ニハ「家族」ヤ「生活」ニ関連スル、リアルナデータガ不足シテイルカラ

ソウ、「九龍ノ一般家庭ノ暮ラシ」ニ関スル大量ノ資料ヤ、映像ヲ参考ニ、主人ノ最終命令ヲ完成サセルタメニ

命令というのは?

「私が戻ったら、家族皆で幸せに暮らそう」

「それまで、この家を頼む」

……なるほど、そうだったの

ソレデ、オ前タチハコレヲ聞キニ?

主人ノ芸術品……ヤハリ人間ニ売ラレテイタカ

含英は何かを言いたそうに、こちらをちらりと見た

この子の救援信号を受け取ったの。私たちをここまで案内してくれたのよ

含英の手の中にうずくまるツバメを見て、機械は砲身を垂らした。すると頭上に止まっていたもう1羽のツバメが彼女の手に飛び乗り、動かない仲間を軽くつついた

私ノ履歴ニハ、救援命令ヲ出シタ記録ハナイ

でも、この子はあなたの一部よ。あなたがメンテナンス中に失った「余剰」記憶データも記録しているわ

この子を修復すれば、そのデータを取り戻せるはずよ

……ワカッタ、少シ時間ガホシイ

ソレト、マダ侵入者ノ名前ヲ訊イテイナカッタ

含英よ

含英、[player name]、記憶シタ

ヨロシク、私ハ工業補助機械KLM-324型。分銅ト呼ンデクレ

主人ガツケタ名前ダ。壊レニクイ名ダト言ッテイタ

分銅がツバメを修理する間、庭の枯れ木の下で、含英と待つことにした

機械は……設定された指令から抜け出せないのです

含英の表情から、彼女が何を言いたいのか理解した

ええ。それが本来の指令と矛盾しているからこそ、彼は何度もシミュレーションをして、問題を解決しようと試みているのです

……私が思うに、分銅は単純に指令に従っている訳ではありません

この船にいる多くの人々と同様に、彼も過去に縛られているのです

まるで醒めない夢に閉じ込められ、永遠に目覚めることなく、目覚めたくもないと……

彼女はそっと俯き、目に浮かぶ感情を隠した

だから、私は彼のシミュレーションを手助けし、指令から解放してあげたいの

よかった……

ありがとう、指揮官

分銅には「家庭」と「生活」のリアルなデータが不足しているから、シミュレーションを進めることができない……私に考えがあります

早速だけど、指揮官……

彼女は振り返ると、まっすぐにこちらの目を見つめた

しばらくの間、私と「家族」になっていただけません?

同時刻、夜航船の東区、陳さんの質屋の前――

……まだか?

蒲牢が助っ人を寄越すんじゃなかったのか?ずいぶん経ってるが、いつ来るんだろう?

もう時間も遅い、ひとまず俺たちだけでやろう

高値で仕入れた商品が偽物だと知れ渡ってしまって、手元にあるもの全てが……ううううう……

これからどうすれば……九龍衆の皆様、どうか私のために公正なお取り計らいを……!!

心配するな、我々はそのために来たのだ

どんなやつから商品を買ったのか教えてくれ、被害を食い止めるために全力を尽くそう