Story Reader / Affection / バンビナータ·瑠璃·その1 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

バンビナータ·瑠璃·その1

>

ファウンス士官学校から空中庭園の準備室まで、歩いて20分程度だ。この道のりが、これほど長いと感じたのは初めてだった

まさか、士官学校の講演に初めて招かれて、これほど手厚い「おもてなし」を受けるなんて思いもしませんでしたよ

並んで歩くシーモンがこちらを向いて苦笑いをした。おそらく自分も彼と同じ表情をしているのだろう

士官学校から配布されたぶ厚い講演原稿と報告書を見て、教養に長けたシーモンでさえ困惑している

私だって講演なんて初めてですよ……

首席どのこそファウンスの首席だったんですから、こういう報告や講演の場は慣れているでしょう?

卒業してからは、ファウンス士官学校の卒業式と入学式の度に講演に招かれていた。それも毎年だ

しかし、それは単なる講演だ。座談会やプレゼンとは趣が違う

戦況が逼迫し、指揮官の死傷率も高くなっている今、指揮的人材を育成するファウンス士官学校への期待はますます大きくなっている

おそらく学校は、空中庭園にいる指揮官をひとりでも多く捉まえて、新入生と卒業生の指導にあたらせたいのだろう

士官学校から送られてきたテーマだけでも講演の半分を占めるボリュームですよ。これは新人にはあまりにも不親切な話ですね

それに要求も多いし。なんていうか……士官学校がすごくこの講演を重要視しているというか、いや、あえていえば鬼気迫ってるっていうか

教官たちから聞きましたが、今はファウンス士官学校から卒業した指揮官のうち、臨場して作戦を担える者は4割もいないそうです

まだ知らない人もたくさんいるし、知っていても名前すら思い出せない人もいるのに……うぇ……

シーモン、バネッサ、そしてウッドコック小隊のハリー·ジョーも、同期の卒業生で、その4割の内のひとりという訳だ

任務中のため、クロムはまだ学校に招待されておらず、ハリー·ジョーは地上に留まっているため空中庭園にはいない

そういえば、バネッサを見かけませんでした?

ホワイトスワンは今調整中なんですかね?彼女は成績がよかったから、士官学校が存在を忘れるはずがないのに

思い返せばシーモンの言う通り、最近バネッサをしばらく見かけていなかった。午前中も士官学校では彼女の姿を見かけていない

バネッサの性格なら、この手の優秀さを誇示できるイベントには必ず参加すると思われた

任務中なのだろうか?シーモンと同じ、そう思った。いや、そう思うしかなかった

シーモンがバロメッツ小隊の準備室に戻るまで、あれこれと話した。シーモンと別れて少し歩けば、グレイレイヴン準備室に着く

空中庭園が執行部隊に用意した準備室は、見た目はどの隊もほぼ同じだ。グレーの冷たい合金製のドアと壁、そして本人確認のためのセキュリティがつけられている

扉にはそれぞれの小隊を示すプレートが掲げられている。たとえばバロメッツ小隊の部屋にはバロメッツのマークが刻まれており、ホワイトスワンも同様だ

そう考えながら、ホワイトスワンのドアの前を通りかかると、偶然、入り口のベンチに書類が置いてあるのが見えた。スターオブライフのマークがちらりと覗いている

持ち主に渡そうと思い、拾い上げた時、それがスターオブライフの検査予約票であることに気付いた

バンビナータ?

長い間眠っていた記憶が呼び起こされた。まるで過去から現在に弾丸が放たれたようだ。弾が掠めた血の生温かさすらもリアルに感じられる――

数年前、グレイレイヴンを率いて初めて共同作戦に参加した時のこと。事前の情報共有不足が原因で、グレイレイヴンとホワイトスワンは互いに銃口を向け合った

幸いにも、結果的には実際に小隊が衝突するまでには発展しなかったが、あの張り詰めた時間は、共同作戦において強烈な印象を残した

バンビナータの顔と、彼女の手にあったこちらの喉元を狙う刃が、最も印象的なシーンとして頭の中に焼きついている

忘却の彼方に沈んでいた痛みを思い出す前に、即座に思考をストップさせた。それから、視線を再び手元の通知書に戻す

予約票に書かれている検査日は2日前だった。通常の検査指示以外に、受検機体に相応の準備を通知しており、診療室の場所とルートも詳しく書かれている

バネッサが自らバンビナータのために機体検査を予約したようだが、なぜかここに置き去りにされているのだった

自分とバネッサの関係性が、他の隊員にまで影響するのは好ましくない。しかも構造体の機体の状態に関わる検査であればなおさらだ

他の小隊だからと他人扱いしてしまえば、自分で自分を軽蔑することになるのは目に見えていた

そんな気持ちでホワイトスワンの準備室の扉をノックした。しかし何の応答もない

おそらく誰も不在だったために、この予約票はドアの前に置かれていたのだろう

最後にもう一度だけと思って再びドアをノックすると、ドアがゆっくりと、少しだけ開いた。そして向こうから小さな声が聞こえてきた

???

こんにちは……?

声の主はドアの内側の陰に隠れている。微かに青色のシルエットが見えたので、声の主を特定できた

バンビナータはここにいます……どちら様ですか?

バンビナータはなおも扉の後ろに隠れている。自分の名前が呼ばれたのを聞いて、彼女の声は少しだけ明るさを帯びた

指揮官?

ドアの隙間が少し広げられる。バンビナータは怯える子猫のように、青い瞳を大きく開いて、ドアの隙間からこちらを覗いている

グレイレイヴン?ご主人様、ではない……

指揮官ではなく……ご主人様ではない……あなたは誰ですか!?

バネッサではないとわかって、少し広がっていた隙間がやや閉じられた。バンビナータの瞳に警戒の色が宿る

バンビナータは無言で、改めて隙間からこちらを覗いた。彼女は微かに首を振ったようだ。見覚えのない自分を警戒している――その瞳は誤魔化しているようには見えない

バンビナータの言葉から、バネッサがここにいないということが改めて明らかになった

ご主人様!

でも……バンビナータは……ご主人様がどこにいるかわかりません……

ただ……ここにはいません……ご主人様の帰りを……待っています……

バンビナータは少し寂しそうにつぶやいた。彼女はこちらの言葉から、真実を探し出そうとしているようだった

そして、彼女はようやく自身の体で抑えていた扉を開けて、扉の陰から姿を現した――

空中庭園が執行部隊のために用意した準備室の間取りはどこも同じで、最低限必要な機械と設備以外は、小隊の好みに応じて自由にレイアウトできる

ホワイトスワンの準備室は、まさしく「バネッサスタイル」といっていいだろう

部屋の中のさまざまな機械や設備は、最も効率的にあるべき場所に置かれている

部屋の中央に置かれたコーヒーテーブルは、シンプルかつ洗練された高価そうなもの――その上に置かれているティーセットも同じく高価そうだ

コーヒーテーブルの横の壁には、数本の濃い紫色のネクタイ、そのすぐ横には濃い黒色の眼帯がかけられている。その下には、執行部隊のスタンダードな指揮官用の武装がある

バンビナータの言う通り、バネッサはいなかった

ご主人様は……ここにはいません……

バンビナータは扉の前で頭を下げ、小さな声で同じ言葉を繰り返した

少しためらったが、検査票をバンビナータに渡すことにした

わけもわからないまま、他の小隊の隊員を機体検査に連れていく訳にはいかないだろう。彼女はバネッサの隊員なのだ

ご主人様……検査?

ご主人様の検査?ご主人様……検査?

彼女は首を傾げてこちらを見た。その瞳は青空のように澄んでいて、また薄い氷のように儚い。奇妙な冷たさが背筋を走って体の隅々まで伝わり、思わず身震いした

これは……命令ですか?

バンビナータは検査票を受け取らず、再び首を振った

ご主人様の命令は……待機です、昨日、命令がありました

昨日です!ご主人様がここを離れる前……ご主人様がそう仰いました

バンビナータは昔のことを覚えていません……だから昨日です

彼女は昨日の記憶の中に生きており、主人が与えた最後の命令を忠実に守っている存在だ

バンビナータは今、冷静に話を聞ける状態ではなさそうだった。彼女はただ困惑したまま頭を下げるだけで、こちらを見ようともしない

はい……

バンビナータはまだ頭を下げたままだった。天井の薄暗い照明の光の中で、彼女の幼い顔の輪郭だけが見える

差し出した検査票を受け取った時、彼女の口が少し動いたように思ったが、ぼんやりとした光の中では、しかと読み取れない

照明の影に隠れた顔を、最後まではっきりと見ることはかなわなかった

視線の中で最後に見えたのは、冷たい光と時間の中に刻まれたシルエットのような彼女の姿だった